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北朝鮮映画界、待望の新作ー“72時間”#87

こんにちは。
いきなりですが、、
みなさんは「72時間」という映画をご存知…な訳ないですよね。

この映画は、金正恩が直接台本を執筆し、撮影を現地指導したという触れ込みで2024年2月に封切りされました。また、映画のタイトルについても金正恩が自ら考案したそうです。

これまで朝鮮中央テレビでの放映に止まっていたものの、約1ヶ月前、YouTubeへの公開を通してその内容が世界中に発信されることになりました。

北朝鮮では、新しい映画は数年に一度制作されるかされないかというスパンなので、一度新作が出るとその人気は絶大です。
そして、一度制作された映画は軽〜く数100回は放映されることになります。

今回の作品は私が脱北した後、初めて観た北朝鮮の映画です。
北朝鮮で暮らしていたとき、特殊メイクという分野を学ぶ形で映画産業の末端に関わっていた身としても興味深く、ぜひご紹介したいと思いました。

長尺の映画で、前編・後編を合わせて約4時間。なんとか見終えることができました。

”記録映画”感にうんざりする→鑑賞を中断する→作品をこき下ろす

当初、こういった流れを完全にイメージしていたのです。イメージしていたのですが…

結論から申し上げますと、金正恩が抱く思想が随所に反映されていたり、過去作品との比較から見える変化を感じたりして、私は”ぼちぼち、楽しむ”ことができました。

この映画の主人公であるナム・ヘ。
金正恩の女性趣味が反映されたと思われます。

残念ながら日本語字幕がないため、映画の感想に入る前に、ストーリーをざっと紹介します。(以下、ネタバレ注意です⚠️)


この映画は1950年6月25日、朝鮮戦争が勃発するところから3日間に渡る戦いを描いた内容になっています。

本作も北朝鮮がかねてから主張している通り、”韓国とアメリカが朝鮮戦争を引き起こした”という歪曲された歴史観をベースに制作されています。

映画では、韓国戦争の勃発当時、朝鮮人民軍最高司令官だった金日成(キム·イルソン)の命令を受け、「米軍と韓国軍の先制攻撃」に対抗した105戦車師団が3日ぶりにソウルを占領しました。

そして、北朝鮮が先制攻撃を受けたにもかかわらず、3日間でソウルを占領できたのは、金日成の傑出した知略により韓国とアメリカを撃退できたからであると描写されています。

映画全体の流れを通して伝わってくるのは、戦争で上手くいった部分は金日成主席と命令に忠実に従った軍人たちの功績であり、その後、撤退せざるを得なかったのは、金日成主席に従わなかった幹部たちの過ちであるというメッセージです。
(まさに今の北朝鮮の体制とそっくりです。金正恩の考えが反映されたとしか思えないです💧)

そして、エンドロールの最後に「無責任な民族保衛責任者、指揮官が金日成主席の指示に従わず5日間ソウルに留まり”一時的後退”につながった、金日成主席への”絶対忠誠”・”絶対服従”こそが真理である」という長文の字幕が流れます。


この映画は約4時間の長いストーリーで、北朝鮮特有のプロパガンダ的性格が非常に濃い内容になっています。

にもかかわらず、戦争映画ならではの緊迫感と登場人物に関するエピソードが交わることで、それほど飽きずに見られる仕上がりになっている…と思います(一応、褒めているつもりです😅)。

また、北朝鮮の映画が進化したと思うところは、登場人物の背景や抱いている感情を比較的、繊細に表現した点です。
そういった表現によって視聴者が感情移入するように演出したのは、かなりの進歩といえます。これまでの作品において、観る側への配慮は皆無といってよく、伝えたい内容を一方通行に伝えるだけといった映画がほとんどでした。

今まであまり見られなかった男女の恋愛模様に関する描写にも(キスシーンこそないものの)果敢に挑戦しているのです。

過去の作品ではこのようなシーンは見られなかった
キスをする直前で場面が切り替わります😅
北朝鮮のイケメン俳優パク・ゴンウ。
戦争前に主人公とヒロインが仲良く話すシーン。
ファッション性のかけらもない衣装でも
隠しきれない美男子ですね。

