去年6月、北海道千歳市の駅のコインロッカーからへその緒がついたままの赤ちゃんの遺体が見つかりました。その後、逮捕されたのは当時22歳の母親。裁判で明らかになったのは、女は性風俗で働いたカネを貢ぐなど交際相手の男性に精神的に依存した生活を送っていたこと。そして発達障害の「グレーゾーン」と鑑定されたことでした。
周囲から理解されず、孤独感を覚え、まるで自分をないがしろにするように生きてきた逮捕された女。彼女のように、どこか生きづらさを抱えた女性が、風俗の世界に集まっているといいます。
(前編・後編のうち後編)
こう指摘するのはNPO法人「風テラス」ソーシャルワーカーの橋本久美子さん。
「自分が接しているだけなので非常に範囲が狭いですが、風俗で働く人の中に発達障害のグレーゾーンや軽度知的障害のある女性は多いと思います。特にデリヘルなんかがそうです。風俗もいろんな業態があり、結構大変なやつもあるんです。きちんと決まった時間に出勤しなければならないと店に出してもらえないとか。ただデリヘルだと、時間通りにいかなくてもいい部分がある。社会の複雑な仕組みの労働にはつけない中で今まで散々首になってきている中で、やっとカネをもらえるわけですよね。時間通りに行かなくてもいいとか。だから軽度知的障害の女の子がデリヘルという職業につきやすくなるんだと思う」
「風テラス」は、ソープランドやファッションヘルスなど風俗産業で働く女性たちを対象に、弁護士とソーシャルワーカーが法律相談や食料支援をしています。橋本さんはこれまで夜の世界で働く多くの女性たちを支援してきました。寄せられる相談は、一見風俗産業に限った特殊な悩みのように思われがちですが、借金や給料未払いなどの金銭問題、誹謗中傷などの対人トラブルなどが多く占めます。メンタル面が弱かったり、集団生活が苦手だったり、トラブルに巻き込まれてしまう女性が多いのも事実です。風俗で働いていることに負い目を感じて、仕事のことを聞かれるのが怖くて役所や警察に相談できず、公的支援を受けられない。さらにコミュニティも閉鎖的になってしまい、助けを求める声を上げづらい女性も少なくないと橋本さんは話します。「風テラス」は、風俗を悪者にせず、そこで働く女性でも当たり前に支援を求めることができるようにする、風俗と社会をつなぐ存在です。
私は、これまで大勢の女性たちを見てきた橋本さんに、思っていた疑問を投げかけました。
貴田岡記者「事件が起きても女性ばかりが責められて、男性が責任をとらないような社会の暗黙の空気感があるような気がします」
橋本さん「いわゆる『支援者』と呼ばれる人たちの中には『風俗している、それはとんでもない』と考える人もいる」
支援者のなかでも分かれる見解。風俗で働く当事者の女性たちは、だれよりもそんな風当たりの強さを感じているといいます。
橋本さん「私は、(職業や特性によって)ジャッジがあっていけないと思う。『自分で選んで自分で決めたんだよね』『自己責任、自分で責任取りなさい』じゃなくて、人は誰でも困ったときは助けを求めていいんだってそんなふうに変わっていかなくちゃいけないと思います」
「当店ご来店いただきありがとうございます。当店の禁止行為を一緒にご確認ください。本番行為、強要・未遂、女の子の痛がる行為…」
取材で訪れたのは札幌・ススキノの店舗型ファッションヘルス店。客が来るたびに店内に響き渡るスタッフの声。「本番行為は禁止」としながらも、難しい現実もあります。
札幌のファッションヘルスで働くアキさん(仮名)。
「サイトに書かれている嘘とか、お客様がそれを信じてくることとかは結構ある。直近でもあったんです。なんで指名されたんですかって聞いたら、『サイトで(本番ができる)って書いてあったから。できるんだよね?』と言われたことがあって。強要があれば、ちょっとお説教させていただいて『さよなら』って。だけど言えないまま終わっちゃう子も多いのかなって。お客様に嫌われたくない、リピートしてほしい。という思いから言わないで心にしまう女の子は多いと思います。泣き寝入りが多いと思います。だから、言えばできるっていう状態が業界にできてきてしまう」
