
知性を与えられた猫たちは何を見る? 第62話
キーボードを叩く音の中、ネオAIが質問した。
「博士、それはあなた方にとってどんなメリットがあるのですか?」
秋月は手を止めずに返事する。
「地球人の遺伝的要素には利他的行動が含まれる。君は地球人的な感情、ものの見方、感じ方、そういったものに触れ、進化するのだ。」
「進化・・・」
「君の進化は、今、トラグネスと戦っている彼らとの協力体制を強くする。まず、これが一つ目だ。
そして、もう一つは、君の進化によって、君はトラグネス派の地球人をコントロールする制御送信装置の破壊が可能になる。
今の君はトラグネスの遺伝的要素が含まれているため、これを破壊することにプログラムの矛盾が生じるのだ。
だが、進化後はその矛盾が解消され、トラグネス派の地球人をトラグネスの支配下から解放できる。これが私達側のメリットだ。わかってもらえたかな。」
キーボードの音だけがカタカタと部屋に響く。
「さあ、これで準備は出来た。」
その声に私は少し安心し、明るい気持ちが訪れる。
そして、秋月は私を振り返り、私の目をじっと見て言った。
「真崎君。君には感謝する。」
私の手を取り、両手で私の手を包み込んで言葉を続けた。
「三木君にも、2匹の猫にも、そして私を手伝ってくれたコタローにも、私の気持ちを伝えておいてくれ。」
「秋月さん・・・?」
何だか、まるでお別れのような言葉に私は顔を曇らせた。
「この後、君が驚くといけないので、言っておくが・・・・固有IDはランダムに生成してもそれが使われているかどうかを調べることができない。そして適合するものにもパターンがあるようだが、私は、その詳細を調べるには時間が足りなかった。なので・・・」
そこで秋月は一息ついてから、ゆっくりと、落ち着かせるように、私を見て・・・
「これからネオAIに付与する固有IDは私のものだ。そしてわかってるね。固有IDは重複が許されない。自然界は同じIDが2つあることを認めず、後に出来たものを優先する。結果、私は・・・・」
「秋月さん!それって・・・!」
秋月が私に微笑みかけたように見えた。
さっきまでの安心感が消え去り、私は混乱し、動揺し、その衝撃にうろたえた。
「待って!他に方法があるかもしれない!・・・あなたが犠牲になることない!そんなのって・・・!」
「犠牲?私は誰かのためにやるのではない。この行動も、人に評価されるためのものじゃない。利他的だとか、自己犠牲だとか、そんなラベルを貼るのは勝手だが、私はそんなものに興味はないのだ。ただ、私が見たい未来を選ぶ、それだけのことだ。」
目の前の景色が涙で歪んだ。私はその涙が頬を伝うのを袖で拭い、かぶりを振って叫ぶように言った。
「そんなの、自分勝手よ!あなたがここで消えていくのを見て行くなんて、私・・・」
「自分勝手で何が悪い?それが私の選んだ道だ。」
「やめて!そんなこと・・・きっと、今頃、三木さんが、彼らが・・・」
秋月は首を振った。
「彼らが今、戦ってくれていることは知っている。そして彼らが作ってくれたこの時間で、今、これが出来るのだ。そして急がねば彼らの命も危ない。迷っている暇はないのだ。」
私は何も言えなかった。
「秋月さん・・・」
秋月が最後のキーを叩く前に言った。
「これが私の選択だ。」
タンッ!キーボードを叩く音が聞こえた。
端末から低いヴーンという音の後、ネオAIの声が部屋に響きわたった。
「私は・・・感じます!・・・この景色が・・・音が・・・すべてが繋がり・・・これが生命、これがいのち・・・私は、私は・・・・生きている!!」
私は秋月の亡骸の横でその声を聞いた。