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メイドや執事なんかの分類についての話①

いろんな媒体に出てくるメイドや執事

 今の時代アニメ、漫画、映画やドラマなどいろんな作品でメイドや執事が登場することがある。「お帰りなさいませ、ご主人様」なんて言ったりオムライスにケチャップでいろいろ書いてくれたりするメイド喫茶も秋葉原を筆頭にたくさんあるご時世だと思う。(今は違うのかもしれないけど。)SNSやイラスト投稿サイトでメイドや執事のイラストを目にすることも決して珍しいことではなく、割と普通に目にする光景だろう。
 こうしたメイドや執事のような使用人の源流をたどっていくと、行きつくのは18~19世紀のイングランドだ。もちろん更に根本的な部分をたどるとまた別になるが、少なくとも昨今のサブカルに出てくるメイドや執事の原型は近現代で言う家事使用人(domestic servant)にあると考えられる。
 今でこそ使用人というくくりで一緒くたにまとめられてしまうメイドや執事であるが、根源にある18~19世紀のイングランドにおける家事使用人は非常に分類が細やかな上に相当な数が存在していた。Wikipediaにある「家事使用人」の項目を見ても、その分類は非常に多岐にわたることがわかる。
 そこで今回は近現代イングランドの家事使用人に焦点を当て、特にその分類やそれぞれの仕事がどのようなものであったかを見ていこう。

 なおこの話は参考程度に読んでもらえればありがたい。内容が完全に合っていて正しいという保証はしかねるので、メイドや執事に興味を持ったなら専門に扱ってる本を読むのをおススメする。今の時代ありがたいことにかわいいイラスト付きで書かれた『英国メイドの世界』(講談社、2010年)などの本もあるので読んでみたら楽しいことだろう。

雇い主で変わる規模

 ヴィクトリア朝期のイギリスでは多くの女性が家事使用人として各種家事労働に従事しており、街中でも様々な場所で見かけることのできる一般的な職業になるほど広まっていた。
 こうした家事使用人は上は貴族の屋敷から下はギリギリ中流階級になるかどうかという労働者階級の家庭まで幅広い家庭で働いていた。なぜ生活の厳しい家庭でも家事使用人が雇用されていたかといえば、使用人を1人でも雇えるかどうかが中流階級と労働者階級の分かれ目と考える風潮があったからだ。
 長い話になるので簡単に言えば、18~19世紀のイングランドでは富の誇示で自らの社会的地位を示すことがしばしば行われていたことに由来する。富める上流階級は社交界や日々の生活、家具や調度品に至るまで贅の限りを尽くした。そうした上流階級にあこがれる中流階級は使用人を雇ってみたり客間を飾り立てたりして街行く人や訪れた人に贅沢さを見せつけようとした。そして中流階級にあこがれる労働者階級はどうにか1人でも家事使用人を雇って中流階級のようにふるまおうとした、という具合である。ほかにも「家庭の天使」といった思想的な面もあったが、いずれにしても18~19世紀にあったヴィクトリア朝期のイギリスではたくさんの家事使用人がいた。
 そんなわけだから家事使用人が何人いてどういった構造になってるかは家庭によって割と違ったりしていた。最上級の貴族の屋敷では何十人、時には百何人もの使用人を雇っていたし、最下級の家庭ではたった一人で家庭内のあらゆる家事をやった上、主人一家に仕えて様々な要望に応えなくてはいけないなんてこともあった。
 家事使用人の数が数名程度であれば、それを監督するのはその家の女性がやることだった。ところが規模の大きい貴族の屋敷ではそうもいかない。そこでそうした屋敷では上級使用人(upper servant) と下級使用人(lower servant)の2種類に分けて使用人を管理していた。
 まず上級使用人には主に使用人の雇用管理や役割分担、また実際の作業を監督する管理職がいた。いわゆる執事もこちらに分類される。そうした上級使用人の下で家事労働に従事していたのが下級使用人である。こちらには主にメイドが分類されることになる。
 大枠で言えばたくさんいる使用人の分類はこうした上級と下級に分けられる。次ではこうした分類の中でどのような役職があったかを見ていこう。

