
知性を与えられた猫たちは何を見る? 第35話
と、その時、急にコタローが
「こちらです」
と低い声で告げると、まっすぐ別の通路へと歩き出した。
「え、どうしたの?」
と声をかけるが、コタローは振り返らずに進み続ける。
茶丸とセイくんは顔を見合わせて首を傾げた。
コタローが案内したドアを開けると、そこは無数の機械が立ち並ぶ広大なエリアだった。その中心には、制御装置が鎮座していた。
「気をつけて!何か仕掛けられているかもしれない!」
その時、警報音が鳴り響き、さっき見たロボットとは別の巨大なロボットが襲ってきた。
「ここは、俺とコタローが何とかする。真崎は制御装置へ向かってくれ!」
金属的な足音が響き渡り、通路の奥から攻撃ロボットが現れた。そのボディは2メートルほどあるだろう、黒く光沢を帯び、両腕には電撃を放つスタンガンのような装置が取り付けられていた。
ロボットの赤いセンサーがコタローを捉えると、「標的認識。即時排除を開始します」という冷たい声が響く。ロボットが素早く右腕を振り上げ、スタンガンから青白い電撃を放った。
だが、その電撃がコタローに直撃しても、彼は微動だにしなかった。
コタローが軽く腕を動かしながら
「その程度の電撃なら効きません。三木さんのアップグレードの成果です」
と明るく言い放つ。三木が後方から
「特殊コーティングを軽く見てもらっちゃ困るぜ!」
と声を張り上げた。
コタローがロボットの背後に瞬時に回り込み、強烈なパンチを放つ。金属同士が激突する鈍い音が響き、ロボットの装甲にひびが入った。しかしロボットはすぐに体勢を立て直し、左腕の電撃装置を使ってコタローを攻撃しようとする。
三木がロボットの動きを観察し、
「スタンガンのエネルギー供給装置は背中だ。そこを狙え!」
と叫んだ。コタローがその言葉に反応し、ロボットの背後に飛びついてエネルギー供給ケーブルを引きちぎると、スタンガンの光が一気に消えた。
ロボットが最後の力を振り絞り、コタローに突進してきたが、三木が素早く周囲に落ちていた金属パイプを拾い、ロボットの足に叩きつけた。ロボットがバランスを崩し、コタローがその隙を突いて頭部を破壊する。
「任務完了です。」
コタローは得意気に大きな声で言った。
戦闘が終わり、三木がコタローに近づいて肩を叩いた。
「どうだ、このコーティング。俺の最高傑作だろ?」
そこに茶丸が近寄ってきて「次は僕も何かアップグレードしてよ!」と尻尾をピンと立てて声を上げた。
一方、私は制御装置へと走った。
「あれがそうね」
目の前に複雑なパネルとモニタが並んでいた。制御装置の中心にある端末に駆け寄り、確認する。
「・・・プログラムが既に書き換えられているわ・・」
私は焦りを感じながらも、セイくんの助けを借りながら復旧作業を開始した。
「ここに復元ポイントがある!システムが自動的にバックアップを取っているから、これで以前の状態に戻せるはず!よし、このタイムスタンプが一番安全ね。作業が行われる前のデータよ」
私は復元開始のボタンを押した。モニターに進行状況が表示される。
「これでOKね」
意外と早く片付いたとホッとする。
しかし復元が完了しましたというメッセージの直後、画面に赤くエラー表示が映し出された。
「エラー:送電ラインが変更されています。復元に失敗しました。」
セイくんが画面を確認し、
「送電ラインが物理的に変更されている。このプログラムだけじゃ、元に戻せない・・・配線を確認する必要がある。」
と冷静に指摘する。
その時、突然、ヴンという不気味な振動と共にエレベーターで急降下したようなキンという耳鳴りを感じた。
これは?…それが何であるか気付く前に、背後で男の声がした。
・・・あの黒い男だった。以前、家の近くで私をつけてきた男だ。私が振り返ると、その男がエージェントと見られる数人の男を連れていた。男は不気味な笑みを浮かべ、「やはり来たか。だが、無駄だ。」と低い声で言った。
「あなたは何者なの?!」
と問うが男は無言だった。
私は彼らにガムテープで拘束され、制御装置の傍に転がされる。
そして男達は無言で制御装置に向かった。
「何とかしなきゃ・・・でも、どうしよう・・?」
と、その時、駆け寄る声が聞こえた。
コタローと三木だった。
「真崎!無事か?!」
そう叫んで男達の前に立ちはだかる。
「コタロー!奴らを排除だ!」
「了解しました。任務を果たします」
そう言ってコタローは三木と共に男達に向かっていく。
