日弁連国会議員の任期延長を可能とする憲法改正に反対し、大規模災害に備えるための公職選挙法の改正を求める意見書PDF魚拓




意見書全文 (PDFファイル;235KB)

2023年5月11日
日本弁護士連合会

本意見書について

日弁連は、2023年5月11日付けで「国会議員の任期延長を可能とする憲法改正に反対し、大規模災害に備えるための公職選挙法の改正を求める意見書」を取りまとめ、同月15日付けで内閣総理大臣、総務大臣、復興大臣及び各政党代表者宛てに提出しました。



本意見書の趣旨

1 当連合会は、国会議員の任期延長を可能とする憲法改正に反対する。




2 国は、公職選挙法の改正を速やかに行い、現行の選挙制度を、大規模災害が発生した場合であっても選挙を実施できる制度に改めるべきである。




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参考情報



衆議院憲法審査会 会議日誌・会議資料-第210回国会-

HOME>公表資料>意見書等>year>2023年>国会議員の任期延長を可能とする憲法改正に反対し、大規模災害に備えるための公職選挙法の改正を求める意見書

https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/document/opinion/2023/230511_2.pdf


国会議員の任期延長を可能とする憲法改正に反対し、大規模
災害に備えるための公職選挙法の改正を求める意見書
2023年(令和5年)5月11日
日本弁護士連合会
第1 意見の趣旨
1 当連合会は、国会議員の任期延長を可能とする憲法改正に反対する。
2 国は、公職選挙法の改正を速やかに行い、現行の選挙制度を、大規模災害が
発生した場合であっても選挙を実施できる制度に改めるべきである。
第2 意見の理由
1 経緯
当連合会は、2017年2月17日に「日本国憲法に緊急事態条項(国家緊
急権)を創設することに反対する意見書」(以下「緊急事態条項創設反対意見書」
という。)を、2022年5月2日に「憲法改正による緊急事態条項の創設及び
衆議院議員の任期延長に反対する会長声明」を公表した。その中で、緊急事態
条項は、極度の権力集中による政府の権力濫用の危険性が高く、民主主義の根
幹をなす人権が大幅に制限される可能性があり、一たび行使されると立憲主義
が損なわれ回復が困難になるおそれがあることから、内閣に法律と同様の効力
を持つ政令制定権を与えることに反対するとともに、衆議院議員の任期延長を
認めるべきであるとの議論についても、内閣の権限濫用のおそれと国民主権の
原理への弊害を理由に反対した。
また、2017年12月22日に「大規模災害に備えるために公職選挙法の
改正を求める意見書」(以下「公職選挙法改正意見書」という。)を公表し、緊
急時に選挙が実施できない問題への対処として、大規模災害が発生した場合で
あっても選挙を実施できるよう公職選挙法の改正を提案した。
しかし、その後も衆議院憲法審査会では、緊急事態条項の創設を求める議論
が続き、緊急事態条項の一環として国会議員の任期延長を可能とする憲法改正
を求める意見が自由民主党、日本維新の会、公明党、国民民主党、有志の会の
5つの会派(以下「賛成5会派」という。)から具体的に示されている。
2 議員任期延長案の要旨
2022年12月1日の衆議院憲法審査会では、衆議院法制局より「「緊急事
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態」に関する論点~11月10・17日(一部4月7日等を含む)における各会
派1巡目の発言(一部2巡目以降の発言を含む)を中心として~」が示され、議
員任期延長及びこれに関する論点や、その他「緊急事態」全般に関する論点整
理がされた。
その内容は、主として11月10日及び17日の衆議院憲法審査会における
自由民主党、立憲民主党、日本維新の会、公明党、国民民主党、日本共産党、
有志の会の1巡目の発言をまとめたものであり、主に、国会議員の任期延長を
可能とする憲法改正をすべきとする、賛成5会派の案の異同を整理したもので
あった。
賛成5会派の各案については、幾つかの点で異なっているものの、概ね、国
会機能の維持、特に行政監視機能の維持を念頭に、大規模自然災害事態、テロ・
内乱事態、感染症のまん延事態又は国家有事・安全保障事態等が発生し、適正
な選挙の実施が困難なときに、内閣が緊急事態宣言を発令し、国会の出席議員
の3分の2以上が承認した場合には、国会議員の任期が70日~1年延長され
るとともに(国政選挙も延期。衆議院解散後の場合は議員身分復活等。)、国会
