『LGBT異論』indyindy2024年10月14日 13:21 トランス”批判”本出版中止の件indyindy2024年1月20日 19:14斉藤佳苗(2024)『LGBT問題を考える――基礎知識から海外情勢まで』鹿砦社 indy2024年9月27日 17:41PDF魚拓


 先日紹介した斉藤佳苗氏の『LGBT問題を考える』に続き、トランスジェンダリズムの問題点を考える良書が相次いで出版された。キャスリン・ストックの『マテリアル・ガールズ』(慶応義塾大学出版会、9月20日発行)に、女性スペースを守る諸団体と有志の連絡会編『LGBT異論』(鹿砦社、9月28日発行)である。なお、キャスリン・ストックについては、『LGBT問題を考える』の中でも紹介されていた。

 ここでは、先に読み始めてまだ読み終わっていない『マテリアル・ガールズ』ではなく、一昨日入手して昨日読み終えた『LGBT異論』を紹介したい。



 著者および対談者の数は11名で、このうち滝本太郎氏が1つの対談と5本の論考を書いている。オウム真理教信者の洗脳を解くため、自ら空中浮揚をする写真まで撮った闘う弁護士、滝本太郎氏が「トランスヘイトの発言をしている」という記事を初めて見たのは、東京新聞夕刊の匿名コラム「大波小波」においてであった。その頃はまだトランスジェンダリズムとトランス活動家の実態を知らなかったものの、トランスジェンダー概念については疑問も持っていたので、「大波小波」のコラムも眉に唾を付けて読んでいた。その後、「大波小波」が相次いで『あの子もトランスジェンダーになった』というタイトルでKADOKAWAから翻訳出版される予定だった本の出版中止(その後、『トランスジェンダーになりた少女たち』というタイトルで産経新聞社から出版された)問題で(明らかに本を読むことなく)出版中止を肯定する記事を相次いで出したことから、疑惑を強め(「トランス“批判”本出版中止の件」)、その後、『情況』夏号「トランスジェンダー特集」と『LGBT問題を考える』を読んで、遅ればせながら、ようやく私もトランスジェンダリズムの本性を理解するに至った。滝本弁護士がこの問題に関わって以降、トランスジェンダリズムに洗脳された人々から浴びたバッシングや懲戒請求については、本書で初めて知ることができた。



 また、三浦俊彦東大教授がトランス差別だとしてバッシングを浴びたという話は聞いていたが、その具体的な内容については、本書で初めて知った。興味深いのは、三浦教授に対する批判声明を出した東大関係教員有志の所属と反応である。例によって(?)批判声明は三浦教授の記事に対する不正確な理解に基づいたものであり、翌月、三浦教授が出した応答・反論に対して誰一人応答していないのである。批判声明に名を連ねた東大関係者は35名で、そのうち総合文化研究科が16名と突出して多く、次いで教育学研究科と情報学館が7名ずつ、あとは先端科学技術研究センターが2名のほかは、人文社会学研究科、東洋文化研究所、医科学研究所が1名ずつとなっている。理系の研究者が少ないほか、法学政治学研究科と経済学研究科は0名である。署名者の中には、「さもありなん」と思う名前もあれば、「この人もそうか」と若干意外に思う人もいるが、いずれにせよ、署名者のうち、三浦教授の記事をきちんと読んだ人はそれほどいないだろう。読んだうえで署名をしたとすれば、大学教員としての読解力が疑われるし、読まずに署名をしたとすれば、その無責任さが問われなければならない。しかし、この国の“有識者”と呼ばれる人々にはその程度の、つまりは自分の頭で考えることなく、時流に乗る(get on the bandwagon)ことだけは得意な付和雷同型が大半を占めているのであろう。



