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知性を与えられた猫たちは何を見る? 第20話

壁の時計を見ると2時を回っていた。社内食堂もこの時間になると人影はまばらである。

私は窓際のテーブルで、遅めの昼食をとっていた。向こうから、先に早々と食べ終えた三木が自販機から戻ってくる。彼は、私の前に座ると缶コーヒーのプルタブを持ち上げながら、前置きも無く話し始めた。

「この前預かった例の金属片、友人に見てもらったんだが……」

困ったなというように、言葉を切ってから三木は続ける。

「どうやら地球には存在しない合金だそうだ。」

「地球に存在しない?」

ギクリと私は箸を止めて、三木の顔を見た。
三木は頷き、資料のコピーを広げた。

「これ、合金の成分表。鉄、ニッケル、それから未知の成分が混じっている。それだけじゃない。この合金、熱や電流を通す効率が……地球の技術じゃ到底あり得ないレベルらしい。」

私は資料を覗き込んだ。資料には表や数字が書かれていた。それを見ながら私は、どんな反応をとるのが正解なのかと思いを巡らせた。

私はジョンの存在や別の一派である異星人など地球外生命が地球に訪れていることを知っているが、三木は何も知らない一般人である。その三木を相手にどういう反応をとるべきなのだろう?そして秘密を守るためには、どうやってごまかすべきだろう?三木にこれを見せたのは軽率だったか・・・

私が黙って考え込んでいると

「どうやら何らかデバイスのようだ。」

「デバイス?何の装置か、分かるの?」

「まだ分からない。ただ一つ確かなのは……こんな技術、地球じゃあり得ないってことだ。」

私は焦る気持ちを顔に出さないように努めた。
三木は、そんな私の様子に気付かずに言った。

「これについては俺からも、もう少し話がある。近いうちにまた話そう」

そう言って三木は立ち上がったが、ふとテーブルの上の私が置いた有給申請用紙に気付いて言った。

「……そうか、もうそんな時期か。」

「ええ。なので、ごめんなさい。明日は休ませてもらうわね」
三木はわかったというように頷きながら、その場を去った。

翌日。

朝食を終えた私は出かける準備をしていた。

「あれ―?律佳ちゃん、お出掛けー?」

「そうよ」

「ワーイ!」

茶丸が尻尾をピンと立てた。

「ワーイって、あなた達も来るつもり?」

「ダメなの?」

「ダメじゃないけど…面白くもなんともないわよ?」

「面白いことばかりが人間観察じゃないよ」

「何かお役に立てるかもしれません」

セイくんとコタローまで言う。
無邪気に喜ぶ彼らを見て、仕方なく連れていくことにした。

途中で花屋に寄った。
店内には色とりどりの花があり、アレンジしてある物やブーケなど、華やかに生けられていた。

この花たちはどこに売られていくのだろう?ホテルやお店、結婚式やお祝い事、プロポーズにも使われるかも?そして私は・・・・。
どの花を買おうか・・・花はどれが好きだったのかしら?色は・・・?
迷った挙句、先日見た写真にあった向日葵の花を選んだ。

「律佳、感情で答えを出すんじゃない、よーく考えるんだよ。考えて一旦答えを出しても、その答えを出した理由、なぜそうなのか、それは本当に正しいのか、自分でよく考えるんだ」

私は信号が変わるのを待ちながら、祖父の言葉を思い出していた。
祖父の好きな花や好きな色は知らない。思い出すのは繰り返し言われたこの言葉だ。

「感情で答えを出すなって言ったくせに・・・」

思わず口に出して呟いた自分に気付く。
後部座席を見ると猫達はシートの上で寝ており2匹の間でコタローもスリープ状態である。
茶丸は前足で後ろ足を抱えるようにして、セイくんは意外にもヘソ天で仰向けに寝ている。
寝ている猫の姿は実に愛らしいが、コタローまで可愛く見える。

「彼らを見ると何て言うのかしらね?」

信号が変わり、私はアクセルを踏んだ。

郊外にある墓地。

「どこだったかしら?確か・・・」

「あそこじゃない?律佳ちゃん」

2匹にうながされてそれらしき場所を見つけたが、行くとそこには先客がいることに気付いた。

近づくと50代くらいの男性が「真崎家之墓」と書かれた石碑の前で、線香をあげ手を合わしている。墓の前には大きな百合の花束が供えてあった。
近い親戚も無いし・・・祖父の友人か?

男は私の姿に気が付き、立ち上がって頭を下げた。
私も軽く頭を下げて

「祖父とは・・・ご友人の方ですか?」

と尋ねる。

男は気まずそうにして一瞬黙り込み、顔を横にそむけて

「私は、私は・・・・・」

そう言うと男は

「申し訳ございません!許してください!」

と言って大きく頭を下げる。

「あの・・・」

私は何のことだかわからず、とにかく話を聞くことにした。

祖父の墓に買ってきた向日葵を供え、手を合わす。
その後、ポツリポツリと男が話し始めた。

「おじい様、真崎さんが亡くなった理由はもちろんご存じですよね」

「ええ・・・」

当時のことを思い出す。

その晩、不良少年らがオヤジ狩りと称しホームレスを暴行しようとした。それを見た祖父が止めようとして殴られ死亡、新聞にも載った事件である。

「あの頃、私は経営していた会社が倒産し、すべて失い身を崩してホームレスとなっていました。そんなある日、少年らの暴行に遭い、それを見た真崎さんが私をかばって・・・」

私は黙って聞いていた。

「私のせいで、私のせいで・・・」

私はしばらく黙って話を聞いていた。そして涙ぐむ男に言った。

「いえ、違います。『あなたの為』であったかもしれませんが、『あなたのせい』ではありません。それに・・・それに、それは祖父が決めたことです」

それは私がいつも自分の中で用意してある言葉だった。

しばらくの沈黙の後、男は続けた。

「あの後、私は助けられた命を無駄にしてはいけないとの思いで、何とか社会復帰することができました。今は、以前の友人の助けを借り、職を失った人の力になれるように人材派遣の会社を経営しています。もっと早くご挨拶するべきだったのですが・・・」

私は複雑な思いで、返す言葉を探し、

「それを聞いてきっと祖父も喜んでいるでしょう」

と儀礼的に答えた。

男が帰った後、私はまだしばらく祖父の墓の前にいた。

「でも、おじいちゃん・・・私は生きててほしかったよ」

ポツリと墓前で呟いた。

「ねえ、律佳ちゃん、律佳ちゃんのおじいちゃんってどんな人だったの?」

「そうねえ・・・」

私が茶丸に答えかけた時、突然、骨伝導通信でジョンの声が聞こえた。

「律佳、気になることが起こっている。今すぐ、今から言うところへ向かってくれ」

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