毎月短歌14 テーマ詠部門 選歌評
〈金賞〉
かくれんぼしようと言った母親はもういいかいと聞かずに去った/反逆あひる
怖いですねえ。こどもを残して母親が失踪したと受け取るのがしっくりと来る読み方でしょうか。起こりうる、もしくはどこかで実際に起きているホラーです。たまにドラマとかで聞く話なんですが、わたしの知人にも実際に似たような経験をしたひとがいます。
ところでホラーとは恐怖を意味する言葉ですが、そもそも恐怖とはいったいなんなのでしょうか。「恐怖とは典型的な情動のひとつで、有害な事態や危険な事態に対して有効に対処することが難しいような場合に生じる」と、ある辞書には書かれています。
ですが、ものがたりとして描かれた空想の世界に対して「有害」だったり「危険」だったりと感じるには共感力や想像力が必要で、読む側にもある意味でのスキルが求められます。それを表現するために他ジャンルの映画や小説などではある程度の尺を取って、緊張と弛緩、共感と乖離、条理と不条理といった面や、あるいは音楽やオノマトペといった五感要素を交えて恐怖を演出するのに対し、短歌という小詩形でホラーを詠もうとするとき、描写に使える文字数は限られ、多くが二次創作や不条理な展開に頼る形になりがちです。
テーマ詠というのはただでさえむずかしいものですが、中でもホラーというテーマは、詠者にとっても読者にとってもすこぶる難題のだったように思います。
そんな中でこの一首は、母親の消失という根源的な不安を読者に突きつける歌で、その感情は多かれ少なかれ読む人のなかに存在するものなのではないかと思います。この歌のよいところは、出来事だけを語って、そこに生まれた語り手の心情を言葉としては描いていないところです。母親の消失によって語り手が覚えたであろう感情を敢えて語らないことで、短歌特有の文字数の制限の中で読者にその感情を想像させます。
「もういいかい」の呼びかけに対して、「まあだだよ」もしくは「もういいよ」というお約束のやりとりがなくなってしまったこと。予期していなかった母への期待や当然の甘えへの裏切りが、あるべきはずのものがなくなってしまった寂寥感とともに、その恐怖、不安を現実のものとして読者の心に呼び起こします。
怖いですねえ。
〈銀賞〉
この鍵を君の右目にさしたならわたしの本音を見てくれますか?/あす
怖いですねえ。目というのはホラーでも定番のアイテムではあるんですけど、定番だからこその効果があります。目に対する攻撃を表現されると、実際に目に大きな傷を受けたことがなくても、その心層的な痛みをなんとなく想像しちゃうんですよね。これは目が特別なものだからだと思うんですが、他の部位にはない特殊性だと思います。この痛みが一首にスプラッタホラーとしての恐怖を感じさせます。鍵を目に、という組み合わせがいいですよね。
ところで、ホラーとミステリというのはなかなか相性がいい組み合わせだと思うんですよ。この一首において、主体がそこまでして見せたい「本音」というのはいったいなんでしょうか。あるいは、このふたりの関係性はどのようなものでしょうか。なぜ鍵をさす場所として選んだのが右目だったのでしょうか。この一首だけで答えがでるものではないのですが、そこを想像してみるのも楽しく思います。
怖いですねえ。
〈銅賞〉
1Kで一人暮らしのももちゃんがコストコで買う肉の塊/アゲとチクワ
怖いですねえ。いったいそれだけの量の肉の塊をどうするつもりなのでしょうか。
「人類の最も古く、最も強い感情は恐怖であり、最も古く、最も強い恐怖の種類は未知への恐怖である」と語ったのはラブクラフトですが、この「ももちゃん」の存在にはそれを思わせる底知れない怖さがあります。その行動の「わからなさ」に対して異質な雰囲気を感じてしまうし、不気味さを覚えてしまいます。
べつに「ももちゃん」がどれだけ肉を買っていても自由なのだけど、そこに干渉するつもりはないのだけど、その肉をいったいどうするのか気になってしまう。食べるのか、置いておくのか、その見合わない量の肉から「ももちゃん」に対してそこはかとなく漂ってくる異質感が、じわじわと恐怖を感じさせてくれるし、そのもやもやとした感じが絶妙に歌として効いています。
怖いですねえ。
〈佳作〉
眠ってる手を取り生体認証を外しあなたのあのこと話す/睡密堂
生体認証というアイテムによさがあります。いまやスマートフォンはプライバシーの塊で、それを原始的な方法で解除してしまう怖さ。これ自体はおもしろく思いつつも、まあ、ままある発想ではあるのですが、歌として「あなたのあのこ」という表現がいいですね。ただの「あの子」ではなく、スマートフォンという個人にとって特別なアイテムを解除することで現れるその人物を、すごく特別なものとして表す秀逸な修辞かと思います。
〈特別賞〉
また外で上から生徒が振ってきたテスト前だよ邪魔しないでよ/谷 たにし
怖いですねえ。この歌の異質であるところは、状況と語り手のありかたのふたつの相乗効果ですね。生徒の飛び降りが「また」という文字で常習性を思わせますし、ひとの生死よりもテスト勉強を重視するシチュエーションがホラーです。異常な状況と、それよりも異常な語り手。
こういう理不尽なタイプのホラーは他の作品にもいくつかあったのですが、それらの作品に押しつけがましい雰囲気があったのに対して、なんていうか、この作品は静かに狂っているのがよかったですね。ああ、こいつは狂ってるんだ、という納得と、その狂気がまったく理解できないわけではないところが実に怖いですねえ。
一点、「振って」はおそらく「降って」の誤字だと思われます。なんかこの手の作品に誤字はすごく惜しい気がするので、気を使って頂ければと思いますが、まあ、絶対に誤字というのはなくならないのが文字の世界のホラーでもありますね。
怖いですねえ。
【選歌後記】
独断と偏見で選びました。反省はしていません。
今回のテーマだった「ホラー」についてなのですが、実はあまり得意ではない分野についての選歌でした。ゾンビや幽霊というのも嫌いではないのですが、そこまで身近なものとして考えられないため、選者の趣向に捕らわれるのはどうかと思いつつも、フィクションめいたホラーのおもしろさを捉えにくく、どちらかといえば現実に即したタイプの歌ばかりを選んでしまったように思います。良い歌であったにもかかわらず受け手の私の問題で選ばれていない歌もあるかと思いますので、そこはご容赦願いたく存じます。
ただ、今回の応募作で思ったこととして、「テーマ」に凭りかかってしまった歌が多いのではないか、ということでした。もちろんテーマ詠なので、テーマから着想を得て、テーマを組み込んで詠むことは正しいのですが、それに捕らわれてしまうと一首の自立性が失われてしまうように思います。個人的な感想ですが、ちょっともったいないかな。
今回の選歌、また評をするにあたって、非常に勉強になることばかりでした。
また良い短歌をたくさん読ませてください。
レッツエンジョイ短歌!
(宮本背水)
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