 本書の中で最も興味深かったのは、フランス文学者の堀茂樹氏と滝本氏との対談であった。その中で滝本氏が紹介している話で、「女性スペースを守る会」に対して「トランスヘイト絶対殺すマン」とツイートした人がいたそうだが、その人は在日朝鮮人差別に対して頑張ってきた弁護士だったという。そういう人が、女性スペースを守る会を罵倒し、脅迫までしているというのである。滝本氏によれば、その弁護士は、(実際に会ったこともない)トランス女性の方が女性一般よりも弱い立場にあると決めつけており、現実に女子トイレのような閉鎖スペースの中で、ペニスを持つ身体男性のトランス女性と、女性や女児のどちらが(一般に)強いか、具体的に考えようともしないというのである。

 昨年10月25日、最高裁は性同一性障害特例法第3条4項の、性別変更のための「生殖不能要件」を違憲無効と判断したが(この判決についてはいずれ詳しく分析したい)、申立人の代理人である南和行と吉田昌史の両弁護士が裁判終了後、司法記者クラブで記者会見したときの様子を、斎藤貴男氏が『情況』夏号の中で報告している。以下、抜粋引用すると――。
そこで私(斎藤)は質した。(……)じゃあ、これからは(トランスでない)女性のほうが、もっと負担しろと(いう意味ですか)? (……)(あなた方は)デマゴーグだと一蹴するが、海外では現実に事件も多く起きている。単に(性犯罪の)ハードルが下がった、と受け止める人間もたくさんいるのでは?

 すると吉田弁護士が、

「いまの件、女性のほうが不利益を被る社会にしろということかと言うと、それでも私は構わないんですが・・・。いや、そうです。(外観要件も違憲だという反対意見を書いた)草野意見はそうだし。5号(外観要件)が違憲とされるということは、トランス女性の人が、生来の女性の人に踏みつけにされていると判断するから違憲なんです。

 人権と人権がぶつかる時に、平穏に暮らしたいという女性、脅威を感じるという女性がたくさん、仮にいたとしても、それを守るために、その脅威を除去するために、虐げ・・・恒常的に抑圧されている人の状態を見た時に、どちらを優先するんですか?っていうのが人権。憲法に反するから。今の質問は、もう仰るように、その通りですよ」
『情況』夏号、23頁

 この吉田弁護士の発言には、私も仰天した。現実認識としても、憲法解釈としても、理論的にも、とんでもない間違いである。堀氏は吉田弁護士のような発言を生み出すトランスジェンダリズムのさらに背後にある思想を、10年ほど前から北米と西洋を席巻している「ウォーキズム」だという。それによれば、世界はマジョリティとマイノリティに分かたれ、前者と後者に加害者と被害者、強者と弱者、悪と善という単純化されたレッテルが貼られ、結果として前者がシステマティックに断罪されることになる、というのである。このような恐るべき単純で幼稚な世界観に立っているからこそ、「トランス女性の人が、生来の女性の人に踏みつけにされている」などという発言が平然と出てくるのである。
 
 堀氏はさらに、西洋諸国でこうした問題が起きている背景として、左翼が軒並み「文化左翼」に変貌してしまった結果、大衆の現実には目が向かない一方で、「マイノリティ救済」の名の下でのアイデンティティ・ポリティクスの犠牲者競争、「傷つきました」戦争が起きている結果だという。

 政党レベルでは、(個々の党員は必ずしもそうではないとしても)日本共産党、社民党、れいわ新選組、立憲民主党などすべてトランスジェンダリズム(性自認至上主義)に嵌ってしまっており、それに対する批判に耳を傾けるのが自民党や日本維新の会といった右翼政党しかないという悲惨な状況になっている。マスコミも同じで、朝日、毎日、東京、NHK、共同通信などみな性自認至上主義に嵌ってしまい、批判的な意見を載せるのが、これまた右翼の産経新聞くらい、という情けない状況なのである。

 一方、オウム真理教事件で活躍し、カルト問題の専門家である滝本弁護士は性自認至上主義をカルト的思想運動である、と断言している。これは、『トランスジェンダーになりたい少女たち』で紹介されていた脱トランスした女性たちが、自分たちがかつていた世界を「カルトだった」と口をそろえて証言している事実と完全に符合している。

