夜の世界で孤立・困窮している女性たちに、必要な支援を届けたい風テラス風テラスPDF魚拓






東京都立川市のホテルで6月1日、デリヘルのキャストとスタッフが客の19歳少年に殺傷された立川事件は、見ず知らずの相手とも密室で1対1にならざるを得ない風俗業界の危険性を改めてつきつけた。

報道によると、逮捕された少年は女性を盗撮しようとしていたようだ。女性は勤務先に電話して盗撮被害を訴えたあと、刺されたという。

風俗で働く人の生活・法律相談を弁護士やソーシャルワーカーらで行っている「風テラス」には事件後、キャストの女性からの悲痛な声も複数届いているという。

三上早紀弁護士と坪内清久弁護士に、相談者の事件への反応や日常のトラブルにどう対処するべきかを法律家の目線で語ってもらった。(ライター・谷トモヒコ)

●立川事件で働けなくなったキャストも…

三上「立川の事件があってから、思うように出勤ができない、事件を思い出して怖くなり、肉体的にも精神的にもつらくて仕事に行けない等の相談は複数件ありました。

彼女たちはその日その日で生計を立てているので、出勤できないとダイレクトに借金が返せないとか食費が工面できないとかにつながってしまいます。立川事件が原因の一つとなった生活の困窮に対する相談も複数件あります」

殺されてしまうのは特殊な例だとはわかっていても、どこか他人事と割り切れないのは同じ種類の危険と日々隣り合っているから。デリヘルのキャストにとって、客から本番を強要されたり、盗撮の被害に遭ったりすることは一般の人が考えているよりも、日常茶飯事なのだ。
●卑劣な盗撮にどう対抗するか

風テラスへの相談も、事件以前から盗撮や本番強要に関することへの相談は多い。では、実際にそういうトラブルに遭ってしまった場合にはどう対処したらいいのだろうか。

三上「盗撮は迷惑防止条例や軽犯罪法違反に当たる可能性があります。盗撮が発覚して客が認めた場合は、まずお店に通報してお店と客が話し合って示談にするケースが一番多いと思います。

警察は客観的な証拠がないと動かないことが多いので、データが残っていて本人も犯行を認めている場合にのみ捜査してくれるかどうか、というところです」

坪内「せめて盗撮行為を示す証拠が残っていないと厳しいイメージがあります。本人が認めていなくて証拠も残っていないとなると警察を呼んだところでまず動いてくれない。

認めていなくてもはっきりと証拠が残っていれば動いてくれる場合はあります。警察を呼ぶ呼ばない以前にまずその場で証拠を押さえないと」

だが、実際には証拠を押さえるのは大変だ。キャストは客の態度が「怪しいな」とは感じても、100%盗撮されているという確信に至るケースは少ない。

坪内「怪しい動きをしていることに対して『盗撮しているの?』と聞くことはできます。そう言われればたいてい止めるでしょう。だからといってデータを見せろとまで要求できるかというと、話が変わってきます」

三上「女の子たちはそこで逆上されるのが恐いので、怪しい動きをしている人に対しては、荷物に布をかけさせてもらうとか、スマホの位置を移動してもらうなど、問い詰めることなしに穏便に盗撮されない方向に持って行くことが多いようです。風テラスでもそのようにすることを推奨しています。

風テラスへの相談で多いのは、『お店とお客の間で話し合ってお金で解決したみたいだけど私は一切もらえない』とか『私が独自に被害届を出すことはできないんですか』といったものですね。加害者との間というよりはお店との間のトラブルが多いかなという印象です」
●「本番強要」店に任せると穏便に済まされてしまいがち

本番強要についてはどうだろう。本番を持ちかけられただけでお店に連絡するべきなのだろうか。

坪内「そこまではないんじゃないですか。女性たちの話を聞くとほとんどの男性が一度は本番を求めてくるそうです。それに対して『ダメだよ』と言って終わるのがある種のコミュニケーションのような面はあると思います。事件になるのは強引にやろうとするケースで、それは普通に犯罪行為ですからね」

では、強引に本番を強要されるという明らかな犯罪の被害に遭って、そのことを通報した場合、警察はどれだけ動いてくれるものなのだろうか。

坪内「相談にくるのは後日になってからやっぱり通報したい、という例が多いんです。しかし犯罪を立証するのには男性の精液が残っているとか、服の繊維が手についているとか、その場で押さえなくてはならない証拠が必要です。一度穏便に済ませてしまって何日か後に警察に行っても立件するのは難しい。そのあたりが警察がなかなか動いてくれない理由だと思います。

やはりすぐにその場でお店の人や警察を呼んで証拠を押さえないと。立件できないとまでは言い切れませんが、その後の動きは難しくなってしまいます」

三上「私たちとしては本人が被害届を出したい、警察沙汰にしたいということであれば、その場で自分の携帯で警察を呼んだほうがいいよ、という話をします。お店に任せるとその場で穏便に済ませてしまうことも多いですから」

●匿名ゆえの心地よさとリスク

また、キャストが自分の身を守るために心がけておいたほうが良いことは、トラブルが起きたときに対処できるよう、客の個人情報を押さえることだという。相手の名前も連絡先もわからなくて、いざというときに手も足もでないケースが多いからだ。

予約のときに客が自分の携帯からかけていれば、店に携帯番号が残っている可能性はある。だが、キャストが自力で客の個人情報を手にすることは難しい。

三上「立川のような事件を防ぐには、本当はお店が事前に客の身元確認を厳密にやるのが一番早い。でもそれをやると客が減ります。そうすると結局キャストの収入が減ってしまうんですね。それは女の子側も望むところではない。匿名性を心地良しとしてお客も女の子も集まってくる世界なので、匿名がはらむリスクはある程度引き受けなければならない面はあります」

