
知性を与えられた猫たちは何を見る? 第10話
部屋の中でAIデバイスが選んだ音楽が流れている。休日の朝に相応しいさわやかな音楽、窓から差し込む陽射し、コーヒーの香り・・・
ドタドタドタ・・・・ドタドタドタ・・・・
せっかくのいい雰囲気の中を、右から左へ、左から右へ、2匹の足音が響く。茶丸とセイくんがじゃれて走り回っているのだ。
「ちょっとー、あなたたち、もう少し静かにできないのー?」
動き回るのをやめた2匹がのそのそと近寄ってくる。
「だってー、セイくんがー」
「そんなこと言うなら、僕の前で尻尾をパタパタさせるの止めなよー」
そのやりとりが可愛らしく、思わず笑みがこぼれたが、慌てて考え直した。
微笑ましいと言えば微笑ましいのだが、喋る猫を目の前にそんな暢気なことを考えていていいのだろうか?別に何か困るわけではないが、この普通じゃない光景に慣れていく自分はこれでいいのか?
自問自答しながら、コーヒーをカップに注ぐ。
コーヒーに口をつけた時、玄関チャイムが鳴った。
「こんにちはー。宅配でーす」
届けられたのは少し大きめの段ボール。
「ここにサインを。ありがとうございましたー。」
届けられた段ボールをリビングに運び込み床に置いた。
「何?何?」
2匹は興味津々で寄ってくる。
厳重に梱包された段ボールを開ける。
中からはさらにしっかりと緩衝材でくるまれたビニルの包み。
それを手に
「これがあの噂のプロトタイプか……」
私はつぶやいた。
「ねー、律佳ちゃん、何なのー?」
「新しいデバイス?それとも・・・」
「それとも、チュール???!!!」
「茶丸、それしか頭に無いだろう?」
覗き込む彼らに私は
「ううん、これはね・・・」
ビニルをほどき中身を見せる。
「じゃーん!!弊社が開発したロボットのプロトタイプよ!!」
ロボットの表面は、予想していた通り、つるりとした光沢感があり、触ると少し冷たい。でも、思ったほどその薄いグレーの表面の感触は無機質に感じることはなく、むしろ人間味を感じるようなデザインだった。
ロボットを見た茶丸が一瞬、シャーッと言いそうに口を開けたが、次の瞬間に我に返り平静を装った。
セイくんはさっそくクンクンとにおいを嗅ぎ始めた。
「これは・・・」
2匹がコソコソと話し出す。
「意外とショボイ」
「うん、安っぽいよね・・・」
マニュアルにざっと目を通し、ロボットの電源を入れると、目にあたる部分が光り、起動音が響く。
「起動しました。ユニットID: 001。現在のミッションは未設定です。」
「ミッション未設定って……もうちょっと愛嬌のある挨拶はないの?」
「私に感情表現を求めるなら、感情プログラムを追加してください。」
「なんか、生意気だなぁ・・・」
「そうだよ、新参者のくせに」
私も2匹に同意見だったが、とりあえずテストしてみることにした。
「これからテスト運用するんだから、協力してよね。」
「理解しました。ただし、非合理的な指示には従いません。」
「なんかムカつくなー」
茶丸がシャーッと言わんばかりだ。
「初対面の感想としては少々攻撃的です。」
とロボット。
「茶丸、落ち着け。面白いじゃないか、この子。」
セイくんがクスクス笑う。
「あなたの名前は?」
「私の名前は001です。私はあなたの補佐役として働きます。」
「001? ちょっと無機質すぎるな。名前、なんかもっと親しみやすいのつけてよ。」
「私には名前は必要ありません。」
「でも、呼びにくいのよ。ゼロゼロワンって舌嚙みそう。何かいい名前無いかな。ん――と、それじゃあ、あなたの名前はね・・・」
私がそこまで言ったとき、近所の女の子が大きな声で自分の飼っている犬の名前を呼ぶのが聞こえた。
「コタロー!!!」
「はい、了解しました。私の名前はコタローです」
後ろで茶丸とセイくんが笑いをこらえているのがわかった。
ま、いっか。コタローで。
「じゃあ、移動モードにしてみようか。まずは私の後ろをついてきて。」
ロボットが私の後ろを追いかけ、物理的な動作をしてみせるが、少しぎこちない。
「動きが不安定です。少し修正が必要です。」
とコタロー。
「まあ、最初だしね。少しずつ慣れていこう。」
いろいろな仕草を学習させてみたが、そのうち飽きてきたのでマニュアルをパラパラとめくりながら休憩した。
茶丸とセイくんがロボットを相手に遊んでいる。最初は噛みつかんばかりの茶丸も楽しそうだ。
「ねー、律佳ちゃん、コタロー連れてお外に出てみようよ」
「えー、ちょっとそれは無理があるんじゃない?」
「どうして?」
セイくんがまじめな目で私を見る。
どうしてって・・・そう言われると理由があるわけではない。一応、二足歩行出来て、歩くスピードも私達と同じ、何なら走ることもできる。そしてその動きはいたってなめらか、ガシャンガシャンと音を立てるわけでもない。
「外に連れて行くにはどう見ても目立ちすぎるよね……」
だが、外に連れていくことで、多くの情報を与えることが出来る。それは、ロボットの教育には早道だ。
私は部屋の中を見回した。古い犬のぬいぐるみを発見。
「これだ!」
私はぬいぐるみにハサミを入れた
。
「うわー、この人、サイコパスだよ。」
セイくんが後ろで言う。
「いいのよ。この子はコタローになって生き返るんだから!」
そう言ってコタローに被せた。
だが、サイズが合わず、耳が妙な方向に曲がる。
「これは非常に不快です。」
コタローが呟く。
「文句言わないの!これで外に出られるでしょ。」
「視界が遮られています。」
「んーーー、じゃあ、こうしてあげる」
私はコタローの目のあたりに小さな穴を開けた。
「これで見えるでしょ。文句言わないの。これでずいぶん、自然に見えるんだから。きっと普通に犬だと思われるわ。」
茶丸がゲラゲラ笑う。
「犬なんて、屈辱だよねー!」
「まあまあ、これなら街で騒ぎにならないだろう。」
とセイくん。
コタローがしぶしぶと諦め口調で言った。
「皆さんの評価は理解しました。では、行動に移りましょう。」