フェミニズムは国家による「女性の身体の管理」に異議申し立てをしてきた歴史があります。
ですが、トランス男性のペニスの長さが厳密に測られず、ホルモン治療によって肥大したクリトリスが男性器の「外観に近似」とみなされることを「男性の特権」の延長線上にあるものと捉えることと「女性の身体の管理」への異議申し立てには乖離があるのではないでしょうか。
トランス女性における「外観要件」を違憲とみなしたいがために、男性器を切除し女性器の外観に形成する手術に比べペニスを形成する手術が現時点で技術的に難しく、勃起して性交する機能面が十分でないことや手術が定着する確率も高くないという現実の医療の課題を矮小化し、フェミニズムが議論してきた問題に無理やり紐づけているようにも見えます。
他にも論理が破綻している主張は多々ありますが、とりわけフェミニズムが一枚岩ではないことを雑に扱っていると感じる部分に以下があります。
女性用スペースやフェミニズム(女性運動)の話題で「トランス女性の扱いをどうするか、シス女性が困っている」という情報を目にしたことのある人もいるかもしれませんが、実際は多くのデータで、女性の方が男性よりもトランスに親和的です。つまりトランスの表象に大きな影響与えている根っこの問題は、一部の男性に権力が偏っているという、シスジェンダー側の権力匂配の問題といえます。まず解消されるべきは、メディア内部でのセクシズム(性差別)やトランスフォビアなのです。
『トランスジェンダー入門』P112
ここに至っては、論理が飛躍しており暴論です。
「トランス女性の扱いをどうするか、シス女性が困っている」という事態と「多くのデータで、女性の方が男性よりもトランスに親和的」であることは両立します。「男性と付き合う女性が多いこと」と「男性からのDVを訴える女性が存在する」ことが両立するのと同じです。
さらに言えば、トラブルは無関係の他者よりある程度親和的な他者との間に多く発生します。
一部の男性に権力が偏っているからといって、トランスの権利を擁護する人たちがTERF(ジェンダークリティカル)的な視点からの訴えを透明化することが正当化されるわけではないのです。
〈5〉トイレ風呂は些末な問題?イギリス、歌舞伎町、LGBT法連合会
公衆トイレや公衆浴場の問題は、本当に瑣末な問題なのでしょうか?
トイレに男女別の区分を設けずオールジェンダートイレに一元化することを推奨してきたイギリスでは、2022年7月に「新しく建設する公的建造物は男女別のトイレを設けることを義務付ける」と政府が発表。2024年5月には、「今後、イングランドでレストラン、ショッピング・センター、オフィス、公衆トイレなどを新規に建築する際は、男女別のトイレ設置を義務化する」という新たな法案が女性・平等担当相によって発表されました。
http://www.newsdigest.de/news/news/uk-media/25316-gender-neutral-toilet.html
現在のイギリス政府は、生理や妊娠中の尿漏れなど女性特有のニーズを把握し、女性専用トイレの確保を重要視しているようです。オールジェンダートイレの使用時、57パーセントの女性が「居心地が悪い」と答えている調査もあるようです。
日本でも、新宿「東急歌舞伎町タワー」の「ジェンダーレストイレ」は開業直後から「安心して使えない」「性犯罪の温床になる」などと抗議が殺到し、わずか4カ月で改修されました。
オールジェンダートイレすらイギリスの約6割の女性を取り残しているのですから、日本で公衆浴場の問題を楽観視できない人がいることは不自然なことではありません。
実際、最高裁の「生殖不能要件」違憲判決が出た後の2023年11月には、三重県桑名市の温泉施設で、女湯に侵入したとして逮捕された男が、「心は女なのに、なぜ入ったらいけないのか全く理解できません」と話した事件が起きました。
https://www.tokai-tv.com/tokainews/feature/article_20240130_32493
この施設は受付で更衣室のロッカーのカギを渡す形式であり、従業員の女性は「女性の格好をしていた」ため「女性」と判断し女湯のカギを渡したそうです。
厚生労働省は2023年6月、公衆浴場などの男女の区別については「身体的特徴で判断するもの」とする通知を出していますが、差別になる懸念から受付で身体の性別を確認することは難しいという問題があります。
LGBT法連合会は、「生殖不能要件」を違憲とした最高裁の判決に際し、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律の3条1項4号規定を憲法違反と判断する最高裁判所の決定について」という声明をリリースしました。
この声明では、LGBT法連合会が確認した範囲においては「生殖不能要件を排した国において、手術を要する外観要件のみを温存している国は見られ」なかったと記載されていますが、生殖不能要件と外観要件がともに撤廃されている欧米の多くの国と日本における入浴文化の差異には触れられていません。
厚生労働書の衛生行政報告例 平成15年度版によれば、日本全国の公衆浴場の数は26,831件あり、うち公営は5,234件です。
アメリカやヨーロッパにも温泉やスパ施設はありますが水着着用が一般であり、他人の前で裸になり大勢で湯船につかる入浴文化が広く浸透しているわけではないのです。
〈6〉約900本の法を改正する必要がある
自民党の有志議員でつくる「全ての女性の安心・安全と女子スポーツの公平性等を守る議員連盟」によれば、性同一性障害特例法が戸籍上の性別を変更する上で規定する「手術要件」が撤廃された場合、法改正の検討が必要となる法律は900本近くにのぼるといいます。
https://www.sankei.com/article/20240227-GLLGWSDEGFAKNKYZ54ACBZQNRE/
