「性別」医療現場の苦悩~「手術なし」をどうやって...(針間克己「正論」令和6年11月号)性同一性障害特例法を守る会性同一性障害特例法を守る会2024年10月5日 20:01PDF魚拓


性同一性障害特例法を守る会 美山 みどり

性同一性障害(性別不合)について、精神科医として第一人者であり、2003年GID特例法にも主導的な役割を果たしたことで知られる、針間克己医師が7月号での「エビデンス重視のジェンダー医療を」に続いてまた産経新聞社発行の月刊誌「正論」誌上に登場しました。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0DJ3JN5SQ?tag=se&linkCode=ogi&th=1&psc=1
https://note.com/gid_tokurei/n/ncfd51f666627
タイトルからうかがわれるように、本年7月10日の広島高裁での差戻審の決定に対する現場の困惑の気持ちがストレートに綴られた文章です。この差戻審では特例法の外観要件「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること」について、違憲の判断をせずに原告の主張を容認するという「はなれわざ」をやってのけています。
社会生活における通常の接触の中で他者の目に触れた場合における党外他者を基準として、変更後の性別に係る身体の外性器に係る部分であると認識することに特段の疑問を感じないような状態であることを要し、それで足りるものと解するのが相当である。
と、この原告の性器が「女性のものと認識される程度に変化している」ということを事実認定したわけです。

そんなことが本当なのでしょうか?

女性ホルモンの継続投与で男性器が女性器に?

私も10年以上女性ホルモンを投与してきましたが、少々小さくなったかな?とは思わなくもないですが、女性の性器と見間違うほどに小さくなったなどと到底いうことはできませんでした。せいぜい9割程度? 私の体験の上からもまったく非現実的なことを、広島高裁は「事実」として認めてしまったようです。

針間医師も同様の感想です。
ホルモン療法によって「女性外性器(大陰唇、小陰唇)に近似する」「女性外性器化する」といった話は医学書を見てもどこにも書かれていない話です。男性外性器にある程度の萎縮が見られることは一般にありますが、周囲が「女性の外性器のように認識することに特段の疑問を感じないような状態」にまで変化することなど、極めて例外的で特殊なケースです。マジカルなホルモン療法の薬剤が開発されたという話も耳にしたことがありません。
p.146

あくまで噂ですが、「診断した医師が人情味あふれる方だったので、患者の意志を尊重して….」という話も耳にしています。高裁裁判官が具体的な証拠によって「女性器レベルまでの萎縮」を確認したのならば、それを明らかにすべきでしょう。もし仮に、この医師の証言が「人情」によるものであるのならば、その医師の責任は医事法・私文書偽造だけではなく、偽証罪にまで問われるものとなるはずです。

萎縮の客観的基準は?

差戻審の決定でも、「どのくらい萎縮していたら、女性器とみなすことができるのか?」という基準については具体的に触れられていません。曖昧なままに「厄介払い」するかのような、はなはだ無責任な決定を広島高裁は下しているようにしか見えません。
何をもって女性外性器と「見なせる」のか。万人が平等に判断できる基準が不可欠だと思います。基準がないままに「似てる」「似てない」と議論してもナンセンスであることはいうまでもありません。

(中略)

医学界で基準を作ってほしいと言われれば作らざるを得ないでしょうが、男性外性器が萎縮することによって女性外性器に類似していると判断するための参考となる基準などは私の知る限り医学界にはないと思います。
p.146

ですから、ムチャ振りをされたのは、現場の医師たちなのです。バカげた決定をしたために、現場には混乱が広がっています。この決定の直後に私たちが指摘したように、今後の特例法の改正論議を「難しく」してしまうような影響がでてくることでしょう。
https://note.com/gid_tokurei/n/n7c2ad12bb2ed
もちろん専門医である針間医師は
広島高裁の決定のあと、MTFの方々からさまざまな相談を受けるようになりました。ですが「女性外性器に似ていると言える?」「自分でどう思う」と聞くと「似ていないですね」。多くはそれで終わります。

「基準がよく分からないし、なかなか簡単にそうした診断書は書けないよ。それでも挑戦してみますか?」と声を掛けたりもします。ですが、今までにそうした診断書を発行した例はありません。何をもって似てるといえるのが。基準がよく分からないからです。
p.148

