うさぎのねむちゃんの純粋かわいいはどこからきてどこへいくのだろうか
「あのう、それ、絶対に取るって感じですか??」
愛くるしい小さなうさぎの人形のクレーンゲームに、100円玉をジャラジャラさせ熱狂するアラサー男。何を隠そう、俺。
12、3回ほどプレイをしたころだろうか、不意に女の子から声をかけられた。
「ああ、いや、手持ちの100円玉がなくなるくらいまではやろうかなあ、くらいで。あと2、3回。。。ですかね?」
俺は途端に申し訳ない気持ちでいっぱいになり、しどろもどろに応える。
というか、そもそも場違いなアラサーの男がこんなかわいい人形のクレーンゲームに熱中していいのだろうか、”かわいい侵害罪”なんて罪に問われないだろうか、などとそわそわしながらプレイしていた。
そして何より、ゲームに熱狂しながらもいつ頃からだったか、俺はすごい”念”を感じていた。
ケースの中で持ち上げられたり転がされたりしている人形に、熱い視線を送る女の子の念を。人形はおそらく、最後の1体。
「そうなんですね。。あっ、すみません急に話しかけて。人気ですよねこれ、本当に」
「いえ、こちらこそ熱中しちゃっててすみません。
ねむちゃん人気だし、ほんとかわいいですよね。俺もTwitterでハマっちゃって。。」
なんて具合に少し会話が弾む。
そう、この人形、”うさぎのねむちゃん”は本当に人気なのだ。
元々はREMMEさんという作家さんが作っている小さなぬいぐるみで、ねむちゃんの可愛さを遺憾なく発揮した画像や動画に、これまた可愛いねむちゃんの呟き(ねむちゃんが言っているであろう)を添えた投稿がTwitter(現:X)でバズっている。
俺はある日たまたま流れてきたねむちゃんの投稿に、心がメルトダウンした。
顔、耳、手足、胴、全ての部位が愛らしいまんまるさでもって、
顔の中心よりかなり下の方についている棒状の眠たげな垂れ目。
ほんのり赤い頬。
そしてその中央に鼻とも口とも取れるような点。(おそらくは口)
実際には生物学上ありえない構造のこの子は、絶妙なバランスで神がかった可愛さをなんの不純物も含まずに放っている。
こんなに可愛いものがあっていいのか、これ犯罪級だろ、なんて部屋で1人悶々とするくらいにはハマってしまっていた。
がしっ、ぴろぴろぴろ、ことん。
最後の100円が尽きたが、依然としてねむちゃんはケースの中で宙をぼんやり眺めているままである。
俺は後ろで見ていた女の子に順番を譲り、最後のねむちゃんの行く末を見守ることにした。聞くところによると、この街にあるもう一つのゲームセンターは全て品切れになっていたようで、何がなんでもこの子を家に連れて帰りたいのだそうだ。
女の子のプレーが始まり奮闘するが、なかなか取れない。
しかし彼女の視線はまっすぐだ。
途中、ねむちゃんが行儀悪くアームの届かない場所に転がったりしたときは
俺が店員を呼びに行き、定位置に再セットしてもらうなど陰ながら応援させてもらっていた。もうどうせなら、この子にねむちゃんを持って帰って欲しい、そんな気持ちになっていた。
もう4000円くらい使ったのではないか、それくらいの時間が経過すると、さすがに彼女の目にも不安と焦りが浮かんできた。
俺もそろそろ移動するか、そう思った時だった。
ぴろぴろぴろぴろ。。。。。。。ゴトンッ
ねむちゃんがついに、ついにケースから脱出した。
女の子はすぐさま取り出し口からねむちゃんを取り出し、
「わああああ、やった!ありがとうございます!!」
と、満面の笑みで振り返る。
「やりましたね!!!ほんとよかったです!めっちゃかわいいっすね!」
と、拍手のジェスチャーをして返す俺。
「はい、、、もうこの子、思い入れがすごい。。ほんとよかった。。。」
