十三夜の物語
広い広い宇宙。
その宇宙を造られた神様は、
数億年に一度、ある儀式を行なっていた。
儀式の名は、「散」と言った。
その儀式の時がくると、
神様は宇宙にあるすべての星をその手に集め、
そして再び宇宙空間に一斉に解き放った。
これまでの宇宙が一度壊され、新しくつくり変えられる儀式だった。
⭐︎
神様はもうすぐ、再びその儀式を行おうとしているところだった。
しかし、1つ困っていることがあった。
星たちを放つときに必要な、「衝」という役割を果たす星が、まだ見つかっていないのだった。
「衝」とは、中心を意味した。
神様はいつもこの儀式を行うとき、
たった一つ目印となる星を定めた。
それは皆が放たれるとき、
宇宙の中心がどこなのか分かるようにするためだった。
バラバラに放たれて不安になる星たちも、
「衝」の星を見て、
自分が宇宙のどのあたりを飛んでいるのか知ることができた。
「衝」の星は、どの方向からでも見失わないほど強く光って見える必要があった。
宇宙にはたくさんの明るく光る星があったが、
毎日絶えず光を放っている星たちを、神様は休ませてやりたかった。
みんなが自由に遊ぶように、「散」の儀式を楽しんでほしかったのだ。
そして何より、神様は、
まだ誰も見たことのない色で光る星を
今回の「衝」に据えたいと考えていた。
「困った。誰か適任の星はいないものか…。」
神様は毎日、頭を悩ませていた。
⭐︎
とうとう儀式の前日。
そんな神様のところに、
一粒の小さな星がやってきた。
その星はほかの星とぶつかって欠けたところがとてもたくさんあって、
身体中ゴツゴツしたいびつな形をしていた。
自分からは光を発することができず、
いつも宇宙の隅の方で、皆と離れ、一人でうずくまっている星だった。
その星は、自分のことを恥ずかしい、醜い存在だと思っていた。
「神様。お願いがあります。
私はこんな欠けたところばかりの不恰好な星です。みんなに見られないよう、ずっと隅の方でうずくまって暮らしてきました。
明日の『散』の儀式の時、他の星たちは、きっと私のこんな姿を見て笑うでしょう。
お願いです。
神様のお力で、私をもっと美しい姿にしてくださいませんか?」
そう言って、泣いた。
小さな星の身体は、不安で小刻みに震えた。
神様はその姿を見てじっと何かを考えていたが、ふと何かに気づいたようにはっとして、にっこり笑った。
「明日、儀式が始まる前に、もう一度私のところに来なさい。」
小さな星は、不安を抱えたまま、また宇宙の隅に帰っていった。
このやりとりを聞いていた月と地球だけが、顔を見合わせて目配せした。
⭐︎
次の日、いよいよ散の儀式の日。
小さな星は、神様のところへやってきた。
神様は言った。
「今日の儀式のことは知っているね。
お前は今日、『衝』の星となりなさい。私が皆を一斉に宇宙にばら撒く時、
まず初めにお前をその中心に置く。
皆は、お前の姿を目印にこの宇宙を自由に飛んでいく。
大切な役目だよ。」
小さな星は、びっくりして言った。
「とんでもありません。
私には、あの明るい星たちのように光を発することができません。
それどころか、表面もこんなにゴツゴツしていて、醜い形をしています。
皆の目印になれるはずがありません。
神様、私は昨日、もっと美しい姿にしてくださいとお願いしたのに、
なぜそんなことを言われるのですか?」
神様は言った。
「小さな星よ。お前が持っているものは、何だと思う?」
「何も…。光を発する力も、美しい姿もありません。あるのは、このゴツゴツした身体だけです。」
「そうだ。お前の持っているのはそれだよ。それがどんなに素晴らしいか、お前は今日分かるだろう。」
神様はそう言うと、小さな星を拾い上げ、自分の肩に乗せた。
それからその手に他の全ての星を集めた。
宇宙は真っ暗になった。
神様は肩に乗せていた小さな星を、
大切に宇宙の真ん中に置いた。
そしてにっこり微笑むと、その横に立ち、集めた全ての星を宇宙に解き放った。