と良心的に対応しています。その反面、見るからに商業主義的な一部の医師(オンラインだけで診断する!と宣伝していたりします)は、これ見よがしに「診断書を書いた!」とホームページに掲載しています。この医師はただの産婦人科医であり、性同一性障害の専門医でもない町医者です。誠実に対応する専門医がバカをみるような、医療倫理の崩壊を招く行為が堂々と宣伝されていたりするのです!
https://ameblo.jp/miyakawa-clinic/entry-12868869415.html
まさに性同一性障害(性別不合)の診断書が効果を持つために、針間医師も「たとえば精神保健指定医、あるいは日本精神神経学会が出す精神科の認定医などのような精神科医の専門性を担保する資格を設けることも検討に値すると思います」(p.151)と主張しています。これ以上、ジェンダー医療の頽廃を許してはなりません。

今までは手術要件があったために、私たちは社会に問題なく受け入れられてきたのです。そしてこの中途半端な違憲判断は、法的整合性もないがしろに、医療の現場も混乱させ、社会の中での当事者の立場も悪化させました。「責任逃れ」が最悪の状況をもたらしたのです。

性別移行はリスキー、だからよく考えよう

私たちは安全で後悔のない医療を受けたいのであって、「いいよ、いいよ」でアタマを撫ぜてくれる医療が欲しいのではないのです。診断の厳格化は私たちにとっても有益なのです。
性別移行して後悔するのは、人生と体力と精神を「削る」ような最悪の状況です。幸せになれないのなら、医師はしっかりと「止める」責務があるはずです。

実際、思い込みで性別移行を試みる人は少なくはないのです。女装にハマって「女になったら楽しいだろう!」と思う人、思春期の身体変化を厭わしく感じる女子、自身の同性愛感情を誤解する人、発達障害からジェンダーで分けられた行動がうまくできないために「トランス」だと思い込む人、統合失調症などの明白な精神疾患の症状として性別移行を妄想する人など、いろいろな人々がいるのです。
性別違和を誤解ではなく感じている当事者であったとしても、逃避的な気持ちから「不利な見かけ」を押して性別移行して、人生が詰む人も多いのです。性別移行自体が極めてリスキーな「賭け」であり、この「賭け」に勝てるか勝てないかを冷静に判断できない人に、医師が性別移行を勧めることがあってはならないと思います。

また針間医師のこの文章では触れていませんが、広島高裁差戻審以降、「女性スペースが、男性器がある「トランスジェンダー」に侵略される!」という女性たちの懸念が高まり、私たちに対する社会の目が厳しくなってきています。「マイノリティの権利」をゴリ押しするLGBT活動家たちの想いに反して、権利を主張すればするだけ、マイノリティが生きづらくなる…こちらの方が日本社会の現実なのです。
ですから、「こんなバカげた決定が出たせいで、未手術ではやっていけなくなった!」と手術に踏み切るMtF当事者の話も聞きます。逆に 「最高裁で認められたから、未手術で戸籍を変えたけど、それでは満足できない。だからやっぱり手術する!」と手術を受けたFtM 当事者の話も聞きます。そのくらいに、実は私たちはこの決定によって追いつめられてきています。

私は昔から、「戸籍変更は手術のオマケ」と言ってきました。周囲が受け入れてくれなければ、戸籍を変えたところで人生がうまくいくわけはないのです。戸籍が変わっていれば、希望する性別の側で本当に受け入れられるか、といえばそんな甘いものではないのです。それに怒って、戸籍を「殴り棒」として使うのは最低の行いですし、そういう当事者は絶対に幸せにはなれません。「自分の気持ち」を周囲に認めさせる一番の手段は、やはり手術であることは否定できないのです。

私は当事者として、同じ立場にある仲間たちに本心から、手術によって幸せになってほしいのです。手術がしたくない人、すべきでない人、理由があってできない人の問題は、私たちの問題とは切り分けて、社会が「戸籍性別」ではない別な手段で解決すべきであると考えています。それこそ、ジェンダー規範について社会は「寛容」であるべきなのですが、女性スペース・女性スポーツなどの社会における「意味のある区分」については「寛容な考え方に変える」程度のことで解決するはずもないのです。
根拠のない楽観はリスク管理の代わりにはなりません。
女性の権利が「トランスジェンダーの人権」によって危機に瀕するような事態は、まさに本末転倒なのです。

