見出し画像

エピソード コタローの恋1

「・・・!何でしょうか?・・・」

突然、コタローが口にした言葉にハッとして、洗い物の手を止めた。

「何かを感じます。」

高性能なAI、センサーなどを備えたロボットのコタローが言う言葉に緊張感が走る。

「何?どうしたの!?」

私は水で濡れた手をタオルで拭きながらコタローの傍へ行こうとしたが、それよりも早くコタローは動き出し、家のドアを開け、外へと出て行く。

「待って、コタロー!?」

玄関を出るとコタローが玄関先でじっとして何かを見つめていた。

私はホッと胸を撫でおろし、コタローに近づいて彼の様子を見る。
コタローは身動きもせず、ただ、目だけは一点を見つめており、LEDランプをチカチカと光らせていた。

その視線の先にあるものは、向かいの家があるだけで、特に変った様子はない。手入れのされた庭先にも、駐車場の車にも怪しい人影はない。

「どうしたの?」

私が尋ねても返事がない。何かエラーかしらと不審に思っていると

「・・・・何でしょうか?」

とコタローが呟く声が聞こえた。

「何でしょうか?今までに感じたことのない何かを感じます・・・」

「え!何?何かまずいことでも・・!?」

「いいえ、そうではなく、もっと平和的、友好的・・・懐かしいような同時に未知のものに出会える期待感・・・」

「何?コタロー、何言ってるの?」

懐かしいなんて感情をAIが持っていたっけ?やはり、どこかおかしいのかもしれない。

「この気持ちを検索します・・・・」

コタローはLEDをまた違う色でチカチカと光らせた。

と、そこに茶丸とセイくんもやってきた。

「どうしたの?!律佳ちゃん。」

2匹も心配そうに私を見る。

異星人によって知性を与えられたこの2匹の猫にとってもコタローは頼りになる存在だ。そのコタローが何かおかしな行動をとっているのだから、不安になるものも無理はない。

「うん、どうもコタロー、何かのエラーみたいなの。懐かしいとか、期待感とか、AIらしくないこと言い始めて・・・」

「エラーなんておかしいなぁ。コタローはただのAIじゃないんだよ。ノヴィエルの技術も加わっているんだから、少しくらいのエラーは自己修復機能で直してしまえるはず・・・」

セイくんがそこまで言ったとき、突然、コタローが顔を上げて叫ぶように言った。

「わかりました!きっとこれは・・・・」

彼の突然の反応に私達は驚き、彼に目を向ける。

「これは・・・!恋です!!」

「えええええええ?!!!」

私達は互いに顔を見合わせ、思わず驚きの声をあげた。
コタローを見ると、コタローの目のLEDランプは今まで見たことのない速さで瞬き、その興奮がどれほどのものかうかがえた。

「はぁー?恋?AIが??」

「聞いたことない。やっぱ、どっかおかしいよ、律佳ちゃん。」

その時、向かいの家のドアが開き、50過ぎくらいの女性が出てきた。

「あら、真崎さん、おはようございます。」

女性は笑顔で私に挨拶する。

「あ、おはようございます。森下さん。ごめんなさい。うるさかったですよね。」

私は、この場をどう取り繕うか慌てながら返事をした。

2匹の猫との会話は骨伝導通信によって私以外に人に聞かれる心配はない。なので、喋る猫の秘密は守ることができるが、その代わり私は一人で会話をしている変人扱いされてしまう。
そんなのごめんだわ、どう言い訳しようかしら・・・。

「いいえー、こちらこそ、車のエンジン音で朝からうるさくしてごめんなさい。」

森下さんはにこやかな笑顔を返してくる。どうやら、車のエンジン音でこちらの声は聞こえてなかったようだ。
私はホッとして、話題をそらすべく会話を続けた。

「その車は・・・?」

「ええ、息子が帰ってきてて、もうね、やめろって言ってるのに、こんなオンボロ車を自分で直しながら乗ってるんですよ」

「オンボロ車って、母さん、これ、マニアの仲間からは涎垂ものなんだぜ」
家のドアが開き、息子さんと見える若い男が森下さんの言葉を遮る。

「これ、隆!あなたからも謝りなさい!」

「おはようございます。すみません、古い車なんで、少し暖機運転してからと思って・・・うるさくなかったですか?」

私は隆と呼ばれた森下さんの息子が挨拶をするのに答えた。

「おはようございます。ええ、大丈夫ですよ。」

「良かった。気になるようなら、いつでも言ってくださいね。じゃあ、いってきまーす。」

隆さんが車に乗って出ていった後、家に戻った私達は、まずはコタローに聞いてみることにした。

「で、何なの?いったいどうしたっていうの?」

「律佳さん、これはきっと恋です!今までに感じたことのない、この感情!」

「感情って・・・あなたAIでしょう?」

「ええ、これが感情というものなんでしょうね。同調するような、共振するような、これがシンパシーというものなんですね!ああ、私は孤独ではない、彼女に会うために生まれてきたのかもしれない!」

コタローは一人で興奮して舞い上がっている。

「彼女に会うためにって・・・そんなわけないだろ」

セイくんがボソッと呟く。

「セイくん、それは正しいけど、そんなこと言ってあげたら可哀そうだよ。」

茶丸が言う。

「で、彼女って・・・・森下さん?」

初老を控えた森下さんの顔を思い浮かべながら私が聞いてみると

「違いますよ!あの車の、車に搭載されているAIです!」

とコタローが答えた。

「なるほど・・・AIがAIに恋・・・ねぇ・・・?」

2匹と言い合うコタローを見ながら私は独りごちた。



#知性を与えられた猫たちは何を見る#長編 #小説  # SF #SF小説  
#長編小説 #IT #猫 #意識 #進化

いいなと思ったら応援しよう!