
知性を与えられた猫たちは何を見る? 第45話
「君の考えは本当に君自身のものか?」
私の考え?もちろん私のものよ・・・でも待って、本当に?
これって・・・私が選んだことじゃなかったの?全部、AIの言いなりだったなんて・・私の考えが私のものじゃなかったなんて…じゃあ、私は誰なの?
「律佳ちゃん!!」
2匹とコタローの声で我に返る。
私は彼らを抱き寄せた。
「律佳ちゃん、大丈夫?」
私は、心配そうに聞いてくるその声に
「大丈夫・・。しばらく、少しだけこうやっていさせて」
とだけ言った。
翌日、ジョンとの会合で明らかになったのは、
「そのAIデバイスから見つかった金属片、そしてペンダント型のデバイスにも同じく金属片が見つかったが、それらを解析してみたところ、例のトラグネスの2種類の金属片だった。また、霧島がつけていたチョーカーの飾りからも例の金属片が見つかった。」
私は目の前が真っ暗になるのを感じた。
「じゃあ、じゃあ、私は・・洗脳されてるの?でも、今、私は、こうやって話している私は・・・」
「真崎!落ち着け!」
三木が私の背中をさするようにしながら、顔を覗き込んで言う。
そこにセイくんが神妙な顔で私に話し出した。
「律佳ちゃん、律佳ちゃんが何らかの影響を受けてるのは間違いないよ。僕たち、ちょっと前からおかしいなって思って、律佳ちゃんの行動を解析してたんだ。明らかに以前と言動が違った・・・」
「やっぱり・・・」
私は泣きそうになりながら、呟いた。
「僕ね、何だかおかしいなと思ってAIデバイスを調べようとして、それで、落っことしちゃったんだ・・・。ごめんね。」
茶丸のその行動の結果、こうやってわかったのだから、まさに怪我の功名なのだが、茶丸は自分の失敗をひたすら謝る。その無邪気さに私は少し落ち着きを取り戻した。
「そしてね、三木さん、三木さんも同じように影響を受けてるよ」
セイくんはあっさりと何の躊躇もなく言ってしまう。
「何だって!俺・・俺も?!」
「うん、三木さんだってAIデバイス使ってるでしょう?そして言動の変化は律佳ちゃんよりも顕著に表れてる」
三木が青ざめながら、私の顔を見る。三木の考えてること、三木の気持ちが痛いほどわかった。私達はお互い、相手の顔を見つめた。
私が、私自身の考えでなかったならいったい誰なんだろう?そして、ここにいる三木も・・・
その時、ジョンが口を開いた。
「これは洗脳とは違う情報操作によるマインドコントロールだ。」
「情報操作・・・マインドコントロール・・・」
私と三木は、ジョンの言葉を待った。
「この2つを同じように捉えてる人が多い。だが、それらは、人の考えを外部から操作するといった点では同じだが、別のものだ。洗脳は本人が操作されていることを自覚することが多いが、マインドコントロールはそうではなく、操作されていることに気付かない。考えを誘導されているので、それが自分の選択だと思っているんだ。なので、君たち二人が自分で気づかなかったのは無理もない。」
私は背筋が寒くなるのを覚えた。
こんなふうに、自分でも気づかないまま誘導されるなんて、いったいどうしたらいいの?私は混乱した。
「おそらくトラグネスは、自分たちの都合のいいように人類の考え方を誘導している。そして、彼等は人類を2種類のタイプに誘導しようとしているのではないかと思う。」
「2種類のタイプ?」
「そう。つまり、支配層と従属層だ。彼等の社会は奴隷制だ。おそらく、自分達の社会システムと同じようにして支配する事を考えたのだろう。」
私はその話にゾッとした。
「地球人の支配層で残りの従属層を支配し、より搾取しやすいシステムを作り上げることが目的だったのではないかと思う。律佳と三木さんへのコントロールの方向性が違ったのは、そのためだろう。
まぁ、これはまだ推測の域だが。そちらでも何かわかったことがあれば、知らせてくれ。」
ジョンとの通信の後、私達は、疲れた様子で話すこともなく黙り込んでいた。
何を話すわけでもないが、今、一人になることに強い不安を覚えた。
「俺、どんなふうだった?」
ポツリと三木が呟くように聞いてきた。
「うん、何かすごく冷徹で・・・ホームレスの命には価値がないとか、祖父の死は無駄だったみたいに・・・。」
「そういえば、そんなこと言ったな・・・そうだな・・・。」
「でも、考えてみると私もあの時、祖父の自己犠牲を肯定するような気持になったんだけど・・・以前は、もっと複雑な気持ちだったはずなの。あれが祖父の選んだことであっても、私はやっぱり生きていてほしかったって気持ちもあったはずなのに・・・」
「AIの返答を信じている間にいつの間にか自分の考えが誘導されていったんだ・・・」
「三木はAIデバイスはもう使わないの?」
「ううーん、悩ましいな。でも使うとしても全部任せたりはしないな」
「私は・・・しばらくはいいわ。あ、うちの会社で別のAIデバイス作ろうよ?」
「お。それがいいな」
私達はやっと笑った。
2匹もようやく安心できたように喉を鳴らし、コタローもLEDのライトをチカチカと光らせた。