私たちは「自分たちの社会」について、状況に流されることなく真剣に考え、賢い判断をしていこうではありませんか。

「性別」医療現場の苦悩~「手術なし」をどうやって...(針間克己「正論」令和6年11月号)
性同一性障害特例法を守る会

2024年10月5日 20:01



美山みどり

産経新聞社発行の月刊誌「月刊正論」の上で、針間克己医師による文章が発表されました。

針間医師といえば、精神科医として2003年性同一性障害特例法を主導した一人であり、特例法による戸籍性別変更のための診断書を一番たくさん書いた医師としても知られる名実ともに「性同一性障害の権威」です。

その針間先生の発言は、現場に携わる医師としての率直な意見であり、特例法についての「現実」を当事者以外で一番よく知る立場として、特例法の改正論議にも強い影響を持つことでしょう。私たちも当事者としてのリアルな立場から、この特例法についてたびたび発言をしてきたのですが、やはり同じ現実を知る者として、針間先生とも相通ずる認識を持っていることがこの文章でも明らかです。

そんな立場から、この針間先生の「エビデンス重視のジェンダー医療を」を紹介します。元の文章は月刊正論7月号に掲載されています。



書評というものの性質上、この文書は私美山みどり個人の見解です。もちろん会のメンバーにはまず読んでいただいておりますが、あくまで美山個人の責任の発言としてお読みください。

目次





WPATHファイル流出事件の衝撃と日本の現状

WPATH(世界トランスジェンダー健康専門家協会)という、トランスジェンダー医療のガイドラインを発表し、それが国際的に様々な国やWHOなどでも採用されている団体があります。3月にこの団体から内部ファイルが流出し、「トランスジェンダーの人権」を謳う団体がその医療の中で、不十分なインフォームド・コンセントや不十分なエビデンスの元に、一方的な押し付けのような医療行為を繰り返していたことが明るみに出たのです。



今まで権威であり、ジェンダー医療のガイドラインの大元として強い影響力をもってきたこの団体の一大医療スキャンダルによって、ジェンダー医療への信頼が揺らぐという事態に発展しています。

この状況のもとで、日本では昨年の2件の最高裁判決を受けて、今後どのようなかたちで性同一性障害特例法を改正・運用していくかについての政治的なアジェンダが浮上しつつあります。しかし、この最高裁判決が依拠した論拠の多くには、このWPATHの方針が強く影響していたわけでもあり、もはや単純に「国際機関がこう言っているから」で追随するわけにはいかない状況になってきています。

私たち当事者としては、「最高裁がこういう判断をしたから」で拙速に特例法を改正することには反対です。なぜなら、単に法律論では扱いかねる、具体的な医療と、その医療体制の確立、診断基準の確立など、「人権」という言葉で簡単に片づけることができない複雑な問題が絡み合っているからです。まず、どのような医療体制が可能なのか、診断基準はどうすれば問題がないのか、など法律論以外の部分での議論が先立って必要なのです。それでなければ、思い込みで性別移行して後悔する人を量産する、あるいは逆に性別移行基準が厳しくなるだけだったなどという結果にもつながりかねません。

もちろん今「一日診断」と呼ばれる、専門外の医師による名目だけの診断によって「性同一性障害の診断書を販売する」ようなモラルを欠いた行為が横行している現実もあります。このような不心得な医師を排除する制度的な仕組みも必要ですし、また教育現場などで「子供がトランスジェンダーになるように扇動する」かのような方針を掲げる人々から、未成年者の精神的ケアを守らなくてはならないことも急務です。その場合に本当の性同一性障害の子供の立場をうまく取り扱うことができるような、イデオロギー的ではない対応もまた別途考えるべきでしょう。

法律ができることはごく一部なのです。現実の医療が提供できることの上にしか、法を作ることはできないのです。

実際、針間先生は、
日本のガイドラインというのは性転換手術を闇で行ったとして医師が有罪判決を受けた昭和三十九年のブルーボーイ事件を機に策定されたものです。事件に対する反省があって、WPATHを参考にしながらも、医師が訴追され、有罪判決を受けるという重大性から、「無茶なことはなしない」というのが、日本の医師のコンセンサスになっていたのです。「日本のジェンダー医療は遅れている」「ガラパゴス化している」などと逆に批判されることもありましたが、手堅い医療的アプローチを重視する姿勢が伝統的に引き継がれていたのです。

