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エピソード コタローの恋2

「というわけなのよ。」

社内の開発ルームで、私は三木に事情を話した。

三木は私の勤める会社でロボット開発を担当しているコタローの生みの親である。何かわかることがあればと思って相談したのだが、

「それは・・・俺にはわからんな。おそらくAIのプログラムのエラーか何かじゃないか?ハードウェアの組み立ての部分ならともかく、プログラムの中身はむしろお前さんの方がわかるだろ?」

三木は、向かいに座ってロボットの修理をしながら答える。

「そうよねえ・・・。でも、私もこんなの初めてよ。」

「そもそもあいつは何て言ってるんだ?」

「なんか、同調するとか、共振するとか。」

「コタローは、その車のAIとネットワークは繋がって無いんだろ?しかも何十メートルか離れて何でそんなことになったんだ?」

「私もそこが不思議で聞いてみたの。そしたらコタロー、『私の聴覚で彼女の振動を読み取れました』って。そんなこと出来るなら早く言って欲しかったわ。テンペスト攻撃とかも出来たんじゃない」

テンペスト攻撃とは機器が発する電磁波や信号を読み取って情報を盗むハッキング技術だが、これが出来ると知っていれば今までにもいろいろ使えたのに・・・と私は不満をこぼした。

「あいつは普通のAIじゃないからな。元のAIにノヴィエルの手も加わっているし。異星人のAIはより人間的な感情を持っているとか考えられないか?」

「でも、こんなことでジョンに連絡をとるわけにはいかないわよ。とりあえず、見に来てよ。」

数日後、三木が家にやってきた。

「わーい。三木さん、久しぶりー!」

茶丸とセイくんは三木の顔を見るや否や、足にスリスリと顔を擦り付けた。

「おう、元気にしてたか?・・・で、あいつは?」

私は顔をドアの方に向けて示す。
三木が外に出てみると、コタローは電信柱の陰でじっと車を見ている。

「こりゃ、殆ど、ストーカーだな。」

「でしょ?」

「ずっとあの調子なのか?」

「車のエンジンをかけているときはね。エンジン掛けてないとAIも電源入らないから、その時は普通なんだけど」

「わけわかんねぇな」

そう言いながら、私達は家に戻ろうとした。その時、

「律佳さん!!」

コタローが慌てて私に言い寄ってきた。

「どうしたの?」「ストーカー行為はもう終わりか?」

私達が返事をするのも待たずにコタローは私達の手を引っ張りながら、言い続ける。

「あの車、ブレーキに故障があります。AIがそれを持ち主に伝えるにも知らせるためのランプが切れていて知らせることができないでいます。」

「それは、大変だ!」

私達が車へと向かった時、まさに持ち主の隆さんは車に乗り込むところだった。

「隆さん!その車、ブレーキに故障があるみたい!」

「ええっ?!どうしてそんなこと・・・」

「うちのロボットのAIが異常な音がするって・・・」

私は適当な嘘でごまかす。

「本当に?・・・じゃあ、今日は車はやめておこう。ありがとうございます。」

隆さんは半信半疑といったふうだが、念のためにと思ったのだろう。とにかく、これで事故にはならずに済んだ。


隆さんが車のエンジンを切ったために、コタローのストーカー行為も終わり、私達は家でコタローの診断を始めた。

「ウィルスチェック、問題なし。」

「ハードウェア診断、問題なし。」

「デバイス、問題なし。」

三木とセイくんがコタローの診断をして、次々にくれる結果はすべて問題なしだった。

「何なんだ、本当に」

三木がため息をつきながら言うのに対し、コタローが返す。

「だから、恋なんです!恋!三木さん、あなたにはわからないんですか?恋という感情!」

「ば、馬鹿!お前、ロボットのくせに生意気だぞ!」

「恋をわからない三木さんに言われたくないです。」

「何だと!俺だって知ってるぞ!それくらい!」

売り言葉に誘われた三木に対して今度は茶丸が口を挟む。

「へえ!三木さん、三木さんの恋バナ、教えてー」

「お前まで!去勢された猫のくせに!」

コーヒーを淹れようとしていた私はそれを聞いて、ふと口にした。

「去勢・・・恋・・・」

私の独り言に皆が振り向く。

「何だ?」

三木が尋ねる。

「ううん、大したことも・・・いえ、待って」

私は考えた。そもそもコタローはオスなのか?私達が勝手にそう決めたけど・・・。

「ねえ?・・・恋って何かしら?」

「ええ?真崎!お前・・・」

「だって、恋って生殖本能がメインじゃない?」

と私が言うと、

「ええーーーー。ドン引きだよー。」

「うん、引いた。」

「同感です。鉄の女です。」

「ったくー、人の気も知らないで。」

と、冷たい目が返ってきた。

「ちょ、ちょ、真面目な話よ。恋愛感情って生物学的には子孫を残すために進化の過程で得られた感情で、ホルモンの働きとかが作用するわけじゃない?そしてそこに進化的正義による利他的行動とか、そういったもののミックスと考えてもいいわけでしょ?それなら何故AIが恋するの?」

「・・・ふうむ。確かにAIに生殖本能は無いよな。」

「コタローだって別にオスでもメスでもないのよ?相手の車のAIだってそうよ?」

すると茶丸がそこに口を挟む。

「でも、僕たちだって好きになるよ」

「お?茶丸も恋人がいるのか?」

「僕は・・・律佳ちゃん・・・。」

茶丸が擦り寄ってくる。

きゅん!

「茶丸―!私も茶丸が好きー!」

「律佳ちゃん、僕もー!」

「セイくんもー!」

2匹の猫を撫ぜ撫ぜしてキャッキャと戯れていると三木がまじめな顔で

「けどよ、ミームってものがあるぜ?」

と言ってきた。

ミーム、生物の遺伝子以外に子孫に伝えていく文化的な遺伝子とも言うべきもののことだ。

「そうね。確かに。でもミームを増やしていくのにパートナーは必要ないじゃない?」

「確かにそうだな・・・?」

私達が考え込んでいると、玄関のチャイムが鳴った。


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