 「日本人の大半は、私たちが論じている現象を、まだまだ社会のごく一部分でしか発生していない些細な問題だと思っています」と堀氏が言うと、「まさか、と思っていますよ。私も最初はそう思っていましたけど」と滝本氏が応じているが、私もつい最近までこの深刻な問題にほとんど気づいていなかった。しかし、最高裁までトランス・カルトに乗っ取られた今、日本全体がカルトに呑み込まれるのか、それとも正気を取り戻すかの瀬戸際に立たされていると言っても過言ではあるまい。

『LGBT異論』
indy

2024年10月14日 13:21


KADOKAWAから今月翻訳出版される予定だった『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』(アビゲイル・シュライアー著、岩波明監訳)という本が刊行中止になった、という話を、東京新聞の夕刊コラム「大波小波」で知った。初めてこの話題が取り上げられたのが昨年12月8日で、その後、私の気づいた範囲では、今月15日まで5回にわたって取り上げられた。日付とコラムのタイトル(筆名)を時系列的に記すと――



 12月 8日 「トランスジェンダー本の刊行中止」(魔女)

 12月14日 「出版中止は「検閲」ではない」(シュトーレンには紅茶)

 12月19日 「「出版中止」への不安と憶測」(丸川)

 12月22日 「KADOKAWAへの注文」(無粋)

 1月15日 「SNS時代の出版社の役割」(有粋)



 この件について、私は普段読んでいる東京新聞の他の記事でも朝日新聞電子版でも全く目にしたことがなかったので、それに比べると、「大波小波」は異様にこの件に熱心なように思われる。もっとも、このコラムの筆者はすべてペンネームなので、上の記事も5人が書いたとは限らない。特に最初の2つのコラムは主張内容がほとんど同じ、というか、2番目のコラムは1番目のコラムを補強する内容なので、同一人物が書いたとしても全く不思議ではない。



 「魔女」氏は、同書について、冒頭で「トランスヘイトだと批判されていた」と紹介し、「性自認と性的指向を「流行」とする発想は古典的な反LGBT論法だ」と批判したうえ、「刊行中止を「言論弾圧」とする意見もあるが、これは違う」、「抗議を受けて刊行中止を判断したのは企業ガバナンスの結果。弾圧でも検閲でもない」と主張している。同書は、(ネット等で紹介文を見る限り)トランスジェンダー医療のあり方だけを扱っているようなので、「性的指向(LGB)」の問題とは無関係のようであり、それを一緒くたにして「反LGBT論法」との言葉で切って捨てるのはあまりにも乱暴な主張に思われるが、それはさておき、ここには、同書の内容がトランスヘイトであるか否か、という内容自体をめぐる争点と、そうした争点を含む本の出版中止を求めることの是非、という2つの争点があることがわかる。

 ところが不思議なことに、というか、出版されなかったので当然なのかもしれないが、これら5つのコラムはどれも内容自体の是非に踏み込んで論じたものはなく、いずれも出版中止の是非の争点に終始している。おそらく誰も同書を読まずに論評しているのではないかと思われる。



 例えば、「シュトーレンには紅茶」氏は、内容自体については、「トランスジェンダーに対する差別を助長、扇動するおそれがある」、「差別を広める可能性がある」と可能性の問題として触れているだけであり、そうした可能性がある以上、議論の必要すらなく、出版すべきではないという立場のようだ。「丸川」氏は「トランスヘイトを煽る要素が多々盛り込まれていた」と述べているが、具体的な指摘はひとつもなく、実際に読んではいないだろう。「邦題はあまりに扇動的で、「性転換」も「性適合」と記載するべき」だと述べているが、全く頓珍漢だろう。「SNSで伝染する性適合ブームの悲劇」では、全く同書の主張が伝わらないだろう。トランスジェンダーたちの運動によって、「性同一性障害」は精神障害の枠から外され「性別違和」と表現され、「性転換手術」は「性別適合手術」と呼ばれるようになった。それ自体はいい。しかし同書が問題としているのは、ブームにのって自分もトランスジェンダーだと思い込んだ人が、事前の丁寧なカウンセリングもなく、性別を変える手術を受けた結果、後で後悔する(なかには自殺する)という事例もある、ということなのではないのか。私は同書を読んでいないが、同様の事例が欧米でたくさんあることは、ダグラス・マレーの『大衆の狂気』で読んだ。このような手術を「性適合」手術と呼ぶのは適切ではあるまい。「丸川」氏は内容も考えず、ただただ言葉を言い換えれば差別ではなくなると信じ込んでいる素朴なポリコレ人なのであろう。ちなみに上記『大衆の狂気』はアマゾンで71件の評価で4.5となっているが、これもトランスヘイト本なのであろうか。著者のダグラス・マレー氏は自らゲイであるとカミングアウトしているが、これも「反LGBT論法」なのであろうか。