過去の例では事件が起こったデリヘルで客の身元確認を徹底したところ、身分証確認は要らないという業者が乗り込んできて客を持って行かれ、経営が苦しくなってしまった、という例もあったという。

●「立川」を引き合いに脅すクズ客
また、立川事件の悪しき影響として、事件をネタにキャストを脅して本番しようとする客が少なからずいるという。その場合、どんな罪に問うことができるのだろうか。「冗談だった」で済まされてしまうのか。

三上「立川事件を引き合いに出して本番行為を迫った場合、その態様やシチュエーションによっては、強制性交や同未遂罪が成立する可能性があると思います。

例えば、『このまま本番を拒否したら、立川事件と同じように刃物を持ち出されて殺されてしまうかもしれない』という恐怖を与える等、キャスト側が抵抗できなくなるほどの脅迫をしたうえで本番に持ち込んだ場合、強制性交罪(刑法177条)が成立する可能性があります。

実際には本番行為に至らなかった場合でも、キャスト側が抵抗できなくなるほどの脅迫をすれば、強制性交未遂が成立する可能性があります」

客は事件をネタにした言動でキャストを怖がらせるような行いは慎んだほうが良いだろう。いくら後から「冗談だった」と言い張っても、済まなくなることもありそうだ。

女性1人で見ず知らずの男性客を接客しなければいけない派遣型風俗ではキャストは常に危険にさらされている。そのことを「その仕事を選んだんだからしょうがないだろう」といったような、女性の自己責任に収れんさせたくない、と三上弁護士は言う。「その仕事をやっている人たちの背景にも思いをはせて欲しい」。そしてキャストには孤立を選ばずに助けを求めて欲しいという。

三上「キャストの人は社会的な縁や人間関係のつながりが全然なくて孤立している人が多い。一人で頑張って一人で抱え込んで一人で苦しくなって――。風テラスでは『ただ話を聞いてほしいんです』といった相談も受け付けているので、そういう場所があるってことだけでも伝わってくれればと思います」

<風テラスWebサイト>https://futeras.org/

立川ホテル殺傷事件、恐怖で出勤できなくなる女性も 「風テラス」弁護士に聞く「違法行為」の対処法




性風俗業界などで働き、コロナ禍で困窮している女性を支えようと、業界で働く女性の支援団体などが、食料品や生理用品を無料で配る活動に取り組んでいる。配布を通じて、女性たちの悩みの解決にもつなげるのが狙いだ。

 11月中旬、新潟市中央区のデリバリーヘルス(無店舗の派遣型風俗店)を運営する事務所に、米50キロやインスタントのみそ汁、せんべいなどのお菓子や生理用品が届けられた。食料などを運んだのは、性風俗業界で働く女性のための相談事業「風テラス」を運営する一般社団法人「ホワイトハンズ」の坂爪真吾代表(40)と、県フードバンク連絡協議会の山田隆之さん(59)ら4人。

 「前回届けた生理用品は使いましたか」。同行した配達ボランティアの女性が食料などを運びながら、事務所にいた女性に声をかけ、困りごとなどがないか確認した。事務所に所属し、性風俗業で働く30代女性は、2人の子どもを育てるシングルマザー。「食費が浮く。米は一番ありがたい」と感謝していた。

 コロナ禍で困っている女性を支援する新潟県の事業「にいがたRibbon net」の一環として、8月から活動を始めた。県内の性風俗店の事務所や接待を伴う飲食店などに、月2~3回ほど食料品や生理用品を配布している。これまでのべ約60人の女性に配ったという。

 坂爪さんによると、コロナ下の休業や営業時間の短縮の影響で、性風俗店などで働く女性から収入減に関する相談が全国的に寄せられている。配布を受けた店からは「これまで風俗は無視、黙殺されてきた。気にしてくれているというだけでありがたい」との声が届いているという。「配布を通して、困っている人の悩みを吸い上げたい」と坂爪さん。配布は来年3月末まで行う。

 配布を希望する店舗は、風テラス事務局(info@futeras.org)かLINEアカウント(futeras)まで。(緑川夏生)

性風俗店で働く女性に食料品を 支援団体「悩み吸い上げたい」

緑川夏生2021年12月3日 11時00分





全裸の交際相手の背中めがけて、右手に持ったナイフを振り下ろしたー。法廷に現れた被告は、22歳の女。一命を取り留めた交際相手は歌舞伎町のホストだった。

「お金を使った分だけ仲良くなれた」。“ケンカの仲直り”で90万円のブランデー、“誕生日イベント”で150万円のシャンパンタワー。貢いだ金は、実に500〜600万円にのぼった。バイト代では到底足りず、足を踏み入れたのは風俗の仕事。「地方に出稼ぎに行くこともあった」という。ホストにはまり、ナイフを手に取るまで、追い詰められていった女の心境が法廷で明らかになった。

出会いは歌舞伎町「別れたくない」と背中刺す

事件が起きたのは2022年6月。22歳の被告は、交際相手のホスト(当時29)から別れ話を切り出され、「別れたくない」と懇願した。しかし、願いは聞き入れられなかった。その後、同棲していたマンションで、シャワー中の交際相手の後ろからペティナイフで背中を何度も突き刺した、殺人未遂の罪に問われている。被害者は肺に達するほどの深い傷を負った。医師によると「搬送が1時間遅れたら亡くなっていたかもしれない」状態だった。
2023年3月、東京地裁で開かれた裁判員裁判の初公判。52ある傍聴席はすべて埋まり、20代くらいの若者の姿が目立った。

