洞口朋子を当選させた杉並区って一体どんな地域なのでしょうか?中核派の集まりですか?.「私が中核派だと知らなかった杉並区民もいたと思う」今も暴力革命を肯定?話題の新人区議・洞口朋子氏に迫る2019/04/28 04:04.「中核派」に警戒せよ.田中 ゆうたろう ブログテロリストにまで議席を与える多様性、などと杉並区民が揶揄されないために。2022/7/11.5極左暴力集団の動向と対策.PDF魚拓


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ID非公開さん

2022/9/28 1:43

3回答

洞口朋子を当選させた杉並区って一体どんな地域なのでしょうか? 中核派の集まりですか?

政治、社会問題・3,413閲覧

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回答(3件)

1250839066さん

2022/9/28 3:14

そういえば今日の反対集会でやけに若いの多いなと思ったら、 国技館のすぐ近くに中核派予備軍を多数抱えるH大学があった。 彼女の出身大学ね。

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jun********さん

2022/9/28 2:18

杉並区って、ズバリ[ヤバい地域]のイメージですね。 以前、中野区住みだったんで、阿佐ヶ谷や荻窪が生活圏で、杉並区役所の前を通りましたが、区役所の前には、いつも中核派のノボリが立っていて、平日の昼間なのに、暇そうなジジババが、なんかチラシ配ってました←阿佐ヶ谷の駅前でも配ってました ちなみに、杉並区はオウム真理教のアジトもあって、よくパトカーがアジトの前に止まってました。 阿佐ヶ谷の駅近の住宅街の豪邸は、オウム真理教に入信した孫のせいで、オウム真理教に煮殺された資産家のお祖母さんの家で、オウム真理教のアジトにされていて、ヤバい地域のイメージでしたね。 聞いた話だと、杉並区は資産家の中核派とか共産党員とかが多いそうで、杉並区議員も、そっちの人が多いから、いつも、杉並区役所の前には、中核派のノボリが立ってて集会していたそうですよ。 ちなみに、洞口朋子の両親も中核派で、洞口は[世襲二世]です。 自民党の世襲は責められるのに、中核派の世襲二世は放置なんですかね?(笑) 十年以上前の話で、今、吉祥寺に引っ越したんで、阿佐ヶ谷行ってないので、今の様子は知りませんが。




oli********さん

2022/9/28 1:50

金持ち左翼が大量にいる街ですよ。 左翼ってある程度突き詰めると、右翼よりも厳格な階級社会なんだよね。 例えば、共産党って「みんな平等」とか言っているけど、実態は官僚システムよりも厳しい階級社会で、一度上に上がったらもう降りることはないシステム。前の委員長が未だにバカでかい豪邸に住んでいて、今の委員長がもう何十年も委員長をやっているのを見ればわかると思う。 そう言う階級社会を勝ち上がった金持ち左翼たちが杉並区に住んでいて、彼らが左翼思想の人間を区の議員に選んでいるって事ですよ。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10268712550



「中核派」に警戒せよ



杉並区に「中核派」区議が誕生

 4月21日に投票が行われた東京の杉並区議会議員選挙で、中核派の洞口朋子(ほらぐちともこ)が当選した。当選者48人中、18番目の得票で、3,275票を獲得。かなりの高得票である。



「中核派」は近年、学生の間に勢力を拡大させている。参議院議員選挙にも、東京都選挙区に齋藤郁真(さいとういくま)前法政大学文化連盟委員長、前全日本学生自治会総連合(中核派全学連)委員長を擁立する。齋藤が当選することはあり得ないだろうが、中核派が勢いを増しているので要警戒である。



 戦後、日本の共産主義運動は、ほとんど日本共産党によって担われてきた。
 しかし1955年、日本共産党が「暴力革命」路線を放棄したことに対する不満などから、共産党から分裂して極左集団が誕生。多くの極左集団の中で、「革命的共産主義者同盟」は、鉄の党組織建設、理論学習などを特徴とした。



 1963年、革命的共産主義者同盟は分裂し、「中核派」と「革マル派」が誕生。どちらも革命的共産主義者同盟であり、区別するため「中核派」と「革マル派」を名乗っている。ただし、中核派は通称であり、正式には「革命的共産主義者同盟全国委員会」である。



