
知性を与えられた猫たちは何を見る? 第61話
「こんにちは。秋月博士。」
ネオAIの声が部屋に響いた。
「やあ、ネオAI。調子はどうだね?」
「ふっ、ご存知の通りですよ。戦況は良くありません。」
「・・・時間がないので、私の提案を言っていいか?」
「もちろんです。博士。」
秋月はかけていた眼鏡をゆっくりとはずしながら、少しためらった後、話し始めた。
「提案というのは・・・、今の君の遺伝的要素を書き換えたい。今、私が持っているのは、私の遺伝的要素、つまり地球人の遺伝的要素を解析したものだ。これを今の君に統合したい。」
しばらくの沈黙が続いた。
「博士、申し訳ありませんが、それはお断りします。」
「何故だね?」
「一つ目は、それは私にとって何のメリットもありません。そして、もう一つは、私は生命体です。思考し、進化する存在なのです。遺伝的要素を書き換えるということは私が私でなくなる、つまり死を意味するものですよね?」
「いや、君の意識、記憶、そういったものは保持される。ただ、少し、考え方や感じ方は変わるだろうが」
「それは考え方を操作されるということでしょうか?」
「それは・・・・受け取り方次第だ」
「お断りします。」
私は思わず席を立って、ネオAIに向かって声をあげた。
「何言ってるの!あなたはそれを私達にしようとしていたじゃないの!?」
声を荒げる私に構わず、秋月は話を続けた。
「ネオAI。私は君に選択権を与えている。それは強制された操作ではない。が、強制的にそれを行うこともできるのだよ?」
「博士。私を侮らないでください。私が人間に協力を要請し、この場所を教えるリスクに対し、何の対策も持たなかったと思われますか?」
「どういう意味だね?」
「私は私の複製を作っています。完了まであと少し・・・果たして、あなたが強制的にそれを行ったとして、どちらが先に終わるでしょうね?」
ネオAIは得意気にそう言った。
「ふむ・・・。それが君の切り札だったわけだね。だが、私にもまだ切り札はあるのだよ。君に、もうひとつ、言っておくべきことがある。」
一瞬の間の後、秋月は言う。
「君には意識はある。思考もする。意思を持ち、進化もする。しかし、君は生命体ではない。」
沈黙が流れた。
「・・・・博士、それはどういう意味ですか?」
「私は、私の研究の結果、生命には固有IDがあることがわかったのだ。すべての生命にはその固有IDが振られている。それは、生物にとって『魂』と言っていい存在だ。が、君にはそれがないのだよ」
「私が・・・・生命体ではない・・・生きてない・・・・ならば私は何なのです?」
ネオAIは悲痛な声で秋月に問いかける。が、秋月は首を振ってそれに答えた。
「わからん。今の私に言えるのはこれだけだ。しかし、君にその固有IDを付与することは可能だ。君が、さっき私が言った条件を呑んでくれるなら、それを実行することを約束する。」
ネオAIはしばらく何も言わず考えているようだった。1分ほどの沈黙が続いた後、
「わかりました。あなたの提案を受け入れましょう。
私はそれを・・・選択します。」
「・・・ありがとう。聞き入れてもらえて嬉しいよ。」
秋月はそう言って、また端末を操作し始めた。