或る日の営業
僕は大鶴という山の中で喫茶店を営んでいる。
お店では地域のおじさんが挽いた豆を一杯ずつ丁寧に落としてお客さんに提供をしている。
今日のお話は豆を挽いてくれているおじちゃんの話。
おじちゃんはヒデさん(仮)という名前で、
いつからそうなっているのかは知らないのだけれど、
脳梗塞を発症した過去があり、
半身に麻痺が残っている。
日々仕事の傍、熱心に豆を仕入れては焙煎し、
コーヒーを楽しんでいる。
とてもこだわりの強い方で、
僕は彼が挽いた豆でコーヒーを楽しむのがとても好きだ。
或る日の営業日。
「健太さん。お店でテレビを見ても良いでしょうか?」
ヒデさんの声がした。
「どうぞ。」
そう伝えると、
どうやらテレビで中継中の天皇杯(サッカー)が見たいらしい。
電源を入れると、
我らが大分トリニータと、絶対王者川崎フロンターレの
準決勝が執り行われていた。
「大分…準決勝まで勝ち進んでいたんですね…!」
前後半90分の死闘は大分トリニータの防戦一方な展開。
何度も危険な場面があったものの、
デフェンス陣の好プレーによってそれらは阻止された。
僕らは結局、前後半、延長戦、PK戦全てを見終えた。
お店の周りは人気も無く、
売上は殆ど無し。
トホホなお店の状況と、
モニター越しの胸熱な展開。
準決勝を見終えた後、
興奮冷めやらぬ僕らは
決勝戦のお相手が決まる浦和レッズ対C大阪戦まで観戦した。
試合が終わる頃には、閉店の時間も近づいていて
僕は片付けを始めた。
「わらび餅売ってもらえますか?」
ヒデさんも帰る支度を始め、
注文通りわらび餅を手渡す。
「健太さん。来週もお店は開きますか?」
大きく頷く僕。
「今日はいい試合が観れました。試合内容ももちろんですが、健太さんと観れたことがとても良かったんだと思います。また来週お店に来ます。」
今日のお店は閑古鳥。
だけれど、そのおかげで
ヒデさんとの大切な思い出が一つ産まれた気がした。
サポートはコーヒー代にします( ^ω^ )