「まちがいありません」。上下リクルートスーツ姿の被告は起訴内容を認め、午後には交際相手の被害者が証言台に立った。

【被害者への証人尋問】
ーー(被告と)出会ったきっかけは?
営業後、彼女が店の外にいて、酔っていたので介抱した。

2020年12月、ホストを始めたばかりの被害者と、専門学校に通っていた被告が東京・新宿歌舞伎町で出会う。初めて会った日にホテルに行き、そのまま肉体関係を持った。当時20歳の被告にとって、これまで「体の関係がない交際はあったが、体の関係がある交際は初めてだった(本人の供述)」という。

150万円のシャンパンタワー「ナンバー2」ホストに

被害者から「指名客もいないので応援してほしい」と言われ、被告は週に2、3回のペースでホストクラブに通うようになった。その後、正式な交際を開始し、同棲を始めたものの「ホストと客」としての関係は続いた。

【被害者への証人尋問】
ーー(被告が注文したもので)高額なものは?
ブランデーですね。1つが30万(円)ちょいと1つが約90(万円)。
ーーなぜブランデーを注文した?
ケンカした流れで店に来て話し合いをして、仲直りの形で入れて頂いた。

新米ホストで、店での売り上げが「ランキング外」だった被害者。被告と付き合って以降「ナンバー2」までのぼりつめた。事件の2週間前には、ホストとして初めての誕生日イベントが開かれた。この日、被告はシャンパンタワーを入れた。

【被害者への証人尋問】
ーー(誕生日の)シャンパンタワーはいくら?
全部で150(万円)ですね。
ーー金を使わせるために、付き合った?
本人にも告げていたけど、当初は営業目的で付き合った
ーー誕生日イベントの直後に別れ話をしたのは「もういいや」となった?
そこまでは…「シャンパンタワーやらなくてもいい」と伝えたが、(被告)本人が「目標にしていたからやりたい」と。
被告人質問で、被告は、1年半ほどで「総額500〜600万円を店で使った」と証言した。

【被告人質問】
ーー金はどうしていた?
奨学金や仕送りを切り崩したけど足りなくて、メンズエステの仕事をするようになった。
ーーメンズエステとは?
男性にマッサージをして、性的なサービスも伴う仕事です。

風俗の仕事を始めることに抵抗はあったが「キャバクラより稼げるし(被害者が)喜んでくれると思った」という。 

ーー同棲中の生活費は?
基本的に私が全部出していました。
ーー長期間家をあけることは?
地方に出稼ぎに行く時があった。
ーー出稼ぎとは?
1週間、10日ほどデリヘルをしてまとまったお金を稼ぐことです。
ーー出稼ぎは被害者から提案された?
「掛け金を返さないと出禁」「返せないと俺の責任になるから出稼ぎにいけば?」と言われた。一度は断ったが、掛け金を返さないといけなかった。

「掛け金」とは、いわゆる「ツケ」のこと。被告には数十万円の「ツケ」があった。

「ツケ」回収するため、ホストが「風俗店」紹介も

ホストクラブでは「売り掛け(ツケ払い)」が一般的に行われていて、トラブルになることがある。こう警鐘を鳴らすのは、性風俗業界で働く女性を支援するNPO法人「風テラス」の坂爪真吾理事長だ。

風テラス 坂爪真吾 理事長
「ツケでもいいので、客に今すぐお金を払わせて、自分のランキングを上げたい”ホスト”と、手元にお金がない状態でもホストに貢献したい“女性客”、双方の利害が一致している

客から「ツケ」を回収するのは担当ホストの責任で、締め日に回収できない場合はホスト自身が補填や借金をしなければならない。そのため、ホストは客に対し脅しや恋愛感情をちらつかせるなど様々なアプローチをする。風俗店や出稼ぎ先を紹介されることも多いという。

風テラス 坂爪理事長
「同意の上で借りた金は返す必要があるが、金を作る方法までホストの命令に従う必要はない。困ったら一人で抱え込まず、NPOや弁護士などに相談してほしい」
「本気の交際」ではなく「ただの客」にじむ後悔
裁判で証言した父親は「子どもの頃からおとなしいタイプで、まさか風俗店で働くなんて思いもしなかった」と驚きを隠せなかった。被告本人は、こう悔やんだ。

【被告人質問】
ーーいま、被害者に恋愛感情は?
ないです。今までの交際は普通ではなかった。
ーーどこが?
お金をたくさん使って、使った分だけ仲良くなれたところ。
ーー被害者とはどんな関係だった?
私の中では本気の交際だったが、ただのお客さんだったのかなと。
ーー嫌だった風俗の仕事も、被害者から勧められたんですよね?
嫌な部分も多くあったが、仕事を理解してくれるのは~さん(被害者)だけだったので感謝している。

裁判員からは、こんな質問も投げかけられた。

ーー被害者からのプレゼントは?
誕生日やクリスマスに、ぬいぐるみやカバンをもらった。
ーー高額なもの?
1000円ぐらい。
ーー釣り合わないと思わなかった?
全部うれしかったです。

執行猶予付き判決「被害者に利用された面も」

迎えた判決の日。傍聴席で家族が見守る中、懲役3年、執行猶予5年、保護観察付きの有罪判決が言い渡された(求刑6年)。裁判長は「生命に対する重大な危険を生じさせた犯行」と非難した。そのうえで「被告がホストクラブの客となることで被害者に利用されていた側面もある」と言及した。