ねむちゃんを宝物のように愛おしく抱きしめる女の子の姿が、なんというか微笑ましく、どこか神聖な感じがした。いや、神聖だとか天衣無縫だとか、そんな飾った単語なんかで誤魔化さずにいうと、もうシンプルにめちゃくちゃに可愛かった。
ーいや、まあじで俺が取らなくてよかったああ・・・ー
俺はそのまま暖かな余韻を感じつつ、店を後にした。
この日は歯医者で虫歯の治療をしてそのまま街に出てきたので、まだ何も食っておらず、とても腹が減っていた。しかし麻酔がまだ全然効いていてうまく飯を食える気がしないので、仕方なく街をぶらつく。
そういえばさっき、麻酔ですげえ喋りづらかったな。キモい喋り方になっていなかっただろうか、なんて今更ながら気にし始めた時、
道路を挟んだ向かい側の歩道で先ほどの女の子が歩いてくるのが見えた。
とてもニコニコしながら、誰かに電話をしている。
きっとねむちゃんの報告を友達か彼氏か、家族にでも話しているのだろう。
それがまた先ほど愛おしそうにねむちゃんを抱きしめる彼女の姿を思い出させた。
単純に、素敵な瞬間に立ち会えたな、と改めて思えた。
たまたま同じかわいいぬいぐるみを追って、たまたま同じゲームセンターに居ただけなのだけど、その瞬間に立ち会えたのは、全てが偶然でもないような気がした。
当たり前だけどねむちゃんの”かわいい”がなければ、なかった瞬間なのだ。
それは、元々はREMMEさんが持っている、”かわいい”という感覚。
それがねむちゃんにたくされ、多くの人に届いた。
感覚や感情が人から人へ伝播する時、その全ては例外なくそのままの形では届かない。空気やら言葉やら物質やらの抵抗や磁場を受けて、なにかぽろぽろこぼれたり、形が捻じ曲げられて届いてしまう。
みんなそれぞれの生きる場所があるから、それは仕方のないこと。
だが改めてねむちゃんの姿を見る。
”かわいい” しか出てこない(笑)
すごい丸くて、なんの抵抗も受けないような、純粋無垢でプリミティブな塊の”かわいい”しか出てこない。そんな感覚。これって、めちゃくちゃにすごいと思う。
人間の女の子とぬいぐるみを同じにするのか、なんてあらぬ誤解をされて怒られそうではあるけど、その誤解を恐れずにいうと
先ほどの女の子に感じた”かわいい”もきっと全く同じ物だったと思う。
俺ら人間が元来持っていて感じることのできる、”かわいい”、その正体。
少し話が抽象的になってきて申し訳ないけど、もう少しだけ。ごめんね。
例えば、”ルッキズム”という価値観。
今もこの世界を覆う、誰も逃れられない呪い。
もどかしいけど俺だって例外なく逃れられないし、なんだったら割と侵されている気がする。
これが良いか悪いかの話はしないけど、まあこの価値観が世界からなくなることはないだろうなって思ってはいる。うん、不可能かな。
とってもわかりやすいし。
でも、この価値観だけで人を見たり人に見られたりするのは、あまりにもしんどい。それなりにカッコ良かったりキレイだったりする人も、結局は不幸になると思う。
だからなんとか、そういう価値観で覆われているんだってことを認識した上で、俺ら全員の尊厳を守る価値観を探さないといけないんだと思う。
みんなのなかには”かわいい”も”かっこいい”も”きれい”も”セクシー”も
”ゴージャス”も、ちゃんと隠れていると思う。
今そんなに感じられないのは、ないんじゃなくっていろんなものに邪魔されたり、届く形じゃなかったりするだけなんだと思う。
いろんなものを少し除いてみたり、飾ってみたり、いろんな形にして、
外に出してみると良いと思う。それはきっと、いつか誰かに届くから。
なんかそれっぽいこと言ってよくわからなくなってきたけど、
だからまあ、結局何が言いたいかっていうと。。
”ヴィバねむちゃん!!!”
”ヴィバかわいい!!!”
”ヴィバ女の子!!!”
ってこと。いやほんと、女の子って可愛いよね笑