第四夜
こんな夢を見た。
ただひたすら走っていた。目の端を、規則正しく並ぶ白いガードレールが次々と過ぎてゆく。その向こうを、車が一つ、また一つと自分を抜かしてゆく。車が通り過ぎるたび、後ろにたなびいていた髪が少し踊る。車に勝てるはずがないのに、抜かされるたびにむしゃくしゃした。何かが無性に欲しくて、見つけたくて走っていることはわかっていたが、それが何だかわからない。どこにあるのか皆目見当がつかない。ガードレールと車の他に何もない、どこまでも続く道を、ただ、ひたすらに走っていた。
どれくらい走っただろう、不意に道が下り坂になった。前を見ると、走ってきた道が車道から外れて、幾度も折り返しながら下り坂になっているのが見えた。そのまま倒れ込むようにして坂を下り、すっと視界が開けたそこに、スーパーがあった。これだ、これが私が探し求めていたものだ、とそのとき思った。自分は迷わず足を踏み入れた。
次の日、こんな夢を見た。
地図を片手に、もう随分長いこと一本道を歩いている。公園を通り過ぎ、なんということのない平凡な家々の前を通った。石塀に両側を固められた狭い道を通り、車道のある開けた道も通った。
ようやく、遠くの方に小さな八百屋が見えてきた。周りには何もなく、一軒だけぽつねんと建っている。地図によると、目的地はそこを過ぎたら目と鼻の先のはずだが、目を凝らしても何も見えない。仕方がないので、八百屋の暖簾に首を突っ込んで、奥の方に声をかけた。血色のよい、小太りの女が、前掛けで手を拭きながら出てきた。女は、そんな場所は知らないという。ただ、目的地を通り越した先の広い団地は知っていた。自分は礼を言い、また歩き始めた。
無心になって歩いていると、真新しい団地が目に飛び込んできた。建物の間から、中庭の青々と生い茂る草が垣間見える。
来た道を振り返ると、そこにはさっきまで見えなかったくすんだ色の建物が無造作に立っていた。扉はなく、壁の切れ目から中に入ると、真ん中は吹抜けで、 目の前にものすごい速さで動いていくエスカレーターが現れた。その前には列ができている。うす青く光る段が次々と飛んでいく。飛び乗らなければ目的地に行けないようだ。自分の前に並んでいる人たちも、幾人かは着地に失敗していつのまにか列の一番後ろに戻されていた。自分の番が回ってきた。目の前を、すっ、すっ、と青い段が通り過ぎてゆくのを見たとき、自分はこの感覚を知っている、と思った。何も考えずに飛び、足が段に吸い付くように着地する。もう一度飛んで地面に降りると、そこは四階、映画館の入口だった。
その次の日、こんな夢を見た。
何人かの友人と、スクランブル交差点を歩いている。妙に長い横断歩道を渡ると、眩しい太陽の光を反射してギラギラと光る背の高いビルがいくつも並ぶ広場に出た。ビルの一階には、赤い照明で照らされたおしゃれな雰囲気のカフェがある。自分は以前ライバル店で働いていて、よく偵察のためにこのカフェを訪れたものだ、と思い出す。その隣には、大きな書画がショーウィンドウを飾る習字の店がある。あまりにも見慣れた光景だった。
二つの店を通り過ぎて奥へ行くと、地味なエレベーターがある。自分たちが乗り込むと、ボタンはなく、有無を言わせず最上階まで上がった。ドアが開き、外に出る。眼下に広がるのは、せわしなく行き交う車と人。その中に、見覚えのある真っ白なガードレールと坂が見えた。それは自分の意識に引っかかったまま、何なのか思い出せないでいた。
光沢のあるビルに似合わない小さな朱塗りの木戸から中に入ると、食事の匂いと食器が触れ合う音、人々のざわめきが襲いかかり、我に返った。行きつけの居酒屋へ入るために、暗い赤の暖簾をくぐる。その刹那、また自分の意識をくすぐるものがあった。すぐに消えていきそうなその尾ひれを必死でつかみ、記憶を辿ると、脳裏に赤いリンゴの盛られた籠が蘇り、そのとたん全てを思い出した。八百屋の、青っぽい暖簾。さっき見た白いガードレール。自分は直感した。三晩の出来事は、つながっていたのだ。自分は毎晩、見た目は違えど中身は同じ建物の違う階を旅していたのだ。
今夜は、どんな夢をみるのだろうか。
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以上、高校一年の時の宿題で書いたものです。掻き立てられるお話を読んで、自分の夢物語を読み直したくなって読んでみて、幼くて恥ずかしいけれどいろいろとカオスでおもしろいな、と思ったので載せてみます。遠い未来に振り返ったら、ずっと前書いたものに思わぬ感想を抱くことは多いものです。だから振り返りたいものはここにまとめておこうというごくごく個人的な目的もありますこと、お許しください。夢の記憶の濃淡の出方は不思議なもので、妙な空白があると思ったら不思議に細かい描写を思い出したり。
この宿題は、漱石の夢十夜のうち半分くらいを読んでまがりなりにも考察した後のものだったので、自分の小説にも解説をつけなくてはならないんです。比喩と題名は必ず説明するとかなんとか、いろいろ条件があったような気がします。実際の夢をもとに書いたのでこじつけの部分が多いですし、個人的にあまりこの手の解説は好かないのですが、もしよければご賞味ください。私のように解説が好きでない方は、ここまで読んでくださってありがとうございました。
2019/8 (2022/06/29)
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解説
・テーマは「プロセス」。結果(目的地で何かをすること)よりもそこまでのプロセス(目的地までの道のり)が重要であることを表現した。そのため、それぞれの夢は目的地に到着した時点で終わっている。
・外見は違うが中身は同じ建物に違うプロセスを経て辿り着くことで、同じことへのプロセスは何通りもあるが、核となる基本は同じことを示唆している。
・それぞれのの夢を象徴する色を決めた。一夜目は白(ガードレール)、二夜目は青(草、エスカレーター)、三夜目は赤(カフェの照明、居酒屋の暖簾、りんご)。逆に、それ以外の色を情景描写に入れなかった。
・象徴の色を表す物の数を、一夜ごとに増やした。
・関連した夢を三回見たあと、第四夜を読者に想像してほしいので、この題名にした。
・「倒れ込むようにして」という比喩で、「自分」がとても急いでいることを表現した。
・「プロセス」は楽しいものである、という前提で書いた。最後の一文は、今夜見る夢を楽しみにしている、という気持ちを汲み取ってもらえると嬉しい。
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