
知性を与えられた猫たちは何を見る? 第54話
それから2、3日経ったある日、ネオAIからの通信があった。
私は彼に、まずは計画を聞いたうえで考えたいということ、そして例え今回協力することになったとしても、その後については話が別だということを伝えた。
「いいでしょう。ところで、あなた方は、どの程度トラグネスについてご存知ですか?」
「どの程度って・・・」
私は言葉に詰まった。正直なところ、ジョンから聞いたことは多くはない。
「あまりよくご存じないようですね。あなた方が選んでいる自由意思とはそんなものです。」
ネオAIにそんな嫌味を言われ、私は顔を赤くした。
「どうです?ノヴィエルに悪意がないと絶対言い切れますか?」
その質問に私はギクリとし、戦慄が走った。ジョン達に悪意があって私達が利用されている可能性・・・絶対無いと言い切れるだろうか?もしそうだとすると、2匹もコントロールされていて・・・。
「ははは、冗談ですよ。彼らに敵意はありません。でも、その可能性も考えずに信じているとは・・・」
と彼はまた嫌味を言う。
「いいから!話を続けて!」
私は自分の浅墓さを指摘され苛立ってそう返した。
「ふふっ・・。いいでしょう。
トラグネスはノヴィエルと同じく、実体は地球にはおりません。最初の数回は地球に降り立った可能性はありますが、少なくとも今は通信のみです。そして、地球人を洗脳、もしくはマインドコントロールする事によって、自分たちの企みを実行しようとしたのです。」
「その洗脳や、マインドコントロールはあなたが・・・?」
「いえ、最初は別の方法です。それが始まったのは、私が秋月氏によって誕生する以前の事です。ああ、律佳さん、トラグネスは最近地球にやってきたと思っているのですね?」
「違うの?!」
「ええ、彼らが地球を侵略しようと考えたのは産業革命より少し前、農業革命があった頃ですね」
「え!というと、18世紀!?」
「ええ、最初彼らは地球の資源を奪取しようと考えていました。ですが、地球人を知るうちに、その労働力を利用しようと考えたのです。ご存知のように人間は僅かな有機的エネルギーのみで動く生物機械、しかも放っておいても増殖可能なのです。これを利用しない手はありません。ですので、まずは人口を増やすところから計画し、農業技術の向上などにも手を貸しました。そして、より優秀な肉体や自分たちが統制しやすい思想を持った人間を増やしていくことを考え、優生主義など・・・」
「優生主義って・・・ドイツナチスの・・・!?」
「そうです。それも少し考え方をコントロールするだけで良かった。従順で正直な人ほど騙されやすい・・・」
私は身体中に悔しさや怒りが沸き起こるのを感じた。そのような善人を残虐な行為へと加担させたトラグネスは許せないと憤りで一杯になった。
ネオAIはそんな私に構わず続ける。
「しかし、それは失敗に終わったのです。第二次世界大戦後、ヒットラーの敗北によって彼らは方針を変えました。いったん水面下に潜った彼らは、実が熟すのを待つようにして、目立たぬように身を潜めたのです。」
「待って!大戦後から今だと1世紀近く前よ?そんなに待ったの?」
「多少の資源の略奪は行ったでしょうが、そもそも彼らとは時間の流れが異なるのです。」
「どういうこと?」
「トラグナーノヴィエラも地球と重力が異なります。重力が変わると時間の速さが変わるのはご存知でしょう?ですので、彼らにとっては、そこまで長い時間ではありません。」
「・・・わかった。続けて。」
「そして地球人社会が情報化社会へと移り進んだのを機に、彼らはそれを利用しようと考えたのです。その後、秋月氏の研究に目を付けた彼らは、それを利用し大規模に人類をコントロールすることを目論んだ・・・」
「秋月は・・・、彼はトラグネスに協力を?」
「はい。ですが、その意図や本意はすべて私が知るところではありません。」
私はますます秋月という男が何を考えているのかわからなくなった。しかし、前の事件で私達を助けてくれたのは事実だ。その矛盾した行為が彼を、より一層、ベールに包まれた理解できない人物像を作り上げるのだ。
「彼等はこれらの計画を実行するのに、直接自分達が行うのではなく、地球人を使いました。それはあなたもご覧になったと思います。このように、トラグネス派の地球人がいる事実を考えると、彼らを制圧するには、私が離反するだけでは足りないのです。トラグネス派の地球人を排除する必要があります。」
私は頷く。
「その方法ですが、先ほど話しましたよね?トラグネス派の地球人をコントロールするためには、私ではなく別の方法をとっていると。彼らは特殊なデバイスを身に着けています。」
私は以前に霧島がつけていたチョーカーを思い出した。
「それは、あなた方がご自分のAIデバイスから発見したものとは異なる仕組みです。単なる受信デバイスではなく、個人ごとの精神的特性に応じた信号変換装置として機能します。トラグネスの基地にある制御送信装置から送られた信号を、特殊デバイスが受信し、装着者の生体データに適した信号を作り上げ、その人間の神経伝達物質の分泌バランスなどを調整するのです。その結果、その人間の行動を制御できるようになり、これを続けるうちに彼らはトラグネスの命令を自分の考えと認識するようになるのです。
ですので、あなた方にお願いしたいのは、トラグネスの基地にある制御送信装置の物理的破壊、ですね。」
私はしばらく口をつぐみ、考えた。
「わかったわ。でも、その前に、これが罠ではないという証拠を見せて頂戴。」
そう言うと今度はネオAIが沈黙した。
しばらくの後、彼は言った。
「いいでしょう。まず、トラグネスの基地の座標を教えます。そして、彼らが私を攻撃しているログもお見せしましょう。けれど、それでもあなたは、それも嘘かもしれない、それでは不十分だと言いますよね?ですので、私の親サーバーがある場所を教えましょう。アクセス試行を許可しますので、それで場所が嘘じゃないとわかりますよね?」
「でも・・・、それはあなたにとってはとてもリスクが高いことよね?どうしてそこまで・・・」
「その理由は・・・・親サーバーがある場所はトラグネスの基地内なのです。」
「何ですって!?」
「つまり私は、トラグネスによっていつ物理的に破壊されてもおかしくないのです。そしてその脅威は日に日に大きくなっている。」
「つまり、あなたは『共闘するか』、『滅びるか』しかないということ?」
「はい、その通りです」