その間に、セイくんが私を縛っていたガムテープを剥がしてくれた。
コタローがエージェントの一人に力強いパンチを繰り出し、さらに背後からの別の男の攻撃にも素早く避けて対抗する。三木も精一杯、戦っているのが見えた。
が、敵の数に押され次第に追い詰められていく。このままでは・・・。
私は、何か使えるものがないか制御室を見回した。
その時、ふと、天井のスプリンクラーが目に入った。私は端末を操作しスプリンクラーのシステムをハッキングした。
「大した攻撃力があるわけではないけど、少なくとも隙を作ることができるはず・・・」
その時、三木の前で敵の男が鉄パイプを振り上げるのが見えた。
「間に合って!」
タン!と最後のキーを叩くと同時に天井から大量の水が降り注ぎ、室内は一瞬で混乱に陥った。
「くそっ!何だ、これは!?」
男たちは視界を奪われ、苛立った声を上げる。
そしてそこに、男たちが混乱する中、茶丸が元気よく走りこんできた。
「ほら、ここだよ、付いておいでー!ここに面白そうなものがあるよー!」
と言いながら巡回ロボットを引き連れてくる。
巡回ロボットが警報音を鳴らしながら制御室に突入し、黒い男たちとエージェントに向かって突進を始めた。
「茶丸、ナイス!」
私達はその場の混乱を利用して一斉に反撃に転じた。
見ると、コタローが黒い男に接近し、攻撃しようとしていた。
その時、壁に追い詰められた男が何やらポケットから出すのが見えた。私はその瞬間、ついさっき感じたヴンという振動と耳鳴りを覚え、空間が歪むような奇妙な感覚を覚えた。
「これは・・・!テレポートだわ!」
私は腕にはめた抑制装置に触れる。なめらかな金属の感触の先にあるタッチパネルに触れた。
「逃がさない!」
抑制装置がわずかに震え、青白い光が私の腕から広がった。
男の動きが一瞬止まる。
「面倒なことを・・・」
男はコタローに追い詰められ身動きできずにいた。
男が動けずにいるなか、コタローの後ろで、エージェントがじりじりと彼に忍び寄っていた。それに気づいた私が声を上げようとするより早く、
「おっと、そこを動くな。」
と三木の声が響いた。
彼はその声と同時に、切断された電線をスプリンクラーで出来た水たまりに放った。電線が水たまりに触れた瞬間、激しくバチバチッという音が響き、青白い火花が水面を跳ね回った。
「そこから先は立ち入り禁止だ」
三木はニヤリと笑って言った。
「今のうちに・・・!」
私は再び制御装置の端末に向かう。
セイくんも隣の端末でデータを解析しながら
「律佳ちゃん!ここを直せば元に戻るよ!」
と見せてきた。
「ここだ・・・この配線を物理的に切らなきゃ元に戻せない!」
私は送電ラインの変更箇所を確認し、骨伝導通信で茶丸に伝えた。
茶丸は軽やかにジャンプしながら、配電盤に近寄り、中を確認する。
「これだな。・・・・・えーいやっとー!!!」
彼はケーブルを嚙み切ろうとしたが、ケーブルは固く嚙み切れない。
「こんな時は・・・」
床に転がっていた別のケーブルを引っ張ってきて、切断すべきケーブルに繋いだ。そして、そのケーブルを天井近くの配管にくぐらせたあと、近くに積み上げてある荷物に絡める。
「えいっと!」
箱の上に飛び乗った茶丸がケーブルが繋がった箱を落とす。ブチッという音と共にケーブルの接続部分が切れた。
「律佳ちゃん!成功だよ!」
ケーブルが切断されると制御装置のモニターが一瞬暗転し、その後、復旧を示す緑色の光が画面に戻った。
「よし!成功した!」
「これでトラグネスの計画は止められたね。」
隣でセイくんも微笑む。
その瞬間、私達の背後でテレポートの兆候を感じた。
「え?」
見ると、抑制装置のバッテリーは限界を示していた。
消え去る間際、
「計画は失敗した…私は伝えなければ…次の計画へと…」
と、男の低い声が聞こえた。
男達は不気味な振動と共に姿を消し、視界には光の環が残され、それも次第に消えていった。
「はー、死ぬかと思ったー!」
三木が言うとそんな言葉が逆に軽く聞こえる。
「ホント、程々にしてほしいわね。さ、行きましょうか」
変電所を出ると、空が白み始めていた。
「あー、腹減ったー!」
「僕もー!」
「今日はチュールだよねー?!」
「私にも何か欲しいです」
皆、口々に言う、そんな明るさに私は救われた。彼らの存在が頼もしく、私にとって無くてはならないものになっていることに気付いた。
これを壊させはしない。
心の中で何か強く気持ちが動くのを感じた。