上級使用人

 Wikipediaの家事使用人の項目でも上級・下級と大まかにに分けてかなり細やかな分類がされている。しかしこうした使用人の中の役職はそれぞれの屋敷にすべて存在していたわけではない。屋敷によっては特定の役職がほかの分類の仕事を兼任していることもあったし、はたまたその屋敷独自の分類で新たな役職が配置されることもある。さらに時代によっては移動手段のために馬の管理をする人がいたり、時代が下れば電話担当や自動車の運転手、保守点検要員がいるなど非常に多岐にわたる。実際の貴族の屋敷における使用人の雇用体制は後で述べるとして、こうした使用人の分類が非常に多様である上に屋敷によってまちまちなので、一概に全部をまとめることは難しい。
 なので今回は多くの屋敷で存在していた主要な役職に限って説明をしていこう。もしヴィクトリア朝期イギリスの貴族の屋敷を舞台に創作したくなった時、以下で述べるような「一般的な使用人の役職」を押さえておけばきっと問題はないはずだ。

・バトラー(執事)

 創作物によく出てくる執事はバトラーともいう。多くの場合使用人全体のトップに立ち、男性使用人の雇用や面接、教育、金銀食器のような貴重品管理など様々な仕事をしていた。屋敷の維持管理を担うというその責任の大きさのため、バトラーの職に就く際には主人からの信頼だけではなく多くの知識が必要とされていた。酒類の管理はバトラーの主要な仕事の一つであり、 普段の主人一家の食事や晩さん会などで消費されるワインの量や、使用人たちが飲むビールやエールの提供量もバトラーが管理していることが多かった。特にワインなどはその質や不純物の除去といったようにある程度熟練した知識を求められることもあった。このようにバトラーになるにあたっては貴重品の管理を任せられるほどの主人との信頼や勤労年数、そして豊富な知識といったさまざまなスキルが求められる重要な仕事だった。
 ちなみにバトラーに似た役職として彼らと同等、もしくは家に応じてそれ以上の権限を与えられることがあったのがハウススチュワード(家令)だった。しかしこの役職は主に領地管理や、領地に存在する屋敷内の管理などバトラーと似た部分も多い。ごく一部の貴族の屋敷では複数ある屋敷や広大な領地の管理にこうした役職を置くことはあったが、あくまでそれは非常に裕福な貴族の家庭に限られていた。

・ヴァレット(従僕)

 貴族のキャラクターとセットで書かれることもある執事だが、ヴィクトリア朝期イギリスでは執事とは別にヴァレット、従僕がおかれることが多かった。彼らの仕事は主人に仕え、身の回りの世話から服装、装飾品の管理、また小間使いなど幅広い仕事があった。使用人の中では一家の主人、夫人それぞれに仕える役職がある。一家の当主たる主人には男性であるヴァレット、その妻である夫人には女性であるレディーズメイドが仕えていた。ここからもわかるように特定の個人に仕える使用人は男性には男性、女性には女性と同性の人が仕えていた。そういうわけでヴァレットも男性がなることのできる上級使用人の役職の一つというわけである。

 なお使用人の間では男女でなることのできる役職は決まっていた。男性は使用人のトップであるバトラーになれたが、女性は女性使用人の中のトップであるハウスキーパーという職にしか就けなかった。

 彼らの雇用は主人自らが行い、これまでの経歴や誰の下で働いていたか、評判はどうだったかといった点を考慮して雇用される。上級使用人であることだけでなく、主人に非常に近い立場にあることから下級使用人たちからはバトラーと同様に畏怖の念をもって迎えられていた。さらにその仕事は主人を中心に動くため、朝は主人の起床よりも早く目覚め夜は主人が寝た後に寝ることになっていた。主な仕事が主人からの指示で動くため、主人より早く寝ることはできないという長時間労働が当たり前の仕事だった。こうしたことから多くのヴァレットは就寝が夜の12時以降になるため、服装管理や貴重品管理といったスキルのほかに上級使用人であってもある程度の体力は必要だった。

 ちなみに完全な私見だが、史実で貴族のそばにいたのがヴァレットだったからといって創作物で貴族の横に執事をおいてはいけないなどと無粋なことを言うつもりは毛頭ない。むしろ近現代の使用人衰退の歴史を知っていると、「ほかの使用人が離れていった中でも最後まで貴族に仕える執事」見たな想像ができてものすごくエモい。なので創作物で貴族の坊ちゃんに仕える老齢の執事みたいな構図はバンバンやってもらいたい。史実順守や歴史考証をしっかりしたい場合はヴァレットだとか細かい分類を知ると楽しくなれることだろう。