 いずれにせよ、上記5本のコラムは、内容の是非について踏み込んだ議論は一切なく、ひたすら出版中止の是非のみを論じている。このうち、魔女、紅茶、有粋の3氏(あくまでペンネーム上の人数だが)が出版中止に賛成、丸川、無粋の2氏が疑問を呈している。

 魔女氏の主張は先に紹介したが、紅茶氏は、これを補強すべく、「中止の判断をしたのは出版社であり、これを検閲だと責めるのはおかしい。検閲は、権力によって行われるものだ」と主張している。権力による検閲はいけないが、出版社の自主規制による言論委縮は何ら問題ではない、という立場のようだ。さらには、「本を読んでから判断しろ」という主張に対しては、「差別を広める可能性があることは、元本から推測できるから」賛同できないそうだ。



 丸川氏は、「発刊を批判した人たちをまるで検閲者の様に捉えるネット上の声も少なくない」ことに懸念を表明したうえで、「扇動的な訳を廃し、科学的論拠を問い直すなどを条件に出版自体は認め、公明正大に批判した方が差別撤廃に役だったのではないだろうか…」と恐る恐る出版停止に疑問を呈している。



 無粋氏は、「有害書籍かどうかを判断するのは一般読者であり、社会である。その判断の機会を奪うのはいかがなものだろう。多様性の擁護が、判断の多様性の封殺につながる逆説は避けたい。安易な刊行中止は、悪書の流通以上に社会に有害かもしれない」と、正論を述べている。



 これに対して「有粋」氏(「無粋」の反対?)は、「同書の問題点は欧米で既に指摘・批判されたのに、なぜ企画を通したのか」と問い、一定の「基準に満たない著作は世に出さないと思うのが当然だ」と述べている。

 しかし同書は欧米で批判ばかりされたわけではない。この問題を分析した社会学者の千田有紀氏によれば、原書の『Irreversible Damage: The Transgender Craze Seducing Our Daughters』は、英国の『エコノミスト』誌の2020年の「その年の本」、2021年の同じく英国の『ザ・タイム』紙と『サンデータイムス』紙のベスト本に選ばれ、10カ国で翻訳されている話題の本だという。欧米で問題点が指摘・批判されたから出版すべきではない、というのは、あまりにも一面的かつ短絡的な主張である。しかも一定の「基準に満たない」から出版すべきではないと思ったのは誰なのか。千田氏によれば、KADOKAWAが出版告知をして以降、「トランスジェンダーを殺すのか」「トランスの方々が自殺する」「人殺し」という批判の言葉が多数寄せられ、SNSなどで出版に反対する声が上がり、KADOKAWAとは仕事をしないという著者が現れたほか、KADOKAWAの社屋の前で抗議集会も計画されたそうだ。彼らは原書を読んだうえで批判したのか。おそらく圧倒的多数はそうではあるまい。読まずに批判する人たちの判断によって出版中止に追い込まれたというのが真相であろう。



 実はこうした問題は本書だけの問題ではなく、日本だけの問題でもない。千田氏によれば、トランスジェンダーをめぐる議論の有名なスローガンに、「ノーディベート(議論禁止)」があるそうだ。トランスジェンダーに関しては議論自体が許されず、議論しようとする姿勢自体が差別となるという考え方で、いったん「トランスヘイター」という烙印を押された著述者には、永遠に発言の場(プラットフォーム)を与えないようにしようという運動があるという。この問題は『大衆の狂気』の中でも詳しく紹介されていた。そうした事例の日本における最近例が同書の出版中止問題だったのである。