が即時召集ないし召集中の場合は閉会禁止となり、衆議院の解散禁止・内閣不
信任決議案議決禁止の下で国会審議が行われることを可能とするような憲法改
正を行うものであった(以下「現時点の議員任期延長案」という。)。
しかし、現時点の議員任期延長案には、以下の問題があるため反対である。
3 議員任期延長案の問題点
(1) 現時点の議員任期延長案の内容に関する問題点
① 国民の選挙権又はその行使の制限
そもそも憲法は、前文及び第1条において、主権が国民に存することを
宣言し、国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動すると
定めるとともに、第43条1項において、国会の両議院は全国民を代表す
る選挙された議員でこれを組織すると定め、第15条1項において、公務
員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利であると定めて、
国民に対し、主権者として、両議院の議員の選挙において投票をすること
によって国の政治に参加することができる権利を保障している。そして、
国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず、制限す
ることがやむを得ないと認められる事由がなければならない(最判平成1
7年9月14日同旨(在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件))。
国会議員の任期延長を可能とする憲法改正は、国民の選挙権又はその行
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使を実質上制限するものであるから、慎重かつ抑制的である必要がある。
後述のように、任期を延長しなくとも参議院の緊急集会などにより国会の
機能は維持できるのであり、また、現行制度を活用するとともに選挙制度
を改正することで国会議員の任期を延長しなくとも緊急事態に対応でき
る。現状、国会議員の任期延長を必要とする立法事実は認められず、国会
議員の任期延長を可能とする憲法改正は、国民の選挙権又はその行使を実
質上制限するものとして、許されないというべきである。
② 任期延長では解決できない問題
東日本大震災では、当時の大槌町長が亡くなり、震災後の立法措置によ
り大槌町の町長選挙は2011年8月23日まで延期され、町長の職務代
行者として副町長が、約半年間、町の運営にあたった。このような事態は、
当時はやむを得なかったとしても、国民主権、住民自治に照らせば今後は
避けられるべきである。
そして、将来、選挙の適正な実施を困難とするような緊急事態が発生し
た場合、残念ながら、国会議員の死亡も想定せざるを得ず、その可能性は
被災地選出の国会議員にこそ発生しやすい。衆議院の小選挙区に繰り上げ
当選はないため、現時点の議員任期延長案のとおり国政選挙が延期された
場合には、被災地の国会議員が欠けたまま70日から1年の間を国会が開
かれ続け得ることになり、被災地の声が国会に届かない、届きにくくなる
(少なくとも、そのような印象を被災地に抱かせかねない)事態が想定さ
れる。
③ 任期延長による問題点
憲法は、第45条及び第46条で衆議院議員の任期を4年、参議院議員
の任期を6年と定めている。任期延長という方法は、4年ないし6年以上
前に選挙で選出された国会議員に、大規模自然災害事態、テロ・内乱事態、
感染症のまん延事態又は国家有事・安全保障事態等の極めて重要な判断を
委ねるものであり、その延長の期間について、現時点の議員任期延長案は
70日~1年の間としている。
すなわち、仮に、国政選挙の時期に南海トラフ地震や首都直下地震が発
生し、適正な選挙の実施が困難な状況が発生した場合、南海トラフ地震や
首都直下地震の復旧復興政策という、今後の日本の未来を決定付けるとい
っても過言ではない重大な判断を、4年ないし6年以上前に選挙で選出さ
れた国会議員に委ねるというものである。
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憲法は、前文で「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を
通じて行動し」「そもそも国政は国民の厳粛な信託によるものであって、そ
の権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使」する等と
定め、国民の意思により国会が運営されることの重要性を説いている。
今後の日本の未来を決定付けるといっても過言ではない重要な判断を、
