日弁連憲法9条の改正議論に対し、立憲主義を堅持し、恒久平和主義の尊重を求める立場から課題ないしは問題を提起するとともに、憲法改正手続法の見直しを求める決議PDF魚拓




決議全文 (PDFファイル;227KB)



日本国憲法が施行されて71年を迎え、憲法9条の改正に向けた議論が始まりつつある。
 

日本国憲法は、アジア・太平洋戦争の惨禍を経て得た「戦争は最大の人権侵害である」との反省に基づき、全世界の国民が平和的生存権を有することを確認し(前文)、武力による威嚇又は武力の行使を禁止し(9条1項)、戦力不保持、交戦権否認(9条2項)という世界に例を見ない徹底した恒久平和主義を採用している。そこには、核の時代における戦争が文明を破壊するおそれがあることも踏まえ、軍事によることなく、国民の安全と生存を「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」保持しよう(前文)とする決意が込められている。 
 

そして憲法9条は、これまで現実政治との間で深刻な緊張関係を強いられながらも、自衛隊の組織・装備・活動等に対し大きな制約を及ぼし、海外における武力行使及び集団的自衛権の行使を禁止するなど、憲法規範として有効に機能してきた。
 

2018年3月、自由民主党(自民党)憲法改正推進本部が方向性を示した条文イメージ(たたき台素案)は、憲法9条1項及び2項は残しつつ新たに憲法9条の2を設け、憲法9条の規定は「我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置」(必要な自衛の措置)をとることを妨げずとし、そのための実力組織として「自衛隊」を憲法上明記する案(自衛隊等明記案)である。同案は、法律の定めるところにより内閣総理大臣を自衛隊の最高の指揮監督者とし、自衛隊の行動は法律で定めるところにより国会の承認その他の統制に服するとする。
 

「わが国を取り巻く安全保障環境の緊迫化」を理由に検討したとされる自衛隊等明記案は、憲法改正により自衛隊を憲法に位置付け、自衛隊違憲論を解消すべきであると説明されている。自民党は、この案をたたき台として、衆参憲法審査会や各党、有識者等の意見や議論を踏まえ、「憲法改正原案」を策定し国会に提出するとしている。


自衛隊等明記案については、次の課題ないしは問題の検討がなされるべきである。







1 自衛隊等明記案では新たに憲法9条の2を設け、憲法9条の規定は「必要な自衛の措置」をとることを「妨げず」と定めており、「必要な自衛の措置」の内容は現在の案では限定されていない。このため、海外における武力行使及び集団的自衛権の行使を禁止するというこれまで憲法9条が果たしてきた憲法規範としての機能が減退ないしは喪失し、「必要な自衛の措置」として、存立危機事態はもとより、それ以外の場面でも集団的自衛権の行使が容認される危惧が生じる。そうであれば、政府がこれまで維持するものとしてきた専守防衛政策に根本的な変化をもたらしかねず、日本国憲法の恒久平和主義の内実に実質的な変化を生じさせるおそれがある。


2 自衛隊等明記案は「必要な自衛の措置」としての武力行使の限界を憲法に定めていないため、その判断が内閣又は国会に委ねられることになる。また、自衛隊の行動に対する「国会の承認その他の統制」の具体的な内容は憲法ではなく法律に委ねられている。こうしたことから、自衛隊の行動に対する実効性のある統制を実現することに疑義が生じ、権力の行使を憲法に基づかせ、国家権力を制約し国民の権利と自由(基本的人権)を保障するという立憲主義に違背するおそれがある。







以上のように、自衛隊等明記案には、立憲主義、基本的人権の尊重、恒久平和主義など、日本国憲法の理念や基本原理に深く関わり、日本の国の在り方の基本を左右する課題ないしは問題が含まれている。




そこで、同案により自由や平和の在り方がどのように変わるのか、変わらないのであればなぜかを、国民は明確に理解し判断する必要がある。そのためには、自衛隊等明記案の課題ないしは問題についての情報が国民に対し多面的かつ豊富に提供され、国会の審議や国民の間の検討に十分な時間が確保されるなど、国民が熟慮できる機会が保障されなければならない。




さらに、実際に憲法改正手続がとられる場合には、国民投票が公正・公平な手続を通じて実施されることが必要である。


憲法改正手続法(国民投票法)に関して、当連合会は、「憲法改正手続法の見直しを求める意見書」(2009年11月18日)の中で8項目の見直すべき課題を提示している。とりわけ国民投票の14日前までのテレビ・ラジオ等における国民投票運動としての有料意見広告放送に何らの規制が加えられていないことや、最低投票率の定めがなされていないことについては、参議院も同法成立時の附帯決議において本法施行までに検討を加えることを求めていた。しかし、現在までこれらの点の検討はなされていない。国民投票に付する憲法改正の発議の前までに、これらの点も含め見直すべき課題について必要な検討をした上で国民投票がなされるべきである。




よって、当連合会は、今般の憲法9条の改正をめぐる議論において、上記に指摘した課題ないしは問題について国民が熟慮できる機会が保障されること、そして、憲法改正の発議の前に憲法改正手続法の見直しを行うことを求める。


また、当連合会は、立憲主義を堅持し、恒久平和主義の尊重を求める立場から、国の将来を大きく左右する憲法9条の改正議論に当たり、その課題ないしは問題を明らかにすることにより、国民の間で憲法改正の意味が十分に理解され、議論が深められるよう、引き続き自らの責務を果たす決意である。


以上のとおり決議する。





2018年(平成30年)5月25日




日本弁護士連合会





提案理由

第1 はじめに

2017年5月3日、安倍晋三自由民主党(自民党)総裁は、民間団体主催の集会に寄せたビデオメッセージにおいて、憲法9条1項及び2項は残しつつ自衛隊の存在を憲法上明記する憲法9条に関する憲法改正構想を公表した。
 

その後、自民党憲法改正推進本部で憲法改正問題について検討がなされ、2017年12月20日には、①自衛隊、②緊急事態、③合区解消・地方公共団体、④教育充実という4項目について論点取りまとめが行われた。そして、本年3月、自民党憲法改正推進本部はこれら4項目について方向性を示した「条文イメージ(たたき台素案)」を決定した。①の自衛隊については、「条文イメージ(たたき台素案)」を基本とすべきとの意見が大勢を占めたとされる。今後、自民党は、この案をたたき台として、衆参憲法審査会や各党、有識者等の意見や議論を踏まえ、「憲法改正原案」を策定し、国会に提出するとしている。同年3月25日に開催された自民党大会では、自主憲法の制定を党是とし、国民との議論を深めることや、建設的な議論を重ね、改正案を示し、憲法改正の実現を目指すことが表明された(平成30年党運動方針)。
 

自民党憲法改正推進本部が自衛隊の明記について方向性を示した条文イメージ(たたき台素案)は、次のとおりである(以下、同案を「自衛隊等明記案」という)。これは「わが国を取り巻く安全保障環境の緊迫化」を理由に検討したとされており、憲法改正により自衛隊を憲法に位置付け、自衛隊違憲論を解消すべきであると説明されている。




「第九条の二 前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
② 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。」
  
憲法9条をめぐる改正については、いかなる方法により、平和を実現し、自衛隊の活動を統制するのかという課題が問われることになる。それは、日本国憲法の基本理念である立憲主義や、基本原理である基本的人権の尊重、恒久平和主義などに深く関わり、日本の国の在り方の基本を左右する極めて重要な課題ないしは問題である。


そこで、当連合会は、今般の憲法9条をめぐる改正議論に対し、国民の間で憲法改正の意義が十分に理解され、議論が深められるようにするために、本決議において、立憲主義を堅持し、恒久平和主義の尊重を求める立場から、自衛隊等明記案の課題ないしは問題を明らかにするものである。
  

また、当連合会は、憲法改正手続法について、8項目にわたり見直しを求めているところであり、憲法改正の発議の前に、これら8項目の課題の見直しを求めるものである。






第2 日本国憲法の平和主義

1 日本の平和主義の意義


(1) かつて戦争は国家の主権的自由に委ねられていたが(無差別戦争観)、総力戦として戦われた第一次世界大戦を経て、国際連盟規約(1919年署名)や不戦条約(1928年署名)に見られるように、国家の政策として行われる戦争は違法とされるようになった(戦争の違法化)。さらに第二次世界大戦後は、国際連合憲章は紛争の平和的解決(前文)をうたい、武力行使を原則として禁止した(2条4号)。例外的に武力行使が認められるのは、集団安全保障体制における軍事的措置(42条)と個別的自衛権及び集団的自衛権の行使(51条)などに限られ、戦争の違法化が徹底された。
  