裁判長
「社会の中で責任を果たしてもらうという判断になりました。ただ、どうしてこういうことになったのか、あなた自身深く考えるにいたってないのではないか」


こう諭した女性裁判長は、51歳。22歳の被告とは親子ほど年が離れている。「あなたを支えてくれる家族のことを考えたら、こういうことにならなかったんじゃないかと思います」と語りかけると、被告は深くうなずいた。

(TBSテレビ社会部 司法記者クラブ 高橋史子)

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高橋史子
TBSテレビ 報道局社会部

2009年入社。社会部に配属され司法クラブ(検察・国税担当)、警視庁クラブ(生安部・交通部・組対部など担当)で取材。その後「報道特集」「NEWS23」の番組ディレクター。2022年7月から2024年3月まで司法クラブで裁判を取材。現在はサブデスク。

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「普通ではない交際だった」ホストに貢ぎ風俗の“出稼ぎ”も ホストを刺した22歳の女が法廷で語った“カネで繋がる恋愛”



東京・歌舞伎町のホストクラブを訪れた女性客を風俗店で働かせたとして、元ホストの男性が今年1月、売春防止法違反容疑で逮捕された。報道によると、女性客は「売掛」の支払いを迫られていたという。

ホストクラブに絡んでよく耳にするのが、この「売掛」の問題だ。ホストクラブの飲食代を店やホストが立て替え、後払いにする仕組みで、売掛金が支払い能力を上回ってしまい、金銭トラブルになることがある。中には、ホストが女性客を相手に売掛の支払いを求めて訴訟を起こすことも。

そのため、しばしば「売掛を取り締まるべきだ」という批判の声が上がる。しかし、風俗で働く女性たちの相談窓口を設け、ホストクラブの金銭トラブルについても相談を受けているNPO法人「風テラス」の安井飛鳥弁護士は、「現状では取り締まることは難しい」と話す。一体、なぜなのだろうか。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

●そもそも「売掛」とはどういうもの?

——これまで、風テラスに寄せられたホストクラブの金銭トラブルについての相談はどのようなものがありますか?

2020年、2021年は年間60件ほどの相談がありました。今年に入ってからは2月までに54件となっています。相談全体の割合からすれば、それほど多くはない印象です。

中心になっているのは、多くて数百万円、少額だと5万円、10万円の売掛の支払いに悩んでいるという相談ですね。「交渉して、少しでも支払う金額を小さくできないか」あるいは、「もう借りられるところからは借りてしまっていて、首が回らない」といった内容です。

——そもそも売掛とはどういう仕組みなのでしょうか?

基本的には、金銭の貸し借りの契約です。

「飲食代が払えません」というときに「現金を渡すから、それで払って、あとで返してください」となるのが「消費貸借契約」(民法587条)と呼ばれる契約です。飲み会の割り勘などでよくありますよね。

実際にお金は動かない「準消費貸借契約」(民法588条)にあたります。その実態は、ケースバイケースで、一応、書面を書かせる場合もありますが、口約束もあります。

支払いも「月末に支払う」というだけでなく、「2週間ごとに支払う」ということもあれば、「2カ月ごとに支払う」ということもあります。

●上限なく、気づくと膨れ上がっていることも

——カードローンなどの場合は、借りられる金額に上限がありますが、「売掛」には上限がないのでしょうか?

貸業登録をしている事業者であれば、貸金業法等の特別な規制があります。しかし、基本的に「売掛」にはそうした特別な規制はないです。

——すると、たびたび報じられているように、「知らない間に売掛が膨れ上がっていた」ということも起こりうるわけですね。

そうですね。売掛を利用する客は、そもそも自分がいくら借りているのかということに強い関心がないことが少なくないので、気づいたときには多額になってしまっているということがあります。

●規制をかければより「地下」に潜る可能性

——「売掛自体を規制しろ」という声も上がっていますが、現行法だと難しいのでしょうか?

「立て替え金払い」や「つけ払い」に強い規制がかかると、ほかの事業者にいろいろな影響を及ぼしてしまいます。また、ホストクラブは接待を伴う飲食店にあたり、風営法で位置付けられています。

そもそも、国としては風俗業の各業種の在り方を曖昧な存在としていますので、そこに手を加えようとすると、他の風営法上の業態を含めてどうあるべきかという議論にもなってしまい容易ではありません。

また、ホストクラブだけを正面から狙い撃ちのように規制をかけることは憲法上の問題も生じる可能性があります。

そして、たとえホストクラブの売掛に規制をかけることができたとしても、規制逃れが容易に想像できます。

——どんな規制逃れがあるのでしょうか?

ホストが個人的にお金を貸すことを止めることは難しいです。現在もおこなわれていますが、そうやって規制から逃れることは目に見えています。

さらに、売掛の前提として、女性側にも、借金してでもホストクラブに通いたいといういわゆる「ホス狂い」の状態がありますので、よりダーティーな手段でお金を借りてしまい、地下に潜って危険な目に遭ってしまうという懸念があります。

ホスト側が被害者になる可能性もあります。売掛を回収できなかったホストに、店が借金を負わせることがあり、裁判で争われるケースもあります。結局は立場の弱い人にしわ寄せがいくことになってしまいます。

●違法スレスレの取り立てで支払いをさせる

——規制をかければ良いという単純な問題ではないのですね…。売掛について違法な回収がされているといった相談はありますか?

