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エッセイ #14| タラ・マダニのブリーフ猫男になりたい
今から3年前、2019年に森美術館でやっていた"未来と芸術展"という展示に行った。
都市や建築、ライフスタイル、人々の身体、そして社会が、テクノロジーによってどのように変わってゆくのかを作品で表現し、ある種の問いを投げかけるような内容だった。
そう。
つまりは難しかった。
SF映画で見るような世界がそう遠くない未来で待っているかもしれないというワクワクがあり、知的好奇心がくすぐられるような展示ではあったのだが、少々頭を使うのであった。
「ぐ、ぐぬぬぬぬ…。」
あやうく頭が沸騰しそうなところでゴールが近づいてきたのだが、ゴール手前に真っ暗な小部屋があったので入ってみることにした。美術館に行くと、"正直もう帰ってもいいけど一通り見て回らないとなんかもったいないよなぁ"と思ってしまうのは僕だけではないと信じたい。
真っ暗な小部屋の正面には大きなスクリーンがあった。そしてそこには、ある作品のタイトルが映し出されている。
『猫と猫男』
タラ・マダニというイランの女性作家の映像作品だ。
先に言うと、なんのけなしに見たこの5分ほどの映像が個人的に衝撃作だった。そしてそれを皆さんに伝えたいので、その内容を全部書きます。ネタバレします。
スクリーンに映った『猫と猫男』というタイトルがふわっと消えると、路地の映像が流れだした。
想像してほしい。
アニメーションとかではない本物の路地の映像である。左右をレンガの建物で挟まれた石畳の細い路地で、道幅は2mくらい。そして時刻は夜。登場人物は誰も映ってないのだが、真っ暗の路地をどんどん進む映像が流れ、主観で観れるようになっている。
なにこれ。いきなり夜の路地から始まっちゃって。なによこれ。
路地の映像だけ流して、あとはあなたの好きに感じちゃって!、のやつだろうか。エヴァの庵野秀明監督が「謎に包まれたものを喜ぶ人が少なくなってきてる」って言ってたけど、謎に包んで後はあなたの解釈に任せるぜってタイプのそれだろうか。この手の作品はとびきり頭を使うわけだが、今日ここに到達するまでにたくさんの作品を見てきたので正直思考力が落ちている。逃げちゃダメだ、逃げちゃだめだ…。
シンジくんと自分が重なりそうになったとき、夜の路地に何か飛び込んできた。
猫だ。
一匹の猫が背後から出てきた。猫はアニメーションなので、現実の路地の映像の中にアニメーションの猫が歩いているという不思議な状態である。
急に猫きた!
そう思って画面をよく見ると、それは猫ではない。猫のような、四足歩行の人間だ。しかもちんちん丸出しのおじさんときている。色は真っ白。アニメーションなので、キャラクターのようでかわいいタッチではあるのだが、シュールすぎる。
おじ…さん…?
眉をひそめるとか首をかしげるとかではなく、ただただ口を開けてポカーンとしてしまった。が、この謎だらけの映像に興味をそそる。
背後から飛び出てきた猫、いや、四足歩行のおじさん、いわば"猫男"がそのまま目の前をてくてくと歩いていく。
導かれるようにその後ろを付いて行くと、また背後から猫男が飛び出してきて、しまいには複数の猫男たちが画面に出たり入ったりするようになった。
なにこれ?夜の路地を、ちんちん丸出しの四足歩行のおじさんが猫みたいに歩いて。しかも何匹も。シュールすぎるし、なんならちょっとしたホラーだ。
猫男たちがゴロニャンゴロニャンと歩く路地を進むと(実際ゴロニャンとは言ってない)、あるとき、パンツを履いた猫男が現れる。他の猫男たちは何も履いていないので、周りの猫男と比べると明らかに浮いている。
いや。なぜこいつだけパンツ。しかもブリーフ。ブリーフはクレヨンしんちゃんのしんのすけが履くような真っ白のやつで、コミカルというかやはりシュールなのであった。
状況を整理するが、いまは夜の路地で、目の前にプレーンな猫男が6匹くらいと、ブリーフを装填した猫男が1匹、縦横無尽に歩いている。
そんなカオス路地を進んでいくと、ブリーフ猫男の様子がおかしい。
四足歩行で歩いている、その前足をまじまじと見つめだし、5本の指をグーパーグーパーして、開いたり閉じたりし出した。まるで人間のような仕草だ、と思っていると、だんだん背が伸びてきた。背が伸びてきたというより、姿勢が変わって体が大きくなってきた。しまいには腰がぐんっと伸びてゆき、四足歩行をやめて立ち上がり、完全に二足歩行になった。そして、猫背ではあるがしっかり二本の脚で歩き出した。
えぇ…こっわ…。
急に普通のパンツ一丁のおじさんが出来上がってしまい、目の前をのっそのっそと歩いている。この映像の中では明らかな異物。こっわ。
ブリーフ猫男が立ち上がって二足歩行になると、これまで周りを気にせず自由に歩いていた他の猫男たちが豹変し、男に襲いかかった。
!?