(2) 日本国憲法は、この世界の平和主義を継承すること(98条2項)に加えて、全世界の国民が平和のうちに生存する権利を有することを確認し(前文)、武力不行使(9条1項)、戦力不保持、交戦権否認(9条2項)を定めたところに特徴があり、世界の平和主義の系譜において最も徹底した平和主義を基本原理とするものである。そこには、原子爆弾の出現により、「文明が速やかに戦争を全滅しなければ、戦争がまず文明を全滅する」おそれがあることへの真剣な憂いも含めて(1946年8月27日貴族院本会議における幣原喜重郎国務大臣の答弁)、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」国民の安全と生存を維持しようという強い決意が込められている。
  

(3) このような徹底した日本の平和主義(恒久平和主義)は、人権保障の基底的権利である平和的生存権を確認したことや、世界で初めて戦力不保持を憲法に明記するなど先駆的な意義を有している。


また、憲法9条は、現実政治との間で深刻な緊張関係を強いられながらも、自衛隊の組織・装備・活動等に対し大きな制約を及ぼし、海外における武力行使及び集団的自衛権行使を禁止するなど、憲法規範として有効に機能してきた(2008年10月3日人権擁護大会「平和的生存権および日本国憲法9条の今日的意義を確認する宣言」(富山宣言))。2015年に安全保障法制が採決されたことで憲法9条との緊張関係は続いているが、現在においても、憲法規範としての機能は失われておらず、依然として憲法9条は今日的意義を有している。


2 日本の平和主義の内容


(1) 日本の平和主義に関しては、日本国憲法制定当時から今日に至るまで、自衛権の有無及び憲法上許された自衛権行使の範囲が争点とされてきた。


とりわけ、国防を主たる任務とし武力行使権限を有する自衛隊が1954年に創設された後、自衛隊は憲法9条2項が保持を禁じる「戦力」に該当し違憲ではないかということが問題とされてきた。そこでの中心的な論点は、自衛権の有無及び憲法上許された自衛権行使の範囲であった。


自衛隊は、現状では、常備自衛官が約22万5千人おり、戦車・護衛艦・戦闘機などの装備を備え、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(日米安保条約)等の下で、米軍その他の国の軍隊と共同訓練を行っており、軍事的な組織であることは否定できない。


そして、自衛隊の任務・権限に関わる憲法上許された自衛権行使の範囲について、個別的自衛権の行使に限定されるのか、国際連合憲章51条が定める個別的自衛権及び集団的自衛権と同じ範囲の自衛権行使が認められるのか、安全保障法制が問題とされた以降は存立危機事態における集団的自衛権の行使まで認めるのかが議論されてきた。


(2) 自衛権の有無及び憲法上許される自衛権行使の範囲に関する日本政府の見解は、次のとおり変遷してきた。


① 日本国憲法が制定された1946年当時、日本政府は、平和的生存権、戦力不保持、交戦権否認という徹底した平和主義を採用している日本国憲法の下では、自衛戦争も含めて一切の戦争を放棄したと説明していた(徹底平和主義)。




この徹底した平和主義は、個別的自衛権及び集団的自衛権が認められるとしても、いずれも憲法上行使できないと理解されていた。
   

② しかし、その後1954年に自衛隊が創設されると、日本政府は、平和的生存権(前文)や幸福追求権(13条)を根拠に、日本国憲法は、「自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置」をとることまで禁じていないとし、自衛のための必要最小限度の実力組織である自衛隊は「戦力」に該当しないと説明するようになる。




ここでの「自衛の措置」とは、国際法上は自衛権と称されているが、その範囲は、①我が国に対する武力攻撃が発生した場合、②それを排除するのに適当な手段がないときに、③それを排除するために必要最小限度の範囲に限定して認められるものとされてきた。したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、上記①の要件を欠くため憲法上許されないとされた(これは、1972年(昭和47年)10月14日参議院決算委員会に日本政府から提出された資料「集団的自衛権と憲法との関係」を要約したものである。以下この資料を「昭和47年見解」という。)。


すなわち、昭和47年見解によれば、憲法上許される自衛権の行使の範囲は、必要最小限度の個別的自衛権の行使に限定されるのであり、日本の平和主義の内容もそのように理解されていた(専守防衛型平和主義)。
   

③ その後2014年7月1日の閣議決定で、日本政府は、昭和47年見解を次のように改めた。すなわち、我が国に対する直接の武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合(存立危機事態)において、他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは許されるとする見解である(以下「7.1閣議決定」という。)。以後、この見解に基づき、2015年に安全保障法制が採決され、自衛隊に存立危機事態における武力行使権限など新たな任務・権限が認められることとなった。
     

7.1閣議決定及び安全保障法制によれば、憲法上許される自衛権の行使の範囲は、存立危機事態における集団的自衛権の行使まで認められるものとされており、日本の平和主義の内容もそのように理解されている(存立危機事態型平和主義)。


(3) 以上のとおり、自衛権の有無及び憲法上許される自衛権行使の範囲をめぐり日本政府によって3つの見解が示されてきたが、それらとは別に、そもそも、日本国憲法9条1項が放棄したのは侵略戦争であり、自衛のための戦争は放棄していないこと、同条2項の「前項の目的を達するため」とは、侵略戦争放棄の目的を達するためという意味であり、そのための戦力不保持、交戦権否認であると解し、現行の日本国憲法の下でも、個別的自衛権及び集団的自衛権のいずれの行使も認められていると解する見解がある(芦田修正説)。


この見解によれば、日本の平和主義は、世界の平和主義とほぼ違いはなく、国際連合憲章51条に定められているものと同じ範囲内において自衛権行使が許されるのであり、日本の平和主義の内容もそのように理解されることになる。


(4) 在日米軍の駐留の合憲性について争われた砂川事件や、自衛隊の合憲性について争われた長沼ナイキ基地訴訟、百里基地訴訟などでも、自衛権の有無や憲法上許される自衛権行使の範囲などが争点となっていた。


この点、砂川事件において、最高裁判所は、憲法9条の下でも、「わが国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではなく、わが憲法の平和主義は、決して無防備、無抵抗を定めたものではない」、「わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない」と述べ、日本が自衛権を持つことを認めている。


しかし、日本が自衛のための戦力を持つことの是非については、「同条(注:憲法9条)2項がいわゆる自衛のための戦力の保持をも禁じたものであるか否かは別として」と述べており、自衛権の行使として憲法上許される武力行使の範囲については判断していない。


また、長沼ナイキ基地訴訟、百里基地訴訟など自衛隊の合憲性を争う訴訟がいくつか提起されたが、下級審の裁判所は別として、最高裁判所は一貫して自衛隊の合憲性に対する判断を回避しており、今までのところ、この問題についての最高裁判例は存在しない。


(5) このように、憲法上許される自衛権行使の範囲について、司法判断がなされておらず、政府見解にも変遷が見られる中で、憲法9条を維持することで自衛権行使の範囲を制限しようとする憲法改正を行おうとするのであれば、自衛権行使の限界を明確に定めることが求められることになる。


すなわち、それは、国民の安全と生存を守るために、憲法において自衛隊の武力行使を認めるべきか、仮に認めるとすればどの範囲まで認めるかという、日本の平和主義の在り方が根本から問われる問題である。


したがって、憲法改正の必要性とともに、平和主義について何がどのように変わるのか、変わらないとすればなぜかということを、国民が明確に理解して選択できるように、自衛権の有無及び憲法上許される自衛権行使の範囲について明確な説明がなされ、条文上も自衛権行使の限界を明確に定めることが求められる。






第3 日本国憲法の立憲主義

1 立憲主義の意義


立憲主義の概念は多義的であるが、少なくとも、個人の人権を守るために憲法により権力を縛る(統制する)ということは、近代立憲主義の基本である。


日本国憲法の根本にある立憲主義は、近代立憲主義の考え方を継承し発展させ、「個人の尊重」と「法の支配」原理を中核とする理念であり、国民主権、基本的人権の尊重、恒久平和主義などの基本原理を支えている。
 