4年ないし6年以上前に選挙で選出された国会議員に委ねるという方法
は、国民の意思の反映の点では決して望ましい事態ではなく、極力回避さ
れるべきである。しかし、現時点の議員任期延長案に至るまでの議論にお
いて、この点が十分に意識され、慎重な議論が交わされたとは言い難い。
④ 認定主体が内閣であることの問題点
現時点の議員任期延長案は、適正な選挙の実施が困難な場合であること
の認定を内閣に委ね、内閣の認定と国会承認(3分の2以上)により議員
の任期が延長されると、国会が即時召集され行政監視機能が発揮される枠
組みになっている。
しかしながら、認定を内閣に委ねるということは、内閣が国会の召集を
希望するときのみ国会議員の任期を延長するという濫用的な運用を可能
とするものである。すなわち、行政監視どころか、内閣が国会の召集を望
まないときには適正な選挙の実施が困難な場合であると認定せず(すなわ
ち、任期を延長せず)、逆に内閣が内閣にとって都合の良い会派構成の国会
のときは適正な選挙の実施困難と認定して任期の定めにかかわらず国会
を維持し続けるなど、内閣にとって都合の良い時期に選挙を実施するため
に悪用される可能性が高い枠組みとなっている。このような制度では、行
政監視機能の担保とはなり得ない。実際に、後述のとおり憲法第53条後
段に基づく召集要求がなされた中で数か月間国会が召集されなかった問
題が多数回発生している状況などからすれば、内閣により上記のような運
用がなされるという懸念は、決して杞憂とは言えない。
⑤ 出席議員3分の2以上では不十分
議員の任期は、日本を民主主義国家とし、国民の厳粛な信託やその権威
を基礎付けるものであるから(前文)、その任期の延長は極めて例外的な場
合以外は認められるべきではない。仮に延長するとしても、その延長期間
は必要最小限度のものでなければならず、その手続は、慎重に、客観性が
担保される形で行われなければならない。
そして、国会議員の任期が延長された場合、国会議員個人は国会議員で
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あり続け、これに基づく歳費等を受け取る立場にあり、その判断は利己的
となるおそれがあるから、国会議員の判断に何らかの制限を設ける必要が
ある。
なお、日本は議院内閣制をとっており、通常、国会の多数と内閣総理大
臣は同一の政党に属するなど、その政治的立場を共通にしているから、国
会の承認に加えて内閣の決定等を必要としたとしても、利己的となるおそ
れを払拭することはできない。特に、前述のとおり、国会議員の任期を延
長した場合、その時点の会派構成を継続させ、内閣総理大臣も引き続き就
任する結果を生じさせるため、権力維持目的で濫用されるおそれがある。
例えば、世論調査等により、選挙を予定通り実施したのでは政権交代が起
きると予期されるときに、ときの内閣や与党により権力維持目的で濫用さ
れることが容易に想定される。
以上のように、その手続のうち、国会承認の点に絞って見ても、例えば
主要な野党も賛成するような場合にのみ、議員任期が延長されるような枠
組みに限定するなど慎重な手続を検討することが必要である。
実際、1941年に衆議院議員の任期が、任期満了前に立法措置により
1年間延期されたことがある。その理由は、「今日のような緊迫した内外情
勢下に、短期間でも国民を選挙に没頭させることは、国政について不必要
にとかく議論を誘発し、不必要な摩擦競争を生じせしめて、内外外交上は
なはだ面白くない結果を招くおそれがあるのみならず、挙国一致防衛国家
体制の整備を邁進しようとする決意について、疑いを起こさしめぬとも限
らぬので、議会の任期を延長して、今後ほぼ1年間は選挙を行わぬことと
した」というものであった(法学協会「第七六帝國議會・新法律の解説」
1941年有斐閣)。そして、1年後には戦時下において任期満了に伴う総
選挙(翼賛選挙)が施行された。それは、「議会の刷新を期し、政治力の結
集を図ることがむしろ戦争遂行のため緊要であると考え、戦争の真っ最中
であえて総選挙を断行した」のである(「議会制度百年史・帝国議会史・下
巻」636頁)。
このように、衆議院議員の任期延長が、戦争遂行の国内体制整備のため
に実際に行われたという事実に鑑みても、現時点の議員任期延長案が求め
る内閣の認定と国会承認(3分の2以上)により議員任期が延長される枠
組みでは、行政監視とは真逆の内閣にとって都合の良い会派構成の国会を
維持し、あるいは、内閣にとって都合の良い時期に選挙を実施するために
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悪用される可能性が否定できず、このような制度は国民主権の原理に照ら