トランス”批判”本出版中止の件

indy

2024年1月20日 19:14



素晴らしい本が出版された。医師の斉藤佳苗さんが書かれた本書は、今後、トランスジェンダー問題について考えたり議論したりする際に、真っ先に参照されるべき基本書・教科書となるべき書籍である。なお、タイトルにある「LGBT問題」とは、実質的にはトランスジェンダー問題のことであり、性的指向を表す「LGB」はほとんど関係ない。また、著者の言う「LGBT思想」とは、別の言葉で言えば、「トランスジェンダリズム、ジェンダー・イデオロギー、性自認(至上)主義」などとも呼ばれて、要は「性別は肉体では決まらないという考え方」のことである。

 著者の斉藤佳苗さんは、「序文」によると、ほんの1年前まではトランスジェンダー問題についてほとんどなんの知識もなかった「ふつうの臨床医」だったが、あることをきっかけにこの問題に関心を持ち、海外の情報を集めたり、性的少数者当事者の声などを聴いた結果、日本でも急速に広まりつつあるジェンダー・イデオロギー(トランスジェンダリズム)に基いて社会制度設計を行うととんでもないことになってしまうと気づき、noteやXなどネット上で情報発信してきた記事を、一冊の本にまとめたものだという。よくぞ1年でここまで調べ上げたと驚嘆するほど、海外情報を中心に膨大な情報と資料が掲載されている。

 ここでは本書の内容のごく一部を簡略に紹介したい。
GBT当事者≠LGBT活動家であることに注意

 性的少数者当事者の中には、LGBT活動家の意見がまるで性的少数者の総意であるかのように思われるのは迷惑だと思っている人も多く、逆に一部のLGBT活動家は、LGBT思想に賛同しない当事者に向って、「政治的連帯をしないものはLGBTではなく、ただのホモセクシャルだ」と主張する人もいる。



ジェンダー・セルフID制度(性自認法)とは

 性別適合手術も、精神科医の診断書も必要なく、自分の性自認を申請するだけで、法的に性別を変更することができる制度。

 2012年にアルゼンチンが始めたのを皮切りに数十カ国で採用されているという。最近ではスペイン、フィンランドが2023年に、ドイツ、スウェーデンが2024年にセリフID制度を導入した。

 イギリスでは2004年にジェンダー承認法(本書では「ジェンダー認識法」と呼ばれているが、ここでは一般に使われることの多い「ジェンダー承認法」と記す)が制定され、世界で初めて性別適合手術なしで法的性別を変更できるようになった。ただし、医師の診断書は必要である。2017年、英国政府がジェンダー承認法を改正し、ジェンダー・セルフID制度の導入を検討し始めたのに対し、多くの女性たちから反発の声が上がる。結果、2020年にはイングランドで、2024年にはスコットランドでジェンダー・セルフID制度の導入を阻止し、同年6月にはスコットランドのジェンダー承認法で「トランス女性も女性に含む」としていた「女性の定義」を削除させる。

 日本では2023年に性同一障害特例法で、性別変更に必要とされていた生殖腺要件が違憲とされたことで、FtMについては手術なしで性別変更が可能となり、今年7月時点で数十人が戸籍の性別変更を行っている。もうひとつの手術要件である外観要件(異性と類似した性器の外観を持つこと)については今年7月、広島高裁差戻審で、外観要件自体は違憲とはされなかったものの、女性ホルモンのみで男性器のあるまま外観要件を満たすという奇妙な決定が出た。こうして日本も徐々にセルフID制度に近づきつつある。



女性スペース問題について

 LGBT思想により、海外では男性器を持つ“女性”が女性スペースに侵入して、多くの混乱を起こしている。

 ・2022年8月、身長187センチ、体重100キロ超の性犯罪歴がある自称“女性”ジェーン・ジェイコブ・グリーンがカナダの女性専用シェルターに滞在し、他の女性利用者に性的暴行を行い、逮捕された。