2 自衛隊に対する立憲的統制


(1) 前述のとおり、憲法9条を維持しながら憲法上許された自衛権行使の限界を画しようとするのであれば、自衛権行使の限界が憲法上明確に定められなければならない。そうでなければ、憲法上の統制を受けずに自衛権行使の範囲の判断が内閣又は国会に委ねられ、実効性ある統制が十分に働かなくなることが危惧され、自由や平和を守る上で危険であるといわざるを得ない。


したがって、立憲主義の観点からも、憲法上許された自衛権行使の範囲について明確な説明がなされ、条文上も自衛権行使の限界が明確に定められることが求められることになる。
  

(2) 自衛隊を憲法に明記するのであれば、立憲主義の観点からは、自衛隊の行動を統制する新たな制度を憲法上構築することの可能性も課題ないしは問題となる。


一般に、軍に対する統制の在り方として文民統制(シビリアンコントロール)が指摘されるが、文民統制とは、政治と軍事を分離し、軍事に対する政治の優越(文民優越)を確保すること、またその政治が民主主義の原理に基づいていることを基本原則とする(民主的な文民統制の確保)。その目的は、武力を背景とした軍の政治介入を予防し、民主主義とは異なる組織原理による軍事支配から国民の人権を守ることにある。


しかし、国民の支持により民主的なプロセスを経て軍が台頭することがあることに見られるように、文民統制にも限界がある。


自衛隊を憲法に明記するのであれば、より根本的には、憲法により自衛隊の組織や行動を縛るという立憲主義の観点からの統制の在り方が検討されなければならない。
  

(3) このような観点から、以下の課題ないしは問題について解決することが可能かが慎重に検討されるべきである。


① 自衛隊を憲法に明記することになれば、自衛隊には、衆議院・参議院、最高裁判所、会計検査院などと並ぶ憲法上の組織として位置付けられることになる。それにより、自衛隊は強い正統性と権威が与えられ、自衛隊の権限を拡大強化する憲法上の根拠が認められたと解されるおそれはないか。


② 行政機関や国会による民主的統制の制度については、特定秘密の保護に関する法律(秘密保護法)が軍事機密に関する情報開示を規制する機能を持ち得る状況の下で、実効性ある民主的統制をどのように実現するか。


また、民主的統制の実効性を確保するための制度的担保が憲法上ないままで自衛隊の活動に対する民主的統制が可能か。例えば、ドイツ連邦共和国基本法は、民主的統制の実効性を確保するための制度的担保として、防衛委員会に少数派の申立てによる調査権限を認めたり(同法45条a2項)、議会の補助機関として国防専門員を確保したりしている(同法45条b)。


③ 裁判所による司法的統制については、砂川事件の最高裁判決などにみられるようないわゆる統治行為論に基づき、自衛隊の行動などへの司法判断が避けられてしまうのではないか。


④ 司法的統制に関連するものとして、戦時国際法(国際人道法)に基づき軍人・軍属の義務違反を処罰する法である軍法及び軍事裁判所制度の整備を求める見解があるが、日本の平和主義との関係で、そもそも軍法及び軍事裁判所制度を整備する必要があるか。仮に軍法を定めるとした場合には、戦時国際法(国際人道法)とされている憲法9条2項の交戦権の否認規定を維持することと整合するのか。軍事裁判所を設けることは、「特別裁判所は、これを設置することができない」とされている憲法76条2項と整合するのか。
   

⑤ 憲法83条は、国の財政を処理する権限を国会に委ねているが、憲法83条以下の財政の章(第7章)の規定だけで歯止めのない軍備拡張を抑制することができるか。さりとて、憲法上防衛予算を統制する制度を新たに構築することは可能か。軍備拡張の例として、第二次世界大戦時における国家財政に占める軍事費の割合は、70%台が続き、終戦前年の1944年には85.3%というピークを迎えていたことが挙げられる。一度戦争が起きれば国民生活を犠牲にして戦争遂行を優先するおそれがある。平時においても防衛力を整備するため軍備拡張が続くことによる国民生活への圧迫や、それにより日本の社会構造が軍事重視へと大きく変化することへの懸念もある。
  

(4) 仮に憲法9条を改正するのであれば、少なくとも、これらの課題ないしは問題について検討した結果を国民に説明し、その検討結果を踏まえた具体的な条項案が提示されることが必要である。そうすることにより、国民は初めて、現状のまま憲法9条を維持するのがよいか、それとも憲法9条を改正すべきかを検討することが可能となるといえるのである。



第4 自衛隊等明記案の検討

1 自衛隊等明記案の特徴


自衛隊等明記案の特徴として、①憲法9条1項及び2項を維持していること、②憲法9条の規定は「必要な自衛の措置」をとることを「妨げず」と明記したこと、③「必要な自衛の措置」をとるための実力組織としての自衛隊の保持を明記したこと、④自衛隊の最高指揮監督者を「内閣の首長たる内閣総理大臣」としたこと、⑤自衛隊の行動は「国会の承認その他の統制」に服するとしたこと、⑥自衛隊の行動に対する統制は「法律の定めるところにより」としたことを挙げることができる。
 

2 憲法9条と憲法9条の2との関係
   

自衛隊等明記案は、憲法9条の2で「前条の規定は、…必要な自衛の措置をとることを妨げず」と定めている。この点、憲法9条において「必要な自衛の措置」をとることが認められていることを、憲法9条の2で念のために確認したものであると説明されている。しかし、この条文に対しては、「必要な自衛の措置」に関し、憲法9条の2は憲法9条の例外規定と捉え、憲法9条の規定に優先すると解することも可能である。
 

3 「必要な自衛の措置」の内容
  

(1) 自衛隊等明記案は、「我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置」と定めている。
    

この文言は、「自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置」(昭和47年見解、7.1閣議決定。なお、7.1閣議決定では、「自国の」が「我が国の」とされている。)、「わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置」(砂川事件最高裁判決)とほぼ同じ内容である。また、自民党が2012年(平成24年)4月27日に決定した「日本国憲法改正草案」(以下「自民党憲法改正草案」という。)の国防軍に関する規定は、「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。」(9条の2)と定めているが、そこに用いられている「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため」という文言と上記の文言はほぼ同じである。
    

7.1閣議決定は、「自衛の措置」については、あくまでも「外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置として初めて容認されるものであり、そのための必要最小限度の「武力の行使」は許容される。」と説明している。
  

(2) しかし、自衛隊等明記案における「前条の規定は…妨げず」(憲法9条の2第1項)との規定を憲法9条の例外規定と解するならば、憲法9条のこれまでの解釈にとらわれることなく、「必要な自衛の措置」の解釈を展開することが可能となる。


そして、「必要な自衛の措置」には「我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つため」との目的が定められているが、この目的の定めにより「必要な自衛の措置」の範囲が一義的に確定できるものではなく、必要最小限度という文言も削除され、他にその内容を限定する定めもない。したがって、その内容として、我が国に対する直接の武力攻撃を排除するための必要最小限度の実力行使を超える武力行使や、当連合会がその違憲性を指摘してきた7.1閣議決定及び安全保障法制に基づく「存立危機事態における自衛の措置」としての集団的自衛権の行使はもとより、それ以外の場面での集団的自衛権の行使を容認するとの解釈を導くことにもなりかねない。
    

それは、芦田修正説(第2・2(3))が理解している平和主義の内容へと近づくことであり、日本の恒久平和主義の内実に実質的な変化を生じさせるおそれがある。
    

また、憲法上の統制を受けることなく「必要な自衛の措置」の判断が内閣又は国会に委ねられることになり、自衛隊の行動に対する実効性のある統制を実現することに疑義が生じ、権力の行使を憲法に基づかせ、国家権力を制約し国民の権利と自由を保護するという立憲主義に違背するおそれがある。
    

もとより、これまで日本国憲法の恒久平和主義が果たしてきた役割を評価しつつも、今日の安全保障環境を理由に、日本の恒久平和主義の在り方を変更させるべきであるとの見解もある。


しかし、その場合には、日本の恒久平和主義の内容を変更させるために憲法を改正する必要があるのかを厳格かつ慎重に検討されなければならないし、憲法上許される自衛権行使の範囲についても明確に提示されなければならない。


そして何よりも、主権者である国民が、憲法改正により何がどのように変わるのか、変わらないとするならなぜかを明確に理解して選択できるような内容の憲法改正条項案でなければならないが、現在の自衛隊等明記案はそうした内容にはなっていない。
 

