主要7カ国首脳会議(G7サミット)がイタリア・プーリアで開催された。その首脳宣言には、“安すぎる中国製品の輸出ラッシュ”に関する懸念が盛り込まれた。 【写真】中国越境ECの実力 われわれは中国に危害を加え、経済発展を妨げようとはしていない。事実として、世界のルールと規範を守る形での成長する中国はグローバルな利益に資するものである。しかしながら、中国が継続的に行っている産業政策、広範囲にわたる非市場的政策と慣行を懸念していることを強く表明する。ますます多くの分野において世界的な波及効果、市場の歪み、有害な過剰生産能力を生み出すものであり、私たちの労働者、産業、経済の回復力と安全保障を損なっている。 中国製品の氾濫は今に始まった話ではないが、この1年あまり、改めて注目が集まっている。2000年代初頭に中国が世界貿易機関(WTO)に加盟した後、安い中国製品が世界を席巻した、いわゆる「チャイナショック」になぞえらえて、「チャイナショック2.0」の到来したという声まで上がっている。 過去のチャイナショックでは鉄鋼、衣料品、家具、プラスチック製品、玩具、家具など低付加価値の品目が中心だったが、現在の中国の輸出品は日本を抜き輸出台数世界一となった自動車やリチウム電池など高付加価値製品にまでおよぶ。まさに首脳宣言が言うところの「ますます多くの分野」というわけだ。
計り知れない天文学的な補助金
中国はどのようにして安すぎる製品を作っているのだろうか。外資参入を阻む有形無形の参入障壁、中国強制的な技術移転を要請される、地元企業を優遇する政府調達などもよく取りあげられるが、もっとも話題に上がるのが補助金だろう。ワシントン国際貿易協会(WITA)によると、2019年時点で少なくとも2210億ユーロ(約37兆3000億円)。対国内総生産(GDP)比で1.73%、経済協力開発機構(OECD)主要国と比べると3~4倍という高水準だという。 いや、この天文学的金額ですら過小評価の可能性が高い。それというのも、中国の企業支援はきわめて複雑で、その全貌はまったくわからないからだ。 直接的な資金提供以外でも減税措置や市場価格より安価での土地提供、銀行融資獲得の仲介、さらには政府系ベンチャーファンドによる出資といった手段が確認されている。企業支援の主体も中央政府だけではなく、省政府や市政府、さらにはもっと下級の区や鎮などの自治体が動いていることもあれば、国有企業や銀行が支援するケースもある。上述の約37兆円という金額に“少なくとも”と注釈がされているのも納得だ。 という風に説明すると、やはり中国の安さは不公正なやり口がもたらしたものという印象を覚えるが、実はすべてが “ルール違反”とは言いがたい。WTOの補助金協定では総額に対する規制はなく、補助金がいかに巨額であってもそのこと自体は協定違反ではない。
禁止されているのは輸出拡大や国内企業を有利にすることを目的とした、国や公的機関による補助金だが、外資企業も受け取っている補助金もあり、無数にある中国の補助金のうちどの程度が違反に該当するのかは不透明だ。
EVは安くても高い利益率を保持
そんなはずはないと思われる方も多そうだが、中国企業との最前線でしのぎを削っている、中国進出外資系企業の態度は冷静だ。在中国米企業の団体である米国中国商会の24年版白書によると、「中国企業と比較して、あなたが所属する業界での外資企業の待遇は?」とのアンケート調査では、中国企業が優遇されているとの回答が31%、同等が60%、外資企業が優遇されているが10%という結果となった。 同様に在中日本企業の団体である日本中国商会が24年第1四半期に実施した「会員企業景況・事業環境認識アンケート」の「事業環境の満足度」という設問では非常に満足および満足が57%、非常に改善して欲しい及び改善して欲しいが43%という結果であった。少なくとも差別的待遇にすべての企業が怒り心頭という状況ではない。 また、話をもとに戻すと、「中国はどのようにして、安すぎる製品を作っているのだろうか」という問いの答えには、「技術的蓄積や効率改善」というごくごくまっとうな取り組みも含まれてくる。 たとえば安さで世界を驚かせている中国EV(電気自動車)だが、その競争力の源泉となっているのは製造コストの減少である。中国のEVが安いのは、中国企業が安く作れる技術革新を続けているからという側面は見逃せない。自動車業界には累積生産量が倍増するたびに一定の比率で製造コストが減少するという、いわゆる「ライトの法則」として知られる経験則がある。 この法則はEVにも共通しており、世界最大のEV製造大国である中国は量産を重ねることでコストを引き下げることに成功し、今年はついに「油電同価」(同グレードの内燃車とEVが同価格)「電比油低」(EVのほうが内燃車より安い)がうたわれるまでになった。特にトップメーカーである比亜迪(BYD)は今年、大々的な値下げ競争をしかけたことで話題となったが、それでも利益率は下がるどころか逆に上がっている。 中国メディア・南方都市報は「今年第1四半期、BYDの平均販売価格は前年同期比17.2%減の14万2000元に下がったが、1台あたりの利益は12.1%増の3万9800元に増加したと推定されている」と報じた。「補助金を原資とした値下げで他企業を潰そうとしている」と見られることも多いが、少なくとも決算資料からは「安く作れるようになったので値下げした」という別の構図が見える。 確かにBYDは多額の補助金を受領しているほか、中国各地に分布する工場の建設は地元政府の支援を受けている。産業政策の追い風を大いに受けているわけだが、それと同時に安く高品質なEVを作る技術も大きく向上させ、他社を大きく引き離している。ことほどさように、中国製品の安さは補助金が理由なのか、技術力が源泉なのかを判別することは難しい。