風テラスで受けた相談の中に、「これは100%違法です」と言えるものはそう多くないです。ただ、前提として、売掛の金額は本当に妥当なのか、契約は有効なのか、という問題はあります。

仮に契約としては有効だった場合、取り立て自体は有効な契約に基づくものなので、違法ではありません。電話しても払ってもらえない場合に、「自宅に行く」と言ったとしても、ただちに違法とは言えないでしょう。

もちろん、自宅にずっと居座って出ていかないとか、明らかに危害を加えることをほのめかすような脅迫をする場合、「ほかの風俗店でタダで働け」と風俗業をあっせんするようなことを言った場合は、違法な取り立てと言えます。

ただ、多くのケースはその一歩手前で止めて、逆にその心理的な「圧」を利用して支払いをさせることが多いという印象です。

風俗で働いている女性は、身近な人にバレるのは避けたいと思うことが多いですから、「バレたら嫌だ」という心理を上手につくって支払わせるわけです。ホストクラブ側も、売掛の回収に対する関心は高いですから、適法な手段で策を打ってきます。

●ホストクラブをやめられない女性の問題

——では、支払い能力を超えた「売掛」をつくらないためにはどうしたら良いのでしょうか?

そもそも収入に見合わないかたちでホストクラブで遊ばないという話に落ち着きますが、それができたら苦労しないという問題ですよね。

ただ、明らかに想定していた金額よりも高い金額をつけられてしまったときは、サインを拒むなど、ある程度未然に防ぐことはできると思います。金額をいかに少なくするかという対処法ではありますが…。

やはり、高額であってもホストクラブを利用したい女性と、女性から高額の売掛を取り立てたいホストクラブと、需要と供給の構造が成立してしまっていますので、ホストクラブの利用をしないといられない女性たちの問題を解決しなければいけないと思います。

ホストクラブの利用をやめられない女性は、周囲に話し相手がいなかったり、心の隙間を埋めてくれる存在がいなかったり、仕事のストレスが多かったりといった問題を抱えていることが少なくないです。

女性個人の問題だけでなく、そうした女性たちが置かれている困難な状況や構造まで見て考えていかないといけないと思います。

【特定非営利活動法人 風テラス】

風俗の世界で働く女性たちが抱えている悩みや困難を、安心して相談できる機会をつくることを目的とする。2015年に東京・鶯谷で相談会を開始し、これまでに生活困窮や多重債務、精神疾患、DV・盗撮・性暴力被害などについて、7000人以上の女性の相談を受け付けている。

https://futeras.org/

ホスト沼にハマった女性が負わされる「売掛」、違法スレスレの取り立ても…規制で「地下に潜る」危険性



猪谷千香

2023年03月30日 10時39分


2023/05/29 #出産 #風俗 #発達障害去年6月、北海道千歳市の駅のコインロッカーから乳児の遺体が見つかった。逮捕されたのは小関彩乃被告。小関被告は、妊娠が分かってから、病院にも一度も受診せず、誰にも相談せず、たったひとりホテルで乳児を出産。殺害し遺棄した罪に問われている。 孤立妊婦が赤ん坊を遺棄する事件が全国で後を絶たない。 こうした孤立妊婦が無償で一時滞在できる全国でも珍しい民間の支援施設が札幌にある。「中絶したい」「頼れる人がいない」「親に内緒で産みたい」という切実な女性が門をたたく。 一方、事件の裁判では小関被告は知的能力がやや低く、発達障害のグレーゾーンと鑑定されたことが明らかになった。風俗店で働き、交際相手に依存し、妊娠を相談できなかったのもグレーゾーンの特性によるものだと弁護側は主張する。 予期せぬ妊娠を支援する団体や性風俗で働くグレーゾーンの女性たちの実態を取材。「最も共感されにくく、最も見えにくい存在」に光を当てる。 なぜ被告は妊娠を誰にも相談しなかったのか? 赤ちゃんを救う手立てはなかったのか? 妊娠は男性もかかわるものなのに、なぜ女性ばかり責められるのか? このような疑問を抱いた新人女性記者がさまざまな人と出会い、知られざる現場を取材した。 番組の記事はこちら https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/...

閉じ込められた女性たち〜孤立出産とグレーゾーン〜 2023年5月28日放送


HBCニュース 北海道放送










 去年6月、北海道千歳市の駅のコインロッカーから、へその緒がついたままの赤ちゃんの遺体が見つかりました。その後、逮捕されたのは当時22歳の母親。警察の調べに対して「一度も病院に行っていない」と供述しました。 

 なぜ誰にも相談せずに、たったひとりで子どもを産み落とし、手にかけたのでしょうか。裁判で明らかになったのは、逮捕された女は、性風俗で働いたカネを貢ぐなど、交際相手の男性に精神的に依存した生活を送っていたこと。そして発達障害の「グレーゾーン」と鑑定されたことでした。全国で相次ぐ乳児死体遺棄事件。女が抱えていた生きづらさと背後にあるグレーゾーンを追いました。

(前編・後編のうち前編)
小関彩乃被告(23)は、去年5月、札幌市中央区のホテルの浴槽で出産した男の赤ちゃんを水中に沈め殺害。その後、遺体をクーラーボックスに入れて、千歳市のJR千歳駅のコインロッカーの中に捨てた殺人と死体遺棄の罪に問われています。

 事件発生当時、私は入社2か月の新人記者として現場取材をしていました。その後、逮捕されたのは、住所不定無職の小関彩乃被告。私と同い年でした。
 警察の調べに対して、小関被告は「妊娠してからも、一度も病院に行っていない」と話していることがわかりました。
なぜ小関被告は支援を求めようとしなかったのか? 赤ちゃんの父親はこの事件をどう受け止めているのか? 妊娠は男性もかかわるものなのに、最後に責任を負わされるのは、なぜいつも女性なのか?