4 憲法9条2項の戦力不保持・交戦権否認規定との関係


自衛隊等明記案は、「必要な自衛の措置」をとるための「実力組織」として「自衛隊を保持する」と定めている。憲法9条2項が維持されていることをもって、自衛隊は、「戦力」ではなく「実力」であるとして憲法9条2項に定める「陸海空軍その他の戦力」に該当しないか、該当するとしても例外として許容されることになる。
   

一方、憲法上その存在が正当化された自衛隊が、憲法9条の例外として許容された「必要な自衛の措置」として武力行使を行うことができるとの解釈が許されるのであれば、それにより生じた武力紛争に関して国際人道法が適用されたとしても、それも憲法9条2項の「交戦権」否認規定の例外として憲法上許容されることになりかねない。
   

このような解釈によれば、憲法9条2項の規定が維持されていたとしても、ほとんど意味をなさなくなる可能性がある。
 

5 「国会の承認その他の統制」の法律への委任
   

自衛隊等明記案は、自衛隊の行動は、「法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制」に服するとされていることから、統制手段は「国会の承認」に限定されていない。すなわち、国会の承認の対象となる事項や、その他の統制手段の内容について憲法に定めはなく、専ら法律に委ねられている。
   

一般に、軍隊は兵器を有する組織であるため、その権限が濫用されたときの人権侵害は計り知れないものがある。そのため、諸外国では、憲法上軍隊の活動を統制するための規定を設けている国がある。特に、ドイツ連邦共和国基本法は、戦前の歴史への反省から憲法に防衛に関する詳細な規定を設けている。
   

それら諸外国の規定に比べると、自衛隊等明記案は、自衛隊の行動に対して、自衛隊の編制、武力行使の開始・継続・終了の事項など統制制度の規定が憲法上置かれておらず、包括的に法律に委任されている。この点においても、自衛隊の行動に対する実効性のある統制を実現することに疑義が生じる。
 

6 自衛隊等明記案と恒久平和主義・立憲主義との関係
   

以上のとおり、自衛隊等明記案は、日本国憲法の恒久平和主義の内実に実質的な変化を生じさせるおそれがある。


また、憲法9条1項及び2項が残されているとはいえ、「必要な自衛の措置」の限界の判断は内閣又は国会に委ねられており、しかも自衛隊の行動を統制する制度の具体的内容も憲法ではなく法律に委ねられている。このため、自衛隊の行動に対する実効性のある統制を実現することに疑義が生じ、権力の行使を憲法に基づかせ、国家権力を制約し国民の権利と自由を保障する立憲主義に違背するおそれがあると言える。   






第5 憲法改正手続法(国民投票法)の改正

1 はじめに
   

当連合会は、2009年11月18日の「憲法改正手続法の見直しを求める意見書」において、憲法改正手続法に関して、①投票方式及び発議方式、②公務員・教育者に対する運動規制、③組織的多数人買収・利害誘導罪の設置、④国民に対する情報提供(広報協議会・公費によるテレビ、ラジオ、新聞の利用・有料意見広告放送のあり方)、⑤発議後国民投票までの期間、⑥最低投票率と「過半数」、⑦国民投票無効訴訟、⑧国会法の改正部分という8項目の見直しを求める意見を公表した。また、2014年に憲法改正手続法の一部改正が行われたときも、「改めて憲法改正手続法の見直しを求める会長声明」(2014年6月13日)を公表し、改めて見直しを求めている。   
   

特に、国民投票の14日前までのテレビ・ラジオ等における国民投票運動(憲法改正案に賛成又は反対の投票をし又はしないよう勧誘する行為)としての有料意見広告放送に何らの規制も加えられていないことや、最低投票率の定めがなされていないことについて、参議院が同法成立時の附帯決議において、「本法施行までに」と期限を限定して必要な検討を加えることを求めている。しかし、現在までこれらの点の検討はなされていない。


これらの点も含めて、当連合会が見直しを求めている8項目については、憲法改正の発議の前に見直しを行うべきである。
 

2 テレビ・ラジオ等における有料意見広告規制
   

憲法改正手続法によれば、国民投票の14日前まで、国民投票運動の一環としての有料の意見広告をテレビ・ラジオ等に自由に表明することが認められている。他方、憲法改正案に対し賛成又は反対の投票をし又はしないように勧誘するのではなく、単に、憲法改正案に賛成・反対の意見をテレビ等で表明する有料意見広告放送は、規制を受けることなく国民投票日にも自由に行うことができる。


表現の自由の保障の重要性に照らせば、自由な意見広告が認められるべきであるが、他方で、テレビ広告等には膨大な費用がかかるため、財力のある者でなければテレビ広告等を利用することができず、そこに不公平な事態が生じるおそれがある。


そこで、憲法改正案への賛成意見と反対意見との間に実質的な公平性を確保するために、国民投票に関する有料意見広告に何らかの規制を及ぼすこと、ないしは配慮を求めることが必要なのではないかが問題となる。


憲法改正手続法104条は、放送事業者に対して、放送番組の編集に当たり政治的に公平であることや、意見が対立する問題ではできるだけ多くの角度から論点を明らかにすることなどを定める放送法4条1項の規定の趣旨に留意するように求めている。


この規定は、放送事業者の編集権に対する配慮規定であり、国民投票に関する有料意見広告放送に直接関連するものではない。しかし、憲法改正案の賛成意見と反対意見との間の実質的公平を確保するために、放送事業者に慎重な配慮を求めることは必要であり、この点について実効性のある措置が可能かを検討すべきである。


それに加えて他に何らかの規制が必要か、その規制は法的な規制かそれ以外の別の方法によるべきかという課題がある。この点、例えば、全面禁止した上で公費による公平な意見表明の機会を保障したり、団体が使える費用に上限を設けたりするなどの規制案が提案されているが、それらも含めて検討すべきである。


3 最低投票率について
  

(1) 最低投票率の定めがないこと
    

憲法の改正は、国会が国民に提案してその承認を経なければならず、この承認には、国民投票において、その過半数の賛成を必要とする(憲法96条1項)。


しかし、憲法改正手続法は、国民投票に関して、最低投票率の定めをおいていない。最低投票率の定めがないと、過半数の賛成の数も少ないことがありえ、投票権者の一部の賛成により憲法改正が行われる可能性があり、その場合に改正条項の正当性にも影響が出てくるおそれがある。
    

最低投票率を定めることに対しては、ボイコット運動が起きるとしてこれを否定する見解がある。しかし、投票をボイコットする運動も、憲法改正問題に対する国民の対応の一つである。そのことが最低投票率の創設を否定する根拠にはなり得ない。
    

また、最低投票率を設けるとした場合、その割合が問題となる。これに対して、当連合会は、全有権者の3分の2とする立場を表明している。これは、最低投票率を全有権者の3分の2にしなければ、過半数の賛成が3分の1を下回ることとなり、全有権者の3分の1以下の賛成で憲法が改正されることになり、それでは妥当でないという考え方によるものである。このような考え方も参考にして、憲法改正に対する全国民の意思が十分に反映されたと評価できる最低投票率が定められるべきである。
  

(2) 「過半数」について
    

憲法改正手続法は、憲法96条1項の「過半数」について、「憲法改正案に対する賛成の投票の数及び反対の投票の数を合計した数」、すなわち有効投票数を「投票総数」とし、その2分の1を超える場合であるとしている(憲法改正手続法98条2項)。 これによれば、無効票等が過半数の基礎票から排除されることになる。


しかし、国民投票は、国の最高法規である憲法改正という極めて重要な問題を問うのであるから、少なくとも改正に明白かつ積極的に賛成する者が、改正の是非・当否について投票した全ての者の2分の1を超えるか否かにより決めるべきであり、それが厳格な要件を課した憲法の趣旨に適うものである。
    

白票や無効票を投じた者は、投票所に赴いて投票し、憲法を改正すべきか否かについての意思表示をしたものであり、改正に賛成の意思を表明したものではないから、これらの者は、改正に賛成しなかった者として「過半数」算定の基礎票に加えるべきである。
    

以上から、「過半数」の基礎票は、有効投票数ではなく、少なくとも無効票等も加えた投票総数とすべきである。
 

4 憲法改正手続法の速やかな見直しを


以上のとおり、憲法改正手続法には、見直すべき課題が存在しているのであるから、国会は、憲法改正の発議の前に、当連合会が指摘している8項目について憲法改正手続法の見直しを行うべきである。







第6 まとめ

以上から、当連合会は、今般の憲法9条の改正をめぐる議論について、前記に指摘した課題ないしは問題について、国民が熟慮できる機会が保障されること、そして憲法改正の発議の前に憲法改正手続法の見直しを行うことを求める。