と述べて、日本のジェンダー医療が必ずしもトランスジェンダリズムに染まっているわけでないと考えています。少なくとも特例法の第2条で、
第二条 この法律において「性同一性障害者」とは、生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別(以下「他の性別」という。)であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、そのことについてその診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致しているものをいう。
性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律法律第百十一号(平一五・七・一六)
医師2名以上の一致した診断を求める内容を、否定する論調はごく一部の過激なセルフID主張者を除いてはありませんし、これはWPATHが「脱病理化」を叫んでさえも専門医の間では相手にされていません。
ですから専門医の間ではこの第2条の運用をどう改善するか、がポイントとなるでしょう。なんらかの資格制度、たとえば精神保健指定医などと同等程度のものが必要となることでしょう。医師である以外の資格がまったくない現状が早急に是正すべき大問題なのです。

エビデンスベースの医療の再構築に向けて

医学は科学です。科学であるからには、さまざまな間違いを繰り返しつつも、その間違いを自ら訂正し修正することによって、前に進んできたわけです。イデオロギーが科学を支配し「人権的・政治的に間違っている」として批判を封殺すれば、それは科学ではありませんし、世の中にも重大な害悪を流すことは必然です。

WPATHは人権の美名によって、このような科学を軽視したために、一番犠牲になったのは丁寧な診察とカウンセリングなのです。イデオロギーの結末は責任放棄になるのは不思議ではありません。
ところがガイドラインではトランスジェンダーの人権にも配慮して、出来るだけ早く治療することが患者のためだ、となりがちです。特にWPATHは医療的なガイドラインの随所に、トランスジェンダーの健康という観点から人権運動の理想論的な要素が入って影響を受けました。実際、ガイドラインの改訂を重ねるうちに、かつては存在していた「十分な心理カウンセリング」を課した事項や、「一定期間、例えば一年近くは様子を見たうえで手術する」といった項目は、省略化、簡略化されていきました。
思春期の「トランスジェンダーになりたい少女たち」に必要だったものは、まさにこの「十分な心理カウンセリング」だったのではないのでしょうか。患者の言いなりになることが「人権」でもありませんし、また患者の利益でもないのです。

私たちは当事者として、後悔して泣く人がいることに心を痛めます。ジェンダー医療で幸せになった私たちが「悪い手本になってしまったのか?」という自責の念もないわけではないのです。ジェンダー医療を受ける人はそれによって幸せになって欲しいのです。間違った自己認識でジェンダー医療を要求するのならば、医師が「門番」としてジェンダー医療を拒絶するのは当然のことと考えます。
そして、ジェンダー医療を拒絶する場合にも、しっかりとした心理カウンセリングによって、抱える問題を解決することを望みます。また不幸にしてジェンダー医療を後悔して元に戻したいと考える場合には、「イデオロギーの裏切者」視して無視するのではなく、十分なサポートと再出発への助けが得られるべきであると考えます。

