
知性を与えられた猫たちは何を見る? 第5話
朝のオフィスには、キーボードを叩く音と電話の呼び出し音が絶え間なく響いていた。私は自分のデスクに座り、複数のモニターに表示されたコードとログをチェックしていた。 「これが原因か…。」独り言を呟きながら、素早くキーボードを叩き始める。
「律佳さん、今日のランチどうします?」
隣のデスクに座る後輩が声をかけてくる。
「うーん、そろそろ・・・」
私は壁の時計を見た。
「ランチタイム終わってしまいますよ」
「行くかー」
腕を伸ばして伸びをした後、私はマウスでログアウトをクリックした。
「あ、真崎君」
ランチを終え、オフィスに向かう廊下で声がした。
振り向くと菅沼課長が小走りに近づいてきた。
「何でしょう?」
と答えると、課長は少し困り顔で、言うべきかどうかといった様子で話し始める。
「実はだね、こんなこと君にお願いするのもどうかと思うんだけども、知り合いから相談されて・・・、真崎君の家の近くだと思うんだよ。一度見てやってくれないか」
的を射ない話がまどろっこしい。
「何なんです?」
菅沼課長が言うのには、課長の同級生が経営している会社の倉庫がたびたび荒らされて困っているのだという。
「それなら警察に・・・」
「それがそうもいかないらしいんだ。彼は貸倉庫業もやっていて、問題の倉庫はそれとは別の倉庫なんだが、警察が入って大事になり管理が悪いとなれば評判が落ちるのでは、と気にしているんだよ。セキュリティカメラの増設という方法も提案したんだが、ちょっと妙な話で、ということで・・・」
「はぁ・・・」
それでなぜ私が?と言いたいところをグッと抑える。
「私自身が行けたらいいのだが、あいにくこの週末、女房の実家に顔を出さなくてはいけなくてね、頼むよ、見てくるだけでいいから」
「はぁ・・・」
「今日はそんなに急ぎの案件ないだろ?この後、午後はこのまま帰っていいから、ちょっと顔出すだけ出してやってくれないか?あ、そうだ、先日駅前に出来た評判のケーキ屋のチーズケーキでどうだ?」
そう聞いてグラッとくる。
「アップルパイも美味しいらしいよ、あ、両方食べたいよね」
「・・・・はい。」
私、探偵じゃないんだけどなぁ・・でも、ちょっと見てくるくらいなら、ま、いっか。
ついつい承諾してしまった。
一旦家に戻り一息つく。目の前では茶丸とセイくんがじゃれている。
マグカップを片手に彼らを見ながら私は声を掛けた。
「ねえ?」
2匹は同時にこちらを見る。
「前から思っていたんだけど、あなたたちがこうやって人間の言葉を喋るって、いったいどうなってるの?発声器官とか人間とは仕組みが違うわけじゃない?どうしてそうやって喋れるの?」
「ああー、これね。これ、ここで僕たちが喋っているように見えるけど、実際は電波を発生させて律佳ちゃんの耳の近くで音を作ってるんだよ。正確に言うと耳の近くの骨を振動させてる」
「そうなんだよ。何だっけ、骨伝導イヤホン?あれと同じ仕組みなんだよねー」
「そう、だから、他の人には聞こえない。僕たちもイメージしやすいように口を動かしてるけど、声は出してないんだ。だから実際はこうやって口を閉じたままでも声を伝えることが出来るんだよ」
「へえ!他の人には聞こえてないのね?!」
それは良かった。他の人に知られる心配が一つ減った。でも同時にそれは、一人で喋っている変人とみられる不安が増えたってことでもあるが。
「これがもっと発展したら、人間でも秘密の通信手段として使えそうね。」
「災害時や、律佳ちゃんの仕事でも役立つんじゃない?」
セイくんが真剣な口調で続ける。
茶丸は茶目っ気たっぷりに言った。
「でも、今は僕たちと律佳ちゃんの“秘密の会話”ってことで。」
私は少し笑いながら頷いた。
「分かったわ。でも、そのうち技術者に持っていかれるかもね。」
茶丸とセイくんは尻尾を揺らして笑い声を立てた。
言い終えると彼らはまた取っ組み合いを始める。
「もう、いい加減になさいよー。あなたたちも知性を与えられて、それなりに大人なんじゃないの?」
「や、やめたくても、つい・・・」
「イテッ!そ、そうなんだよ。ね、猫の遺伝子は残されてるから・・・こら、茶丸!やめろよ!」
ふぅ~。
私はコーヒーを飲み終え、今日、課長に言われたことを思い出し、早々に向かうことにした。