また、当連合会は、立憲主義を堅持し、恒久平和主義の尊重を求める立場から、国の将来を大きく左右する憲法9条の改正議論に当たり、その課題ないしは問題を明らかにすることにより、国民の間で憲法改正の意味が十分に理解され、議論が深められるよう、引き続き自らの責務を果たす決意である。

HOME>公表資料>定期総会・臨時総会>year>2018年>憲法9条の改正議論に対し、立憲主義を堅持し、恒久平和主義の尊重を求める立場から課題ないしは問題を提起するとともに、憲法改正手続法の見直しを求める決議

https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/assembly_resolution/data/180525_01.pdf



近年、政党をはじめ各界から改憲案が公表されている。2007年5月には日本国憲法の改正手続に関する法律が成立し、2010年から憲法改正の発議が可能となった。憲法改正は現実の問題となりつつある。改憲案の中には、憲法前文の平和的生存権を削除し、戦力の不保持と交戦権の否認を定めた憲法9条2項も削除して、自衛隊を憲法上の「自衛軍」とする案も存する。




当連合会は、1997年の第40回人権擁護大会において「国民主権の確立と平和のうちに安全に生きる権利の実現を求める宣言」(下関宣言)を、2005年の第48回大会において、「立憲主義の堅持と日本国憲法の基本原理の尊重を求める宣言」(鳥取宣言)を採択した。鳥取宣言では、憲法9条の戦争を放棄し、戦力を保持しないという徹底した恒久平和主義は、平和への指針として世界に誇りうる先駆的意義を有するものであることを確認した。




その後、当連合会は、憲法9条改正論の背景と問題点について研究と議論を重ねた上、本大会において、平和的生存権および憲法9条が、次に述べる今日的意義を有することを確認する。


平和的生存権は、すべての基本的人権保障の基礎となる人権であり、戦争や暴力の応酬が絶えることのない今日の国際社会において、全世界の人々の平和に生きる権利を実現するための具体的規範とされるべき重要性を有すること
憲法9条は、一切の戦争と武力の行使・武力による威嚇を放棄し、他国に先駆けて戦力の不保持、交戦権の否認を規定し、国際社会の中で積極的に軍縮・軍備撤廃を推進することを憲法上の責務としてわが国に課したこと 
憲法9条は、現実政治との間で深刻な緊張関係を強いられながらも、自衛隊の組織・装備・活動等に対し大きな制約を及ぼし、海外における武力行使および集団的自衛権行使を禁止するなど、憲法規範として有効に機能していること





憲法は、個人の尊厳と恒久の平和を実現するという崇高な目標を掲げ、その実現のための不可欠な前提として平和的生存権を宣言し、具体的な方策として憲法9条を定めている。




当連合会は、平和的生存権および憲法9条の意義について広く国内外の市民の共通の理解が得られるよう努力するとともに、憲法改正の是非を判断するための必要かつ的確な情報を引き続き提供しつつ、責任ある提言を行い、21世紀を輝かしい人権の世紀とするため、世界の人々と協調して基本的人権の擁護と世界平和の実現に向けて取り組むことを決意するものである。




以上のとおり宣言する。




2008年(平成20年)10月3日
日本弁護士連合会




提案理由

1.日本国憲法の基本原理としての恒久平和主義

国民主権、基本的人権の尊重、恒久平和主義などを基本原理とする日本国憲法が制定されてから60年余りが経過した。これらを基本原理とする憲法が、戦後日本の平和と民主主義、人権と福祉のために果した役割はきわめて大きい。




憲法前文および憲法9条は、わが国が先の大戦とそれに先行する植民地支配によりアジア諸国をはじめ内外に多大な惨禍を与えたことに対する深い反省と教訓に基づき、定められたものである。




憲法前文は、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起きることのないようにする」決意の下、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意し」、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認」し、憲法9条は、国連憲章の国際紛争の平和解決原則を更に発展させ、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使を国際紛争を解決する手段としては永久に放棄し(憲法9条1項)、陸海空軍その他の戦力を保持せず、国の交戦権を否認する(憲法9条2項)という非軍事の徹底した恒久平和主義に立脚している。恒久平和の基本原理は、戦争が最大の人権侵害・環境破壊であり、立憲主義の最大の敵であることに照らせば、平和と人権の密接不可分性を深く洞察したものであり、恒久平和への指針として世界に誇りうる先駆的意義を有しているものである。戦争を阻止し、平和を実現しなければ、基本的人権の保障も、国民が主権者として尊重されることもないのである。
ところで、衆議院では、次のとおりの決議がなされている。




まず、1995年6月9日「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」(「戦後50年決議」=「不戦決議」)をあげ、戦後50年にあたり、わが国が過去に行ったこうした行為や他国民とくにアジアの諸国民に与えた苦痛を認識し、深い反省の念を表明するとともに、過去の戦争についての歴史観の相違を超え、歴史の教訓を謙虚に学び、平和な国際社会を築いていかなければならないこと、そして、日本国憲法の掲げる恒久平和の理念の下、世界の国々と手を携えて、人類共生の未来を切り開く決意を表明した。




また、2000年5月30日「戦争決別宣言決議」では、人類は二度の大戦はじめ多くの戦争により言語に絶する惨禍を被りながらも、冷戦終結後10年を経た今日にあっても続発する武力衝突や核、ミサイル等の大量破壊兵器の開発、拡散が憂慮されていること、今、21世紀を迎えるに当たり、日本はじめ各国は、過去の戦争の傷跡や新たな武力の脅威に対し、人類の最大の願いである国際平和の実現への決意を新たにし、戦争の惨害から将来の世代を救わねばならないこと、唯一の被爆体験を持つわが国は、日本国憲法に掲げる恒久平和の理念の下、歴史の教訓に学び、国際平和への貢献に最大限努力するとともに、日本はじめ各国が国家間の対立や紛争を平和的な手段によって解決し、戦争を絶対に引き起こさないよう誓い合うことについて、世界に向け強く訴えることを表明した。




さらに、2005年8月2日「国連創設及びわが国の終戦・被爆60周年に当たり、更なる国際平和の構築への貢献を誓約する決議」では、「政府は、日本国憲法の掲げる恒久平和の理念のもと、唯一の被爆国として、世界のすべての人々と手を携え、核兵器等の廃絶、あらゆる戦争の回避、世界連邦実現への探究など、持続可能な人類共生の未来を切り開くための最大限の努力をすべきである」ことを表明した。




憲法の恒久平和主義を尊重する上記決議は、これからの日本が進むべき道の指針とされるべきである。





2.憲法改正手続法の制定と憲法改正をめぐる情勢

(1)下関宣言と鳥取宣言

当連合会は、1997年の下関人権擁護大会において「国民主権の確立と平和のうちに安全に生きる権利の実現を求める宣言」(下関宣言)、2005年の鳥取人権擁護大会において「立憲主義の堅持と日本国憲法の基本原理の尊重を求める宣言」(鳥取宣言)、をそれぞれ採択した。




下関宣言は、憲法施行50年にあたり、国民主権の確立と平和のうちに安全に生きる権利(平和的生存権)の実現をはじめとする憲法の基本原理の実現と定着を目指したものである。鳥取宣言は、政党、財界、新聞社などから多くの改憲案や改憲に向けた意見が述べられるといった、憲法改正をめぐる議論がなされているなかで、「憲法は、全ての人々が個人として尊重されるために、最高法規として国家権力を制限し、人権保障などをはかるという立憲主義の理念が堅持されること、国民主権・基本的人権の尊重・恒久平和主義など日本国憲法の基本原理が尊重されること」を求めるとともに、憲法9条の戦争を放棄し、戦力を保持しないというより徹底した恒久平和主義は、平和への指針として世界に誇りうる先駆的意義を有することを確認したものである。




(2)憲法改正手続法の成立とその問題点

しかし、その後、憲法改正に向けての法整備はすすめられ、2007年5月14日には、日本国憲法の改正手続に関する法律(以下「憲法改正手続法」という。)が可決成立し、同月18日に公布された。




