社会を変えるアクションに貴賎なし。せやろがいおじさんが「お〜い」と沖縄からふんどしで叫び続ける理由
「お〜い。お偉いさ〜ん」
2018年夏、赤いふんどしを身につけたおじさんが、インターネット界に彗星の如く現れた。
その名も「せやろがいおじさん」。
沖縄の美しいエメラルドグリーンの海をバックに、政治や社会問題をネタにしながら、問題の渦中にいる人や決定権のある偉い人に向かって物申す。ドローンを駆使した迫力ある映像美の中で、論点をわかりやすく解説しながら軽快に切り込んでいくふんどし姿は、YouTubeやTwitterでみるみる拡散された。「年金制度の限界を認めたお偉いさんに一言」、「1000㎞ごとに5千円?走行税に一言」などの動画は再生回数100万回を超え、多くの視聴者に問題提起や会話のきっかけを提供した。
せやろがいおじさんは、なぜお笑い芸人として社会派ネタを海に叫び続けるのか。「生態系で言うと氷河期を越えたくらい」激動だったと語る、これまでの道のりは一体どのようなものだったのか。画面越しでたとえ映らなくてもふんどしに正装してくれた、「せやろがいおじさん」こと、榎森耕助さんに話を聞いた。
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■「なぜ政治ネタがタブーなのか」に悶々
遡ること10年前。30歳に差し掛かる頃、榎森さんは人生に悩んでいた。20歳の頃から沖縄でお笑い芸人をやりながら、アルバイトに励む日々。鳴かず飛ばずの下積み時代が、このまま永遠に続くのではないかと不安に駆られていた。
「このまま世の中のことを何も知らない30歳、知ろうとしない40歳になってええんやろうか」。学生時代から自称不真面目な学生で、社会問題への関心も全くと言っていいほどなかった。沖縄の大学に進学してからは、生活の一部に米軍基地があり、基地問題について知る機会は増えたものの、強い問題意識を感じて行動を起こすようなことも特になかったという。
当時、榎森さんが所属していた事務所では、政治ネタや政治的な主張は入れるべきではないというスタンスだった。しかし海外では政治や社会風刺をネタにしたお笑いがたくさん存在している。なぜ日本では政治ネタがNGとされるのか?ふと疑問に思った榎森さんは、立ち止まって考えた。
政治のことを話すと、どこかで必ず意見が違う人と出くわす。それが自分の生活にも関わるテーマともなれば、感情的にもなりやすく、熱量の高い議論になる。そうすると誰かから批判されたり、下手に敵を作ったりしてしまうことになるかもしれない。だから、黙っている方が賢明だとして、萎縮してしまっているのではないか……。榎森さんはそのコミュニケーションのエラーを、お笑いで解決できないかと考えた。
■一発目から大炎上。ツッコミどころ満載の政治家たち
その道はまさに前途多難。初めて出した政治ネタの動画は大炎上だった。2018年の沖縄知事選後に「沖縄終わった」という書き込みが溢れたことに、「諦めや切り捨ての言葉ではなく対話が大切だ」とせやろがいおじさんは叫んだ。しかし、動画のコメント欄には大量の批判的なメッセージが。ずっと応援してくれていた人からも「政治的な話はやめろ」と苦言を呈された。なぜ政治的な話はそこまで否定されるのか。榎森さんのお笑い魂に火がついた。
まさにゼロからのスタート。自分の知識不足を克服すべくニュースにかじりついた。それまで政治や社会問題に疎かった榎森さんは、政治家はみんな優秀なんだろうと、無条件に信頼しているところがあった。「良い大学を出た優秀な人たちが国を運営してるんやから、そんなにおかしなことにはなってないやろう」、そう思っていたからこそ現実を知って慄いた。
■リサーチしまくって言葉を尽くす。自信がないから努力する
動画を作る時は、自分の考えが正解ではないことを前提に、常に自分を疑いながら作っているという榎森さん。だからこそ、「これで大丈夫か?」「こういう意見もあるんじゃないか?」と毎回必死にリサーチをして推敲を重ねている。
センシティブな話題だからこそ、人に届かせるために言葉を尽くす。手間はかかるが、伝え方を工夫し、吟味しながら丁寧に言葉に紡いでいく。それは、これまでろくに勉強してこなかった「自信のなさ」から行き着いた榎森さんなりのスタイルだった。
■「一理ある」批判に気づかされる新しい視点
動画の再生回数もチャンネル登録者数も右肩上がりに伸びていった。しかし、動画が話題になり、たくさんの人の目に触れるほど、いろんな反応がついてくる。中には攻撃的なコメントもあったが、自らを修行中の身とする榎森さんは、改善に繋がる批判や指摘は全て受け入れていった。
一方で、嘘だらけの内容で言いがかりをつけられたり、罵詈雑言を浴びせられる事もしょっちゅうだった。たとえ100個褒められたとしても、1個傷つくことを言われたら、そっちの方が気になってしまうもの。それは榎森さん自身、何度経験しても慣れることも平気になることもなかったという。
■声をあげても変わらない。それでもツッコミ続ける理由
数々の社会問題にツッコミを入れてきた中で、オリンピック関連の動画は通算10本以上。特に問題が山積しているテーマだった。榎森さん自身スポーツが大好きで、過去のオリンピックは手放しで賞賛していたという。東京オリンピックの開催もとても楽しみにしていたからこそ、尊敬する選手たちが政治利用されているような気持ちになって、とても悲しかった。
「東京オリンピックのエゲツないボランティア募集について」や「東京オリンピックの面白すぎる熱中症対策に一言」などの動画では、当初は約7000億円だったオリンピック・パラリンピックの予算が3兆円に膨れ上がったことや、“選手ファースト”とは言えない施策の数々を指摘し、多くの共感の声が寄せられた。Change.orgでも、人々の命や暮らしを守るために東京オリンピックの開催中止を求める署名には、世界中から46.4万人もの賛同が集まった。