して問題があると言わざるを得ない。
また、憲法第53条後段は、「いづれかの議院の総議員の四分の一以上の
要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない」と定め、総
議員の4分の1をもって少数派による国会の召集要求権を担保している
ことと対比しても、議員任期延長に関する国会の承認については、現時点
の議員任期延長案が示している出席議員の3分の2以上の承認という方
法は十分とは言い難い。
なお、これらの点を踏まえ、賛成5会派からは裁判所の関与も提案され
ているが、裁判所には、国会議員の任期延長が国会で審議されたような事
態において、職権で適正な選挙の実施が困難な状況にあるか否かを迅速に
調査する能力や、これを適正に判断することが可能であるかについては疑
問があると言わざるを得ない。
⑥ 延長期間が長期に過ぎる
2016年4月14日及び16日に、連続して震度7の揺れが熊本県益
城町を襲う平成28年熊本地震が発生し、3か月間に、震度6強が2回、
震度6弱が3回、震度5強が5回、震度5弱が11回など、震度1以上の
余震が合計3800回以上に及んだ。
それにもかかわらず、3か月後の7月10日に第24回参議院議員通常
選挙が実施された。関係者の努力あってのものであったとしても、震度7
の地震が2回、そして上記の余震が記録された中、3か月後に選挙が実施
された事実は重要である。しかし、この点について一連の憲法審査会で触
れられたことはない。
賛成5会派の中でも、議員任期を延長する上限期間については、70日
間とした上で再延長可能とするものから、半年、1年等を上限とするもの
など様々であるが、その根拠は曖昧であり、例えば、一連の憲法審査会の
中で、南海トラフ地震や首都直下地震の被害想定に基づき真に延期に必要
な期間が精査されたこともない。
そして、現時点の被害想定によれば、例えば、南海トラフ地震では発生
4日後に電力と携帯電話通信網のほとんどが回復するとし、首都直下地震
では発災1日後ないし3日後には、同様にほとんどが回復するとなってい
る。
よって、現時点の議員任期延長案は延長期間が長すぎると言わざるを得
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ない。
⑦ 内閣不信任決議案の議決の禁止
議員任期が延長され、国会が召集されたとしても、内閣が審議を拒み、
質問に答えず、説明しないなど応答性が確保されないのであれば、行政監
視は機能しない。国会による行政監視機能が維持されるためには、国会議
員が存在し、国会が召集され、内閣が国会の質問に応答するという応答性
の確保が必要不可欠である。
現時点の議員任期延長案は、選挙の適正な実施を困難とするような緊急
事態と国政選挙の時期が重なった場合の極めて稀なケースにおける、国会
議員の存在と国会の召集の点のみを手当てするものに過ぎないところ(な
お、戦後、そのような極めて稀なケースは一度も発生していない。)、緊急
時か通常時かにかかわらずに、そもそも応答性を確保する方策についての
議論が欠けている。それどころか、現時点の議員任期延長案は、議員任期
延長後の国会において、内閣不信任決議案の議決を禁止するとしている。
しかし、内閣不信任決議案の議決は、国会に内閣を総辞職させる権限を付
与し、国会における内閣の応答性確保の根幹を担う制度であるから、内閣
不信任決議案の議決禁止の下で、どのようにして内閣の応答性を確保する
のかという議論が不可欠である。
そもそも、通常時においても、行政監視のための国会召集を担保してい
る憲法第53条後段に基づく臨時国会召集要求がなされたにもかかわら
ず、数か月間、国会が召集されないという事態が2017年、2020年、
2021年、2022年と多数回発生しており、また、国会の質問に対す
る内閣の応答性確保については、様々な場面で問題が指摘され続けている。
こうした状況が放置され、内閣の応答性を確保する具体的な方策を設けな
いまま、内閣不信任決議案の議決を禁止したのでは、国会で質問等がされ
たとしても内閣が満足に応答等をしないがために、法令適用の適正化が図
れないという事態が発生するおそれが大きい。
例えば、内閣不信任決議案の議決以外の応答性確保の方策として、諸外
国では、総議員の4分の1の要求で国政調査権の発動を可能(ドイツ基本
法第44条)とする制度など様々な例があるのであるから、これらの導入
を検討することで、極めて稀なケースだけでなく、通常時における内閣の
応答性を確保し向上させることこそ、国会による行政監視機能の点で重要
である。

