「西成物語」 -1-
1:みゆき姉ちゃん
カラン、コロン、カラン、コロン・・・
うっとこのアパート「すばる荘」と隣の「渡辺アパート」の間の細い細い道を、つっかけの音をさせながら歩いていくのは、みゆき姉ちゃんや。見んでもわかる。
なんとなく寝っ転んでたあたしは、ガバっ!と起きて、水屋の引き出しに輪ゴムで束ねて入れてある「入浴回数券」の「小人」と書いてあるやつ一枚と、自分の洗面器をつかんで追っかけた。
「しょうにん」ていうのがちょっと腹立つ。
値段が安いのも、お母ちゃんは喜んでるけど、あたしは嫌や。なんか、ちょっとだけ腹立つ。
すばる荘から、歩いて3~4分のところにある銭湯「栄湯」の、ちょっと手前のところで姉ちゃんに追いついた。
「あれ?里久ちゃん。今日、学校は?」
ちょっとだけ大阪とは違う訛りのある姉ちゃんのしゃべり方を聞くのが私は好きやった。のんびり、ゆっくり、姉ちゃんは全部のんびり、ゆっくりや。
「今日、半ドン。そーりつ記念日」
「ほんまか。。ほんで、平日やのに昼間からお風呂?」
「うん」
「こない早よ入ったら、また汗かいてしまえへんか?」
「うん、多分」
姉ちゃんと喋るのも好きや。
ほんまは、毎日、夜お母ちゃんと一緒にお風呂行くねんけど、姉ちゃんと行きたいから。でもそれは内緒。
「ほんなら、またお風呂入ったら、お金かかってしまうなぁ」
「うん、でも、あたし『しょうにん』やから半額やし」
「しょうにん?」
「うん、小さい人て書くねん。なんか腹立つやろ?」
「そうか?安いし、ええやんか?」
別にどうでもええことを話す。
姉ちゃんとしゃべるのは好きや。
お~きな字で真ん中に「ゆ」て書いたある派手な布製ののれんをくぐったら、右がおんな湯、左がおとこ湯。それぞれ、両側一面に下駄箱があって、木で出来たおかきみたいな札が鍵になってる。
1、3、5、7、16、33、38、55は人気で、札の角が特に丸くすり減ってる。3つ4つ、札が盗まれて使われへんようになってるとこもあった。なんの為に盗むんかわかれへんけど、どこの銭湯もたいがいそうやろ。
その当時の銭湯は、ガラガラと引き戸を開けた中に番台というものがあった。ちょっと高くなってるところに、おばちゃんかおっちゃんが座ってて、入浴料や洗髪料を管理してた。シャンプーや石けんやひげそりを買う人もおった。
なんやかんや言いながら、おんな湯を覗こうとするおっさんもおった。
大阪では、普通の大人の男性や好かれてる大人の男性は「おっちゃん」で、なにか悪いことする大人の男性や嫌われてる大人の男性は「おっさん」という区別がある。
セミロングまでは洗髪料が安い。でも肩より長かったらちょっと高い。お金のことなんかようわからんかったから、当時はただ「がめつい」思てた。
あたしは『しょうにん』やから長い髪の毛でも関係ない。それもちょっと腹立つ。
「子供はとにかく『ごまめ』やねん」と、心の中でつぶやいた。
あたしらの地域では、年が小さすぎて、鬼ごっこや缶蹴りの仲間には入られへんけど、大人から「一緒に遊んだりや!」と言われてる子のことを『ごまめ』て言うてた。一緒には遊ぶけど、その子らは鬼になったりはしない。ただ、一緒にわぁわぁするだけや。
あたしはもうごまめやないけど、大人から見たらごまめや。どんだけ凄いことしても「末恐ろしい」て言われて、なんか別物や。
「末恐ろしいてなんやねん?今の実力やろ!今、恐ろしないんかぇ」と、いつも腹立ってた。
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