日本的共創マネジメント045:「PMとシステム思考」~プロファイリングマネジメント再考(No.4)~
プロファイリングマネジメントとシステムズアプローチ(No.4)
概要
前号では、P2Mにおけるプロファイリングマネジメントとシステムズアプローチの再考として、演繹的プロファイル(Deductive Profile)、帰納的プロファイル(Inductive Profile)、及び仮説形成的プロファイル(Abductive Profile)を連携させながら、プロファイリングモデル(Profiling Model)を炙り出すことで、価値創造モデルを形成することを述べました。今号では、更にその考察を進めて、
3. システムズプロファイリング
3.1 SSM(Soft Systems Management)でのシステムズプロファイリング
3.2 APM(Agile Project Management)でのシステムズプロファイリング
4. P2Mへのインプリケーション
について、言及したいと思います。
3.システムズプロファイリング
システムズアプローチにおけるプロファイリングは、システムズプロファイリングモデル(Systems Profiling Model: SPM)として認識され、3つの要素から構成されると考えます。システム解析(Systems Analysis: SA)、システム合成(Systems Synthesis: SS)、及びシステム仮説形成 (Systems Abduction: SAb)です。
システム解析(Systems Analysis: SA)とは、「解き放つ、分離する」というAnalysisの語源から、あるもの(感覚の対象物であれ知覚の対象物であれ)を組み立てている部分あるいは要素に分解することを意味します。システム(全体)が存在し、そのサブシステム(部分)を明確化することが目的です。従って、演繹的なトップダウン型の思考過程になります。例えば、会社システム(全体)が存在する。その構成要素としての開発部門、製造部門、販売部門、人事部門、経理部門、・・・等のサブシステム(部分)個々の目的・目標、制約条件、属性などを明らかにすることです。
システム合成(Systems Synthesis: SS)とは、「共に置く、集める」というSynthesisの語源から、1つの全体を構成するために、部分あるいは要素を組み立てたり、組み合わせたりすることを意味します。まずサブシステム(部分)が存在し、その親としてのシステム(全体目的)を最適化するように、サブシステム(構成要素)間の相互関係を明確にすることが目的となります。従って、帰納的なボトムアップ型の思考過程です。例えば、開発部門、製造部門、販売部門、人事部門、経理部門、・・・等の会社の構成要素(サブシステム)が存在するという前提の下で、「社会に貢献し、利益を得る会社にする」という全体目的(システム)を実現するために、どのような会社組織に組み合わせたらよいかということを考えます。
システム仮説形成 (Systems Abduction: SAb)とは、「閃く、発見する」というAbductionの意味から、観察されたのとは別の種類の文脈において、仮説や理論を発案する仮説形成的なヒュリスティック(heuristic)型の思考過程になります。この思考過程については、未だ明確な論拠は示せないのですが、多分にSAとSS間での、ある種濃密なインタラクションの中で、セレンデュピティ(serendipity)的な閃きが訪れるものと考えられます。
既に存在する自然物を解明する物理学のような分野では、アナリシスが極めて有効であるのに対して、人間に役立つ人工物を創り出すような場合には、アナリシスだけでは十分でなく、シンセシスが不可欠なものとなります。ここで対象とする人工物とは、目的と環境を持つシステムであって、使用される環境でシステムの機能が目的を満たすように、その構造を決定することがシンセシスと捉えます。トップダウン的アプローチ(アナリシス)だけでは限界があり、ボトムアップ的アプローチ(シンセシス)に加え、更にはインタラクティブな仮説形成(アブダクション)的な方法論が必要であるという主旨です。
3.1 SSMでのシステムズプロファイリング
SSMのフレームワーク(7ステージモデル)を上下反転し、P2Mのプロファイリングモデルである価値創造モデル(As-Is/To-Be Model)に置き換えてみます。
ステージ1と2は、"分析"フェーズであり、"問題"自体ではなく、問題が存在すると認められた状況について、できるだけ豊富な絵を描くことが試みられます。これがリッチピクチャ(As-Is Model)です。次に、ステージ3と4は、”合成”フェーズであり、推定された問題に関連があると思われるシステムをいくつか同定すること、それらのシステムが何であるか、の簡明な定義をすることからなります。ステージ3におけるこれらの定義は"根底定義(root definition)”と呼ばれ、選ばれたシステムの基本的性質を"抽象思考"の世界で、ゼロベースで捉え直し、表現することが意図されています。ステージ4では根底定義において名づけられ、定義された人間活動システムの概念モデルを作ります。根底定義によって記述された人間活動システムが必要とする、理想モデル(To-Be Model)を炙り出します。更に、ステージ5,6,7は”解析”フェーズであり、ステージ4からステージ5へと改めて"現実世界”へ運び込まれ、そこに存在するものについての認識と突き合わせられます。この"比較(Gap Analysis)"の目的は問題状況にいる関係者とのディベート(議論)を巻き起こすことであり、状況の異なった利害関係者間で、落しどころを見つけることです。ステージ6においては、同時に二つの基準を満たす変革案を定義することになります。その基準とは、それらの変革が望ましいこと(desirable)であり、実行可能(feasible)であるかということです。ステージ7は問題状況改善のためのステージ6に基づいた行為をとることにあります。
