10月19日、小学校低学年の女児を何度も殴ったり蹴ったりした容疑で、北海道・小樽市在住の40代前半の女性が傷害容疑で逮捕された。 【X投稿】裁判所の採用アカウントへ批判的な反応も 女児は搬送先の病院で死亡が確認された。女性は容疑を認めているという。なお、報道によると女児は女性の夫の連れ子であった。
女性は情状酌量や執行猶予を受けやすい?
上記の事件は義母による犯行だが、実の母親が子どもを虐待・殺害する事例もある。 通常子どもの殺害や虐待死が発覚すれば、母親は警察に逮捕され、検察により起訴された後に刑事裁判となり、有罪となった場合には裁判所に量刑が宣告される。 ただ、このような事件に関する一連の流れの中で、近年X(旧Twitter)を中心に「司法は女性に甘い」「裁判所は女性を優遇している」などの言説が出回ることがある。事件関連ではないが、たとえば10月7日に裁判所の採用関係公式Xアカウントが働きやすさや休みやすさをアピールする投稿をした際にも、女性職員たちの写真が添付されていたことが原因で、批判が殺到した。 「司法は女性に甘い」という主張は、家庭裁判所に向けられるものと刑事司法に向けられるものに大別できる。前者は、離婚調停・離婚裁判では母親のほうが親権を獲得しやすい傾向などを問題視する言説だ。 後者は「女割」などの俗語を用いながら、「女性は人を殺しても情状酌量を受けやすい」「父親による子殺しは実刑判決が下されやすい一方で、女性による子殺しは執行猶予が付きやすい」などと主張する言説である。 また、男性・女性それぞれの性別に対して宣告された量刑を比較する統計などを用いながら「女性には男性に比べて軽い量刑を宣告する、性差別的な傾向が裁判所にある」と主張する議論も存在する。 だが、そもそも、刑事司法において「量刑」とはいかにして決まるのだろうか。また、情状酌量はどのような場面ではたらくのだろうか。法学に「データサイエンス」の視点を持ち込み、量刑判断について統計的に分析した論文を多数執筆している、柴田守教授(獨協大学)に聞いた。
量刑の「基準」は存在するか?
日本の刑法典には「刑の加重減軽の順序(刑法72条)」「法律上の減軽(刑法67条)」「加重軽減の方法(刑法68条~71条)」「執行猶予中の保護観察の有無判断(刑法25条の2、刑法27条の2)」など、刑に関するさまざまな定めがある。 しかし、量刑事情(量刑の際に考慮すべき事由)をどのように考慮して、どの程度まで重視するのかという「量刑基準」が法令で定められているわけではない。ただし、量刑事情については、起訴便宜主義(刑事訴訟法248条)の規定によって定められている「起訴裁量の際に考慮すべき事由」が参考になると考えられてきた。 実際の量刑判断においては、訓練を受けた裁判官が量刑を担ってきたことや、検察官が一定の基準にもとづいて求刑を行うことなどから、量刑には一定の傾向が形成されてきた。いわゆる「量刑相場」と言われるものだ。過去の裁判例をもとに量刑の実証研究を行って解析してみた場合にも、量刑に傾向があるのは見てとれるという。 つまり、同種の犯罪に対する量刑は、裁判官が違っても一定の傾向がある。量刑の「基準」が明確に定式化されているわけではないが、年月を経て相場が形成されてきたということだ。
量刑判断における「情状酌量」の位置付け
裁判員制度は2009年(平成21年)5月21日から始まり、一般国民も裁判員として量刑判断に関わるようになった。これを受け、最高裁判所に設置された司法研修所による『平成21年度司法研究』により「裁判員裁判における量刑判断モデル」が示された。 具体的には、量刑判断の流れは以下のようにモデル化される。 ①:犯罪行為を確定することによって、「法定刑」という第一次的な刑の枠組みを導く ②:当該の犯罪行為がどのような「社会的類型」に属するかを明らかにして、法定刑の範囲の内で上限に近いところかまたは下限に近いところかを判断し、一定の幅に絞り込む ③:その他の周辺的・付随的な諸事情を考慮して、②で定めた幅の内から、宣告刑を決定する 「量刑判断モデルはこれまでの量刑実務に沿って構築されたものであり、現在では、ほぼ定着したと考えてよいでしょう」(柴田教授) そして、量刑判断の過程で酌量される「情状」は、二種類に分けられる。 犯罪に関する量刑事情である「犯情」については、②の社会的類型に影響する場合もあれば、③の周辺的・付随的な諸事情として扱われることもある。 一方、被告人の背景など犯罪に関しない量刑事情である「一般情状」については、③のタイミングで考慮されることがほとんどだという。
「女性による殺人」の統計的な傾向とは?