小さな星を中心にして、全ての星が、宇宙空間に一斉に散らばった。
青い星、赤い星、白く輝く星…。
無数の星たちが飛び交って、
宇宙はまるで霧がかかったようになった。
星たちは自由に飛び回っていたが、
宇宙はあまりにも広すぎて、自分がどこにいるのか不安になる者もいた。
その時、ある星が言った。
「見て! あそこに、あんなに光るものがあるよ! あれはなんだろう?」
星たちは飛び回りながら、その星が言う方を見た。
星たちの霧の中で、
そのどこからでも見えるほど明るく、
そして今まで誰も見たことのない色で輝く光があった。
それはあの、小さな星だった。
小さな星は、恥ずかしさのあまりずっと目を瞑っていた。
こんな姿でみんなの真ん中に立つなんて、
きっとみんなは笑っているに違いない。
どうしてこんなところに僕がいるんだろう。
その時、どこからか神様の声がした。
「目を開けなさい、小さな星よ。
自分の姿をその目で見なさい。」
小さな星は、恐る恐る目を開けた。
そして自分の身体が、無数の色で明るく輝いてるのを見た。
「僕が、光ってる…? どうして…???」
よく見ると、過去に他の星とぶつかって欠けたときにできた無数の面が、
周りを飛び交う星の光を反射して、色とりどりに光っているのだった。
小さな星は、誰も見たことのない色に輝いていた。
「びっくりしたかね。」
神様の声がした。
「お前が私のところに最初に来た時、お前は泣いていて気づかなかったが、
私はお前の身体が、側を通る星の光を反射しているのを見たのだ。
お前はずっと宇宙の隅で、うずくまっていたから気がつかなかっただろう。」
「僕の欠けたところばかりの身体が、他の星の光を映すことができたなんて…」
小さな星は、驚いて呟いた。
「お前が持っているのはそのゴツゴツした身体だと、私は言ったね。
お前はそれを恥じていたが、それがあるからこそ、お前はさまざまな方向からの光を反射して明るく輝くことができる。
遠くから見ると、お前の身体は虹のようにさまざまな色に輝いて、とても美しいのだよ。」
小さな星は顔を上げた。
欠けたところだらけの自分のことを、生まれて初めて、誇らしく思った。
「僕は…恥ずかしい存在なんかじゃなかった。」
小さな星は、周りを飛び交う星たちを見つめながら、そう言ってにっこり笑った。
⭐︎
「私がこの日を選んだ理由が分かるかね。」
神様は小さな星に問いかけた。
「いいえ、分かりません。なぜですか?」
「お前も知っている月という星は今日、十三夜という時を迎えた。
地球という星から見て、月は、完全な姿である満月より少し欠けて見えるのだ。
だが、今日の月もまたとても美しかった。
欠けたところのある月には、そこにしかない、それだけが持つ美しさがある。
完璧に整った形をしたものだけが美しいということではないのだよ。
不完全さには、そのものだけが持つ独自の美しさがある。
お前がもし、他の星のようになろうとしてその欠けたところをなくせば、
お前は今のように輝くことはできなかった。
どんな形の星にも、その星にぴったりの輝き方がある。たとえいびつな形をしていても。
そのことを私は、お前に教えたかったのだよ。
そして、たとえ他の星の光を反射することができないとしても、
お前の欠けたところのある身体には、お前だけの美しさがあることを知りなさい。
今は分からなくても、いずれ分かるだろう。」
「僕だけの、美しさ。」
小さな星は、嬉しくて胸がいっぱいになった。
「この宇宙には、僕より明るく輝くことができる星もいる。
だけど、僕には、僕にしかできない輝き方があるんだ。」
神様の手から放たれて宇宙を飛び回っていた星たちは、やがて各々の新しい場所を見つけ、そこに留まって輝き始めた。
その真ん中で、あの小さな星は、
堂々と顔を上げて、周りの星たちの光を反射してきらきらと美しく輝いていた。
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