「加害者の実名入りの手記を見せると、武川氏も当初は『これはいじめだ』と認めました。それなのに、息子のクラスでのいじめに関する話し合いや、加害者への指導は一切やってくれません。『第三者委に全て任せているから』の一点張りです。自殺から約1年たっても、担任や学年主任に加害者の名前すら知らせていませんでした」(大助)
「神様とはそんなに便利な存在なのでしょうか」
不誠実な対応の中でも、教職員の良心を信じて働きかけを続ける2人だったが、学校側を見限る決定的な出来事が起きる。
「知人に海星高では1999年にも自殺した生徒がいると聞き、武川氏に事実か尋ねました。すると、『そういうことはいちいちメモして記録してないから』と答えたのです。時間がたてば息子も同じように扱われる……。そんな確かな予感を抱きました」(さおり)
問題の私立海星学園 ©杉山拓也/文藝春秋
遺族の心情を踏みにじる学校側だったが、唯一、熱心に取り組んでいたことがあったという。それは勇斗くんへの「お祈り」だ。
「海星高はカトリック・マリア会が経営するミッションスクールです。だからなのか、坪光正躬理事長をはじめ、学校幹部たちは『追悼のために祈りました』や『ミサを捧げました』などと何度も強調してくるのです。そんなことは頼んでいないし、祈る暇があるなら現実に目を向けて欲しかったです。『勇斗は天国に行ったので一件落着』とでも考えているのでしょう。神様とはそんなに便利な存在なのでしょうか」(さおり)
「宗教系の学校らしく、海星高は校訓に『神愛・人間愛』を掲げています。彼らは言葉の意味を本当に理解しているのでしょうか。実際の行動はこの理念とは真逆です」(大助)