サクセスストーリー
久しぶりの執筆で、エッセイの書き出し方に困っている。
今日は宴だ。とはいえ、今日も60分、あの日は90分みっちりと苦しめられた。
今の気持ちは、”解放感”というものか、”安心感”というものか。はたまた”義務感”か。
舞台は約1か月前のパリ。傷を負っているようで無傷のままスペインへ帰ろうとした一歩手前でエンバペ・ショーが始まった。クルトワを目の前にしても彼には普通のGKに見えているらしい。あっさりパルク・デ・フランスの沈黙をどよめきに変えてしまった。ただ、今季からアウェイゴール制度が廃止になったため、シンプルに「取られた分+1」点を決めれば次へ進める。
ここだけ聞けばそう難しい話ではなさそうだが、この1か月弱、マドリディスタが素直に試合前の分析をしたくなかったのは敵陣にエンバペがいるからだけではなかった。カゼミロとメンディがサスペンションで招集外だった。
ゲームはマドリーの気迫の籠った攻めから入った。ピッチ全体を使い、大きく振りかぶってドンナルンマの守るゴールを襲う。パリはその、マドリーが振りかぶってできた隙に、何度もエンバペを走らせた。そしてそれは、いたってシンプルで、かつ、マドリーが憧れるほどの速さと正確さだった。
だが、目線を上にやればスコアボードには「0-1(0-2)」の文字。8割ほど、脳内は「絶望」の文字で埋め尽くされた。残り2割は欲しさの余り「PK」と何かだった気が。
いつもは渋りに渋るうちのボスも、今宵は俊敏だった。アセンシオとクロースを下げ、ロドリゴとカマヴィンガを劇場へ送り出した。この交代でスポットライトが照らす先が、エンバペからベンゼマに代わった。17/18バイエルン戦、リヴァプール戦を彷彿とさせるベンゼマのGKへのプレッシングで、ドンナルンマを動揺させ、そこに36歳のモドリッチも踊って応え、アグリゲートスコアをイーブンに戻した。
歓喜のあまり、ツイートをしようと私がスマホに目をやっている最中もベルナベウは鳴りやむ気配がなかった。現地マドリディスタも大はしゃぎだ。いい笑顔がそこにはあった。
映像がスタンドの様子からピッチ上に切り替わり、カメラは「この試合2点目を決めた」という意図であっただろう、ベンゼマだけを抜いていた。そんな中、カメラの前を横切るユニフォームの動きがいきなり激しくなる。そして切り替わった先にはヴィニとマルキーニョスがマッチアップしていた。そこからは「秒」だった。ヴィニが蹴ったのか、マルキーニョスがクリアしたのか分からない謎のパスが横へ出て、キンペンベの背後から”通りすがり”のベンゼマがダイレクトでゴールネットを揺らした。
ベンゼマは泣きそうに見えた。おなじみの両手を広げた飛行機ボーズをとりながら、ピントゥスと共にアップ中のイスコ・アザールらの中へ飛び込み、あとからアラバやヴィニが人間の山を作っていく。クルトワもスタンドに向かって2度目の叫びを放っていた。9番と10番のハグの後ろでは、ドンナルンマが肩を落とし、お祭り会場にはBENZEMAコールが響き渡る。改修工事の入ったサンティアゴ・ベルナベウでは史上最大の騒ぎ声だったろう。
2点目と3点目の間隔は2分。3点目はキックオフからたったの10秒。当然のことながら、パリ陣営は何が起こったか、これからどうすればいいのか見当もついていない様で、以降、ヴィニの縦突破を容易くアシストしていたのがとても見ていて気分が乗ったのを覚えている。そこからの約15分間は、0-2からの”解放感”と”安心感”、CL至上主義クラブとしての”義務感”で溢れるサッカーをしていた。そして私もその気持ち同様だった。
振り返れば、畳みかけた前半でゴールを奪えなかったことを嘆く声も多々あった。堂々とした雰囲気と11人の白い魂で入ったこのゲームも、エンバペの理不尽さで一度凍り付いた。パリの寒気がスペインに上陸したようだった。しかし、”ドンナルンマ・チェイス”という、ベンゼマの押したボタンひとつで、パリサイド11人も、敵地まで駆けつけたサポーターたちもすべてを飲み込み、「マドリーはこうやって勝つ」と歌うチャントでお祭りは幕を下ろした。
歳月を重ねたエンバペへのラブコール。クラシコのカピタン同士が同胞となったラモスとメッシ。それにディ・マリアやナバス、ハキミと、フランスに色濃く残る元マドリー。
何かとマドリーはパリと話題を作り出すことが多い。
そして今朝の試合は、”あの”疑惑の「ドローのやり直し」で生まれた二部作のサクセスストーリーだった。