 ・2019年、カナダの強姦被害女性のためのシェルターが、トランス女性の利用を断った結果、自治体からの補助金を打ち切られたうえ、窓に「TERFを殺せ」などと落書きされ、ネズミの死骸を釘で打ちつけられた。TERFとはTrans Exclusive Radical Feministの略で、トランス女性を女性として認めないフェミニストを指している。

 ・2022年の東京トランスマーチでも「FUCK THE TERF」と書かれたプラカードが掲げられた。

 ・東京都の強姦被害者支援団体が2021年、トランス女性を「トランス女性」と表現したことが差別的であるとして、港区から補助金を打ち切られた。

 ・アメリカ女子競泳チームの大学生で、16歳の時に性暴力被害経験のあるポーラ・スキャンランは、大学から、男性器のあるトランス女性と一緒に女子更衣室を使用することを指示され、大学に苦情を申し立てると、トランスジェンダーへの理解が足りないとカウンセリングを勧められた。

 ・アメリカ・ワシントン州の地方裁判所は2023年6月、未手術のトランス女性の女湯利用を認めない施設を差別と認定した。

 ・イギリスで、実の娘に8歳から17歳まで9年間、性的虐待を加えた罪で2016年に逮捕され、有罪判決を受けた男クライブ・バンディは、服役中の2023年、女性を自認し始め、名前も別人に変更した。

 ・日本でも未手術トランス女性が女湯に侵入する事件が2023年4月と2024年2月に起きている。



女子スポーツ問題について

 ・2003年、IOC(国際オリンピック委員会)は、「性別を変更した選手に関するストックホルム合意声明」を発表し、性別適合手術を行っているなどの条件を満たした当事者の参加を認める。

 ・2016年、「性別変更と高アンドロゲン血症に関するIOC合意形成会議」というガイドラインが発表され、一定の条件を満たせば、性別適合手術を受けていないトランス女性が女子スポーツに参加できるようになる。

 ・2017年、ニュージーランドのトランス女性、ローレル・ハバードが重量挙げの国際大会女子部門に出場して優勝。2021年には初めてのトランスジェンダーのオリンピック選手として東京五輪にも出場した。

 ・2019年、アメリカのトランス女性、セセ・テルファーが陸上競技の全国大会で優勝した。「彼女」は2016年と2017年には男子選手として大会に出場し、200位以下の成績だった。

 ・2022年、2年前までは男子チームに所属していたアメリカの未手術のトランス女性、リア・トーマスがNCAAの競泳大会で優勝。

 ・2023年にセルフID制度を導入したスペインでは、男性として過ごしている人物が、「競技中は女性であるように感じる」という理由で自転車レースの女子部門に出場し、1位を獲得した。



異論者に対するキャンセル行動

 ・元サセックス大学の哲学教授であり、大英帝国勲章も受賞した著名な哲学者であり、レズビアンでもあるキャスリーン・ストックは2018年7月、ジェンダー承認法の改正に反対し、「多くのトランス女性はまだ男性器を持つ男性であり、…女性が服を脱いだり、眠ったりする場所に彼らが入るべきではない」と主張したところ、トランス活動家たちからの激しい攻撃が始まり、ストックを「トランスフォビア」として解雇を求めるキャンペーンが行われ、2021年、サセックス大学を退職に追い込まれた。最近、ストックの著書の邦訳『マテリアル・ガールズ:フェミニズムにとって現実はなぜ重要か』が出版された。近々紹介したい。乞うご期待。

 ・元シンクタンクの研究員であるマヤ・フォーステイターは2018年9月、ジェンダー承認法の改正をめぐり、「男性は女性になれない」とSNSで主張したところ、激しいバッシングを受け、2019年、雇用契約を打ち切られた。同年12月、雇用裁判所がフォースターの信念は法的な保護を受けないとの判決を出した際、『ハリー・ポッター』シリーズの作家、J・K・ローリングがフォーステイターを支持する内容をSNSに投稿して激しいバッシングを受けた。