上記のように、犯罪の背景に存在する事情は、量刑判断の結果に影響する。では、女性による子殺しや殺人の背景にはどのような「犯情」が存在するのだろうか。 女性がおかす殺人の傾向について、過去、柴田教授の所属する研究チームは1989年から2004年頃までの合計375の裁判例を集めた実態調査を行っている。 その結果によると、家族・親族や交際相手などの「親密圏」で起こった犯罪が87.2%であった。また、昭和50年代前半(1975~1980年)の裁判例を集めた先行研究では92.6%であったため、女性による殺人のおよそ9割前後が親密圏で起こっているといえる。 そして、女性による殺人の典型例が、生後24時間以内の子どもが被害者となる「新生児殺」だ。もともと新生児殺は「堕胎罪」の延長として捉えられていたために量刑が軽く、昭和50年代前半には懲役3年で執行猶予が付く場合も多かったという。しかし、現在は殺人罪の有期刑の下限が5年となっているため、執行猶予が付く可能性は少ない。 また、新生児殺の背景事情は、養育費の問題など将来の経済的不安に起因するものと、妊娠後の男女関係のもつれに起因するものに大別されるという。 なお、昭和50年代前半を対象にした先行研究では女性による殺人全体の約4分の1が新生児殺であったが、柴田教授らによる調査では約12分の1にまで低下した。「人工妊娠中絶の拡大などが影響していると考えられます」(柴田教授)
「夫殺し」の半数以上は相手からのDVが引き金
「就学前の子どもの殺害」も、女性による殺人の典型例だ。 具体的には、低年齢の子を道連れに無理心中を図るようなケースが挙げられる。主に家族問題に起因する事例であり、動機としては「逃避」が中心になる。また、母親がノイローゼによって心身の機能不全を患っている場合などもよく見られるという。 また、先行研究に比べると、柴田教授らの調査では20歳以上の子どもを殺害するケースが増えていた。このようなケースの半数以上では子どもの家庭内暴力が母親による犯行の引き金となっており、また子どもの精神障害なども背景にある。 さらに、「配偶者や交際相手の殺害」も女性による殺人の典型例といえる。このようなケースは昭和50年代前半を対象とした先行研究では全体の5分の1超であったのが、柴田教授らによる調査では全体の3分の1超となったため、増加傾向にあることが推察される。 配偶者の殺害については、半数以上が、被害者(夫)からのDVが犯行の引き金になっている。交際相手の殺害についても、3割~4割近くにおいて、被害者からの暴力や性関係の問題などが犯行に影響しているという。 「また、実父母・義父母を殺害したケースについても触れておかなければなりません。先行研究では全体の3.7%であったのが、私たちの調査では6.7%であったので、少し増えています。 背景事情としては、被害者ら(父母)の暴力・暴言に起因する場合や、家族問題・経済問題が原因の場合があります」(柴田教授)
統計から見えてくるのは「女性の生きづらさ」
では、はたして「司法は女性に甘い」のだろうか。 柴田教授が指摘するのは、司法が男性に比べて女性に「甘い」かどうかは、量刑(宣告刑)の度数分布(データを特定の範囲に分類して、それぞれの範囲にいくつのデータが該当するかまとめる方法)によって比較しても証明できない、という点だ。 「たとえば、ひとくちに『子殺し』といっても、新生児殺や嬰児殺もあれば、就学前の子どもを殺害するケース、それよりも年齢の高い子どもを殺害するケースもあります。 つまり、『子殺し』というカテゴリーだけでは同種事犯の分類とはならないのです。 さらに、量刑は一定の範囲内に収まっていれば法的には量刑不当だといえないわけですから、量刑という『点』を集積した度数分布だけでは、『軽い』または『甘い』と単純に評価することはできません」(柴田教授) 柴田教授の研究チームが殺人罪・殺人未遂罪で有期懲役が科された裁判例733件を対象に行った調査からは、「殺人未遂で死亡者がいない場合」「被告人が心神耗弱の場合」「嬰児殺」「介護疲れ」「無理心中」などのケースでは「犯情」が酌量され、刑期が軽減される傾向にあることが統計上明らかになっているという。このうち、「嬰児殺」「介護疲れ」「無理心中」は女性による殺人において比較的多いケースだ。 なお、「被害者が宥恕(ゆうじょ)した場合(※)」や「被告人に前科前歴がなく、犯行を認めて反省している場合」「被告人に同情の余地がある場合」には一般情状が酌量され、量刑が一定の範囲内において減軽されることも、統計解析の結果から証明されている。 ※宥恕……犯罪等の行為を許すこと。示談書には「宥恕する」や「許す」等の文言が記載される場合がある。 「以上のことをふまえて、あえて少し踏みこんだ解説をいたしますと、量刑(宣告刑)の度数分布に男女差が見られるのは『司法が女性に甘い』ことを示唆するものではなく、むしろ『殺人をおかす女性の生きづらさ』が反映された結果が示されている、と解するほうが適切だと思われます」(柴田教授)
弁護士JP編集部