過去の北朝鮮映画に登場する男性は好きな女性を山に連れて行き、告白した後に拳から血が流れるまで木を叩き続け、堪えきれなくなった女性が「私も好き」と返事をするようなシーンがよくありました😅
(書いていて、”果たしてこれは伝わるのだろうか…”と不安になりましたが、北朝鮮における恋愛観とはこうだったのです。愛は強要するもの、みたいな)

しかし、今作は女性を紳士的にサポートする優しいイメージと、危ない瞬間に愛する女性を守る強い男性のイメージを兼ね備えており、(絶っっっっっっっ対に認めないでしょうけど)韓流を意識しているのが伝わってきました。

また、強く私の印象に残ったは金日成の役をしているガン・ドクという俳優です。

金日成役として不動の地位を持つ俳優ガン・ドク

この人は20~30年前から金日成の役を演じていて現在60代といわれています。
後継者が見つからない中で40代の金日成を演じるため、顔にボトックス注射を大量に打ち、シワを伸ばすための整形手術をしたのでしょう。マネキンのようにのっぺりした顔になってしまい、表情がありません。

私が映画撮影所へ実習で行った際に、ガン・ドクさんは映画が始まると周りの俳優から「主席様」と呼ばれていると聞きました。そうすることで感情作りをすることができるそうです。

ガン・ドクさんについてもう一点着目したいのは、体重の変化です。
彼は金日成を演じるために生きている俳優であるため、体型管理は彼の人生と生命に関わる大問題だと思います。にもかかわらず、かなりふくよかになったガンさんを見て、金正恩の体型に寄せてきているのだなと感じました。

金正恩にそっくりな気がするのは私だけでしょうか
金日成の衣装に(金正恩のトレードマークである)幅広ズボンを採用
金正日を抱き上げる金日成、
写真と俳優のギャップが…😭

さらに、韓国が戦争を起こすという事実を知った金日成が、引き出しの中の写真を見ながら息子を思い出すシーンがあり、娘を思う金正恩の気持ちを代弁したのではないかと思ったりもしました。

今回の作品では、戦争や死に対する描写についても大きな変化がありました。

例えば、下写真は北朝鮮軍の犠牲者を描写したものです。

北朝鮮兵の死者が安置されているシーン
ロウ戦争で亡くなった人々を彷彿とさせますね💦

こういった表現は過去の映画では見られませんでした。
戦争シーンで死ぬのは敵のみで、金日成の指示下では100戦100勝のため北朝鮮兵はほとんど死なないという内容ばかりだったのです。

もし死ぬとしても、戦友を助けるためとか、金日成の肖像画を守るためなど、何かしらのメッセージが込められているのが通例です。「金日成将軍様を頼む」など、きちんと言うべきことを言いきってから、死んでいくものでした。

しかし、今作ではそういった展開は主人公に近しい数名に限られ、ほとんどの人はただ撃たれて死んでいきます。こういうシーンを脚本に入れ込む金正恩の心境はいかがなものか、気になるところです。

今回の映画を観て、北朝鮮の映画界も少しずつかもしれませんが、発展を遂げていることは間違いないと思いました。

ドローンを使用しての撮影や、CGで描かれる場面があり、演出も退屈だった過去の作品と違って場面の切り替えが早い(早すぎて最初は意味がわからないほどでした)ように感じました。
特殊メイクについても、いたずらに厚塗りしていた以前の仕上がりと違って透明感があるもので、俳優らの演技も自然体でした。

繰り返しになりますが、歴史を歪曲し、プロパガンダを強調するストーリーは一貫しており、過去の作品たちと何ら変わりありません。
ここまで書いてきた内容は、すべてそういった前提を踏まえた上での感想や評価である点について、改めてお断りしておきます。

実際に視聴してみないと何ともいえない…
そういう方が多いかと思われますが、雰囲気だけでも感じ取っていただけると嬉しいです。誰か日本語字幕を作成してくれると良いのですが。

北朝鮮で生まれ育った私には、気になる点や新しい発見が無限に出てくるものの、noteをご覧のみなさんがついてこれないと思うので、このへんでお開きにしたいと思います🤩(すでに脱落している人がいないことを願いつつ…)

ではまた。

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