
知性を与えられた猫たちは何を見る? 第3話
ガチャン!!!
その時、外から物が聞こえた。
「ニャッ!」
茶丸が飛び上がる。私の心臓も飛び跳ねた。まさか、う、う、宇宙人・・・
「誰かいる?!」
私は窓の方を見た。
「ううん」セイくんが耳を立てる。
「隣の庭から…植木鉢が倒れる音・・・と何か・・・」
深夜のしじまを壊すように、確かに何かが割れる音だった。
「行ってみよう!」
茶丸が興奮した様子で窓辺に駆け寄る。
「待って」
私は2匹を制する。宇宙人関係でないならいい、もう今日はこれでいっぱい。
「今日はもう寝ましょう」
もう何も考えたくない、とりあえず、すべて明日の私に任せよう。そうしよう。
ベッドに入ってからもしばらく考えがグルグルしていたが、何とか眠りについた。
翌朝。
「この子達をよろしくって、何それ、そもそもこの子達って、それ、うちの子だし」
コーヒーを飲みながらブツクサ言いつつ、ネットニュースを見ていた。
「○○市、続く停電。約3,200戸で被害」「ロボット開発、各社で進む」「AIの多様化進む」・・・
昨晩の出来事と比べると、どんなニュースにも驚かない自信があるな、そんなふうに考えていた時、玄関のインターホンが鳴った。
「あの、植木鉢のことなんですけど…」
隣に住んでいる佐藤さんが、ノートパソコンを手に真剣な表情で立っていた。30代半ばの彼女は、綺麗な庭作りで評判の主婦だ。
「昨日の夜中に、うちの庭で...」
ああ、昨日の物音のことか。
けれども開いたノートパソコンの防犯カメラの映像を見せられて、私は思わず息を呑んだ。ガーデンライトに映る大きな影。 まるで壁を這うように動く不気味な姿。 それは、間違いなく、猫の姿だった。
「野良猫か、それとも...」
佐藤さんがチラリと部屋の中にいるうちの飼い猫たちを見る。
私の横で、2匹の猫が居心地悪そうにしているのが分かった。
「え、えっとですね、うちは基本的に家飼いなので・・・」
と言いかけたが、先日、彼らが外に出ているのを見たではないか。
「いや、ちがう、あ、違うんじゃなくて、えっと・・・」
まるで自分が容疑者になったかのようにしどろもどろになってしまう。
昨日の出来事だけで頭の中いっぱいだというのに…何なのこれ。
佐藤さんに案内されて、外に出た。
外は雲一つない、いい天気である。近所の子供の声が朝から聞こえる。
佐藤さんの家の傍で、近くに住む女の子が泣きそうな顔でウロウロしていた。
「あらあら、里奈ちゃん、どうしたの」
佐藤さんが優しく聞く。
「キーホルダー、芽衣ちゃんからもらったキーホルダー・・・」
「無くしちゃったのね。私も気を付けて見ておくわ。見つけたら、里奈ちゃんに教えるから」
里奈ちゃんは半べそで頷く。
「こちらです」
佐藤さんは私をうながして、庭の中へ案内する。
庭はよく手入れされていて、植物園のようだった。いくつか洋風のオブジェがあり庭園といったふう。ところどころにあるソーラーライトは夜間も見る目を和ませてくれるのだろう。
庭を少し入ったところで、スペイン製だろうか?高価そうな植木鉢が無残に割れていた。
「昨日は特に風が強かったわけでもないのに・・・」
「そうですよね・・」
植木鉢はそこそこ大きく、確かにちょっとくらいの風では倒れるようなものではなかった。
「残念だわぁ~、これ、気に入ってたのよねぇ・・・」
と言ってちらりと私を見る。
なんだかその目に責められているような気もする。
佐藤さんが疑うのも無理ない。佐藤さんの家の庭は高いフェンスで囲まれており、そのフェンスは猫が登れないタイプのもの。ただ、私の家との境だけは低い木の柵になっており、そこからだと猫が入ることも可能だ。それと防犯カメラの映像を合わせると疑うのも無理からぬ話だ。
その時、玄関チャイムが鳴った。
「あら、ちょっとごめんなさい、失礼していいかしら」
「構いませんよ。私、もう少し、見ていってもいいですか?」
「ええ」
植木鉢の回りを調べてみたが、特に何も見当たらない。
諦めて部屋に戻ることにした。
どうしたものか。
実際に自分の飼い猫がやったとか、百歩譲って少しでも疑わしいのであれば、弁償もしよう。だけど、昨日、彼らにはアリバイがあった。しかしその証人が私では言い逃れと思われるだろう。もう一人の証人は無くは無いけど・・・・
自宅玄関のドアを閉めながら
「異星人が証人じゃぁねぇ・・・」
とつぶやいた。
「茶丸―!セイくーん!」
部屋に戻ってきたものの、姿が見えない。
ふと窓を見るとわずかに隙間が開いている。
猫は、まさかこんな隙間からと思うような狭い隙間でも通り抜けていく。
どうしよう、どうしようと慌てていると、彼らが窓の外に現れた。
「ちょっとあなた達!」
「あ、律佳ちゃん!ごめんなさーい、ちょっと出てましたー」
「ごめんなさい」
「ってゆーか、あなたたち、どうやって窓のロックを・・・」
彼らは近くにあった定規やペンを使い、テコの原理を利用して器用にロックした。
「へへへ!」
「茶丸!最後までカチッとしなきゃ」
・・・いろいろ納得がいった。
「まったく、どこに行ってたのよ」
「僕たちもこっそり調査したんだよ」
「そんな、もし見つかったら、今度こそあなたたちのせいにされちゃうじゃない!」
「大丈夫だよー」「ねーっ!」
次から次へと心配事が増えていく。私の頭の中にあるTODOリストの「検討すべき事項」がまたひとつ増えた。
「で?何かわかったわけ?」
「うん!」
これには驚いた。
「ホント?!何、何?」
「まず、あの防犯カメラの映像だけど、ちょっと不自然だよ。」
「何が?」
「猫の影の揺れが茂みの揺れと一致してたでしょ。何か揺れる物体とか光源とかの影響を受けていると思う。それにあの後、音がね・・・」
「それとね、あのね、佐藤さんとこの庭にね、ローズマリーがあって、いい匂いなんだよー」
「茶丸、そうじゃないでしょ」セイくんがたしなめる。
「うん、わかってるよ。そのローズマリーの茂みの中にね、あるんだー」