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タイって。

「オレ、たいにあたったんや」「え? 私はあたらんかった」「そう?で、オレはたいにあたったんや」「ひどいの?」

数日前の忘年会のことを思い出した。料理は鯛の活き造りと寄せ鍋だった。父と私は、他の社員たちが酔って話している間も、刺身を食べて骨だけになった鯛を、残っている鍋に次々入れ、その骨をしゃぶった。二人だけのお楽しみタイムだった。

あの鯛にあたったのか。あたったなんて呑気なこと言ってないで、薬とか飲めばいいのにと思っていると、父は一枚の紙を見せた。"5泊6日タイプーケット、ゴルフツアー、当選おめでとうございます!"の文字が飛び込んできた。
「何や、心配して損した。タイってそういうこと?そうならそうと初めから言ってよ」
「初めから言っとるけど」
「あーあ、私も当たりたかったー。お父さん、海外なんか行ったことないのにひとりでは周りに迷惑かけるよ。一緒に行ったるから私の分お金出して」起業してから娘の貯金を借りることがあっても、何かにお金を出してくれることのない父だったが、流石に海外へ行くのは不安だったらしく、世話係として私も連れってもらうことになった。

 

「お前さっき、スチュワーデスさんにデザート下げてもろたやろ、オレが食べるで返してもらってくれ」
「そんな恥ずかしいことできんわ」

 

「何で皆がレストランへ行くときに、ホテルの部屋でご飯炊いたり、味噌汁作ったりしとるん」
「あげると皆、喜ぶんや」
「お世辞に決まっとるやん」

「お飲み物は何になさいますか」
「オレはスイカジュースとパインジュースとビール二杯」
「ふつう一人一杯が常識やろ!」

 人前でも私たちの暴走は止まらない。
同行のツアーの仲間は皆、上品だ。「お父さんに好きなものを飲ませてあげて」「もっと優しくしてあげて」と言われる。
いやいや、そんなことをしたら、皆さんに際限なく迷惑かけるのですよー。

 怒っていないときを思い出せないくらい、私は怒ってばかりの6日間。ところが、帰ってきてプリントした写真の私たちは、全て肩を組み、笑顔で写っている。

「写真を見ると仲良さそうに見えるわ」

父は意味がわからないという感じに「オレら、仲ええやん」

びっくりした。でも嬉しかった。

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