 2007年、中核派は三分裂し、党中央派、関西派、九州グループに分かれた。しかし、関西派、九州グループは衰退。現在、「中核派」と言えば、党中央派のことを指し、特に「党中央派」と呼ばないが、洞口も齋藤もここの出身である。
中核派による蛮行

 中核派は残虐な集団である。1971年、大坂正明らが中村恒雄巡査を焼殺
 また、日比谷では松本楼放火で警備員を殺害した。1970年代から始まった、他の極左集団との殺し合いでは、死傷者だけでも約100名に上るほか、無数の重傷者を出した。中核派は、誤認によって何人かの一般人も殺害。しかし、一切謝罪していない。



 成田空港開港反対でも中核派は、残虐な行為を繰り返した。運輸省(現・国土交通省)幹部宅や新東京国際空港公団(現・成田国際空港株式会社)幹部職員宅などに対する爆破放火放火未遂ゲリラ事件脅迫事件を数十回も引き起こした。



 開港後、1988年9月21日には、千葉市内の路上で、一般人である当時千葉県収用委員会会長で弁護士の小川彰を襲撃。小川弁護士は全身を鉄パイプで殴られ、両足と左腕を骨折するという重傷を負った(小川弁護士は2003年7月、この時の後遺症を苦に自殺)。



 成田空港開港阻止闘争でも中核派は、同じ目的をもって戦う他の極左グループとの内ゲバを行った。「第四インター派」のメンバー宅を襲撃し重軽傷者を出した。「熱田派」所属の空港反対派農家、あるいは「一坪共有者」らにも組織的な恫喝を行った。



 1985年頃からは、圧力釜爆弾・時限発火装置の製造や、飛距離が数キロメートルに及ぶ迫撃弾・ロケット砲も使用するようになった。1986年の第12回先進国首脳会議では、新東京国際空港と迎賓館に向けて、迫撃弾とロケット弾を発射する事件、放火事件、皇居の爆破未遂事件を起こした。



 中核派は、昭和天皇崩御と今上天皇の即位に関連して、暴力事件を連続させた。



 大山祇神社や秋田県護国神社等の旧日本軍の戦史に繋がる神社や、皇室とゆかりの深い神社仏閣に対する器物損壊・放火事件「京都寺社等同時放火事件」を皮切りに、伊勢神宮に対する迫撃弾発射未遂事件・伊勢神宮爆破未遂事件、常陸宮さま襲撃未遂事件、企業恫喝事件、新幹線線路爆破未遂事件、造船所放火事件、成田空港襲撃未遂事件、新東京国際空港公団関係者脅迫事件、成田空港行き京成電鉄列車への放火事件など、実に124件ものテロ・ゲリラ事件を引き起こした。



 また中核派は、一般人が巻き添えになる事件も多数起こしている。1975年9月4日、中核派活動家が横須賀緑荘アジトで爆弾を製造しているところ、誤って爆発させ、同アパート住人2名が死亡(中核派活動家も3名死亡)した(横須賀緑荘誤爆事件)。



 1983年6月7日には、千葉県四街道市の成田空港関連の航空燃料用パイプライン輸送敷設工事現場の飯場に放火して、労働者2名を焼死させている(東鉄工業作業員宿舎放火殺人事件)。



 1984年10月1日には、佐原市にある成田用水事業の請負業者社長宅を放火(成田用水工事事業者連続放火事件)。社長宅のほかに成田空港問題とは無関係の近接した住宅2棟も全焼させたが、中核派は一切謝罪していない。



「内乱を革命へと転化せよ」

 中核派の主張は、マルクス・レーニン主義そのものである。



「資本主義は必ず破綻する。資本主義は、必ず、戦争に突き進む。そのために、安倍政権は誕生し、改憲する。しかし、労働者には改憲・戦争を阻止する力がある日本中の労働者は、全員で、ストライキに突入せよ。ゼネ・ストだ。ゼネ・ストで内乱を起こし、内乱を革命へと転化させよう」。中核派の機関紙にはこのように書かれている。



 中核派は、時代遅れで誤ったマルクス・レーニン主義に固執し、暴力事件・殺人事件を繰り返している。高校生や大学生ら若者の間に、極左集団が浸透するようなことがあってはならない。