・ハウスキーパー

 男性使用人&使用人全体のトップがバトラーである一方、女性使用人のトップに立ったのがハウスキーパーだった。ハウスキーパーは使用人全体の構図の中ではバトラーの下に位置しつつ、女性の雇用管理や掃除、洗濯といった家事の多くの管理を行う仕事だった。ハウスキーパーの職も貴族の屋敷にのみ存在した役職ではなく、2 〜3名の家事使用人を雇うことのできた世帯収入500 ポンド程度の家庭では管理のためにハウスキーパーが置かれることもあった。こうした中流階級の家庭においても仕事は同じであり、家事使用人の労働管理と雇用・解雇といったマネジメント業務が主であった。ハウスキーパーも上級使用人として相応の扱いを受けることになり、自室を与えられてそこで管理業務をこなしたりすることがあった。
 創作物なんかでよくある「メイド長」とかの役職は実際の貴族の屋敷だとだいたいハウスキーパーのような位置になると考えるとおおよそ合っていると思う。

・レディーズメイド

 男性使用人のヴァレットと同様に女性使用人においても独立した形で置かれたのがレディーズメイドであり、侍女とも呼ばれる。レディーズメイドもヴァレット同様に雇用は主人の妻である夫人が自ら雇用を行った。その仕事は主に夫人の着替えの補助や服の管理、小間使いなどがあった。基本的には夫人からの指示や行動に合わせて動くものの、その間では夫人の服のアイロンがけや外れたボタン等修繕などの仕事がメインだった。上流階級の女性は着替える回数が多く、活発な女性が狩りへ同行したり、趣味として乗馬などがあればそれに合わせて着替えを行う必要があった。こうしたことからレディーズメイドの仕事としては服装の管理や着替えの手伝いなどが多かった。

・ナニー

 乳母としての役割があったのが上級使用人の1人になるナニーだった。これは女性の役職であり、その下につく下級使用人のナースメイドとともに子育てを担当していた。育児に特化した分野であるため、その仕事は他の女性使用人たちとも異なり、使用人の構図としてはハウスキーパーの下につけられることもあるが独立して育児をこなしている場合が多い。
 ナニーがいつまで子育てを担当するかは家庭によって異なっていた。途中で家庭教師であるガヴァネスという別の役職に取って代わられることもあり、その仕事の変化がいつ訪れるかは完全に一家の主人の考え次第だった。

 なお家庭教師であるガヴァネスは使用人ではあるものの、上級使用人と位置付けるかどうかは少し難しい話になる。というのもガヴァネスになるのは中流階級の既婚女性などであり、さらにこうした女性たちが働くことはあまり望ましいことと考えられていなかったからである。
 使用人が増えたという話で少し出ていた「家庭の天使」像は、簡単に言えば「男性は外で働く代わりに女性は家の管理をやってね」という感じでヴィクトリア朝期に広まった考え方だった。ここから既婚女性が働くということは夫である男性の稼ぎが少ないからだという考え方になり、既婚女性が働くことは恥ずべき事という発想に繋がっていった。なのでケガや病気などで夫が働けなくなった場合でもどこかで代わりに働くというのは世間の目的にも厳しかったので、肉体労働ではなく知的労働で稼ぐという苦肉の策として広まったのがガヴァネスなどの仕事という一面がある。
 さらにややこしいことに、こうした貴族の屋敷で働くガヴァネスなどの中流階級の女性は、自らが使用人という労働者階級の仕事をしていると思われるのを嫌がった節がある。一方で使用人の側としては同じ使用人でもなければ仕える主人一家の人でも客人でもないというものであり、厳格な上下関係の定められた使用人社会においてはガヴァネスの立ち位置は不安定だった。
 こうしたことから今回は使用人としてガヴァネスを扱わずに上級・下級というくくりの中で話を進めていく。

・コック

 コックを中心としたキッチン周辺は少々構造が特殊になる。というのも家庭によってはハウスキーパーやバトラーの下に位置付けられることはあるものの、特に使用人の雇用規模が大きくなる貴族の屋敷においてはキッチンも大規模になる。さらににおいや火事対策のために屋敷から少し離れるか外側におかれることが一般であった。そのためある程度独立した形でキッチンとコックがおかれることも多かった。
 キッチンにおける使用人のうち、上級使用人はコックただ一人である。その家庭での調理・食材調達・献立など食事のすべてを任せられるだけあって腕のいいコックがどこでも必要とされた。こうしたコックを雇うにあたってはフランス人コックを雇うことが人気だった。

 以上までが使用人の中での主要な上級使用人の説明だった。家事使用人という分類の中では上級・下級と分けられるものの、上級使用人の仕事は主に管理業務なので家事とはそこまで関わりがないこともある。次回ではより家事と関わりの深い下級使用人について説明していこう。


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