
知性を与えられた猫たちは何を見る? 第41話
その夜、私はソファに座ってぼんやりと考え込んでいた。
茶丸とセイくんが傍で私を見つめていた。
茶丸は昼間のトパーズのような瞳から、夜間のくるくるとした愛らしい黒目を見せて私を見つめていた。
「律佳ちゃん、大丈夫?」
「うん・・・、何か、今日、三木に言われたことが、ちょっとね、ショックで」
三木とは大学からの付き合いである。祖父が亡くなったときの事も知っている三木があんなふうに思っていたなんて。
それとも私が三木の事を十分に知らなかっただけだろうか?
私は頭をすっきりさせたく、コーヒーを入れようとキッチンへ向かった。その時、
「律佳さん、そろそろお休みの時間です。コーヒーは良質な睡眠を妨げるのでお勧めしません。ハーブティーの方がいいでしょう」
AIデバイスが伝えてくる。
「ありがとう。そうするわ」
AIデバイスに返事し、私はハーブティーを片手に茶丸とセイくんの待つソファへ向かった。
「あなたはどう思う?」
私はAIに尋ねてみた。
「三木さんの言う事にも合理性は感じられますが、それを言い争うことの意義や価値は見出せません。人の考え方は様々です。全てを理解しようとはせずに、聞き流すのが賢明でしょう。」
「そうよね…」
AIの話を聞いてると、ふと、私は昼間の三木の言葉を思い出した。
「・・・まるで、平和ボケした柵の中の羊だ。みんなスマホのAIに頼って、あれを衆愚と言わずに何て言うんだ?」
三木がそんなことを言うのは意外だった。今、AIのお陰で、どれだけ日々の煩わしさから解放されている事か。このデバイスとは別にペンダント型のデバイスを身に着けることで健康管理までしてくれる。人間がより良い生活を求め、便利なものを求めて発明していったものを否定するのは、原始時代に戻る事と同じだ。私達はむしろ科学技術を信じる立場にあるはずなのに・・・。
確かに三木と同じように言う人もいる。大方は陰謀論だったりするけど、最近もそんな記事を見た。確か社会学者でそんなことを言っていた人がいたっけ・・・。
私が以前に見た記事を思い出そうと検索を始めたが、
「律佳さん、そろそろ就寝の時間です」
とAIに言われて、私は手を止めた。
「ありがと。」
そう言ってわたしはベッドに向かった。
私達は、17日に向けて作戦を考えることにした。
「まず、わかっていることは、場所は第3旭丘火力発電所。そこで今月17日の夜に、トラグネスがエネルギー転送を行おうとしている」
三木がそうやって話し始めると、そこにコタローが口を挟んだ。
「エネルギー転送を行おうとしているって言うのはどうやってわかったんですか?」
「セイくんがドローンを飛ばして、黒い男、霧島の車を空から尾行し、会話を傍受した」
「わぁ!セイくん、さすがだなあ!」
「うん、でも会話の一部だけしか聞けなかったんだけどね。」
「それでだ。」ワイワイと話し始めた2匹を制して、三木は話を続けた。
「今回も現場に潜入、そして制御室に向かい、エネルギー転送装置の破壊が目標だ。全員、装備の確認をしておいてくれ」
「どうやって潜入するの?」
「今回は正面玄関からは難しい。なので、通気口からの侵入になる。そしてそのまま目的の制御室へと向かう」
「わぁ、いよいよスパイ映画みたいだね!」
「問題は、その目的の通気口付近には番犬のドーベルマンがいる。これは毒餌を使って殺してしまおう」
三木が淡々とそう言うのを聞いてびっくりして声を上げた。
「何も殺さなくったって!眠らせるだけでいいじゃない?!」
「その後、起きてしまうとリスクが高くなる。この方が手っ取り早い。いいか、俺たちがやってるのは遊びじゃない。人類の未来がかかってるんだ」
私が反対するのにもかかわらず、三木は平然と言い放つ。それを聞いて目に涙がにじんできた。
「三木、最近、おかしいわよ!前の三木はそんなに冷たいことは言わなかった。以前に比べて何だか・・・他人みたいよ!」
そこまで私が言うと、三木は苛立ちを隠せずに声を荒げて言う。
「おかしいのはお前だ!真崎!論理的に考え、自分の意見を持っていたお前が最近になって、AIにばかり頼って自分で物事を追求しようとしない、会社でも自分の考えよりも周りに合わせることを優先するようになって・・・お前自分で自分の変化に気づいてないのか?!」
「・・・え?私が?・・・」
私の背中に一瞬ゾクリと嫌なものが走ったが、私はそれを気に留めず言い返す。
「人のせいにして問題をすり替えないで!」
しばらく続く沈黙のあと
「とりあえず、先に進めましょう」
とコタローがその場を収めた。
「・・・ああ。・・・おそらく制御室の中にはセキュリティロボットはいないだろう。相手にするのは例の男とそのエージェントだ。ここは物理的な攻撃戦となり、俺とコタローが担当する。そしてその間に真崎とセイくんは制御装置のプログラムを対処してほしい。あと、真崎はテレポート抑制装置をいつでも使えるようにすることを忘れずに。」
「僕は?」と茶丸が言う。
「お前は状況を見ながら、いつもの機転を利かせてくれ。」
「うん、任せて!」
茶丸が無邪気に言った。
三木が帰った後、私は2匹とコタローを呼んだ。
「なぁに?律佳ちゃん。」
ソファに座る私の前で彼らはちょこんと床に座し、私の言葉を待つ。
「これは・・・、確信をもって言うわけじゃないんだけど、私、どうも最近、三木の言動がおかしいと思うの。考え方がとても利己的というか・・・まさか、トラグネスに洗脳されているとか、もし、そうだとしたら、トラグネスのスパイだって可能性だってあるよね?どうかしら?」
彼らはしばらく黙り込んだ。
「無いとは言えません。」
コタローが言う。
「やっぱり・・・」
「でも、違う可能性だってあるよ」
「・・・・うん。今のところ、確かめる方法はない・・・。でも、スパイだとしたら、当日、変な動きを見せるかもしれない。それを皆で気を付けて欲しいの。」
彼らは複雑な表情をして頷いた。