当連合会は、国民主権主義などの憲法の基本原理を尊重する見地から、また硬性憲法の趣旨からも、憲法改正手続法については、最低投票率の定めがないことをはじめ、本来自由な国民の議論がなされるべき国民投票運動に萎縮効果を与えるような多くの制約が課されること、資金の多寡により影響を受けないテレビ・ラジオ・新聞利用のルール作りが不十分であること等多くの問題があることを指摘してきた。しかし、これらの重大な問題点が解消されず、広く国民的論議が尽くされることなく、憲法改正手続法は可決成立したものであり、同法が十分な審議を経ていないものであることは、参議院において最低投票率制度の意義・是非について検討することを含む18項目にも亘る附帯決議がなされたことからも明らかである。




ところで、この憲法改正手続法は、2010年5月18日から施行されることとなるが、憲法審査会の設置に関する規定については既に施行されており、法的に憲法審査会を設置することは可能な状況にある。




自由民主党は、同法施行以前であっても、憲法改正案の審議はできないものの、憲法改正のための大綱や骨子のようなものを作成することは可能であるとの見解を示している。このような情勢に鑑みれば、憲法改正は現実の問題となりつつあると言わざるを得ない。






3.憲法に関連する諸立法や解釈改憲の動きなど

ここ約10年の間に、周辺事態法、テロ特措法、イラク特措法、武力攻撃事態法などの有事法制3法、国民保護法などの有事関連7法の制定、度重なる自衛隊法の改正や防衛庁設置法の改正に基づく自衛隊の海外派遣の拡大や本来任務化、防衛庁の防衛省への格上げ、テロ特措法に代わる給油新法の制定などの立法や法改正が行われ、また、首相の私的諮問機関(有識者会議)から集団的自衛権の容認を提言する報告書が提出され、国会議員の間で「自衛隊派遣恒久法」制定の動きがあるなど、平和についてのわが国のあり方を大きく左右する立法や政治状況が続いている。




当連合会は、これらの諸立法や動向に対し、適宜、憲法に抵触するものではないか、特に憲法が認めていない集団的自衛権の行使を認めるものではないか、明文の憲法改正を先取りするものではないか、などの点を検討し、意見を述べてきた。たとえば、自衛隊をイラクへ派遣することを目的とするイラク特措法については、2004年2月3日理事会決議、同年4月17日会長声明などで、国際紛争を解決するための武力行使および他国領土における武力行使を禁じた憲法に違反するおそれが極めて大きいものであることにより反対であることを明らかにし、そのうえで、自衛隊の派遣先がイラク特措法が禁じる「戦闘地域」であることも指摘し、繰り返しイラクからの撤退を求めてきた。




名古屋高等裁判所は、2008年4月17日、いわゆる自衛隊イラク派遣差止訴訟判決において、航空自衛隊がアメリカからの要請によりクウェートからイラクのバグダッドへ武装した多国籍軍の兵員輸送を行っていることについて、バグダッドはイラク特措法にいう「戦闘地域」に該当し、この兵員輸送は他国による武力行使と一体化した行動であって、自らも武力の行使を行ったとの評価を受けざるを得ない行動であると判断した。そして、憲法9条についての政府解釈を前提とし、イラク特措法を合憲とした場合であっても、この兵員輸送は、武力行使を禁じたイラク特措法2条2項、活動地域を非戦闘地域に限定した同法同条3項に違反し、かつ憲法9条1項に違反するとの判断を示した。そのうえで判決は、原告個人が訴えの根拠とした憲法前文の平和的生存権について、現代において憲法の保障する基本的人権が平和の基盤なしには存立し得ないことからして、全ての基本的人権の基礎にあってその享有を可能ならしめる基底的権利であり、単に憲法の基本的精神や理念を表明したにとどまるものではなく、局面に応じて自由権的、社会権的、または参政権的な態様をもって表われる複合的な憲法上の法的な権利として、その侵害に対しては裁判所に対して保護・救済を求め法的強制措置の発動を請求できるという意味において、具体的な権利性が肯定される場合もあり、憲法9条に違反する戦争への遂行等への加担・協力を強制される場合には平和的生存権の主として自由権的な態様の表れとして司法救済を求めることができる場合がある、と判示した。




当連合会は、4月18日、名古屋高等裁判所の判決について、同判決は当連合会のかねてからの主張の正しさを裏付けるものであるとともに、憲法前文の平和的生存権について具体的権利性を認めた画期的な判決として高く評価し、あらためて政府に対し、判決の趣旨を十分に考慮して自衛隊のイラクへの派遣を直ちに中止し、全面撤退を行うことを強く求める会長声明を発表した。





4.鳥取宣言の意義と課題

(1)鳥取宣言の意義

当連合会が、憲法改正に向けた動きに対して、鳥取宣言をしたのは、現在進められている改憲論議には重大な問題があり、これらの問題点は、以下のとおり日本国憲法の理念や基本原理を大きく変容させるものと危惧せざるを得なかったからである。




たとえば、改憲論の中には、憲法に「国民の責務」条項などを導入しようとするもの、憲法は権力制限規範にとどまらず国民を拘束するものであるという考え方を示しているものもあるが、これは、憲法を権力を縛るものから国民を統合・統制する行動規範に変えようとするものであり、この国のあり方を根本からくつがえし、立憲主義を否定することにつながりかねない。また、人権相互の調整原理として機能してきた「公共の福祉」を人権の上位概念として位置づけられているとみることもできる「公益」や「公の秩序」と書き換えることは、基本的人権の広汎な制約を容認することとなりかねないものである。さらに、改憲論の中には、国民が直接自らの意思を反映する機会である、最高裁判所裁判官の国民審査、憲法改正の国民投票、地方自治特別法の住民投票について、いずれも廃止ないし制限しようとする見解が存するのは、国民主権を空洞化させるものではないかとの疑問を抱かざるを得ないものである。




そして、恒久平和主義に関し、改憲論の多くが述べる平和主義は、軍隊の設置を明記し、武力の行使を認める平和主義であり、これは、憲法の恒久平和主義とは異なるものである。また、軍事裁判所の設置は、下級裁判所としての位置づけとはいえ独自の法体系に基づく特別な裁判所を創設するものであり、軍隊及び軍に関する問題を司法権ないし司法救済の例外とするものにつながり、そうなれば基本的人権は強く脅かされることになり是認できない。




(2)残された課題

もっとも、憲法前文に定める平和的生存権や憲法9条の下での恒久平和主義をどう捉えるかについては、鳥取の人権擁護大会でも、平和的生存権および憲法9条の意義、日本および世界における平和の構築のあり方、日本の国際貢献のあり方などにつき、国民の中にも、また弁護士の中にも多様な意見があることが明らかになった。そして、この鳥取宣言を更なる出発点として、平和的生存権や憲法9条2項について会内の議論が深められていかなければいけないことが再認識された。
鳥取宣言を更なる出発点として、憲法の恒久平和主義をどう考えるかなど改憲問題に正面から取組み、会内の議論を深め、できる限りの意見集約を図り、市民に必要かつ的確な情報を提供しつつ、問題点を指摘し、責任ある提言をしていくことは、当連合会に課せられた重要な課題である。




(3)議論の深化

ところで、各地での議論が積み重ねられていく中、鳥取宣言当時には、十分意識されていなかった改憲論の問題点も浮き彫りになってきている。たとえば、当連合会は、憲法60年記念シンポジウム「憲法改正と人権・平和のゆくえ」として、まず、2007年4月21日に「パートⅠ 規制緩和と格差社会から考える」を開催し、「ワーキングプア」「ネットカフェ難民」の問題を切り口にして、経済のグローバリズム化がもたらした規制緩和政策が、新たな貧困と格差社会を生み出し、生存権などの社会的基本権の保障のみならず、個人の尊厳(尊重)を重視する憲法の基本理念そのものを揺るがしつつある問題であること、その現実と憲法改正の動きが関連するものであることを検証した。




また、憲法9条の意義、日本と世界における平和の構築のあり方、わが国の国際貢献のあり方についても、2007年7月21日に「パートII イラク戦争から何を学ぶか」を開催し、イラクの映像を用いて、イラク戦争の真実の姿や様々な問題点が明らかにされ、アメリカ中心の国際法を無視した軍事力行使に日本としてどのように関わるべきかといった問題などについて議論をした。さらに、2008年4月22日には、「パートIII 在日米軍・自衛隊の実態から憲法9条を考える」を開催し、日米軍事同盟「再編」の実態、在日米軍基地で起きていること、テロとの対決などを名目として戦争を遂行しているアメリカにおける人権状況、憲法9条改憲の狙いは何かなどについて、検証し、議論をした。




当連合会のみならず、全国各地の弁護士会、連合会においても、このようなシンポジウムや意見交換会などが市民も交えて開かれ、平和的生存権や憲法9条、13条、25条などに関して議論が広がり、深められている。