このような丁寧なプロセスを「人権重視」という美名が破壊するのです。患者のいいなりが「人権尊重」なのでしょうか?
私にはそうは思えません。
意外に思う方もいるでしょうが、日本のジェンダー医療は、米国と違ってエビデンスベースの治療を重視しているのです。この三月に「GID学会」が「日本GI学会」に名称を変更しました。このとき、新しい名称を「トランスジェンダー健康学会にすべきだ」という意見もありました。日本にも理想ベースで、トランスジェンダーの人権や健康を重視しようという考えがないわけではありませんが、主流の考えは依然として医療ベースを大事にしていくというもので、当事者の多くもこれを支持してくれています。人権モデルよりも医療モデルが支持されている珍しい国です。
思春期ブロッカーの効果や有害性に関して判断するのは論文レベルではまだまだ不十分だと私は思っています。ある程度の蓄積はあるが。しかし、効果があるのか、ないのか、それを結論付けるだけの十分な蓄積がない。そういうレベルです。まさに私たち「特例法を守る会」の主張が、専門医の間でも主流なのです。医療モデルを守ることで、女性たちとの利害調整も可能にもなります。日本ではマスコミや左派野党がどう騒ごうとも、「人権モデル」は少数派にとどまり、当事者の多くはLGBT活動家が主張する、医師の診断なしに自分の希望だけで戸籍性別を変更できる「セルフID」を支持しないのです。医療モデルこそが当事者のニーズに即しているのです。ですので、この医療モデルベースの制度の再構築が必要となります。そのためには急ぐ必要はありません。まず専門医団体が意見を統一し、よりよい制度のために法制度とリンクした診断モデルを確立し、また標準的なジェンダー医療のガイドラインを、WPATHのものではなく独自に再構築すべきです。今こそ「海外の進んだ状況を日本にも輸入しよう」という拝外思想から脱却すべきなのです。これほど失敗に失敗を重ねた「人権モデル」を日本に輸入する必要はないのです。思春期ブロッカー問題WPATH ファイル流出と、それに続いて、タヴィストック・ジェンダー・クリニック閉鎖などの結果になったイギリスの未成年ジェンダー医療について、著名な小児科医ヒラリー・キャス氏に調査を依頼してまとめた「キャス報告書」の公表によって、とくに思春期ブロッカーの問題がクローズアップされました。第二次性徴を抑制し、ジェンダーの選択を後伸ばしにできる魔法の薬としてジェンダー・イデオロギー信奉者の間で喧伝されたのが、思春期ブロッカーと通称されるリュープリンです。しかし、これには骨の成長を阻害して骨粗しょう症を起こす、頭がぼおっとして学業に差し支えるなどの問題がいろいろあることも報告されています。いや実際にはこのリュープリンは前立腺がんや閉経前乳がん、思春期早発症などの治療薬として認可されていますが、日本でもアメリカでも思春期ブロッカーとしての利用はあくまで実験的なものになります。またヨーロッパではこの思春期ブロッカーの利用を禁止する動きもあります。針間先生はと慎重な判断を下しています。とはいえ、GI学会の理事でもある医師が主導したとされる百例ほどの投与例が日本でもあると聞きます。私には思春期ブロッカーを患者に投与した経験は一例もありません。実際、日本では多くの場合は医師がそうした選択をしていますが、約百例、投与に至った事例があります。これは、ほとんどが西日本の一部の大学病院で、精神科医がしっかり診て、どうしても必要だと判断し、手厚いサポート体制のもとで行われた十年間の蓄積です。と針間先生は実態を報告しています。とはいえ、このように思春期ブロッカーの危険性が取りざたされる状況について、やはり日本の医師も責任を持つべきでしょう。この約百例の事例についての、今時点での状況の再調査を含む再評価を公開し、この思春期ブロッカーという実験的治療の正当性について誰もが議論できるようにすべきです。こうしなければ日本の医療がトランスジェンダリズムに染まって未成年者のジェンダー医療を強行する方向に向かっているのでは、という余計な疑念を払拭するのは難しいことでしょう。おわりに針間先生も本稿で「エビデンスをベースにした医療」を訴えていますが、法制度だって同じことです。私たちについての調査は、残念なことにLGBT活動家によるNPOが主導する、「その団体周辺の人たち」のごくわずかな母数の調査が大半なのです。これではエビデンスもなにもありません。ただただ政治的に利用しやすい恣意的なレポートが上がってくるだけです。ですから、範囲が曖昧な「トランスジェンダー」ではなく、明白に当事者である戸籍性別変更者からその実態調査を行うべきなのです。特例法を使って戸籍性別を変更したのはこの二十年間に1万人強しかいないのです。私たち戸籍性別を変更した人が、現在どのように生きているか、満足しているか、ジェンダー医療をどう考えるか、特例法をどう捉えるかなどの、包括的な調査が急務だと考えています。戸籍事務と家庭裁判所を統括する法務省が主導すれば、これは容易なことのはずです。このエビデンスによってしか、やはり当事者のニーズに即した法律は作ることができないと、改めて当事者としても主張します。針間先生のこの記事は、リアルな現場の声です。私たちはイデオロギー上の存在ではありませんし、政治のコマでもありません。性同一性障害特例法はそんな「私たちのリアル」に寄り添った「良い法律」でした。それを海外直輸入のジェンダーイデオロギーによって破壊することに、私たちは怒りを持って立ちあがったのです。私たちの未来を「意識高い」「流行」といった軽薄な「思想」によって歪めないでください。(「手術要件を外すことだって当事者団体が反対していたくらいで….」うれしいです!)

