日本的共創マネジメント047:「PMとシステム思考」~デザイン思考とP2M~
デザイン思考とP2M
はじめに
今号では、The Hasso Plattner Institute of Design at Stanfordに於ける「デザイン思考(Design Thinking)」とP2M (Project & Program Management)に於ける「プロファイリングマネジメント(Profiling Management)」の比較考察を行ないます。いずれも上流指向のアプローチですが、下記のような類似と相違があるようです。
1.デザイン思考 (Design Thinking)
デザイン思考は、複雑な問題に向き合う思考の作法ということで、多様な人との共創、分析的思考と探索的思考の組合せ、全体最適を求めるという点で、基本的にP2Mにおけるプロファイリングマネジメントと同じ考え方に立つものです。左脳の論理的思考と右脳の五感による構成的思考、それぞれの長所を活かした手法を用いて、一人で考えるのではなく多様な人との協働の中で、大きなビジョン・ミッション・シナリオを描き、新たな価値創造をめざします。
1.1 人間中心デザイン思考 (HCDT) by IDEO org.
人間中心デザイン思考(Human Centered Design Thinking)は、より良い世界に向けて新しい解決策を生み出すために使われるプロセス、一連のテクニックです。このプロセスが「人間中心」と言われる理由は、デザイン対象者と一緒にデザインを始めるからです。あらゆる人々がそれぞれの道における専門家であるので、誰もが正しい解決策は何なのかを知っているというスタンスに立ちます。だから、解決策を提供するのではなく、解決策を導く手立てを提供し支援します。そのプロセスは、下記のような3つの段階を踏みます。
① 理解 (Hear)
② 創造 (Create)
③ 実践 (Deliver)
新たな方法で関係者のニーズを理解(Hear)して、ニーズを満たす革新的な解決策を創造(Create)し、持続可能性を考慮しながら解決策を実践(Deliver)します。人々に関する具体的な観察段階から、未発見のアイデアや課題を抽象的に考える状態へ進みます。その後、目に見える解決策と共に、再び具体的な状態へ戻ります。そのための創造と実践を促すために関係者の欲求を受け入れ、議論を活性化するための手引書として、様々なテクニック、メソッド、ヒント、ワークシートを提供しています。
1.2 5つのステップ
Design Thinking PROCESS GUIDE at Stanfordに於けるデザイン思考には、下記のような「5つのステップ」があります。
Step1 : 共感 (Empathize) ⇒深いニーズを知る
Step2 : 問題定義 (Define) ⇒問題点とゴールを決める
Step3 : 創造 (Ideate) ⇒アイデアを生み出す
Step4 : プロトタイプ (Prototype) ⇒アイデアを形にする
Step5 : テスト (Test) ⇒アイデアを評価する
Step1: 共感 (Empathize)⇒深いニーズを知る
問題を解決するためには、人々の深いニーズを把握することが欠かせません。ユーザーを理解し、彼らの生活に関心を持つ必要があります。人々の気持ちに共感することで、彼らが本当に求めているものは何かを明らかにすることができます。ニーズを把握するためには、観察し、共感し、洞察することが必要です。
共感とは、「想像の中で、苦しんでいる人の立場に身を置くことである」(アダム・スミス)と定義されています。「他人の痛みを知る」ということです。共感を土台にして生まれるアイデアは、企業都合を優先して生みだされたものとは違います。人々が生活の中で大事にしたいと感じていることを優しく包み込む傾向にあります。共感が重要なのは、相手の深いニーズに近づくきっかけになるからです。観察の段階では、客観的事実を把握することが重要です。一方、共感段階では「相手はどんなことを感じているのか」といった感情的側面の理解に重きが置かれます。物事の本質である洞察を得るには、人々の価値観に基づく根源的な欲求へ迫ることが求められます。深く潜り込んでいくことで「本人はまだ気づいていないけれど、強く感情が動く本質的な欲求」に近づくことができます。無意識の欲求を探る中で、イノベーションへのヒントが見つかるということです。
Step2: 問題定義 (Define)⇒問題点とゴールを決める
人々の欲求が満たされていない現状を明らかにし、どのような状態を目指すべきかの「問題点とゴール」を定めます。「正しい問題設定こそが、正しい解決策を生み出す唯一の方法」という言葉があるように、「正しいことを、正しくやる」ための意義ある挑戦課題を明確に定めます。意義ある挑戦課題とは「Point of View(着眼点)」と呼ぶべきものです。
そのためには、存在する問題の構成要素を洗い出し、前後関係を明らかにして循環サイクルをつくります。そして構成要素一つ一つに対して「If…then... (もし...という行動をしたら…という結果が起こる)」思考を使って、具体的なアクションとアクションによって引き起こされる結果を論理的に考えます。更に、考えたアクションの中から、設定した評価軸を基準にしてアイデア創造ポイント(IGP: Idea Generation Point) を定めます。