安さを生み出す“思考実験”
EVよりももうちょっと身近なところで、中国の“安さ”を感じるのが越境EC(国境を越えて商品が移動するネットショッピング)だ。ガジェットや日用品などをカバーするティームーやアパレルに強いシーインは日本でも利用者を急拡大させている。 粗悪品や模倣品が売られていることもあり、中国の「安かろう悪かろう」を世界に売りさばいているようなイメージを持つ人が多い。だが、実はそのビジネスモデルを解剖すると、なるほどと驚くような仕組みが隠されている。 ここでは例としてティームーを取りあげよう。 ティームーを運営する中国企業ピンドゥオドゥオの創業者コリン・ファンが執筆したブログ記事「資本主義をひっくり返す」が先日、ツイッターで話題となっていた。資本主義においては富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなるというメカニズムがあるが、それを逆転させるような資本主義的メカニズムを考案できないかと考察を進め、一つのアイデアを提案している。それが“逆転保険”だ。そのアイデアを要約すると次のようになるだろうか。 半年後の冬になったら必ずダウンジャケットを買うから安くして。1000人の消費者がこのような約束をしたら何が起きるだろうか。もし消費者が先払いするのならば、メーカーはおそらく3割は値引きするだろう。いや、前払いじゃなくてもよい。購入するという契約だけでも(クレジットヒストリーに傷がない消費者という条件付きなら)8%は値引くのではないか。これはある意味で逆転保険と言える。通常の保険は貧乏人が金持ちに金を支払って将来の安定を買うのだが、逆転保険では金持ちが生産リソースの確実な配置を値引きという形で買うのだから。 確実な需要という情報を提供することと割引きという金銭的利益を交換する、すなわち逆転保険という仕組みを成り立つのではないかという思考実験だ。これはたんなるアイデアにはとどまらず、ピンドゥオドゥオやティームーに大きな影響を与えている。 ピンドゥオドゥオは既存のECとは異なったサイトデザインをしている。アマゾンや楽天といった、従来型のネットショッピングモールでは検索やランキングの閲覧など、消費者の主体的な行動からスタートする。一方、ピンドゥオドゥオは検索もできるが、基本的にはリコメンドから欲しいものを見つけることが前提とされている。 アマゾンなど他のECにもリコメンドはあるが、ピンドゥオドゥオやティームーの徹底ぶりは一味違う。トップページを開くと、商品の一覧が無限に並んでいる。検索のための文字入力といった手間をかけなくても、だらだら眺めているだけで欲しいものが見つかる。
検索欄もあるが、漢字一文字入力しただけで、その文字と関連する今の売れ筋商品などが表示されるなど、ここでもリコメンドを徹底している。 消費者が何を欲しがっているのか、データから予測してアプリが提案する。リコメンドに採用された商品はほぼ確実に一定以上の売上をあげることができる。この確実な需要と引き換えにして、製造企業側に安く販売させる。逆転保険における消費者の約束を、データに基づくリコメンドに置き換えたサービスなのだ。
アリババを超えたイノベーション
消費者の興味関心に基づくマーケティングとネット販売というビジネスモデルはインタレストコマースと呼ばれる。アイデア自体は目新しいものではなく世界各国の企業が取り組んできたが、ピンドゥオドゥオ(そしてティームー)はもっともスマートな形で成功した企業の一つだろう。粗悪品も含まれた怪しげな激安商品を、もっとも洗練させた手法で売っている。 同じ中国企業であるアリババグループと比較すると、ピンドゥオドゥオの革新性はより理解できる。現在、ピンドゥオドゥオの株価はあの中国EC最大手のアリババグループを上回っている。アリババでもピンドゥオドゥオと同じ商品が売られているが、インタレストコマースを駆使した成長性の高さが市場に評価された結果だ。 アリババもリコメンド重視などの対抗策を打ち出してきたが効果をあげられていない。より巨大な資本力を持ち、同じ商品も販売しているアリババですら、ピンドゥオドゥオのイノベーションに太刀打ちすることは難しい。 安い中国製品の氾濫、その理由のすべてを補助金など中国のアンフェアな行いに求めることはできない。問題があることも事実、だがその中に強力なイノベーションが生まれていることを認知しなければ、中国製品の増加という現実に対処することはできないだろう。
高口康太