また札幌でチャットレディをする別の女性も、トラブルにあっても声を上げにくい雰囲気が社会にあると話します。女性は勤務先から給料が未払いとなり、勇気を出して警察署に被害の相談に行きました。そこで女性警察官から「そんな水商売みたいな仕事をやめなさい」と言われたといいます。
「こんな世界にいたくなかった。それでも風俗で働いたことを後悔していない」
こう話すのは、札幌の店舗型ファッションヘルスで働いていたにゃんさん(仮名)。彼女にはパニック障害があり、会社勤めはできないとして、性風俗の仕事を選びました。
「当たり前の『普通』と呼ばれるような人生を送れない人たちがたくさんいるっていうのも事実。風俗は出勤自体もすごく自由であるし、とりあえず1日頑張れば数万円は手に入る。障害がある身にしてみたら、ここでしかお金を稼いで生きていけない」
客から本番行為を強要されたことや、客の子どもを妊娠したことも相談しなかった小関被告。どんな気持ちを抱えていたと思うのか…にゃんさんに率直にたずねました。
「自分が小関被告の立場に立って考えたら、SOS出せなかったと思う。怖いです。やっぱり。責められるのが。責めるというのは、世間からっていう意味です。頼った先で、経緯を説明しなければならない。お客さんとの子どもの可能性がある。『人ひとりの命をなぜぞんざいに扱ったのか』と責められる不安要素がありすぎて、それで実際に助けを求めたところで責められるだけで終わって、返さたらどうしようとか。いろんな不安があっていけなかったんだろうなと思います」
2月3日、判決の日。札幌地裁は、懲役8年の求刑に対し、懲役5年の判決を言い渡しました。「男性との関係を維持したいという自己中心的で身勝手な行動」とする一方、「孤立出産という肉体的精神的負担のかかる状況で、冷静な判断が容易ではなかった」と指摘。最後に裁判長は、「自分の生き方を見直し、社会復帰を目指してください」と小関被告に語りました。小関被告は、泣きながら「ありがとうございました」と小さくひとこと口にしました。
弁護側が控訴しておよそ2か月後の4月27日。札幌高裁で、控訴審が開かれました。1審のときと変わらない服装で法廷に登場した小関被告。声色は、心なしか明るくなったように聞こえました。
弁護側は、小関被告には精神科医の鑑定により境界知能とADHDグレーゾーンがあることがわかり、その特性が要因で事件を起こしたこと。1審で鑑定結果を認定しなかったのは事実誤認であること。出所後に母親が全力で支援することを約束するなど、更生のため自分の特性と向き合う環境が用意されていること。小関被告が更生するには刑罰ではなく福祉の支援が必要であるとして、保護観察付執行猶予を求めました。一方、検察は「理由なく棄却されるべき」と主張し、即日結審しました。
■世間の「普通」に追いやられ、閉じ込められる存在
裁判を通して明らかになった小関被告の生きづらさ。発達障害のグレーゾーンを抱え、周囲から理解されず、「だらしない」「がさつ」という負の言葉でくくられてしまった過去が浮かび上がりました。もちろん障害やグレーゾーンの特性がある人すべてが事件を起こすわけではありません。罪を犯していい理由にもなりません。
性風俗産業で働く女性のなかにも、小関被告のように世間が求める「普通」ができない人がいることも取材でわかりました。彼女たちは、みな困難さを抱えながらも、支援が届きづらく、「最も共感されず、最も見えない存在」でした。
私たちは「普通」に縛られ、共感できない・見えない存在をないがしろに考えてしまいがちです。このようにして自らが産んだ赤ちゃんの遺体をロッカーに閉じ込めた母親も、社会から閉じ込められていた存在だったのではないでしょうか。
事件から11か月後、私は再びJR千歳駅に向かいました。事件現場は、何もなかったように「普通」にもどっていました。同じような悲劇を繰り返さないためにも、そしてさまざまな生きづらさを感じる人たちが生きていくためにも、小関被告のような声を上げられない人がいることを忘れてはいけないと思います。
事件を取材したドキュメンタリー番組「閉じ込められた女性たち〜孤立出産とグレーゾーン〜」はこちら