お酒の記憶
一番記憶に残っている、忘れられないお酒の記憶。
あまりいい記憶じゃない。
もっといい思い出を一番に思い出せたら良かったのにと思うけれど仕方がない。
大学生の頃、バイト帰りによく一人で寄るお気に入りの小さなバーがあった。カウンターから見える窓には外の渋谷の通りの明かりを背に受けてきらきらと輝く色とりどりのお酒の瓶が並んでいて、その光を背にいつものバーテンダーさんがお酒を作ったり仕事をこなす動きの無駄のなさに見とれるでもなくぼーっとするのが好きだった。ゆっくりと溶けていく氷が時折たてるかすかな音とR&Bを聴きながら。他のお店みたいに女一人だからと声をかけてくる人もいないのも、その店が好きな理由だった。
その夜は、いつものお店に母と二人で。
母にいつもどこに寄って帰ってくるのかと聞かれて、お店のことを話すと
「私はそんな素敵なところ、お父さんにも連れて行ってもらったこともないのに、ずるい」と母が言い出したからだ。いま考えると変な話だが、当時の私は、早くに結婚してやりたいことも満足にできないまま家に押し込められてしまった母をかわいそうだと思っていて、母にあの綺麗な時間を見せてあげたかったんだ。
学生が通えるくらいだからそんなにいいお店じゃないよ、と言ったのに、母はお店に不相応なくらいきれいにめかし込んで、まるで私より若い女の子みたいにはしゃいでいた。カクテルなんかも初めて見る名前ばかりだったようで、いろいろと頼みたがって。楽しそうにしている姿に、ちょっとうれしかったんだ。ずっと忌み嫌われていると思っていた母と近づけたようで。
でも、それは幻想だった。
酔いが回って饒舌に夫や義両親や私への恨み節をまくし立てた彼女は、ほどなくトイレにこもり、やっと出てきたと思ったらカウンターに突っ伏して寝てしまった。バーテンダーさんに助けてもらいつつ、何度も謝りながら店を出て、なんとか家に連れて帰った。
翌朝の母が何と言ったかは、もう思い出したくもない。
大好きだったバーはそれからほどなくして閉店。
結婚すると、体質的にお酒の飲めない配偶者からの偏見と無理解から、一人で飲みに行くこともできなくなった。
今、娘があと数年であの頃の自分に追いつく。
先日うちに遊びに来た時に「この前パパがお料理でワイン使った時アルコール分飛ばしきるのに失敗して自分で食べて倒れちゃった料理、私食べても大丈夫だったから、私はお酒飲めそうだよ!」と言っていたので、
じゃあ成人したら一緒に飲みに行こうか、と言ったら、「いいね~(^-^)」と言ってくれて、涙が出そうにうれしかった。
あのときの母と私とは、私と娘は違うんだ。
きっとそのときが来たら、あの嫌な夜の記憶を塗り替えられるくらい素敵な時間を彼女と過ごそう。
人のせいにはせず、自分でちゃんと自分の人生を背負って生きること。
それは母が反面教師で教えてくれたこと。
同じようにはなるまいと気にすればするほど似てると言われて、悲しくもなったけれど。
私の選択は、きっと世間一般的には【正解】ではない。
だけど、それでもそれを背負って生きるのは自分自身だから。
自分が後悔しないように、自分と自分の大切な人やものを大切にして生きていこう。
ひさびさにウィスキーをロックで飲んでいたら、
氷の溶ける音を聞いて思い出した記憶。
ちなみに、HEADの写真は何年か前のEmpire State Buildingからのマンハッタンの夜景。
マンハッタンの夜景も綺麗だったけれど、
あのお店のカウンターからの夜景は、今でもはっきり覚えているくらい素敵だったよ。
他のお客さんからはそう見えていなかったかもしれないけれど。
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