書評:針間克己医師「エビデンス重視のジェンダー医療を」(月刊正論7月号) 性同一性障害特例法を守る会2024年6月10日 22:02p.89


性同一性障害特例法を守る会 美山 みどり

またもやおかしな司法判断がなされてしまいました。



とはいえ、これは昨年の最高裁での特例法手術要件の不妊要件の違憲判断を受けて、広島高裁での差戻審の決定ですから「もう一つの手術要件である外観要件は、どうなるのか?」と私たちも注視してきた裁判なのですが…

ある意味「逃げた」決定になります。

さすがに「外観要件は違憲である」という判断まではしません(「違憲の疑いがある」とは言っています)が、性ホルモンによる治療を通じて、男性器が委縮しているから戸籍性別変更を認める、という決定を下してしまったのです。

事実審である差戻審において、改めて「外観要件を(異例ながら)満たしている」と判断したことによって、とりあえず私たちにとっての最悪のケースである「外観要件の違憲判断」をするだけの踏ん切りは、裁判官にもつかなかったようです。

当事者にとっても困った司法判断

もちろん、この判断には大きな問題があります。こんな玉虫色決着では、女性たちの「男性器のある法的女性が、女性スペースに侵入してくる!」という恐怖を鎮めるどころか、かえって女性たちに大きな脅威を与えることにもなります。まさに、更なる「文化戦争」を裁判所が煽ることになりました。

女性たちの心配はもちろんのことです。ですから、私たち今まで手術を受けて社会に受け入れられてきた戸籍性別変更組にとっても、

それじゃあ、戸籍性別というもの、身分証明書の性別というものの、信頼性がなくなる。自分たちも見た目があまり女性的ではないことから、「ホントは男性器があるのでは?」と疑われた時に、身分証明書の性別での証明ができなくなる!!

という新しい脅威が生まれてしまったのです! 今までは戸籍変更組は「男性器がない」ということを戸籍性別によって証明することができたのです。それが今後は保証されないことになります…。これは由々しい事態です。これによって困るのは、見た目に男性的な部分を残す手術済の MtF なのです。まさに一番「苦労する」人たちを、さらに生きづらくするトンデモない判断なのです。

実際、今までは手術さえしていれば、女性たちもそれほど強く女性スペースの利用を拒みはしなかったのです。しかし、見た目が男性的な「女性」が女性スペースに侵入して、性加害の不穏な動きをした時に、身分証明書の「女性」を提示して女性たちを黙らせようとするのならば、女性スペースは崩壊してしまいます。そのとばっちりを受けるのは、手術済の「パス度の低い」MtF なのです。そうなれば、

少しでも見かけが男性的だったら、即通報!

が女性たちにとって女性スペースの安全を守るために取らざるを得ない手段になります。荒んだ空気すら生み出しかねないですが、女性らからすれば致し方ない面があります。

難しくなった特例法改正論議

さらに言えば、現在不妊要件の違憲判断を受けて、特例法の改正論議が始まりつつあります。しかし、この判断はその中途半端さゆえに、事態を複雑化させ、収拾をつけることを難しくしています。

「どこまで男性機能を無効化したら、戸籍性別変更を認めることができるのか」のライン引きがない。

もちろん今まで、こんな医学的研究はなされていません。どこまでホルモン治療したら、不可逆的に機能が無効化するのかを研究するのは「非人道的な研究」と誹られても仕方のないことでしょう。研究もされていないことを、誰が判断できるのでしょうか?

私(美山)の経験から言えば、女性ホルモンによって言うほど男性器が委縮したか…というと、そんなこともありませんでした。個人差が大きいものでありますが、女性ホルモンを長年投与していても、全然勃起しないわけでもありませんし、男性機能が完全になくなる、というのも難しいものがあるというのが正直な印象です。ましてや、一旦女性ホルモンを止めたらどうなるか、どこまで復活するかという面でも、なかなか難しいというのが実体験からの意見になります。

誰がそのラインを判定するのか?

泌尿器専門医でしょうか? 確かに現状でも、特例法で戸籍性別を変更する際には、泌尿器科医による診断を経て、性器が「異性に近似する」ものであることを確認することになっています。これは私(美山)のケースですが、実は手術証明書を持って行っただけで、紹介された泌尿器科医は診察せずに診断書を書いてしまいました。現在かなり診断さえも形骸化しています。
そんな状況下では、手術なしで認めろ、とするケースでは、診断と共に写真による判断も必要となるのではないのでしょうか。その場合、裁判官はどのような基準で判断するのでしょうか?

誤った判断をした場合にどうするか?

