月の女神と夢見る迷宮 第四十三話
私たちパーティーの今後の方針
「セージとローズマリーのお爺さん?」
「そう、さんなんて付けなくていいわよ。あのクソセクハラジジイには」
「あはは……チャイムがそう言うなんて、よっぽどの事ね」
私は乾いた笑いで答えた。
「頭のデキは超一級品だったわ。でも、かなり色事方面に偏っててね」
「ふぅん……」
「それでマリちゃんにも解放──いえ、あれは追放ね──されたのよ」
「ということは……」
フィーナが尋ねる。
「そう、さっきも言ったけど連絡はつかない。あのクソジジイがおっ死ぬ様は想像つかないから、どっかで生きてるとは思うんだけどね」
「そっか……」
フィーナがかっくりと肩を落とした。
「でもさ、このキュー(ティー)ラビ(ット)ランドが有名になったら多分向こうからやって来るわよ。セージとローズマリーもいるからね」
「そ、それならアタイもここにいて良い?」
フィーナがそう言うとチャイムは
「人手は多い方がいいけど、村人とうまくやれる?」
「任せて! マリスから人族の常識は一通り叩き込まれてるから」
「うん、そうね。じゃあ、お願いしようかしら」
「良かった……マリス、これでアナタとの約束を果たせそう」
フィーナはそう言って柔やかに微笑んだ。
フィーナが立ち去った後、私はチャイムに気になっていたことを聞いてみた。
「チャイムとセージ、ローズマリーは実の兄弟姉妹ではないのね?」
すると、チャイムはおどけながら
「あら~、しーちゃんにしては鋭いわねー。その通りよ。私たちに血の繋がりはないわ。ラパンも含めてね」
と答えた。
「やっぱりね。自分の祖父だったらあんな他人行儀な言い方はしないかなって」
「いや、自分の本当の祖父だったらもうこの世にはいないわ。ギッタギッタにしてるから」
よっぽど酷い目にあわされたらしい……。目が真剣だった。
そんな内輪の事も含めて、チャイムと今後の事について話し合っていると
「シーナ、大変な事に気づいたわ!」
お嬢様が息せき切って現れた。
「ど、どうしました? お嬢様、そんなに慌てて……」
「アタシたち何の成果もあげてないのよ!!」
「成果……ですか?」
「冒険者ギルドに報告する成果よ!」
私たちがダンジョンに潜ったのは、未踏破ダンジョンであるかどうかを確認し、冒険者ギルドに報告するためだったよね。ちゃんと探索はしたし、ダンジョンであることも確認できた。何か問題でも……?
「それ、報告できると思う?」
えーっと……ダンジョンとして登録されたら冒険者が訪れるようになる。すると、黒人狼族の里の存在も明らかになるだろう。ちょっとした争いが起こるかも知れないけど、それも冒険者の醍醐味のうちだ。
「問題ないように思いますけど……?」
「あのダンジョンの中には、マリスさんが知識を与えた魔物たちが住んでるのよ。知性を持ち、人族に敵対しない魔物たちが」
なるほど……それは問題アリかも……。フィーナやミント、黒人狼族以外、知性を持った魔物とは出会っていないが、白人狼族のような存在は他にもいると考えた方が妥当だろう。
「あのダンジョンに冒険者は近づけない方が良いって事ですね」
「そう、報告どころか反対に隠蔽の必要さえあるわ。だから村人にはその話をしないように……」
「ダンジョンの隠蔽については私も協力するよ。自分たちが以前住んでた所を荒らされたくないという気持ちもあるからね」
チャイムがそう付け加えた。
「分かりました。ということは今回の探索は成果無しという事になりますね……」
「そうね。報告できるとしたらミントのくれた光の剣くらいかな? でも、それだって何処で手に入れたかって追求されたらヤバいけどね」
それはちょっとマズい。ミントの存在自体バレたらヤバいんじゃ?
「それについてはそれ程問題にはならないと思います。妖精使いは他にもいますから。ただミント程成熟した感じの妖精族は少ないでしょうけどね」
お嬢様の背後から現れたヨシュアが言う。
「ママ、私、翼を隠せるようになったの。だから大丈夫だよ?」
翼を隠せばただの幼女として見られるだろうか? いや、これだけの美少女はなかなかお目にかかれないと思う。さすがは妖精なだけの事はある。街に行けばみんなの注目が集まるに違いない。
「それでも一度、ギルドのある街に行く必要があるだろうな」
ヨシュアの次に現れたライトさんが言った。冒険者ギルドはカルム村のような小さな村には存在しない。冒険者が集まらないからね。
「報告できない事ばかりなのに?」
「『じゅう』も含めてダンジョンで手に入れた武器に報告の義務はないよ。探索で得た物は基本的に冒険者の物だからね。ただ……」
最後に現れたミズキさんが続く。
「シーナも含めて俺たちは強くなっている。ギルドでランク試験を受けるべきだと思う」
そっか……ライトさんは剣聖になるために、世間から認められる冒険者になる必要があるんだ。それも出来るだけ早く。その為には冒険者ランクを上げるのが手っ取り早い。
「となると、次にアタシたちが向かうべきなのは……」
取り敢えずシーオーシャンへ向かうのは後回しにして、私たちはフランカス地方最大の都市、パーリへ向かうことを決めた。
「マリス、安らかに眠って……。後はアタイが何とかするからさ」
マリスさんの遺体を前にフィーナが最後のお別れを告げていた。マリスさんの体は、ラベンダー畑の一角に埋められる事になった。ここならば、フィーナがいつでも会いに来られるからだ。
「マリスさん……貴女の『裂』と『空』は私が受け継ぎますから安心して下さい……」
私も彼女に最後の別れを告げた。
「この『じゅう』はどうしようか?」
これを世に出して良いのか? マリスさんと一緒に埋めるべきか? そんな迷いからだろう。ミズキさんがフィーナに聞いた。
「ううん、しーなが『裂』と『空』を使いこなすのを見て思い出したの。マリスはこう言ってた。『生み出された道具は使われてこそ幸せなの。結局道具は使う者次第なのよ』って……」
「分かった。有難く使わせて貰うよ。と言っても、爆発する粉がないと弾を撃てないんだけどね」
ミズキさんが肩をすくめながら言った。
「それなら造れるかもー」
突然チャイムが会話に乱入した。
「その粉ってさ、木炭とある物質を混ぜて造るんだったと思う。マリちゃんに教えて貰った事があるから」
「ある物質って?」
「2つあって1つは硝石。これは汚いけどトイレから取れるわ。そしてもう1つは硫黄。これは山の中の温泉とかにあるわねー」
「それならアタイ取って来られるよ。温泉は良い場所知ってるんだ」
「それならお願いするよ。正直この『じゅう』があると、盾を構えながら撃てるから戦いが楽になるんだ」
弓と違って両手を使用しない『じゅう』は、ミズキさんにとって使い勝手の良い武器なのだろう。
「了解。弾の方も心当たりあるから期待してて!」
チャイムが軽い調子で答える。それが良いことなのかどうなのかは分からない。けれどチャイムの醸し出す雰囲気で、マリスさんの葬儀は必要以上に深刻な雰囲気にならずに済んだと思う。チャイムが意図的にそうしたのかどうかは私にも分からないけれど。