 ・元法廷弁護士で、2019年10月、トランス活動家団体ストーンウォールの方針に反対する権利団体LGBアライアンスを設立したアリソン・ベイリーは、殺害予告を含む激しい攻撃にさらされた。

 ・元オープン大学教授で、学問の自由を守るためにジェンダークリティカル研究ネットワークを設立したジョー・フェニックスは、学生や同僚らによって激しい攻撃にさらされ、2021年にオープン大学辞職に追い込まれた。その後、フェニックスは裁判に勝訴し、オープン大学から謝罪を受けた。

 ・日本でも2018年ごろからSNS上でLGBT思想に異論を唱える女性たちが次々とアカウント削除に追い込まれ、2019年には東京大学の三浦俊彦教授が、2022年には武蔵大学の千田有紀教授が激しい攻撃を受ける事態が出現した。



ジェンダー肯定医療をめぐる医療スキャンダル

 ・ジェンダー肯定医療とは、性別違和を訴える患者の要求を無批判に肯定し、ひたすらその希望に沿うように医療を提供することで、「世界トランスジェンダーヘルス専門家協会」(WPATH:ダブリューパス)というトランスジェンダー医療の世界で最も権威がある団体が発行しているガイドラインが推奨している。アメリカは積極的にジェンダー肯定医療を推進していたが、2023年に入ってからは、受診初日に性同一性障害と診断して14歳の少女に男性ホルモンを投与するなど、あまりにも杜撰すぎる診断と治療をめぐって、アメリカで続々と脱トランス者(性別移行を後悔して元の性別に戻る人々)による医療訴訟が起きており、現時点で10件以上の裁判が同時進行している。これらの問題を受け、アメリカの多くの州では未成年者へのジェンダー肯定医療を禁止する法律が次々と制定された。アビゲイル・シュライアーが2020年に『Irreversible Damage』(邦訳名『トランスジェンダーになりたい少女たち』)を出版してから4年間に、その内容を裏付けるような事実が次々と判明しているのである。

 ・2019年、スウェーデンの公共放送SVTはドキュメンタリー番組『トランス列車』で、急増するトランスジェンダーの若者と脱トランス者(性別移行したことを後悔して元の性別に戻る人々)の問題を取り上げて大反響を呼び、これをきっかけに大規模な調査が行われた。その結果、2021年、スウェーデン最大の病院カロリンスカ大学は、有害事象の多発を理由に未成年者への薬剤投与と手術を全面中止し、2022年にはスウェーデン政府は未成年者へのジェンダー医療を大幅に制限するガイドラインを発表した。

 ・2019年、イギリスの元トランス男性のキーラ・ベルは、杜撰な診断とジェンダー医療によって被害を受けたとして、医療を提供していたタヴィストック・ジェンダーアイデンティティ発達サービス(GIDS)を訴えた。この医療訴訟をきっかけに、医療機関の実態調査が行われ、そのあまりにも不十分な医療体制などからGIDSの閉鎖が決定した。さらに、未成年者に対するジェンダー肯定医療についての大規模調査(The Cass Review)が実施され、2022年に出された中間報告では思春期ブロッカーなどの未成年者に提供されていた医療の安全性や有効性について疑義が出された。2023年2月には、閉鎖が決定したGIDSの実態を告発する『Time to Think: The Inside Story of the Collapse of the Tavistock’s Gender Service for Children』が発売され、思春期少女の圧倒的増加や、その多くが発達障害や精神疾患、複雑な家庭背景などの問題を抱えていたこと、それにもかかわらず安易に薬剤や手術などの医療が提供されてしまっていたことが示され、人々はこの医療スキャンダルに衝撃を受けた。