設定基準としては、「実現可能性、即効性、拡散性」の3 点を考えるとバランスのよいものになります。その他の基準として、劣後順位「やるべきではないこと」に焦点を定めます。何を避けるべきか決めることで、本当に取り組むべきことが見えてきます。インサイトは、ただ待っていれば都合よくこちらへやってくるようなものではありません。関係性やパターンを発見するための情報を統合するプロセスから現れると言えます。
Step3: 創造 (Ideate)⇒アイデアを生み出す
アイデアとは「既存の要素の新しい組み合わせ」を意味します。何もないところからアイデアを生み出すことはできません。世の中にすでにあるものを利用することでアイデアは生まれます。すでにあるものを、今まで誰も思いつかなかった方法で組み合わせるということです。アイデアを生むために大事なことは、少しでも多くの情報を集め、少しでも多くの経験を詰むことです。なぜなら、手元にある素材が多ければ多いほど、色々な組み合わせを試すことができるからです。
チームでのアイデア作りに有効なブレインストーミングの基本は、視覚化し、他人のアイデアに乗っかり、お互いのアイデアを組み合わせて化学反応を起こすことで、優れたアイデアを生み出すきっかけとなります。重要なのは、アイデア創造段階( 発散) とアイデア評価段階( 収束) を意識的にわけることです。発散と収束を同時にしようとすると、混乱してしまいます。
Step4: プロトタイプ (Prototype)⇒アイデアを形にする
アイデアを形にするのが次のステップです。「百聞は一見に如かず」という言葉があるように、アイデアをただ語るよりも実際に見える状態にする方が効果的です。さらに、見えるだけでなく実際に手に取れるようになれば、より効果的にアイデアを確かめることができます。なるべく人間の五感に訴えかけるプロトタイプを作成するのが、この段階でのコツになります。
アイデアの具現化には2つのメリットがあります。1つ目が、ユーザーへの共感が高まることです。プロトタイプにより、ユーザーのニーズや問題点に対してよりダイレクトにアプローチできます。言葉で説明される解決策よりも、実際に目の前にプロトタイプがある方がユーザーも意見やフィードバックを言いやすくなります。2つ目のメリットは、プロトタイプを作る過程の中で、よりよいアイデアを手にすることができるということです。
プロトタイプの種類としては、スケッチ、紙工作、紙粘土、スキット(寸劇:サービスのプロトタイプ)などさまざまなものが考えられますが、素早く安くつくれるプロトタイプを、繰り返し、試しに作っていきます。
Step5: テスト (Test)⇒アイデアを評価する
最後のステップはアイデアの検証(テスト)です。目的は、問題解決のために考え出したアイデアが、当初の意図通りにうまく機能するかどうか確かめることにあります。ユーザーからフィードバックをもらうことでアイデアを洗練させ、よりよくしていきます。また、検証を通じてユーザーの体験をより深く理解することにもなります。Step2 で明らかにしたゴールや課題が本当に適切だったのかを再考する機会にもなります。アイデアの検証項目は大きく分けて2 つです。1 つが、対象者の誰でも解決策を活用できるかを検証する再現性。もう1 つは、感情的な視点からアイデアの納得感や重要性を検証する妥当性です。本当に目的を達成できるのかどうか、ユーザーの声を元にアイデアを検証します。ユーザーテストの秘訣は聞くことです。
2.P2M (Project & Program Management)
2.1 プロファイリングマネジメント (Profiling Management)
P2Mにおけるプロファイリングマネジメントの考え方は、「ありのままの姿(As-Is Model)」を認識し、洞察力をもって全体使命を多元的に解釈し、幅広い価値体系として表現した「あるべき姿(To-Be Model)」を描く、と抽象的な表現になっています。これは、現実世界の重要な問題は次のように定式化できるという見方です。つまり、To-Be Modelという望ましい状態と、As-Is Modelという現在の状態があり、As-IsからTo-Beに到達するにはいろいろな道筋(シナリオ)があるという考え方です。この考え方によれば、問題解決とはTo-BeとAs-Isをはっきりさせ、As-IsとTo-Beの差を解消するための最善の手段を選択する(Gap Analysis)ことです。ここでは、それぞれのモデルを描くための洞察力として、演繹的プロファイル(Deductive Profile)、帰納的プロファイル(Inductive Profile)、及び仮説形成的プロファイル(Abductive Profile)を連携させながら、プロファイリングモデル(Profiling Model: PM)を炙り出すことで、価値創造モデルを形成すると考えます。
① ありのままの姿 (As-Is Model)
問題課題抽出法とは、市場にある不満や改良の余地を探ることで、市場機会を探索する方法です。デザイン思考における、Step1:共感 (Empathize)に相当します。
② あるべき姿 (To-Be Model)
理想法とは、市場における理想的な製品やサービスを考察し、現実とのギャップから機会を考察する手法です。デザイン思考における、Step2:問題定義 (Define)とStep3:創造 (Ideate)に相当します。
③ 差分分析 (Gap Analysis)