 今年1月。殺人と死体遺棄の罪に問われた小関彩乃被告の裁判員裁判が札幌地裁で開かれました。小関被告は「(間違っているところは)ありません」と起訴内容を認めました。
検察は「被告は、男との遊び暮らしを続けるために産まれたばかりの我が子を湯船に張った湯に沈め、殺害し、パイプ洗浄液をかけて隠ぺいをはかり、コインロッカーに遺棄した」と主張。検察側が提出した証拠によると、小関被告は犯行前に「赤ちゃんポスト」「妊娠SOS」と検索していたこともわかりました。

 「おなかの赤ちゃんは、ダメな私でも人として、お母さんとして認めてくれる存在だった。許されないことをした。恨まれてもしょうがない」

 法廷に立った小関被告は年齢よりも幼く見えました。被告人質問では小柄な肩を震わせ、涙ながらに語りました。
 ■「社会が求める普通ができなかった。自分は異常だと思った」

 裁判の冒頭陳述や証言などによると、小関被告は山形県の小さな町にある父の実家で生まれました。初孫として、祖父母にもかわいがられながら、育ちました。そこから車で1時間ほどの米沢市に引っ越した後は、両親と妹の4人で暮らしていました。
中学で打ち込んだのはソフトボール部。ピッチャーとして、チームを地区大会に導くなど活躍し、母親も「自慢の娘でした」と裁判で証言するほどでした。

 一方で小関被告は、ソフトボール部内でいじめを受け、「ブス」と言われていました。スポーツバッグにごみを入れられるなど、いじめは陰湿なものでした。被告はリストカットを繰り返しますが、いじめを家族や友人に相談することはありませんでした。当時の心境を法廷で次のように語りました。

 「コンプレックスがあった。容姿については特に自信がなく、自分でもブサイクだと思っていた」

 自己肯定感が低く、周囲に自分の意見を言わなかった小関被告。唯一相談できたのは、高校2年から交際していた1学年下の野球部の男子生徒。次第に、男子生徒に依存していきました。暴力を受けても、「この人を失うのは怖い」として離れようとはしませんでした。被告が高校卒業後に男子生徒との子どもを妊娠。しかし、被告の親は、相手がまだ高校生であることなどを理由に中絶をすすめ、被告は、泣きながらそれを受け入れました。

 「自分は自信がないので、こんな私でも求めてくれる。うそでも優しくしてくれたり、人として認めてくれるのは、この人しかいないと思った。この人を失ったら、認めてくれる人を失うということ」
■小関被告の交際相手「中途半端な関係が招いた事件だと思います」

 小関被告がこれほど思いを寄せていた男性は、被告のこと、そして事件のことをどう思っているのか。検察側の供述調書で男性の思いが明らかになりました。

 「彩乃(被告)との関係は、Hもしますし、毎日のように会います。ただ、彼氏彼女の関係ではないです。利用していたと言われればそうかもしれません。彩乃は私の追っかけでした。好きとも言ってくれました。ただ、私に好きという感情はありません」「中途半端な関係が招いた事件だと思います」

 小関被告は出産する前日まで、交際相手と会い、札幌駅のレストランで食事を楽しんでいました。男性は、おなかのふくらみに気が付き、たずねたこともあったといいますが、被告は本当のことを言いませんでした。そして、去年5月、ホテルの浴槽にお湯を張り、水中で出産しました。生まれ落ちた男の赤ちゃんをお湯から抱きかかえましたが、湯船に沈め、殺害しました。当時の状況を、法廷で涙ながらに語りました。
小関被告「初めての出産。どれだけつらいのか、痛いのか、自分が耐えられるのか…」

弁護士「赤ちゃんが出てきたときどうしましたか」

 被告は、時折顔を覆い、沈黙します。そして、ぽつぽつと、年齢より幼く聞こえる声で語り始めました。
■「なんでお前ばかり幸せなんだ」と責められているような気がして…

 「出産して、赤ちゃんを水の中から取り上げて、首が座っていなくて、横向きで抱き上げて、2回ほど産声を上げました。そのときに、自分と目が合ったような気がして、中絶した子とこの子が『なんでお前ばかり幸せなんだ』と責められているような気がして、とっさに殺してしまおうと思って、横向きで水の中に沈めてしまった」
小関被告は赤ちゃんを殺害・遺棄してからも、交際男性との関係をカネでつなぎとめようとします。男性と会うためのカネを稼ぐため、警察に任意で同行を求められる時まで、出会い系サイトに書き込みをし、客を募っていました。逮捕されるまでの間、赤ちゃんの遺体をどうにかして隠さなければならないと、パイプ洗浄剤で溶かそうとしたり、山に埋めようとレンタカーを借りて小樽市などを走り回ったりしていました。

 「社会が求める普通ができなかった」と語った小関被告。そう思わせたものはなんだったのでしょうか。鑑定した医師に会いに、熊本に向かいました。
■境界知能とADHDグレーゾーン

 裁判では、小関被告が起訴内容を認めたため、量刑が争点となりました。弁護側は「被告の知的能力と犯行時の肉体的、精神的状況を考える必要がある」と主張し、情状酌量を求めています。弁護側の証人として出廷したのは「人吉こころのホスピタル」(熊本県人吉市)の精神科医・興野康也氏です。興野氏は知的障害や発達障害のある妊婦を精神面でサポートしています。
興野氏は小関被告とは、去年11月上旬に、2度札幌刑務支所で面会し、精神鑑定で「境界知能」及び「ADHDグレーゾーン」と結論づけました。
平均的なIQ=知能指数は85以上115以下とされています。一方で、知的障害と診断される可能性があるIQは、70以下とされています。境界知能とは、概ねそのはざまであるIQ71から85までとされています(知的障害の基準は、自治体によって異なります)。興野氏が行った知能テストでは、小関被告のIQは81でした。
ADHD=注意欠陥・多動性障害は発達障害のひとつ。集中力が続かない、後先考えずに衝動的に行動してしまうなどが主な症状です。このうち、グレーゾーンとは、診断基準をすべて満たさないまでも、その特性を部分的に満たしていることを指します。正式な診断名ではありません。
■「私はメンヘラなんです」小関被告が自覚する衝動性