https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/document/opinion/2023/230511_2.pdf
国会議員の任期延長を可能とする憲法改正に反対し、大規模
災害に備えるための公職選挙法の改正を求める意見書
2023年(令和5年)5月11日
日本弁護士連合会


https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/2101201housei-siryou.pdf/$File/2101201housei-siryou.pdf

https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/2101117shinohara.pdf/$File/2101117shinohara.pdf

https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/2101110shina.pdf/$File/2101110shina.pdf

https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/2101208JIAA.pdf/$File/2101208JIAA.pdf

https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/2101208yamamoto.pdf/$File/2101208yamamoto.pdf


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令和 4 年 12 月 8 日
衆議院憲法審査会資料「ネット社会と憲法の関わり」
慶應義塾大学 山本龍彦
1.現 状
〇デジタル庁「デジタル臨時行政調査会」(2021 年 11 月:内閣総理大臣決裁)
→各省庁の法令・通知等が「デジタル原則」に適合しているかをチェック
But 同原則には、デジタル法制の方向性を体系的に指導する「憲法論」が不在?
※デジタル原則:「デジタル完結・自動化原則」、「アジャイルガバナンス原則」、「官民連携原則」、「相互運
用可能性原則」、「共通基盤利用原則」(→いずれも手続的な目標)
→デジタル時代にどのような基本権のアップデートが必要か、言論空間や情報環境を含む
憲法秩序全体をいかに再構築していくべきかといった、デジタル化を推進していくうえで
の実体的目的、目指すべき価値に関する具体的コミットメントが十分に書かれていないの
ではないか? それでいいのか? デジタル化は、個人のあり方、人間存在そのもののあり
方、国家のあり方を根本的に変容させる可能性をもつ。
〇産業構造の変化と憲法
→19 世紀の産業革命がもたらした社会経済構造の変化は、20 世紀に入り、憲法構造をラデ
ィカルに変容させた。消極的国家観を前提とした自由国家的憲法から、積極的国家観を前提
とした社会福祉国家的憲法へ(近代立憲主義→現代立憲主義)
→「society5.0」に見合う新しい憲法論(「憲法論 3.0」)の必要性
2.欧米の傾向(概観)
〇欧米での「憲法論 3.0」
※「憲法論」→憲法典の改正か否かという議論に矮小化されるべきものではなく、国会法 102 条の 6 が憲
法審査会の役割について述べているように、「憲法に密接に関連する基本法制」についての議論も含むと考
える(憲法改正の必要性を裏づける「憲法事実」の調査も)。
※国会法 102 条の 6:「日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制について広範かつ総合的に調
査を行い、憲法改正原案、日本国憲法に係る改正の発議又は国民投票に関する法律案等を審査するため、
各議院に憲法審査会を設ける。」
(1)E U