もし、戸籍性別を変えたあとで、女性ホルモンの投与をやめ、あるいは男性ホルモンの投与を受けることで、男性機能が復活させることは、その「女性化の程度」によっては可能であるかもしれません。そして男性機能を使った性犯罪を起こした場合に当人が処罰されるのは当然ですが、そんな審判をした責任を誰が取るのでしょうか? 診断をした医師でしょうか? 審判を行った家庭裁判所の裁判官でしょうか? ライン引きについて誰が責任を取れるのでしょうか?
私たちは当事者として、戸籍性別変更の取消などの制度が必要ではないか、という提言をしようと考えております。その場合に、誤った診断を行った医師の責任追及も可能にすべしと考えています。

「性同一性障害」の診断書

さらに言えば、現在、戸籍性別を変更するために家庭裁判所に提出する性同一性障害の医師の診断書は、医師であれば誰でも書けてしまいます。なんら専門的な知識のない町医者であっても、家庭裁判所に出す診断書が書けてしまうのですね。
今までは事実上、手術という事実に基づいて審判がなされてきたと言っても過言ではないのです。手術という事実があるからこそ、さほど診断書を書く資格が重要視されていなかったとも言えるのです。
ここで手術要件がいい加減になってしまえば、診断書の重要性は格段に上がり、そのために厳格な運用が求められるのです。しかし現状ではまだそのような体制は、性同一性障害の専門医を集めた日本GI学会(旧GID学会)でも作られていません。ならば、この体制ができるまでは、現実的な特例法の運用として、手術済の人については従前どおり
手術をせずに戸籍変更したい場合には、複数の専門医による厳格な診断と移行状況についての専門的な検討の上、学会での倫理的な審査による承認の元にしか、診断書を発行してはならない


というようにでもしなければ、公平な運用は不可能と思われます。

女性スペースの利用

女性スペースの運用については、現在「女性スペースについての法律」が検討されており、それによって身体ベースでの女性スペースの運用がなされるべきです。言い換えると、戸籍性別が女性であったとしても、手術していなければ女性スペースは使えない、という大原則は動かさないように、法の上で明言すべきです。

ですので、事実上、この戸籍性別変更の使い道は、

同性婚にならずに元の同性パートナーと婚姻できる

という程度しかないことになるでしょう。もちろん女子スポーツについては、各競技団体の判断にゆだねられますが、多くの国際的な競技団体が「少しでも男性思春期を経過していれば、女子スポーツへの参加は認められない」という合理的な基準を採用していますので、これは戸籍性別とはそもそも無関係です。

以上のように、この高裁決定は、特例法の改正論議を複雑化させ、問題をややこしくしています。かなり慎重な議論とあらかじめの医療・診断体制の確立がない状況では、特例法の改正を難しくし、さらにはその運用をほぼ不可能なものに変えてしまいました。

私たちの提言

なので、私たちはこのように提言します。女性スペースを守る法律を早急に作り、身体ベースでの女性スペースの利用を明言して定めよ。
GI学会は、手術なしでの男性→女性への戸籍変更のための診断書発行を、ちゃんとした診断基準ができるまでは停止する。そして、正規の専門医資格制度ができるまでは、GI学会で個別に検討されて認められたもの以外の診断書を、家庭裁判所は有効な診断書として受け付けないように求めよ。
GI学会は、いわゆる「一日診断」として、専門医でもない開業医が商業的に真っ当な診断もなく発行している性同一性障害の診断書について、効力を持たないことを宣言せよ。


私たち当事者の願いは、性別移行を後悔なく、周囲と協調しつつ行えることです。

戸籍性別の変更を簡易にすることは、一見それが当事者の役に立つように見えて、実は自分の周囲の人々や社会との軋轢を生み、また「気軽に」性別変更をしてしまって後悔する人を量産し、また性犯罪者に口実を与える危険な行いです。

さらにこの簡易化が「じゃあ、医療なんてどうでもいい」とタダの美容手術化を推し進めることを助長して、私たちが求めるようなエビデンスを重視した充実したジェンダー医療を、専門医が追及することを阻害する可能性が高いのです。そうなればこの判決は「いい加減なジェンダー医療」を蔓延させるきっかけにしかならないのです。

このような愚かな未来を選択しないように、皆さまに成り行きを注意するように訴えます。

以上

広島高裁差戻審決定を批判する

性同一性障害特例法を守る会

2024年7月10日 18:46