 興野氏は、小関被告が「ADHDグレーゾーン」であったと鑑定する根拠となるエピソードは複数あると話しました。

 「自分で精神疾患と考えたことないですかと聞いたら、『私はメンヘラなんです』っておっしゃるんです。どこがメンヘラなんですかと聞くと、『彼氏ができたときにそのことばかり考えて、他のことを考えられなくなって』と。そこまでしないといけないのかと自分でも思うんだけど止められないみたいです」

 整理整頓が苦手で、忘れ物も多かったこと。高校生のとき、交際相手に会うために自宅の2階から飛び降り裸足でJR米沢駅へと走ったこと。交際男性を追うため、会社を退職する手続きや新たな住居先を決めずに飛び出していってしまうこと。「衝動性」がうかがえるエピソードがいくつもありました。
興野氏は小関被告とはじめて会った時の印象を「感じのいい人だった」と話す一方で、「物事の本質を避けて話しがち」だと指摘します。その理由は、この発達障害の特性を自分で理解できなかったことや、周囲から理解されなかったことによる、自己肯定感の低下だと推察します。

 「小関さんの場合、家族もADHDのことをご存じなかったから、小さいころからずっと叱られっぱなしですね。本人は劣等感の塊。もしそこにカウンセリングが入っていれば、本人の自尊心も高まっていたでしょうし、薬で衝動性が減った可能性がある。そうなればめちゃくちゃな行動をすることはなかったでしょう。殺人事件を起こした人なので人柄が悪いと思いきや、むしろ全然いい方なんですよ。ただ衝動性とか叱られてきたこととかが諸々絡まりあって過激な行動に出てしまう」

■風俗の世界に集まる“生きづらさ”を抱えた女性たち

 小関被告は、周囲から理解されず、孤独感を覚え、まるで自分をないがしろにするように生きてきました。たどり着いた先が性風俗の世界でした。客から「本番行為」を強要され、妊娠という問題に直面しながらも、「親に風俗をばれたくない」と誰にも相談することはありませんでした。

 「親に風俗をやっていることを知られるのがすごく嫌だった。健康保険証を持っていない。金銭的余裕もない、税金も払っていない。赤ちゃんの父親もわからない。似たような人はいないと思って、サポートは受けられないと思っていた」

 そんな風俗の世界には、どこか生きづらさを抱えた女性が集まっています。
(後編に続く)

性風俗を選んだのは「普通の仕事ができなかったから」…産まれた我が子を殺害し、コインロッカーに捨てた女が直面した“世間の普通”と“グレーゾーン”

北海道放送

2023年5月22日(月) 17:00

国内 ドキュメンタリー 貴田岡結衣






去年6月、北海道千歳市の駅のコインロッカーからへその緒がついたままの赤ちゃんの遺体が見つかりました。その後、逮捕されたのは当時22歳の母親。裁判で明らかになったのは、女は性風俗で働いたカネを貢ぐなど交際相手の男性に精神的に依存した生活を送っていたこと。そして発達障害の「グレーゾーン」と鑑定されたことでした。
 周囲から理解されず、孤独感を覚え、まるで自分をないがしろにするように生きてきた逮捕された女。彼女のように、どこか生きづらさを抱えた女性が、風俗の世界に集まっているといいます。
前編・後編のうち後編)

こう指摘するのはNPO法人「風テラス」ソーシャルワーカーの橋本久美子さん。
「自分が接しているだけなので非常に範囲が狭いですが、風俗で働く人の中に発達障害のグレーゾーンや軽度知的障害のある女性は多いと思います。特にデリヘルなんかがそうです。風俗もいろんな業態があり、結構大変なやつもあるんです。きちんと決まった時間に出勤しなければならないと店に出してもらえないとか。ただデリヘルだと、時間通りにいかなくてもいい部分がある。社会の複雑な仕組みの労働にはつけない中で今まで散々首になってきている中で、やっとカネをもらえるわけですよね。時間通りに行かなくてもいいとか。だから軽度知的障害の女の子がデリヘルという職業につきやすくなるんだと思う」

 「風テラス」は、ソープランドやファッションヘルスなど風俗産業で働く女性たちを対象に、弁護士とソーシャルワーカーが法律相談や食料支援をしています。橋本さんはこれまで夜の世界で働く多くの女性たちを支援してきました。寄せられる相談は、一見風俗産業に限った特殊な悩みのように思われがちですが、借金や給料未払いなどの金銭問題、誹謗中傷などの対人トラブルなどが多く占めます。メンタル面が弱かったり、集団生活が苦手だったり、トラブルに巻き込まれてしまう女性が多いのも事実です。風俗で働いていることに負い目を感じて、仕事のことを聞かれるのが怖くて役所や警察に相談できず、公的支援を受けられない。さらにコミュニティも閉鎖的になってしまい、助けを求める声を上げづらい女性も少なくないと橋本さんは話します。「風テラス」は、風俗を悪者にせず、そこで働く女性でも当たり前に支援を求めることができるようにする、風俗と社会をつなぐ存在です。
私は、これまで大勢の女性たちを見てきた橋本さんに、思っていた疑問を投げかけました。

貴田岡記者「事件が起きても女性ばかりが責められて、男性が責任をとらないような社会の暗黙の空気感があるような気がします」
橋本さん「いわゆる『支援者』と呼ばれる人たちの中には『風俗している、それはとんでもない』と考える人もいる」

