スコットランドのスタージョン自治政府首相を「女性の権利の破壊者 」と批判するTシャツを着て改革に抵抗するローリング氏
オブザーバー紙の社説はこう書く。「女性とは何か? この問いに対する答えは激しい論争を呼ぶ政治問題になっている。女性専用のサービスや、スポーツのために、自ら宣言した性自認を生物学的な性別より優先させるべきだと考える人と、生物学的性別が法律や社会で適切な概念であり続けると考える人の間で起きている有害な紛争の核心にある」
性自認に基づき異性として法的に扱われることを法的に認めるスコットランド自治政府のニコラ・スタージョン首相の改革では、異性として生きることを宣言した男性に性別認定証明書が付与されることになる。これにより性別認定証明書を付与される人の数は10倍に膨れ上がると予測されている。
「性的暴力を含む社会的暴力の圧倒的多数を男の暴力が占める」
「トランスの人たちがニーズに合った専門サービスやジェンダーニュートラルな空間を利用する権利があるように女性にもプライバシーや尊厳を理由に脱衣やケアを受けるために女性専用の空間を利用する権利がある。女性専用スペースは性的暴力を含む社会的暴力の圧倒的多数を男の暴力が占める世界において重要なセーフガードの一形態だ」(オブザーバー紙)
ローリング氏はトランスアクティビストから「トランスフォビック(恐怖症)」「トランス排外主義フェミニスト」と攻撃され、SNS上で何度も炎上してきた。2020年には「『生理のある人』。かつては確かにこうした人たちを指す言葉があったわ」とツイートし、ハリー・ポッター役のダニエル・ラドクリフ氏らから「トランス女性は女性だよ」と批判された。
自らも家庭内暴力や性的暴行のサバイバー(生存者)だと公表したローリング氏は「もし自分は女性だと信じたり感じたりしている男性に、手術もホルモン治療もなしに性別変更を認め、女性のトイレや更衣室の扉を開いたら、中に入りたいと望む全ての男を招き入れるのと同じことになる」と唱え、声なき多くの女性から賛同を得たと主張してきた。
日本の国会図書館の調査では、英国も欧州主要国と同じように法的性別変更の年齢要件を成年年齢の18 歳と一致させてきた。04 年の性別認定法では、申請者に配偶者やシビルパートナーがいる場合、性別認定委員会は暫定的な性別認定証書を交付し、完全な性別認定証書を得るためには婚姻やシビルパートナーシップを解消する必要があった。
法的性別変更の要件は厳格過ぎるのか
13 年の同性婚法で、配偶者がいる場合、配偶者が婚姻の継続に同意すれば完全な性別認定証書が交付されるようになった。シビルパートナーがいる場合、両当事者が法的性別変更を申請する必要があった。しかし19 年の制度改正で、相手方の同意があればシビルパートナーシップを継続したまま完全な性別認定証書が交付されるようになった。
英国で性別認定証明書を取得するためには、申請者は、専門医による性別違和の医学的診断と性別変更のために受けた治療の詳細を記載した2つの診断書を提出した上、少なくとも2年間は獲得した性で生活し、死ぬまで獲得した性で生きるつもりであるとの法的な宣言をしなければならない。
こうした要件に対する英国政府のコンサルテーションの結果、トランスジェンダーの64%が性別違和の診断を義務付けるべきではないと答え、80%が治療の詳細を記した診断書提出の撤廃を訴えた。欧州連合(EU)の行政執行機関、欧州委員会は20年に英国は国際人権基準から遅れを取っているとして5つのクラスターの下から2番目に位置付けている。
英国の手続きは官僚主義的で時間も費用もかかるとの批判を受け、スタージョン氏率いるスコットランド民族党(SNP)と緑の党が過半数を占めるスコットランド議会は昨年12月、申請者は性別違和の診断や治療の医学的証拠を提出しなくて済む改革案を86票対39票の圧倒的多数で承認した。法的に性別を変更できる最低年齢も18歳から16歳に引き下げる。
世論は激しく揺れ動いている。昨年1月に行われた英BBC放送のスコットランド世論調査では57%が法的性別変更をしやすくする改革に賛成し、反対の声はわずか20%だった。しかし獲得した性で暮らす期間を2年から半年に短縮するのは賛成37%、反対44%と賛否が逆転し、最低年齢を18歳から16歳に引き下げるのも賛成31%、反対53%と慎重論が多かった。
英国中央政府はスコットランドのジェンダー改革を阻止
一方、英紙タイムズが昨年12月に実施した同様の世論調査では、性別違和の診断書の提出撤廃には60%が反対し、賛成はわずか20%。最低年齢の引き下げは反対66%、賛成21%。獲得した性で暮らす期間の短縮も反対59%、賛成21%。法定要件の違反を犯罪として処罰することについては賛成59%、反対15%だった。
性別違和の診断を撤廃するスコットランド自治政府のジェンダー改革では、法的性別変更の申請は英国の性別認定委員会ではなく、スコットランドの戸籍登録所で行われる。獲得した性で暮らす期間も2年から3カ月(16、17歳の場合は6カ月間)に短縮される。虚偽の申請をした場合は、最高で2年以下の禁錮や罰金が科せられる。
BBCによると、この改革によって直接影響を受ける人はごくわずかで、国家医療サービス(NHS)は、トランスジェンダー人口は全体の0.5%と見積もっている。アイルランドでは15年に同様の改革が行われ、20年までに年平均115件の申請が認められた。誰もが女性として「自認」できるようになれば、女性の権利に影響を与えるとの懸念も指摘される。
英国政府は、スコットランドのジェンダー改革が英国全体の性別認定法を変更し、平等法などイングランド、ウェールズにも影響を及ぼすとしてチャールズ国王の勅許を求める手続きに進むのを阻止する異例の命令を下した。独立強硬派のスタージョン氏にはジェンダー改革とともに、スコットランドと、イングランドの中央政府を分断させる狙いもありそうだ。