To-Be Model(あるべき姿)とAs-Is Model(あるがままの姿)のGap(差分)を抽出・分析し、そのGap(差分)を解消するためのScenario(シナリオ)を描きます。デザイン思考における、Step4:プロトタイプ (Prototype)とStep5:テスト (Test)に相当します。
2.2 ソフトシステムズ方法論 (Soft Systems Methodology)
SSM (Soft Systems Methodology)の基本前提は、「社会的状況の意味は立場によって異なる」ということです。一般的に客観的に観察可能であると思われる物理的な対象であっても、実は見る人のバックグラウンドや信条によってどう見えるかには差異があります。ましてや社会事象においては、人により立場により、そのもつ意味の違いが際立っています。というより、立場によってそのもつ意味が異なって見えるのが、社会事象の特性であるといったほうが正しいかもしれません。このような複数の立場と意味が輻輳する状況において、それらの間の相互了解をとるようなことは容易ではないし、意識したアプローチによらずに自動的に相互了解が実現することは、事実上期待し得えません。すなわち複雑な状況においては、関係者が相談するにもそのための「技術(作法)」が必要となります。
SSMは、このような多様な価値観が複雑に絡み合った状態の中から、意味の探求をするアプローチとして誕生しました。
SSMのキーワードは「アコモデーション(accommodation:折り合い)」です。異なる立場や異なる価値観での一方的な統一は求めず、違いは違いのまま、お互いに自分を相手に合わせて調整しあって折り合える点を探すプロセスです。お互いの立場や前提だけでなく、自分自身が無意識に持っている価値観(メンタルモデル)を、周囲の状況について学習し理解を深めることで自己修正しながら、関係者にとって受容可能な代替案を作成し、合意に近づくことを期待するのです。下記の7つのステージからなります。
ステージ1: 問題状況の構造化 (The problem situation unstructured)
構造化されていない問題状況を、構造化された問題状況に変えるステージです。SSMでは構造化された問題状況を表現したものを「リッチピクチャ(詳細画)」と呼び、ステージ1では、問題状況に関る人々が納得できるリッチピクチャを描きます。「リッチピクチャ」に特段の作法はありません。マンガチックに各自のやり方で全体概念を自由に表現し議論のベースにします。
ステージ2: 関連システムの選択 (The problem situation expressed)
リッチピクチャを吟味し、考察の対象とすべき「関連システム」を選択します。この関連システムは、システムが結局何を行うのかを明らかにします。ここでは異なった立場を反映する複数の関連システムを選ぶことが重要です。
ステージ3: 基本定義の作成 (Root definitions of relevant systems)
複数の関連システムをそれぞれ「基本定義(root definition)」に展開します。基本定義の展開プロセスでは、システムの受益者、実行者、所有者、さらに世界観や制約条件も検討することで、基本定義を洗練化させます。
ステージ4: 概念モデルの作成 (Conceptual models)
基本定義から「概念モデル」を作成します。この概念モデルは、基本定義に規定された関連システムを実現する活動を論理的にモデル化したものであり、現実をモデル化したものではありません。
ステージ5: 現実世界との比較 (Comparison of 4 with 2)
概念モデルとリッチピクチャと比較する「比較表」を作成します。現実の問題状況を表現したリッチピクチャと比較することで、現実にはない活動または存在するが上手く機能していない活動を発見し、変革のために必要な活動を議論します。
ステージ6: 変革案の作成 (Feasible, desirable change)
比較表とリッチピクチャに基づいて、関係者が受容可能で実行可能な改革案を検討します。望ましく実行可能な「改革案」がステージ6のアウトプットです。
ステージ7: 変革案の実施 (Action to improve the problem situation)
ステージ6で作成した「変革案を実行」します。その実行の結果として問題状況が変化し、スパイラルアップした新たな状況のもとで、SSMの次のサイクルが始まります。
上記の7ステージの中で、ステージ1から5までが「何をすべきか(What)」を明確にするソフトアプローチで、ステージ6と7が「どう実現すべきか(How)」を追及するハードアプローチと位置づけることができます。
3.まとめ
以上のように、「デザイン思考」と「プロファイリングマネジメント(含む、SSM)」は多くの面で相似し、オーバーラップし、補完し合うものということがわかります。
重要なことは、それぞれの知見を活用し、何度も実践を繰り返し、試行錯誤しながら自分独自のプロセスを身につけることです。その試行錯誤がデザインプロセスに他なりません。最終的には、あなた自身のデザインプロセスを構築し、自分の流儀として仕事にそのプロセスを適合させることです。思考(Thinking)と実践(Practice)を統合することなのです。
思考(Thinking)はクリエーション(Creation)であり、
思考したことを実践(Practice)するのがイノベーション(Innovation)である(Drucker)
(2013年11月「PMAJオンラインジャーナル」寄稿)
(この項終わり)