 ・2024年3月、WPATH(世界トランスジェンダーヘルス専門家協会)から流出したファイルが公開された。それによれば、医療提供者側が、インフォームド・コンセント(説明と同意)をまともにとっていないという以前に、「子どもには自分が受ける医療が将来的にどんな影響を及ぼすか、そのメリットやデメリットを理解することは不可能である」と認識しており、「患者が治療を後悔することは珍しくない」と認識していることが明らかになった。また、重篤な精神疾患を抱えた患者にも積極的にジェンダー肯定医療を提供しており、解離性同一性障害(多重人格)の患者にも生殖器を切除するような重大な“治療”を行っていることも明らかになった。さらに、ノンバイナリー(性自認が男性でも女性でもない)人に対して、無性器化手術や両性器化手術などが提案されていた。また、ファイルの中では、従来トランス活動家が主張していた「トランスジェンダーは自殺率が高い」とか「性自認は生涯変化することはない」という主張にも疑義が唱えられていた。また、ファイルでは、幼い頃に異性の性自認を持っていたほとんどの子どもが思春期以後に、生来の自分の性別を受け入れていたこと、思春期の間に社会的移行を推進したり不可逆的な医療介入を行ったりすることで本人が自分の生来の性別を受け入れるチャンスをつぶしてしまっている可能性が指摘されていた。WPATHファイルの公開後、ニューズウィーク誌は「ジェンダー医療は若い患者をモルモットのように扱うのをやめるべき」と報じ、ザ・タイムズ紙は「インチキ医学」という見出しで、「人生を変える可能性のあるジェンダー治療により、若い命が損なわれている」と報じた。

・2024年4月、キャス・レビューの最終報告書が公開され、イギリスの平等・人権委員会は同月、その報告書を支持する声明を発表し、イギリスにおける思春期ブロッカーの処方が禁止され、スコットランドも思春期ブロッカーの一時停止を発表した。国連特別報告者であるリーム・アルサレムもキャス・レビューに言及し、「10代の若者への壊滅的な影響が明らかになった」と指摘した。イギリス政府は5月、学校ガイダンスの変更を告知し、キャス・レビューを踏まえて社会的移行に対して慎重な立場を示し、保護者と協力することの重要性を強調した。米国サウスカロライナ州は未成年者に対するジェンダー肯定医療のための薬剤投与や手術を禁じ、学校で社会的移行をする場合は保護者に通知することを義務付けた。英国政府は民間も含むイギリス全土で思春期ブロッカーの処方を緊急で禁止した。



引き返すイギリスと突き進むドイツ

 ・以上のように、イギリスでは2018年以降、女性たちを中心とした活発な市民運動を受けて、ジェンダー肯定医療を見直し、生物学的性別を重視する方向へ立ち戻る動きが進んでいるのに対して、ドイツでは2011年に連邦憲法裁判所が性別変更の手術要件を違憲と判断し、手術要件が撤廃されて以降、肉体の性より性自認を重視する方向にどんどん突き進んでいる。2017年にはSNS対策法が禁止され、プラットフォームの運営者に対して24時間以内に差別的な投稿を削除することが義務付けられた。2018年には法的な性別として、男性と女性以外の「第3の性」を承認した。2023年8月、自己決定法が可決され、翌年からジェンダー・セルフID制度が導入されることが決定した。2024年にはミュンヘン市でオールジェンダートイレの設置が義務付けられ、女子トイレがオールジェンダートイレに変更された。未手術トランスジェンダー女性のシャワー利用を拒否した女性専用ジムが訴えられて賠償金の支払いを命じられたり、女子更衣室の使用を断られた未手術トランス女性が職場を差別禁止法違反で訴える事例などが出ている。さらに、本人の性自認とは異なる性別で扱うミスジェンダリングに対する罰金刑も導入された。

 ・このようにドイツが(イギリスとは対照的に)ジェンダー・イデオロギーの暴走ともいえる状態に至った要因の一つが2017年に制定されたSNS対策法である。この法律により、ジェンダー・イデオロギーに反対するような投稿はすべて「差別的である」としてすぐに削除されてしまうため、SNSで拡散されず、影響力を持ち得ない。多くの人々が口をふさがれた状態のまま、ジェンダー・セルフID制度の導入が決まり、ミスジェンダリングに対して多額の罰金が科せられる事態にまでなってしまった。言論の自由がいかに重要であるかがこれでわかる。

斉藤佳苗(2024)『LGBT問題を考える――基礎知識から海外情勢まで』鹿砦社
indy

2024年9月27日 17:41