支援者のなかでも分かれる見解。風俗で働く当事者の女性たちは、だれよりもそんな風当たりの強さを感じているといいます。

橋本さん「私は、(職業や特性によって)ジャッジがあっていけないと思う。『自分で選んで自分で決めたんだよね』『自己責任、自分で責任取りなさい』じゃなくて、人は誰でも困ったときは助けを求めていいんだってそんなふうに変わっていかなくちゃいけないと思います」
「当店ご来店いただきありがとうございます。当店の禁止行為を一緒にご確認ください。本番行為、強要・未遂、女の子の痛がる行為…」

取材で訪れたのは札幌・ススキノの店舗型ファッションヘルス店。客が来るたびに店内に響き渡るスタッフの声。「本番行為は禁止」としながらも、難しい現実もあります。

札幌のファッションヘルスで働くアキさん(仮名)。
「サイトに書かれている嘘とか、お客様がそれを信じてくることとかは結構ある。直近でもあったんです。なんで指名されたんですかって聞いたら、『サイトで(本番ができる)って書いてあったから。できるんだよね?』と言われたことがあって。強要があれば、ちょっとお説教させていただいて『さよなら』って。だけど言えないまま終わっちゃう子も多いのかなって。お客様に嫌われたくない、リピートしてほしい。という思いから言わないで心にしまう女の子は多いと思います。泣き寝入りが多いと思います。だから、言えばできるっていう状態が業界にできてきてしまう」
 また札幌でチャットレディをする別の女性も、トラブルにあっても声を上げにくい雰囲気が社会にあると話します。女性は勤務先から給料が未払いとなり、勇気を出して警察署に被害の相談に行きました。そこで女性警察官から「そんな水商売みたいな仕事をやめなさい」と言われたといいます。
 
 「こんな世界にいたくなかった。それでも風俗で働いたことを後悔していない」

こう話すのは、札幌の店舗型ファッションヘルスで働いていたにゃんさん(仮名)。彼女にはパニック障害があり、会社勤めはできないとして、性風俗の仕事を選びました。

「当たり前の『普通』と呼ばれるような人生を送れない人たちがたくさんいるっていうのも事実。風俗は出勤自体もすごく自由であるし、とりあえず1日頑張れば数万円は手に入る。障害がある身にしてみたら、ここでしかお金を稼いで生きていけない」

 客から本番行為を強要されたことや、客の子どもを妊娠したことも相談しなかった小関被告。どんな気持ちを抱えていたと思うのか…にゃんさんに率直にたずねました。

「自分が小関被告の立場に立って考えたら、SOS出せなかったと思う。怖いです。やっぱり。責められるのが。責めるというのは、世間からっていう意味です。頼った先で、経緯を説明しなければならない。お客さんとの子どもの可能性がある。『人ひとりの命をなぜぞんざいに扱ったのか』と責められる不安要素がありすぎて、それで実際に助けを求めたところで責められるだけで終わって、返さたらどうしようとか。いろんな不安があっていけなかったんだろうなと思います」
2月3日、判決の日。札幌地裁は、懲役8年の求刑に対し、懲役5年の判決を言い渡しました。「男性との関係を維持したいという自己中心的で身勝手な行動」とする一方、「孤立出産という肉体的精神的負担のかかる状況で、冷静な判断が容易ではなかった」と指摘。最後に裁判長は、「自分の生き方を見直し、社会復帰を目指してください」と小関被告に語りました。小関被告は、泣きながら「ありがとうございました」と小さくひとこと口にしました。
弁護側が控訴しておよそ2か月後の4月27日。札幌高裁で、控訴審が開かれました。1審のときと変わらない服装で法廷に登場した小関被告。声色は、心なしか明るくなったように聞こえました。

弁護側は、小関被告には精神科医の鑑定により境界知能とADHDグレーゾーンがあることがわかり、その特性が要因で事件を起こしたこと。1審で鑑定結果を認定しなかったのは事実誤認であること。出所後に母親が全力で支援することを約束するなど、更生のため自分の特性と向き合う環境が用意されていること。小関被告が更生するには刑罰ではなく福祉の支援が必要であるとして、保護観察付執行猶予を求めました。一方、検察は「理由なく棄却されるべき」と主張し、即日結審しました。
■世間の「普通」に追いやられ、閉じ込められる存在

 裁判を通して明らかになった小関被告の生きづらさ。発達障害のグレーゾーンを抱え、周囲から理解されず、「だらしない」「がさつ」という負の言葉でくくられてしまった過去が浮かび上がりました。もちろん障害やグレーゾーンの特性がある人すべてが事件を起こすわけではありません。罪を犯していい理由にもなりません。

性風俗産業で働く女性のなかにも、小関被告のように世間が求める「普通」ができない人がいることも取材でわかりました。彼女たちは、みな困難さを抱えながらも、支援が届きづらく、「最も共感されず、最も見えない存在」でした。

私たちは「普通」に縛られ、共感できない・見えない存在をないがしろに考えてしまいがちです。このようにして自らが産んだ赤ちゃんの遺体をロッカーに閉じ込めた母親も、社会から閉じ込められていた存在だったのではないでしょうか。

事件から11か月後、私は再びJR千歳駅に向かいました。事件現場は、何もなかったように「普通」にもどっていました。同じような悲劇を繰り返さないためにも、そしてさまざまな生きづらさを感じる人たちが生きていくためにも、小関被告のような声を上げられない人がいることを忘れてはいけないと思います。

事件を取材したドキュメンタリー番組「閉じ込められた女性たち〜孤立出産とグレーゾーン〜」はこちら

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