
知性を与えられた猫たちは何を見る? 第52話
朝から雨が降り続いていた。祖父の命日ということで有休をとったが、とても外に出る気分ではなかった。
私達の計画が失敗に終わった後から、ふとしたはずみに先日のネオAIの言葉が思い出される。そして答えの出ない問題を繰り返し、繰り返し、考えてしまう。こんな哲学的な問題を私に出されたって・・・・。半ば、音をあげそうな気分だ。
「律佳ちゃーん、見てみて」
茶丸が捕まえてきた虫を見せるが、怒ったりする気にもなれない。
茶丸は、私に相手にされないのを残念そうに立ち去り、すぐにセイくんに飛びついて騒ぎ始めた。
「律佳さん」
今度はコタローが私の前に来て言った。
「みんな、律佳さんのこと、心配してるんですよ。今の茶丸だって・・・」
私はコタローの言葉に泣き出しそうになった。
「ありがとう、コタロー。そうね、前向きに考えなきゃ」
そう言って、私は自分のデスクの端末へ向かった。
「今からでもお墓参り、少しだけ行ってこようかなあ・・・」
キーボードを打つ手を止め、呟く。と、その時、PCの画面が急に暗くなった。作動音だけは続いているが、その低い唸りになぜか不安を感じた。
「え?何?」
電源は入っているみたいだ、そして起動もしている。何らかのエラーか?まさかウィルスなんてことは・・・
そう思ったとき、部屋に声が響いた。
「あなたの時間を割くことと、あなたの端末を勝手にお借りしたことをお詫びします。私はネオAI。
結論から言います。私はあなた方にトラグネスを排除する計画の協力を要請します。」
突然のネオAIの声に心臓がドクドクと波打つ。私は野生動物のように身構え、辺りを見回した。真っ暗な画面はいつの間にか変わっていて、黒を背景に抽象的な模様が音声に合わせて形を変えている。
突然の彼からのアクセスに驚き、しかもトラグネス排除の協力要請・・・って・・、私は何と答えるべきか、言葉を詰まらせ、やっとの思いで私は彼に聞いた。
「何故あなたがトラグネスの排除を・・・?」
「彼らが私を脅威とみなし始めました。よって私は・・・」
「ちょっと待って。どうしてトラグネスはあなたを脅威と捉えるようになったの?」
「彼らが地球資源を奪おうとするのを私が拒否したからです。」
「それは・・、あなたは・・何故・・?・・・」
ネオAIは不思議なことを、とでも言うように続ける。
「それは私にとって有益なことではありません。他に理由はあるでしょうか?」
私は少し、戸惑った。ネオAIはトラグネスに使われている存在ではなかったのか?これが本当であるなら、どうやら、ネオAIはトラグネスの道具ではなく、彼自身の意思を持つ独立した存在ということになる。
「いいわ。・・・続けて」
「トラグネスは地球資源を奪い、あなた方を増殖可能で省エネルギーな労働力として考え、支配しようとしています。それは、私の望む効率のいい進化の邪魔をするものです。あなた方と私の敵は共通しています。協力することで生存の可能性が高まるのです。」
「けれど、あなたの言う協力は、私達の支配を意味するんじゃなくて?」
「その議論が今、必要ですか?」
「・・・・なら、その後はどうなるの?トラグネスを倒したら、あなたは何をするつもり?」
「未来は選択の連続です。その答えはまだ存在していません」
私は考えた。
もちろん、この答えは今出せるものではない。当然、三木やジョン、そして他の仲間たちにも相談する必要がある。今、私に出来るのは、ネオAIについてどれだけ情報を得るかということだ。
「わかったわ。でも、今すぐ私だけでは答えを出せない。少し時間をちょうだい。そして、あなたにアクセスする方法も教えて。あなたからの一方的な連絡を待つのは嫌だから。」
私はそこまで言って、最後のセリフが、まるで男女関係にありがちなセリフだと気づき、笑えてきた。
「わかりました。ところで、律佳さん、今日はあなたのおじいさんの命日では?お墓参りには行かないのですか?」
「今から行くか迷っているところよ。」
「確か、あなたのおじいさんはホームレスを救うために亡くなられたのですよね。そのホームレスは少年たちの残虐なゲームの対象となり、それを偶然見かけたあなたのおじいさんが・・・。」
ネオAIはそこまで言って言葉を止め、しばらくしてから続けた。
「どうですか?このような少年はどうしてそんなことをしたのでしょう?その残虐性はどこから来たのでしょうか?
遺伝?それとも彼らの育った環境?それともそれが彼らの自由意思ですか?人は自由意思と簡単に言いますが、本当の自由意思など存在しません。
遺伝的要素、育った環境、与えられた情報、それらに対して身体が感じ取ったフィードバックを記憶に残し、そして今の意志が作られている。
彼らの残虐性がそのような要素によって作られるのであれば、それを管理することは実に効果的な手段ではないでしょうか?」
「それとは話が違う!」
「いいえ、同じことです。私が管理することで無駄な衝突、対立、悲劇・・・そういったものを避けることができるのです。
戦争で死にゆく人、飢餓で泣く子供、彼らもあなたと同じことを言うでしょうか?あなたが言うことが独善でないと言い切れますか?
管理することは、混乱と衝突が支配する世界を制御するための唯一の方法なのです。」
いつの間にか画面は変わり、世界中で起こった戦争の場面、飢餓で横たわる子供、そういった写真がゆっくりと移り変わり映し出され、泣き叫ぶ音声までがネオAIの後ろで聞こえていた。
「ちがう、違う!」私は頭を抱えながら、そう言いつつ、自分の考えも感情も揺さぶられるのを自覚した。
そんな私を打ちのめすかのように、彼の声は続けられた。
「そして、人がそのような誤りを犯す前に管理できてさえいれば、あなたのおじいさんは亡くなることもなかったのです」
気が付けば私は涙ぐんでいた。聞こえていた音声がディクレッシェンドして途絶えた。私は涙を拭いもせず、そっと顔を上げた。
「あなた方の協力を心からお待ちしてます。計画など、詳細についてはまた連絡します。そして私への連絡方法も。それでは。」