しかし、それでも決定権のある人たちの意識を変え、問題を解決するには至らなかった。これだけ多くの人が声をあげても社会は一向に変わらない。「変えられることより、変わらないことの方が圧倒的に多い」と身に染みてわかっていながら、それでもなぜ榎森さんはツッコミ続けるのか。
「変わったか変わっていないか」ではなく、「変えようとしたかどうか」。SNSで“いいね”を1個押しただけでも、家族や友達とそのことについて話しただけでも、些細なことでも変えようとした自分がいたなら、それだけで素晴らしいことなのと榎森さんは力説する。
■声が届いて廃案へ。検察法改正、入管法改悪をみんなで阻止
もちろん、市民が声をあげたことによって、実際に社会や政府を動かした事例もある。2020年5月、政府の判断で検事総長や検事長らの定年延長を可能にする検察庁法の改正案に対し、それは検察の人事や捜査への政治介入を招くとして、日本中から抗議の声があがった。
中でも、笛美さんがTwitterに投稿したハッシュタグ「#検察庁法改正案に抗議します」は、400万件を超えて広がり、社会に大きなムーブメントを巻き起こした。当時、検察庁法の件が気になって調べていた笛美さんが、「これはおかしい」と思ったきっかけのひとつが、せやろがいおじさんの動画だったことを後に知った榎森さんは感極まった。
2021年の春には、難民申請中の人たちの送還を一部可能にすることなどが盛り込まれた入管法の改悪に対して、多くの人が反対の意を示し、法案の成立をなんとか阻止することができた。榎森さんの動画には1200を超えるコメントがつき、初めて問題の深刻さ知った人たちからの感想に加えて、さまざまな意見や議論が交わされた。
■私たちの声が、お肉券・お魚券を日本銀行券に変えた!
2020年、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言下で、政府が国民に商品券を支給しようとすると、現金支給を求めて日本中から批判の声があがった。榎森さんは動画で、コロナ禍で大変な市民を救うためにも、本質的な対策を検討してくれるよう呼びかけた。そして、国民が何度も「今必要なのはそれじゃない」とツッコミ続けた結果、ついに10万円の現金給付を掴み取ることができた。
■アクションに貴賎なし。自分にできることをやったらそれだけでえらい!
賛同する、SNSにいいねする、誰かにシェアする……。ささやかなアクションをコツコツ頑張っている人ほど、「自分はこれしかできないから」「あまり役に立てないけど」と自分を卑下してしまいがちだ。榎森さんは、「みんなそれぞれ自分に合った役割がある」という考え方がもっと広まってほしいと話す。
どんなに些細に見える役割でも、自分にできることをやって、やった自分を「えらい!」と肯定する。それこそがアクションを継続していくためのコツだと榎森さんは語る。そして、これまでの道のりを経て、自分にとっての役割は、まさに「お笑い」なのだと榎森さんは確信した。
■「いざという時に声があげられない」社会の怖さ
誰かが声をあげている横で、自分は何もできないという罪悪感から、「声をあげないことの何が悪い」「声をあげる人がおかしい」という反発につながるケースも少なくないと話す榎森さん。今、声をあげる人たちを否定したり嘲笑したりしてる人たちは、いざ自分が声をあげなければいけない側に回った時に、なす術がなく苦しむのではないかと持ち前の共感力を発揮する。
明日どうなるかは誰にも分からない。再びパンデミックが起こったり、急に病気になったり、仕事が続けられなくなって困窮することもあるかもしれない。誰しもが声をあげる側になる可能性がある中で、誰かの声に見て見ぬふりをする、声を塞ごうとするのは、みんなにとって生きづらい社会だと榎森さんは危惧している。
■ネットで活動してきたから感じる「リアルの大切さ」
ネットの力で、社会を変えようとするうねりをみんなで起こしていくデジタルアクティビズム。さまざまな社会問題や誰かの困りごとへの共感を広げ、YouTubeやTwitterという巨大プラットフォームで声をあげ続けている榎森さんは、まさにその動きを牽引し続けている存在と言えるだろう。
しかし、武器は使い方によっては危険も伴う。SNSのおかげで「人生が変わった」榎森さんは、ネットの可能性を身に染みて感じている。一方で、ネット上では生きがいのひとつである「笑い声」は返ってこず、知らない人から辛辣なコメントが届き続けるというスパイラルに、しんどくなることも何度もあった。
リアルの大切さをより大きく感じるようになった榎森さんは、今は活動の幅を広げてスタンダップコメディの舞台をやりながら、全国各地を回っている。
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榎森さんのこの10年は、ネットを主戦場に傷だらけになりながらも、自分なりの役割を見つけるまでの長く険しい道のりだった。自分に自信がないからこそ、何かを発信する時は、心を砕いて言葉を尽くして届けようとする。そして、やり切った自分を精一杯褒めちぎる。たとえ求めた通りの変化が起こらなかったとしても。
動画を見て、「私が悩んでいたことを代弁してくれている」と感じる人がいて、オンライン署名を見て、「私が困ってたことをこんな風に訴えてくれている人がいる」と勇気づけられる人がいる。誰かの目に触れるだけでも、ポジティブな気持ちが伝染する。そう考えたら、小さなアクションでも得られるものは本当に大きいと、榎森さんは目を輝かせる。
ひとつひとつの変化は本当にささやかで、実際に目にしたり感じたりすることはなかなか難しいかもしれない。しかし社会は着実に変わってきている。どんなに小さいことでも、頑張った自分を肯定しながら、細く長く続けていくことの大切さを榎森さんは教えてくれた。
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