・「欧州民主主義行動計画」(2020 年 12 月:欧州委員会)
→デジタル時代の諸課題に対応し、欧州の民主主義をより強固なものにするための行動計
画。「自由で公正な選挙」「報道の自由」「偽情報への対抗」を 3 本柱に据える。この計画を
2
ベースに立法的措置等を講じることが企図(ロードマップ)。
→「政治広告の透明性とターゲティングに関する規則」提案(2021 年 11 月)
・「デジタル時代のデジタル権利および原則に関する欧州宣言」(2022 年 1 月:欧州委員会)
→デジタル時代に必要となる権利等を掲げる。以下の全 6 章で構成。
第1章 人間をデジタルトランスフォーメーションの中心に置くこと
第2章 連帯と包摂(接続可能性、デジタル教育、就労環境 etc.)
第3章 選択の自由(自己決定権の尊重、アルゴリズムの透明性 etc.)
第4章 デジタル公共圏への参加(表現の自由、偽情報対策などデジタル・プラットフォー
ムの責務 etc.)
第5章 安全、セキュリティ、エンパワーメント(プライバシー、自己情報のコントロール、
子ども・若者の保護 etc.)
第6章 サステナビリティ
(2)米 国
・「AI 権利章典」(2021 年 10 月提案、2022 年 10 月青写真の公表:米国科学技術政策局〔the
White House Office of Science & Technology Policy, OSTP〕)
→「憲法が承認された直後、アメリカ人は権利章典を採択した。それは、今まさに我々が創
造した強力な政府からの保護を目的とするものであった。そこでは、表現・集会の自由、デ
ュー・プロセスおよび公平な裁判の権利、不合理な捜索・欧州からの保護となどの権利が列
挙された。我々は、その歴史を通じて、これらの諸権利を再解釈し、再確認し、定期的に拡
大させてきた。この 21 世紀、我々は、今まさに我々が創造した強力なテクノロジーからの
保護を目的とする『権利章典』を必要としている」(2021 年 10 月)。
※青写真では、以下の 5 原則が示されている。
➀安全で効果的なシステム:自動化システムは、多様なコミュニティとの協議を経て開発されるべき。同
システムについては、厳格なリスク評価が必要。
②アルゴリズム差別からの保護:自動化システムは公平な方法で設計・使用されなければならない(設計
者・開発者は、差別からの保護のため、積極的かつ継続的な措置を講ずること)。遺伝情報等に基づく差別
や不当な扱いから保護されなければならない。
③データプライバシー:開発者等は、可能な限り、データの収集・利用・アクセス・移転・消去に関してユ
ーザーの許可を獲得すべき。また、ユーザーの決定を尊重すべき。それが不可能な場合には、プライバシ
ー・バイ・デザインに関する代替的なセーフガードが採用されるべき。
④通知と説明:ユーザーは、自動化システムが使われていることを知り、自らに及ぼす影響について理解
可能であるべき。使用者は影響について伝え、AI を使う理由を説明しなければならない。
⑤人間による代替手段:ユーザーは、自動化システムからオプトアウトし、人間による代替手段を選択可
3
能であるべき。
→「権利章典」というタイトルが付さられた含意に注目。
▶日本で、欧米のような議論がなされているか。パッチワーク的な印象。
3.問題状況――「憲法論 3.0」が必要な理由
(1)プロファイリング
〇個人データから AI を用いて個人の趣味嗜好、健康状態、精神状態、社会的信用力、職業
適性などの個人的側面を自動的に予測・分析すること。
〇ケンブリッジ・アナリティカ事件:詳細な心理的プロファイリングを行い、ユーザーを「神
経症で極端に自意識過剰」「陰謀論に傾きやすい」「衝動的怒りに流される」などと分類。こ
の分類に応じて細かな政治的マイクロターゲティングを行う。
→フェイクニュースに騙されやすい人にフェイクニュースをレコメンドすれば、その人の