「外観要件」が違憲とされ、手術要件そのものが撤廃された場合は、法律だけでなく、共同浴場の利用は原則男女別に分けるとした厚生労働省の「旅館業における衛生等管理要綱」 等の改正検討も必要となるといいます。
また、性同一性障害の診断がより難しくなり、性別を変更できる人の定義が再度必要となるという指摘もあります。
現実には、15分で「性同一性障害」の診断書が降りるクリニックもあるのです。現行の法に即し、ジェンダークリニックがない/あっても利用しづらい地方の当事者含めて、少しでも早く望んだ形で生きられるように、安全な形でホルモンや手術にアクセスしたり、改名ができるようにすることを目的としたものでしょうが、手術要件がすべて違憲とされれば、こうしたイレギュラーな運用も難しくなるでしょう。
「性同一性障害特例法」に関する最高裁の判決において、生殖不能要件に関しては15人の裁判官全員が違憲を判断しましたが、外観要件に関しては3人しか違憲と判断しなかった。
「外観要件」に関しては、現時点で12人の裁判官が違憲であるとしていないという事実は重要です。
〈7〉レズビアンバーやエステ、リラクゼーション施設などトイレや風呂以外への影響
「外観要件」が違憲とされれば、トイレや風呂以外の「女性専用施設」においても何らかの影響があるでしょう。
「生殖不能要件」が違憲とされる以前から、レズビアンバーのWomen Only イベントがトランス活動家らから「差別である」と指摘されることがありました。
文面だけ見ると差別のようにも見えますが、公的事業ではなく、営利目的で経営されるレズビアンバーが「シスジェンダーの女性」限定のイベントを行うことが差別とされてしまうなら、「ノンケお断り」のゲイバーをはじめ、お店側がある程度客を選ぶことそのものが不可能になってしまいます。
エステやリラクゼーション施設では、裸や裸に近い格好での施術が行われることも少なくありませんが、女湯と同様、差別になる懸念から受付で身体の性別を確認することが難しい問題があります。
営利目的の施設、「商売」である以上、「差別だ」とターゲットにされたら弱く、デマであっても「差別的な施設」という評判が出回る影響は大きいのです。
トランスジェンダーを含むセクシャルマイノリティが相対的に弱い立場に置かれていることに異論はありませんが、だからといって、トランスジェンダーの受け入れに戸惑う営利目的の施設やその経営者、そこで働くスタッフたちが「強者」であるとはかぎりません。
レズビアンバーや女性専用のエステやリラクゼーション施設のほとんどは公共事業ではなく、私企業の経営で、強い立場にない者に負荷がかかる、弱い立場の者がツケを支払わさせられることは、個人的には「リベラル」で「先進的」で「多様性に配慮」した姿ではないと思います。
誰のための「性同一性障害特例法」なのか?なんのための改正なのか?
新たな「標準化」への懸念
「性同一性障害特例法」の手術要件が「外観要件」を含めて撤廃された場合、主に恩恵を受けるのは、GID性が強くないトランスジェンダーの人たちです。
個人的には、手術したくない人の権利が尊重されることと引き換えに、これまで通り手術をしたい人の権利が「わざわざ手術をするなんて」「手術しなくても良いのだから手術をすべきではない」と非標準化されてはならないと考えています。
法には規範としての側面や「標準化」されるという側面があるため、「手術しないトランスジェンダー」がスタンダードになることで、現時点でもアクセスが悪いホルモン療法や手術へのアクセスが、さらに困難になることは本末転倒だとすら思います。
「性自認」だけで社会を運用できるのか?
今後、ノンバイナリーのトランスジェンダーに戸籍変更は必要か?などさらなる議論が出てくると思いますが、個人的にはアンブレラタームの「トランスジェンダー」で法を設計することは無理だと感じています。
改めて、「性自認」と「パス」「埋没」の問題
「パス」は自己と他者の相互作用で起こるため、トランスジェンダーが社会の中で生きる以上、「自認」の性だけで生きることは原理的に不可能であるということは、改めて周知される必要があると感じました。
「パス」をして社会に適応し、埋没して穏便に暮らしたいGID的なトランスジェンダーと、アイデンティティ・ポリティクスとして社会を啓蒙したり運動したいトランスジェンダーでは、求めているものが異なることが多いことは非当事者ほど知る必要があるでしょう。
透明化される生物学、ジェンダー構築主義者の観念的な性と実際の身体の問題
生物学を透明化し、「トランスジェンダーはアイデンティティである」というのであれば、現代におけるポスト・トゥルースの問題との接点も考えなければならないでしょう。
私個人としては、ジェンダー構築主義者の観念的な性の問題が肥大し、実際の身体の問題が矮小化されれば、法や制度、現実的な社会運用の次元で破綻が起きると考えています。
マイノリティが現実的に社会を生きる上で、マジョリティに負荷をかけすぎることは得策なのでしょうか。
57パーセントの女性が「居心地が悪い」と感じていたイギリスのオールジェンダートイレような施策は、マイノリティにとってもマジョリティにとっても不幸なものだと思います。
また、マイノリティが数字の上でマイノリティであるかぎり、トラブルが起きたとき憎まれたり、しっぺ返しを食らう可能性を加味した現実的な皮算用は大切だと考えています。
最後まで読んでくださりどうもありがとうございます。
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『トランスジェンダーになりたい少女たち』も、『トランスジェンダー入門』『トランスジェンダーと性別変更 これまでとこれから』も「かわいそうのゴリ押し」が過ぎて読むのがキツかったですが、「性同一性障害特例法」の改正にあたり建設的な議論ができるベースが整えばと思い頑張りました!
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