 中核派に要警戒である。



JAPAN Guardians 代表 安東幹

https://www.japan-guardians.org/tyukakuha/
「中核派」に警戒せよ


テロリストにまで議席を与える多様性、などと杉並区民が揶揄されないために。

参院選が終わりました。
投票日直前に、演説中の元首相が銃で暗殺されるという、日本戦後史上未曾有の危機が勃発。
にもかかわらず、これに屈することなく、最後まで言論の力で戦い抜かれたすべての候補者に対し、まずはそのご労苦をねぎらいたいと思います。
本当にお疲れ様でございました。

選挙結果について、私としては、憲法改正などという弥縫策ではなく、現行憲法の破棄と自主憲法の制定を明確に訴える候補者の方々に、もっと躍進して頂きたかったと思います。

さて、今回のテロ事件を教訓として、ここにひとつ、私たち杉並区民が真剣に考え直さなければならないことがあります。

杉並区議会には、極左暴力集団である中核派1名(ほらぐちともこ氏 当選1回)、および元中核派2名(けしば誠一氏 当選8回・新城せつこ氏 当選6回)、合計3名の議員が在籍しています。

こうした過激派関係者を区議会に送り続けていることを、杉並区民はこの際、猛省すべきではないでしょうか。

少なくとも、これら過激派関係議員については、警察・公安関係の施設等への行政視察を認めるべきではありません。
その旨、私は、先月3日の区議会(災害対策・防犯等特別委員会)で、区と区議会の双方に対し、問題提起しました。
その際、少なからぬ議員が私の発言を冷笑していましたが、果たして彼らは、現在でもその態度を続けられるのでしょうか?

けしば氏は今月9日、自身のブログに、次のようにしたためています。

【以下引用】
「安倍元首相への銃撃によるテロ行為は断じて許せません。犯人が元自衛官であると聞いた瞬間、戦前の5.15事件や2.26事件が浮かび、戦争に向かって転げ落ちていった時代にまた向かうのではと恐怖を抱きました。首相就任以来、民主政治を脅かし、憲法9条改悪を率先し、戦争のできる国家をめざしてきた安倍晋三氏がテロで倒されたことで、その道が早まるとすれば皮肉なことです。何としてもそれを阻まなければなりません。私たち団塊世代には、かつて学生運動と一時代の社会運動の中で、暴力を肯定して闘う手段として行使した悪しき経験があります。その教訓を次の世代に伝えることができていません。今回の悲痛な事件を通して、いかなる理由にせよ暴力(=戦争)は絶対許さない価値観を根付かせるために力を尽くしたいと思います。明日の投票日は、その気概ある候補者に投票しましょう。」
【引用以上】

要するに、安倍氏と自分たちとは暴力・戦争を是としてきた点で同罪だ、とでも言いたいのでしょうか。
しかし、テロは許せぬなどとは言い条、この文章全体を覆い尽くす偽善と欺瞞に、呆れ果てて二の句が告げないのは、私だけではないでしょう。

「元自衛官」という肩書をもって、戦前のテロ事件を引き合いに出す、自衛隊に対するこの上もない偏見。
「戦争のできる国家をめざしてきた」安倍氏がテロに倒れたことは「皮肉」、すなわち自業自得とでも言わんばかりの不見識。
元中核派という己の出自は巧妙に隠しつつ、「暴力を肯定して闘う手段として行使した」自らの「悪しき経験」を、「私たち団塊世代」の所業にすり替えて責任転嫁する卑怯未練。

おぞましい限りです。

安倍氏の逝去を「皮肉」などと放言して恥じないその精神性は、安倍氏の死を願う呪詛を平然と口にしていた活動家らのそれと大差なく、「恐怖を抱」くのはこちらの方だと申し上げなければなりません。
私は、警備も手薄な区議会の議場で、こうした者たちと席をともにすることに、在職中の11年間、身の危険を感じ続けて来ました。

杉並区民各位に、重ねて呼びかけたいと思います。
今回のテロ事件を契機に、私たちは、過激派関係者を、区議会から一掃すべきではないでしょうか。

田中 ゆうたろう ブログ

テロリストにまで議席を与える多様性、などと杉並区民が揶揄されないために。

2022/7/11