感情や意思決定を容易に操作可能。プライバシーのみならず、民主主義にも多大な影響。
〇リクナビ事件:学生のウェブの閲覧履歴などから、AI を用いて内定辞退率を予測。これ
を、採用活動を行う企業に販売していた。
→自らに不利になりうる要素が、明確に知らないままにプロファイリング。
▶クッキー情報などを使い、閲覧履歴をサイト横断的に収集すれば、心理的特性や認知傾向
を含め、個人の特性を詳細にプロファイリング可能(「心」まで丸裸)。今後、メタバースが
広がり、ヘッドギアをつけて VR 空間に没入するようになれば、アイトラッキングといった
視線分析や脳波測定まで行えるようになり、さらに精度高く認知領域に関するプロファイ
リングを実施できるだろう。
(2)アテンション・エコノミー
〇情報過剰時代には、人々が払える関心や消費時間が、市場に供給される情報量に対して圧
倒的に希少になるため、交換財としての価値をもち、経済的に取引される。
→いかにアテンション(目と耳)を奪うかが決定的に重要(エンゲージメント至上主義)
〇フェイクニュースや誹謗中傷表現との「構造的」関係
→刺激的であることでアテンションを獲得しやすい(利益を生む)。
〇システム1(反射的・動物的な思考モード)とシステム2(熟慮的・人間的な思考モード)
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→アテンション・エコノミーの下では、システム1をいかに刺激できるかが戦略上きわめて
重要。
→私たちは常にシステム1を「砲撃」されており、熟慮のうえ、自律的・主体的に情報を選
別する機会を奪われている(コロンビア大学教授ティム・ウーの指摘。人間→動物。文化)。
※【参考】若者に人気のある短尺動画プラットフォームは、米国で「デジタル・コカイン」、「究極のスロッ
トマシーン」などとも呼ばれる。複雑なアルゴリズムにより強力なレコメンドをかけ、かつ、次の動画視
聴のために縦スクロール画面を指でスワイプさせる。この仕組み(DX)は、スロットマシーンに似て、中
毒状態を作出すると指摘される(まさにシステム1が刺激され、主体的な情報摂取が妨げられていると
も?)。エンゲージメントをとりやすいため、多くの事業者が同様の仕組みを採用。
▶「思想の競争」から「刺激の競争」へ
〇フィルターバブル、エコーチェンバーとの「構造的」関係
→アテンション・エコノミー→エコーチェンバー→分断、部族化(原始的感情の高揚)。
4.憲法との関係性
〇プロファイリング(AI スコアリング)
→プライバシー権
→〔人格的プロファイリング、スコアリング〕平等原則(「過少代表」による少数派差別)、
個人の尊重(セグメントに基づく確率的・統計的評価)
※ブラックボックス問題とバーチャル・スラム
→〔認知領域に介入するマイクロターゲティング〕自己決定権、思想・良心の自由(自律的
な意思形成過程)
〇アテンション・エコノミー
→知る自由、知る権利(「憲法 21 条 1 項の規定は、表現の自由を保障している。そうして、
各人が自由にさまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取する機会をもつことは、その
者が個人として自己の思想及び人格を形成、発展させ、社会生活の中にこれを反映させてい
く上において欠くことのできないものであり、民主主義社会における思想及び情報の自由
な伝達、交流の確保という基本的原理を真に実効あるものたらしめるためにも必要であつ
て、このような情報等に接し、これを摂取する自由は、右規定の趣旨、目的から、いわばそ
の派生原理として当然に導かれるところである」〔最大判平成元年 3 月 8 日民集 43 巻 2 号
89 頁〕)。
→アテンション・エコノミーの下、システム1を強く刺激されながら、特定の情報を摂取さ
れ続けられているとすれば、さまざまな
.....
