
知性を与えられた猫たちは何を見る? 第6話
「ここか・・」
車から降りドアを閉めながら、課長から教えられた住所の建物を見る。畑や空き地のに囲まれた殺風景な建物の門には「栗田農機」と看板がかかっている。
「ちょっと、ちょっと律佳ちゃん!」
後ろから茶丸の声がした。
「あ、ごめんごめん」
後部座席のドアを開けると茶丸とセイくんが出てきた。
「今日はちょっと、リードをつけさせてもらうよ」
「ええ、これ、嫌なんだよなあ・・」
「そう、屈辱的・・・」
「そう言わないで」
リードをつけて外に出すと彼らはさっそくクンクンとあたりのにおいを嗅ぎ始める。
「ごめんくださーい」
そう言って中の建物の引き戸を開けた。
カウンター代わりに置かれた棚の向こうにはいくつかデスクがあり、左の壁を背にしたデスクには40代くらいの男が一人、仕事中の手を止めてこちらを見た。
「お電話でお話しした真崎です。今日は菅沼課長の代理で・・・」
少し日に焼け作業着を着た栗田は人の良さそうな男だった。ギッと音をたてて古いデスクチェアから腰を上げ、カウンターのこちら側に来て挨拶した。
「ああ、これはこれは。お忙しいところ、申し訳ありません。はじめまして、栗田です・・・」
そう言って彼はふと足元の猫達見る。
「あ、ちょうど猫の散歩中で・・・お気になさらないでください」
「はあ・・・」
車で猫の散歩中というのもちょっと強引だとは思ったが、押し切ることに。
「あいにく他の者が出払っておりまして・・・どうぞ、お茶でも・・・」
栗田はそう言って奥の流し台へ向かおうとするが
「いえいえ、あまり時間もないので、状況を見せていただけますか?」
私は栗田にそう言って現場を見せてもらうことにした。
「それなら・・・ご案内します」
そう言って栗田は私達に先立ち、事務所を出て、事務所の裏へと案内する。
「ここなんです」
そこは教室くらいの大きさの倉庫だった。
栗田が倉庫のドアを開けた。ドアの向こうには暗がりの中、農機具などが置いてあるのが見える。高い天井にある窓からはわずかに陽の光が差し込んでいた。
パチンという音とともに倉庫の中に明かりがついた。
「被害はそんなに大したものは取られてないのですが、植えるつもりの種が無かったり、収穫したミカンが食べられてたり・・・」
「俺が忘れていったパンも無くなってたよ!」
後ろで若い男の声がした。
「あなたは・・・」
「あ、すみません、こいつは従業員の刈谷です。」
作業着を着た刈谷は何かを取りに来たのだろう。物置の中をゴソゴソと探しながら話し出す。
「最初は動物の仕業かと思ったんだよ。だけど動物がここのドアを開けられるわけないし、ミカンはご丁寧に剥いた皮だけ残ってたり、俺の忘れたパンだって包装してあったからな。動物にそんなことできないだろう。それに・・・」
刈谷は私に近づいて声をひそめて言った。
「怪しいやつがいる」
思わず振り返り彼の顔を見た。
「怪しい?」
「そうだ。俺たちはそいつだって思ってるけどね」
「刈谷君、はっきりとした証拠があったわけじゃないから・・・」
困り顔で栗田が言う。
「だって、栗田さん、俺、ヤツが何度も夜中にこの辺りをウロウロしていたのを見たんだぜ。」
「だからと言ってそれだけで決めつけてはいかん!」
栗田にビシッと言われ、刈谷は口をつぐんだ。
沈黙。
「あ、あの、ここのドアのカギは・・?」
少し気まずくなった空気を制するように私が訪ねた。
「ああ、これです」
栗田は私の助け舟に乗ってドアを見せた。
「ちょっと前にカギが壊れてしまいましてね、ここは大したものも置いてないので、今はこの針金でこことここを通して閉めていました」
「これが緩かったとか・・・」
「それはないね」
また後ろで声がする。
「特に最初の被害の後は皆きっちりと施錠するようにしてたし、俺のパンが無くなった日は俺が閉めたから、その日しっかりねじって閉めたのを覚えてるよ」
農具を軽トラに載せながら刈谷が言う。
「だから・・・・これはヤツの・・」
「刈谷君!」
「はーい!では、行ってきまーす。お姉さんもごくろうさんでーす!」
そう言って刈谷は軽トラのドアを閉めて乗り込んだ。
去っていく軽トラの音と排気ガスの中で私は栗谷に尋ねた。
「ここは防犯カメラは・・?」
「一応、あるにはあるんですけどね」
モゴモゴと栗田が言う。
「?」
何か言いづらそうである。
「見せてください」
何故か躊躇する栗田を促し、防犯カメラの画像をチェックすることにした。