おいおい急展開すぎるぞ!
路地を進み、二足歩行のブリーフ猫男は周りの猫男たちから逃げるように夜の路地に消えていき、猫男たちは逃げてゆく男の後を追い、やはり夜の路地に消えていくのであった。
いやーちょっと!難しすぎやしませんかい?視聴者にゆだね過ぎじゃあありませんかい?
僕は、500mくらい先の遠くの方で交通事故を見つけたような顔になってしまった。ここまで4分くらいの映像。よく分からんかったけどこれで終わりか。と思って席を立とうしたらまだ続きがあった。
その瞬間背筋がゾクゾクっとしたのを今でも覚えている。
二足歩行のブリーフ猫男が他の猫男たちに襲われて夜の路地の闇に消えていき、その後を猫男たちが追いかけていく。問題は、その猫男たちの群れの最後尾にいた一匹である。
前にいた他の猫男たちに続き、最後尾のその猫男が暗闇に消えていく最中、むくっと立ち上がり、四足歩行から二足歩行になったではないか!
えっ!
二足歩行になったブリーフ猫男を襲うことに加担していた一匹が、闇に消える直前に背中が伸びて立ち上がり、そのまま後を追うようにひっそりと闇に消えていった。
なんそれ!
ナチュラルにZAZYが出た。こっわ、最後の一匹、こっわ!特に解説などは無いので、自分で解釈する他ないのだが、この怖さ、みなさん共感してくれるだろうか?
僕はこう思った、という話なのだが、最後にむくっと立ち上がり、二足歩行になって闇に消えた最後尾の一匹は、きっとはじめから自分が二足歩行になれることを知っていたに違いないのである!
なぜ最後に立ち上がったのか?それは、少数派になって淘汰されることを恐れたからだ。闇に消えるときでないと、自分の本性が出せなかったのである!自分も本当は二足歩行が出来るのに、みんなには黙って四足歩行の猫男ヅラをして、隠していたのではないかと直感的にそう思った。タチが悪いのは、最初に二足歩行になって歩き出したブリーフ猫男を、周りの猫男たちに混ざって襲いかかったことである。
見ようによっては、この最後尾の一匹を賢いやつだと言って称賛することも出来るだろう。でも僕が称賛したいのはむしろ最初のブリーフ猫男の方だ。少数派であっても最初に立ち上がるその様には敬意を表したいし、この5分の映像の中で自分がなりたい猫男を1つあげるとするならば、ブリーフ猫男に僕はなりたい。
何もこれは猫男の世界に限った話ではないのだ。協調性をもって周りに合わせるのが大事な時と、周りを気にせずに自分の考えを主張するのが大事な時があったりするが、後者の方は特に勇気がいる。勇気がいるが故に、それが出来る人はかっこいい。
少数派であるがゆえに淘汰されてしまう猫男と、淘汰されることを恐れ、多数派の中にまぎれて普通の猫男になりすました一匹。その不気味さを描いた一作にグッときたのであった。
これを見て3年経っているが、調べてみてもこの映像をネット上のどこかで見ることは恐らく出来なさそうだ。ただ、タラ・マダニの別の絵などは見れそうなので、ぜひググってみてほしい。
以上が僕が見た衝撃作の全貌である。
尚、僕は下着は全てエアリズムと決めているため、ブリーフは履けない。