情報を主体的に摂取する上記自由を奪われている
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といえないか。
※「情報的健康(インフォメーション・ヘルス)」:さまざまな情報をバランスよく摂取することで、フェイ
クニュース等に対する『免疫』を獲得している状態。
→選挙(投票)の公正
→現在の混沌とした言論空間の中で、私たちは適切な選挙権行使ができるのか、自由で自律
的な政治的意思決定をなしうるのか。そもそもフィルターバブルのような個別化した閉鎖
的情報環境のなかで、「公共」とのつながりを失い、いま選挙が起きているかどうかさえ知
らない者も出現しうる。
→いまのカオティックな言論空間の中で国民投票を行っても、その結果の正統性が(結果に
納得しない側から)攻撃され続けることはありうる。
▶問題は深刻。が、デジタル化やAI活用を否定することはできない。人間の判断が常に正
しいわけでもない。人間は弱く愚かな存在で、偏見に満ちた判断をすることもある。データ
は、人間の弱さを補完し、より公平で正確な判断をもたらすこともある。
→重要なのは、憲法の基本的価値をよりよく実現するかたちでテクノロジーを利用するこ
と。そのためには、問題を切断して局所的に議論するのではなく、憲法的視点に立った総合
的な議論が必要。欧米の「憲法論」は、まさにこのような試みとして理解できる。
5.方向性
・プライバシー権
→情報自己決定権ないし自己情報コントロール権の承認。
※cf.「適正な自己情報の取扱いを受ける権利」(音無知展)
→専断的なプロファイリングなどを抑え、個人中心のデジタル社会を形成するには、個人が
自己のデータに対してコントローラビリティをもつことが決定的に重要。世界の潮流や、中
央集権から自律分散を説く Web3.0 の流れにも合致?
→パッチワーク的な様相を呈する日本の個人情報保護法制を、「情報自己決定」というコン
セプトをベースに体系的に構築し直すべき。
・知る権利、「情報的健康」
→知る権利や「情報的健康」をキー・コンセプトとして、言論空間全体を再構築していくこ
と。現在も、プラットフォーム規制、放送制度の見直し、報道機関とそのニュースを使用す
るプラットフォームとの関係の検討、メディアリテラシーの実践など、言論空間の再構築に
かかわる議論が個別的・局地的には進んでいる。が、今後は、上記コンセンプトを踏まえ、
各議論領域を体系的・総合的に検討する必要(デジタル時代の言論空間に関する基本的あり
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方に関するビジョンの策定が急務)。
・公正な選挙、投票(国民投票)
→言論空間全体の健全化、政治広告の透明性、政治的マイクロターゲティングの規制、プラ
ットフォームでの国民投票広報、プラットフォーム規制などを検討する必要。
※EU で議論されている「政治広告の透明性とターゲティングに関する規則」(案)では、それが政治「広
告」であること、そのスポンサー名、支払われた金額などを明らかにすることが求められている。また、セ
ンシティブ情報を利用して行われる政治的ターゲティング広告は一般的に禁止。個人が明示的に同意する
場合は例外的に許容されるが、その場合には、誰を対象にしているのか、その対象をどのように決定して
いるのか、ターゲティングを行う期間や、対象者の数などを伝えなければならない。
・デジタル立憲主義
→リヴァイアサン(国家)とビヒモス(巨大プラットフォーム)との関係を視野に入れて「立
憲主義」を構想する必要はないだろうか(海外プラットフォームを規制することの困難)。

https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/2101208yamamoto.pdf/$File/2101208yamamoto.pdf