5.憲法9条の先駆的意義と今日的意義

(1)平和的生存権と憲法9条の先駆的意義

鳥取宣言においては、憲法は、戦争が最大の人権侵害であることに照らし、恒久平和主義に立脚すべきことが確認されるとともに、日本国憲法第9条の戦争を放棄し、戦力を保持しないという非軍事の徹底した恒久平和主義は、以下のとおり平和への指針として世界に誇りうる先駆的意義を有するものであることが確認された。




すなわち、第1は、平和と人権の密接不可分性を深く洞察し、人権保障の基底的権利である全世界の国民の平和的生存権を確認した先駆性である。




第2は、日本が国際社会に対して、率先して、一切の戦争(武力行使)を行わないことを具体的に保障するため、軍隊その他の戦力を保持しないことを世界で初めて憲法に明記したことの先駆性である。国連憲章は、国際紛争の平和解決を原則としつつ、例外的に集団的な安全保障構想(相互保障)を採用しているが、憲法は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し」率先して武力の行使を放棄することを宣言したものであり、国連憲章を超える先駆性を有する。




第3は、憲法は、軍隊その他の戦力を保持しないことを憲法に明記することにより、日本が、国際社会において、積極的に、軍備の縮小や軍備の撤廃実現を目指して努力する義務を憲法上の責務として課した先駆性である。




第4は、国内的には、軍隊の保有を禁じること(軍事費の支出禁止、軍事的理由による権利制約禁止等)により、国民の生活、基本的人権を優先的に保障する社会的・経済的基盤を保障したことの先駆性である。これらにより、政府は、自衛権を「自衛のための最小限度の実力」を保持するものと解し、専守防衛政策をとり、自衛隊の海外での戦闘行為や集団的自衛権の行使を否定してきた。その下で非核三原則、武器輸出禁止三原則、基盤的防衛力構想、防衛費GNP1%枠などの原則・基準を表明してきた。




第5は、憲法の平和的生存権は、1948年12月国連総会で採択された世界人権宣言、1966年国連総会で採択された国際人権自由権・社会権規約などにその理念が引きつがれた先駆性である。




そして、1978年12月15日に国連総会で採択された「平和に生きる社会の準備に関する宣言」においては、「平和に生きる固有の権利」が承認され、1984年11月12日に国連総会で採択された「人民の平和への権利についての宣言」においては、「人民の平和的生存の確保は各国家の神聖な義務である」、「地球上の人民は平和への神聖な権利を有することを厳粛に宣言する」とされ、平和のうちに生存する権利が確認された。そして、同じ認識に立つ考えが、UNDP(国連開発プログラム)の年次報告「人間開発報告書」1994年版に、新しい安全保障の概念=人間の安全保障として登場している。




(2)改憲論の主張

これに対し、有力な改憲案の中には、前記のとおり、憲法前文の平和的生存権を削除し、かつ、戦力の不保持、交戦権の否認を定めた憲法9条2項も削除して、自衛隊を憲法上の「自衛軍」と位置づける案も存する。その理由として憲法9条と現実との乖離の是正、国際社会における軍事貢献の必要性、わが国をめぐる東北アジアの安全保障、日米同盟強化などがあげられている。




このような改憲論の主張は、憲法9条に対し、自衛力による自衛権を否定し、一切の戦力を保有しないと規定したことは、わが国の安全保障を根幹から脅かすものであり、非現実的であるとの批判的見解にたつものといえよう。この批判的見解に立つと、平和的生存権や憲法9条は、制定当初先駆的意義を有していたことについては評価するもの、制定後の国際情勢の変化の中で、現実的適応能力のなさを露呈し、現在、わが国をめぐる安全保障環境に適応する憲法規範として不適切なものとなっており、今日的な意義を喪失しているとして、変更されるべきものと位置づけられる。




(3)平和的生存権および憲法9条の今日的意義



当連合会は、鳥取宣言および本人権擁護大会に至る議論の深化をふまえ、平和的生存権および憲法9条が、以下のとおり今日きわめて重要な意義を有することを確認するものである。




すなわち、第1に、平和的生存権は、すべての基本的人権保障の基礎となる具体的な人権であり、パレスチナ、チェチェン、南北オセチア、コンゴ、アフガニスタン、イラクなど戦争・武力紛争や暴力の応酬が絶えることのない今日の国際社会において、全世界の国民の平和に生きる権利を実現するための具体的規範とされるべき重要性を有する。




第2に、戦争は最大の人権侵害・環境破壊であり、対人地雷、劣化ウラン弾、クラスター爆弾・バンカーバスター爆弾・デージーカッター爆弾、核兵器、生物・化学兵器などの発達に伴い、今日の戦争や武力紛争は、甚大な環境破壊を伴いながら、死者や負傷者のうち一般市民・非戦闘員が占める割合を飛躍的に増大させ、場合によっては、勝者も敗者もない残酷な殲滅戦争として続く可能性が大きい。このような状況において、軍隊・武力により平和を構築することの矛盾や困難さを想起すべきであり、今日軍隊・武力による平和の実現という思考では平和の実現は不可能ないし困難であることが意識されつつある。平和的生存権および憲法9条はそのような意識を強く後押しするものであり、平和なくして人権保障はありえないことから、きわめて重要である。




第3に、憲法9条は、現実政治との間で深刻な緊張関係を強いられながらも、憲法規範として有効に機能し、上記のとおり自衛隊の組織・装備・活動等に対し大きな制約を及ぼし、また、海外における武力行使や集団的自衛権の行使を禁止する根拠となっている。たとえば、周辺事態法、テロ特措法、イラク特措法、周辺事態船舶検査法などの自衛隊海外派遣法制では、武力行使禁止原則が貫徹され、任務遂行のための武器使用が禁止され、武器使用による対人殺傷は刑法第36条、37条の要件(正当防衛、緊急避難)を満たす場合のみであり、武器使用の主体は部隊ではなく、個々の自衛官である。防衛対象も限定(自己、又は自己と共に任務遂行するもの、職務を行うに当り自己の管理下に入った者)されて、「かけつけ警護」はできないとされている。自衛隊の活動地域は、前線ではなく、後方地域、非戦闘地域に限定され、活動内容も後方地域、人道復興、安全確保の各支援活動に限定されている。このような制約は憲法9条の規範的拘束力によるものとして、高い評価を受けている。




第4に、憲法9条は、軍備や軍事に充てられていた資源を人々の生存権保障や温暖化など世界的な危機にある今日の地球環境の保全・回復に向けることを可能とする。  






非軍事の徹底した恒久平和主義は、21世紀の世界平和を創り出す指針として世界の市民からも注目を集め、高く評価されている。




例えば、1999年5月にオランダのハーグで世界各地のNGOが結集して開催されたハーグ平和アピール世界市民会議において採択された「公正な世界秩序のための基本10原則」は第1項に「各国議会は、日本の憲法9条のように、自国政府が戦争をすることを禁止する決議を採択すべきである」と日本国憲法9条を掲げている。




武力紛争予防のためのグローバル・パートナーシップ(GPPAC)は、2005年7月、国連本部で開催されたNGO国際会議で採択された暴力紛争予防のための世界行動提言の中で、「世界には、規範的・法的誓約が地域の安定を促進し信頼を増進させるための重要な役割を果たしている地域がある。例えば日本国憲法第9条は、紛争解決の手段としての戦争を放棄すると共に、その目的で戦力の保持を禁止している。これは、アジア太平洋地域全体の集団的安全保障の土台となってきた。」と指摘し、第9条が世界平和構築の基礎になっていることを承認している。
その他、「世界平和フォーラム」宣言(2006年6月、カナダ)、ナショナル・ロイヤーズ・ギルド(全米法律家組合)総会決議(2007年11月)、「9条世界会議」の「戦争を廃絶するための9条世界宣言」(2008年5月、日本)においても、憲法第9条の理念や価値が21世紀の今日、世界平和を実現するための指標とされ、世界各国に広められるべきことが確認されている。





6.本宣言の意義

憲法は、個人の尊厳と恒久の平和を実現するという崇高な目標を掲げ、その実現のための不可欠な前提として平和的生存権を宣言し、具体的な方策として第9条を定めたものであり、その今日的意義を確認することは、日本だけでなく世界の人々にとって極めて重要な意義を有するものである。我々弁護士は、これまで積み重ねてきた憲法9条に関する議論をさらに深化させ、人権が尊重される社会の実現と、日本と世界の平和の実現のために、憲法改正論議と正面から向き合っていかねばならない。




当連合会は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士の団体として、21世紀を輝かしい人権の世紀とするため、本宣言に基づき、さらに平和的生存権および憲法9条の意義について広く国内外の市民と議論し、共通の理解が得られるよう努力するとともに、憲法改正の是非を判断するための必要かつ的確な情報を引き続き提供しつつ、責任ある提言を行い、世界の人々と協調して基本的人権の擁護と世界平和の実現に向けて取り組むことを決意するものである。




以上

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In order to enable the rule of law to prevail in all facets of society, to protect fundamental human rights and to realize social justice, the Japan Federation of Bar Associations (the “JFBA”) has actively engaged in various activities such as: (i) streamlining judicial foundations; (ii) enhancing access to justice; and (iii) expanding the fields and scopes of practice for attorneys. Further, the JFBA has been engineering its efforts in fostering high-quality legal professionals to respond to the various needs which arise from society.



