金木犀の通学路
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唯一の娯楽は、本を読むことだった。物心ついたときから、本ばかり読んでいた記憶がある。本を読んでいるときはすべて忘れられた。夢中になれた。お金がないときは図書室や図書館、古本屋に通って、とにかく読んで読んで読みまくっていた。そのせいか、学校に通っていなくても国語の成績だけいいのだった。進学できる環境にないからいくら成績が良くても意味ないのだけど。でも本を読むことは私にとってやめられない唯一無二のものだった。今思えば、閉じ込められた世界で、限りなく不自由だったから、読書くらいしか私には見つけられなかったのだろうけど。
10代前半には私には精神的な異常が認められていた。まず、本を読んでいるとき以外の時間はほとんど寝るようになった。まったく起きない。20時間くらい寝ている一日も普通だった。本を読んでいないと脳が眠りを強いるような感じだった。さすがに病院に行こうと思って、行ってみたら、いろいろ検査された上で、入院を勧められた。入院して治療するのがいいと医者に言われたが、それは出来なかった。突然母が来て、お金がかかることはしないでほしい、自力でどうにかしたら賞金をあげるから、と言った。私は無気力に笑った。そしてそれ以降は病院にさえ行けない環境になってしまった。40℃以上の熱を出しても、吐き気が止まらなくてどんなに苦しくても。それは母が保険料を払わなくなったからだ。保険証がないと負担が全額になる。とても払えない。どうしても苦しくて、一度だけ母に懇願したが「あんたが勝手に病気になったのが悪いんでしょ。なんであんたのためにお金払わないといけないの」と言われたので諦めた。母は小さい頃からこんな感じだった。だから悲しかったりはしなかったけど、ただ苦しかった。薬が欲しいだけだった。子供の私は母の扶養から外れて独立した世帯として保険証を持つ手段がわからなかったのだ。今みたいに、簡単にネットで情報を調べられたり、虐待が重要視されていない時代だったのもある。