SSMは、このような多様な価値観が複雑に絡み合った状態の中から、意味の探求をするアプローチとして誕生しました。SSMのキーワードは「アコモデーション(accommodation:折り合い」です。異なる立場や異なる価値観での一方的な統一は求めず、違いは違いのまま、お互いに自分を相手に合わせて調整し合って、折り合える点を探すプロセスです。お互いの立場や前提だけでなく、自分自身が無意識に持っている価値観(メンタルモデル)を、周囲の状況について学習し理解を深めることで自己修正しながら、関係者にとって受容可能な代替案を作成し、合意に近づくことを期待するものです。この探索プロセスをシステムとして作り出すことをソフトシステムズアプローチと言います。
詰まりは、SSMのフレームワークは、ソフトシステムズアプローチにおける、大域的なソフトシステムズプロファイリングモデル(Soft Systems Profiling Model: SSPM)と位置づけることができます。
3.2 APMでのシステムズプロファイリング
APMのフレームワークは、構想-思索-探索-適応-終結のイテレーションモデルから成ります。
APMのシステムプロファイリングこれはシステムズエンジニアリングプロセスの、①問題の設定―②目的の定義―③システム合成―④システム解析―⑤最適案の選択―⑥行動計画の作成、という価値実現モデルに整合することが分かります。即ち、構想( (envision)とは、ビジネスや製品のビジョンの明確化、将来像を考察し描くことです。これは①問題の設定に相当します。思索(speculate)とは、製品仕様の仮説定義を熟考することであり、②目的の定義に相当します。次に、探索(explore)とは、仕様と設計を並列的で反復的に実行し試作を重ねることであり、③システム合成と④システム解析に相当します。適応(adapt)とは、探索の結果を技術面から、顧客の目から、事業の観点からレビューし適合させることであり、⑤最適システムの選定に相当します。このようにAPMのイテレーションモデルは、システムズエンジニアリングプロセスのフィードバックモデルと完全に整合することが分かります。
詰まりは、APMのフレームワークは、ハードシステムズアプローチにおける、局所的なハードシステムズプロファイリングモデル(Hard Systems Profiling Model: HSPM)と位置づけることができます。
4.P2Mへのインプリケーション
A.Dホールの学説に準拠したP2Mのライフサイクルに、SSMベースの価値創造モデルとAPMベースの価値実現モデルをマッピングした概念図を示します。
Phase1(調査研究)では、大域的なソフトシステムズプロファイリングモデル(Soft Systems Profiling Model: SSPM)としてのSSMが、構想計画としての問題の設定を行います。つまりはProgram Planningです。ここで炙り出されたプロジェクトビジョンをPhase-2(探求計画)に受け渡します。Phase3(開発計画)とPhase4(開発)では、Phase2と同じ局所的なハードシステムズプロファイリングモデル(Hard Systems Profiling Model: HSPM)としてのAPMが、フィードバックループを持ちながら繰り返されることになります。このループをコンピュータシミュレーション等活用し、高速に回すことで環境適用を行えば、APMのイテレーションループと同じ概念になります。つまりは、フィードバックループとイテレーションループの底流は同じであると考えられます。従って、SSMもAPMも、概念的にはP2Mのフレームワークに取り込むことが可能になる訳です。この大域的で且つ局所的で濃密なインタラクションを通じて、ナレッジ(情報・知識)を共有しながら価値を共創していくためには、インフラとしてのPPM(Phased Project Management)概念に基づく組織成熟度が必要になります。従って、(SSM+APM+PPM)連携モデルで、組織能力を高めることが重要であると考えます。
一方、DOD(Department of Defense:米国国防総省)規定では、システムズマネジメントの概念は、戦略(プログラム)策定段階におけるシステムズアナリシスの活用と、プログラムの実施(プロジェクト)段階におけるプロジェクトマネジメントの実施にあるとされます。システムズマネジメントの概念が全体的なものであって、その一部にプロジェクトマネジメントを包含しています。また、戦略(プログラム)策定段階はシステムズアナリシス中心でなされるとします。
これは「何をやるか(What to do)」という全体目的(システム)が所与のものとして、明確なハードシステムズアプローチに基づく考え方です。従って、その構想フェーズは、サブシステムの明確化というアナリシス(解析)中心のものとなる訳です。しかし、「何をやるか(what to do)」が明確でない、ソフトシステムズアプローチにおいては、シンセシス(合成)主導のアプローチにならざるを得ません。詰まりは、システムズプロファイリングモデル(SPM)の流れが、システムズアナリシス(SA)指向から、システムズシンセシス(SS)指向またはシステムズアブダクション(SAb)指向へと変わっていかざるを得ません。
もう一つは、従来のハードシステムズアプローチでは、プロジェクトマネジメントは「どのようにやるか(How to do)」というシステムズエンジニアリングのフレームワークの下で、規定されてきたという歴史があります。しかし、今後のソフトシステムズアプローチにおいては、「正しい目的(What)」を「正しい対応(How)」でというP2Mのフレームワークの下で、システムズエンジニアリングが再定義されるべきではないかと考えます。
6.結論
どんな方法論も、常にある理念型(ideal type)を述べているに過ぎません。どんな場合でも、ユーザーが自らの状況に応じて、使いやすいような形にして使用されるべきです。状況に応じて、適用する人によって、形を変えることができることが、方法論の重要なポイントです。この意味で、P2Mは窮めて柔軟で創造的な、知識フレームワークを提供することを見てきました。その駆動力となるのはSystems Analysis(SA)、Systems Synthesis (SS)、及びSystems Abduction(SAb)からなる、Systems Profiling Model(SPM)であると考えます。
(2008年9月「国際P2M 学会秋季大会論文」投稿)
(2012年8月「PMAJオンラインジャーナル」寄稿)
(次号に続く)