In the meantime, under the new system for fostering legal professionals, a number of newly-registered legal professionals have started practice in a variety of fields. However, there has been a sharp year-on-year decrease in the number of applicants seeking to become legal professionals, due mainly to: (i) the fact of the low pass rate for the bar examination, contrary to the initial forecasts; (ii) the difficult situations being faced by newly-registered legal professionals in finding jobs upon completion of the legal apprentice training; as well as (iii) the financial and time burdens imposed in the process of becoming legal professionals. If such situation is permitted to continue, it may lead to the weakening of the foundation of the types of people who will play such a major role in the future of the judiciary and democracy in our country.



In light of such situation, the JFBA made resolutions at the meetings of its Board of Governors, entitled “Recommendations Concerning the Policy Regarding the Number of Legal Professionals” on March 15, 2012, and entitled “Specific Recommendations Regarding the Improvement of the Law School System” on July 13, 2012. Since then, based on such Recommendations, the JFBA has been addressing the following activities, all of which are interrelated and which the JFBA has regarded and positioned as one basic policy: (i) to reduce the number of successful bar examinees to 1,500 per year for the time being; (ii) based on item (i), to promote the abolition or merger of law schools and the drastic reduction of the total maximum number of law school students in order to secure a high level of quality in the education provided; (iii) to run the preliminary examination for the bar examination consistent with the intended purpose of the system; and (iv) to reduce the financial burden imposed on applicants in the process of becoming legal professionals, including the provision of financial support for legal apprentices, such as realizing an allowance payment system for such apprentices.



Amid such situation, the Council for the Promotion of Systemic Reform in the Fostering of Legal Professionals in the Cabinet Secretariat compiled a document on June 30, 2015, entitled, “Further Promotion of Systemic Reform in the Fostering of Legal Professionals” (the “Council’s Decision”) which includes a review of the ideal situation for financial support provided for legal apprentices, stating that the number of successful bar examinees should remain “approximately 1,500” per year for the time being. The Council’s Decision indicates the fact that social consensus regarding systemic reform in the fostering of legal professionals is finally being reached through a series of sincere discussions among related-institutions and organizations.



Today, the systemic reform in the fostering of legal professionals has reached a new stage aiming for the realization of such reform after solidifying such consensus.



At this new stage, the JFBA should: (i) once again widely convey the role of legal professionals and the appealing features of its activities to society as well as (ii) strive to do its utmost: to (a) recover the public's trust and faith in the system for the fostering of legal professionals; (b) create an environment in which a wide variety of capable young people seek to become legal professionals; and (c) help to enable the development of legal professionals with high quality to practice in different and diverse fields.



In order to realize the above goals, based on the above two Recommendations, the JFBA, in cooperation with related institutions and organizations, will proceed with the reform of the entire process of the system for the fostering of legal professionals, including the active embodiment of the contents of the Council’s Decision. In addition, as urgent matters to deal with, the JFBA will make concerted efforts, together with its members and bar associations nationwide, to realize the following matters as early as possible:



1.To promptly reduce the number of successful bar examinees to 1,500 per year;



2.To make the scale of law schools appropriate in order to improve the quality of education, and to ensure the diversity of law school students and reduce the financial and time burdens imposed on the students who are seeking to become legal professionals. Further, as regards the preliminary examination for the bar examination, to run the operation of such examination consistent with the intended purpose thereof (namely, to ensure a path for persons who do not go to law school due to financial reasons, etc. to obtain the qualification to become legal professionals); and



3.To enhance the legal training and realize the allowance payment system for legal apprentices and to set up an allowance during the legal training period as a provisional-type financial support system so that those who seek to become legal professionals will not give up such aim due to financial reasons, and also so that legal apprentices will be able to focus on their legal training.



March 11, 2016
Japan Federation of Bar Associations

Resolution to Address Issues in Concert to Ensure the Realization of Systemic Reform in the Fostering of Legal Professionals


https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/091118_2.pdf



2014年6月13日、日本国憲法の改正手続に関する法律(以下「憲法改正手続法」という。)の一部を改正する法律が成立した。



2007年に成立した憲法改正手続法は、附則において、①選挙権年齢等の18歳への引下げに関する法制上の措置(附則第3条)、②公務員の政治的行為の制限に関する検討(附則第11条)、③憲法改正問題についての国民投票制度に関する検討(附則第12条)が課題とされた。さらに、参議院特別委員会の18項目にわたる附帯決議が付されており、その中でも、改正項目の関連性判断の在り方、最低投票率制度の検討、国民投票広報協議会の運営の在り方、公務員等の地位利用による国民投票運動の規制の再検討、有料広告規制の公平性確保等、基本的な多くの問題点について、検討の必要性が指摘されていた。



今回の改正法は、附則に定められた三点に関し、①について選挙権年齢・成年年齢問題を先送りにして改正法施行4年後から国民投票年齢を18歳以上とし、②について公務員の国民投票運動及び意見表明を認めつつ、裁判官や検察官、警察官の国民投票運動を禁止し、さらに、国民投票運動に関し組織により行われる勧誘運動、署名運動及び示威運動の公務員による企画、主宰及び指導並びにこれらに類する行為に対する規制の在り方を今後の検討条項とし、③は再び先送りにする、というものである。これは、憲法改正手続法が①②について2010年5月までと定めた検討期間を既に大幅に過ぎているにもかかわらず、多くの課題を更に先送りし、憲法改正手続の準備を急ごうとするものである。



当連合会は、2009年11月18日付けの「憲法改正手続法の見直しを求める意見書」において、次のように問題点を指摘し、その見直しを求めてきた。



1 投票方式については、原則として各項ごとの個別投票方式とするべきである。



2 公務員・教育者に対する地位を利用した国民投票運動の禁止は、萎縮効果が重大であり削除されるべきである。



3 組織的多数人買収・利害誘導罪は、極めて不明確な要件の下に、広汎な規制を招きかねず、罪刑法定主義に抵触し、自由な表現活動を萎縮させる危険性が高いので、削除されるべきである。



4 国民に対する情報提供については、国民投票広報協議会の構成等の在り方を見直し、公費によるテレビ・ラジオ・新聞の利用について公平性・中立性の確保等を更に検討し、有料意見広告放送の公平性の確保や禁止期間の表現の自由に対する脅威等について十分に検討されるべきである。



5 発議後国民投票までの期間は、最低でも1年間に延長すべきである。



6 最低投票率の規定は必要不可欠であり、その規定を設けるべきである。また、無効票を含めた総投票数を基礎として、過半数を算定すべきである。



7 国民投票無効訴訟について、「30日以内」という出訴期間は短期に過ぎ、管轄裁判所は少なくとも全国の各高等裁判所とすべきである。



基本的人権を保障し統治機構の基本を定める憲法の改正手続においては、十分な情報をもとに、国民の間で自由闊達な意見交換をした上、主権者である国民一人ひとりが改憲案について自らの考えに基づき、意思表示をしうる事が不可欠である。



ところが、今回の憲法改正手続法改正案の国会審議においては、これらの重要な論点は審議の対象にされないままとなった。



よって当連合会は、憲法改正手続法の今回の改正に当たり、改めて、国会に対し、早急にこれらの論点についても議論を尽くし、憲法改正国民投票に国民の意思を正確に反映させるための法整備を行うよう、強く求めるものである。









 2014年(平成26年)6月13日


  日本弁護士連合会
  会長 村 越  進

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