性の話と、被災地での性犯罪について

 今日はこのテーマで書くことに決めた。最初に書こうと思っていた内容は次回以降に回すことにした。

 さて本題に入る前に、私が「性」について語るとき、性の解放や性の問題といった言葉を使うことがあるが、これを世の表面に出そうとすると、不特定多数の人と自由に性行為をする事に焦点を当てているのだと誤って理解する人がいると思われるので、私の言う上記の2つの言葉の意味について、念のため先に簡単に触れておきたい。

性の解放と性の問題について

【性の解放】
 性の解放とは、身分や階級に関係なく相思相愛の男女が健全に精神的・肉体的に触れ合えること。この考え方について小説を参考にするならば、D・H・ロレンスの「チャタレイ夫人の恋人」が参考の一つになるだろう。

 ロレンスが主張している「身分や階級に関係なく」の部分は既に現代では問題にはなっていない。当時の社会で工業化が進む中、森などの自然界の生物達と同様に人間も同じ生命として精神的、肉体的に喜びの中で結ばれ合うというテーマ。現代の感覚で読むと、当時の恋愛関係が些細な問題に見えるかもしれない。だが、登場人物達の立場を考えれば、簡単には割り切れない部分もあり、何が大切なのかを考えさせられる。男女の問題は今の世の中にも当てはまる気がする。

【性の問題】
 性の問題についてはここでは詳しく触れないが、男女の性行為の考え方、性欲のエネルギーなどについて。人によって考え方が違うと思うが、別記事でも触れた下記の本や、タオの本などが参考になるかもしれない。


 つまり、上記の性の解放や性の問題についてごく簡単にまとめると、【男女の精神的なつながりが大事】という事だ。勿論、人によっては相手が同性ということもあるだろう。

被災地での性犯罪について

 ここからが本題だが、当然であるが同意のない性行為や、それに付随するものは性犯罪となる。特に許しがたいのが震災や台風などで被害を受けた被災地での性犯罪だ。あまり大きな問題として扱われていないが、ネットで調べれば実際に何件も発生していることが分かる。
 これは男性には他人事のように聞こえるかもしれないが、自分の家族、親戚、知り合いの女性が被害にあったらどう思うだろう。被害を受けても、その内容から声を上げることも出来ずに精神的に苦しんでいるとしたら。
 まずは被災地でも性犯罪が起きるという事実を知るべきだろう。インフラが寸断され建物の修復が優先される中、大人達も疲れており性犯罪の問題にまで手が回らないこともあるだろう。だから、これはテレビで被災地で注意すべき事として性犯罪についても広めたほうが良いだろう。狭い体育館や公民館では多数の男女がひしめき合っている。簡易的に組み立てられる仕切り板やテントのような物などを前もって備蓄しておくのも良いと思う。また、太陽光発電の懐中電灯やトイレに行くまでの通路に設置するライトなどの保管も必要だろう。


 こうした同じ被災した住民の中から性犯罪を行う者がいる一方で、外部からやって来て性犯罪を狙う者もいる。子供を車の中に引きずり込もうとしたり、大人の女性に対しても車の提供を装って性犯罪を強要しようとしたり。
 現在、自然災害が日本で多くなっている。この性犯罪は一部の地域だけの問題では済まなくなってくるだろう。神戸の被災地でも、東日本大震災の被災地でも、九州の被災地でも発生している。被災すれば東京でも発生するだろう。今のうちから対策が必要なのではないだろうか。
 ちなみに、アメリカでは性犯罪は重罪だ。日本と比較すると重すぎると感じるほどに。どれほど重いのかは下記のサイトが参考になるだろう。

 日本での法律で性犯罪をどう位置づけるのか。ますます検討する段階にきているように思う。そして実際に性被害にあってしまった人達に行うメンタルケアの充実も欠かせない。


 







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