見出し画像

日本的共創マネジメント042:「PMとシステム思考」~プロファイリングマネジメント (No.1)~

プロファイリングマネジメントとシステムズアプローチ (No.1)

(前号までは「PMとシステム思考」について記述した。
 今号からは「P2Mとシステム思考」について述べる。)

概要
 本論では、P2M(Project & Program Management)におけるプロファイリングマネジメントにおいて、「あるべき姿(To be)」を描くための外部環境分析を行う手法としてのシステムズアプローチについて、ハードシステムズアプローチ、ソフトシステムズアプローチ、およびアジャイルシステムズアプローチについて考察し、若干のインプリケーションを行う。

1.ハードシステムズアプローチとソフトシステムズアプローチ
 従来からの代表的な意思決定の手法であるシステムズアナリシス(SA: Systems Analysis)やオペレーションズリサーチ(OR: Operations Research)や 経営科学(Management Science)は、「何をすべきか(What)」が与えられているときにこれを「どう実現すべきか(How)」という問いに答えるのに非常に有効であった。すなわち、工学全般の強みは、「目的」が与えられたときに、「これをどう実現すべきか」について解答を与えることにある。この「合意・定義された目的をどう実現するか(How)」が得意である従来からの工学全般(SA、OR、経営科学、システム工学等)をまとめて「ハードシステムズアプローチ(HAS: Hard Systems Approach)」と称されている。
 一方、それらでは規定できない、曖昧模糊とした様相をもつ問題がある。たとえば、人間活動システムのように関係するステークホルダーが多数あることによって、利害・損得が対立し、前述したシステムズアプローチでは調停がむずかしい場合もある。そこで価値観の異なる関係者間の合意形成や目的設定、関係性が明らかでない状況の中で、関係を見出す、あるいは関係をつくり出すための緩やかなアプローチが必要であることが主張され、「ソフトシステムズアプローチ(SSA: Soft Systems Approach)」と称されている。ソフトシステムズアプローチは、あるべき姿や問題が曖昧な、混沌とした状況において、異なる考え方を持つ人同士が議論を重ねて、お互いの考えを共存させる妥協点を探るプロセスと捉えられている。

2.ハードシステムズアプローチ
 伝統的なシステムエンジニアリングはハードシステムズアプローチの典型例である。システムズエンジニアリングとは、「システムズアプローチにより選択された案に基づき、システムの各構成要素がひとつの目的に向かって、確実かつ能率的に作動するよう諸技術を創造的に組立てること、あるいはその技術」と定義される。したがって、主として「人工システム」を対象として、ある種の計画に基づいて特定の目的を達成するために、各種の要素を経済的かつ合理的に設計、構成するための科学的および技術的な方法ということができる。システムズエンジニアリングを適用する課題においては、プロジェクトマネジメントの助けを借りるものが大半を占める。逆に、システムズエンジニアリングとは、プロジェクトの課題(成果物)をシステムとしてとらえ、記述し、各要素を関係つけながらシステムを実現し、それが期待通りのものであるかを確認するプロセスと言うこともできる。特に、システムズエンジニアリングの各フェーズをプロジェクトライフサイクルと符合させながらマネジメントすることが一般的である。

2.1 NASAのシステムズエンジニアリングモデル

NASAのシステムズエンジニアリング

NASAのシステムエンジニアリングモデルにおいては、システムズエンジニアリングの方法論(Systems Engineering Handbook)とプロジェクトマネジメント方法論(Project Management Handbook)の必要性が認識され、平行しながら開発され発達してきた。

 このハンドブックは宇宙開発の持つ本質的な問題を解決するための実践ハンドブックである。この中で注目すべきは、「構想計画段階で成功を獲得する手法」の確立である。宇宙開発というリスクの高いプロジェクトにおいては、また事前の実験等が許されない大規模プロジェクトにおいては、一度の失敗も許されない。そのために、構想計画に資源を重点投入し、各フェーズで達成すべき要求仕様を明確に定め、その要求仕様が達成されない限り次のフェーズに進めない「PPP(Phased Project Planning)」というプロジェクトマネジメント手法を徹底したことである。事実、Phase A(予備解析)、Phase B(仕様決定)に計画全体の15~20%の時間をかけて実施すると、不確実性の高い開発プロジェクトといえどもコスト超過を10%以下に抑えることができると報告されている。もう一つは、Phase C(設計)における「PRR (Preliminary Requirement Review)、PDR( Preliminary Design Review)、CDR( Critical Design Review)」である。PRRはNASAが主契約者を決めた後、主契約者と行う共同レビュー作業である。NASAが作成した要求書を主契約者側から見ての問題点を指摘し、NASAと主契約者および関連企業で問題点を徹底して究明解決する。このようにフェーズA、Bで仕様を徹底的に究明し、更にフェーズCで問題点の洗い出しを行って、可視化を実施していることが、数々のNASAプロジェクトの成功に寄与しているといわれる。

2.2 A.D. ホールのシステム工学モデル

ADホールのシステム工学

P2Mにも影響を与えた古典的名著である「システム工学方法論
(A METHODOLOGY FOR SYSTEMS ENGINEERING (1962年)」を著したA.D.ホールの学説によるシステム工学モデルも5つのフェーズに分かれる。

 フェーズ1(調査研究相)は、プログラム計画の作成とそれを支援する一連の仕事からなるが、これらの仕事は多様な個々のプロジェクトを創始しかつそれを支援するものである。つぎのフェーズ2(探求計画相)フェーズ3(開発計画相)の2つの相では、まったく同種の仕事が行われるという理由で、プロジェクト計画の作成という名称で一括されている。探求計画の作成においては、多数の選択対象に対して、それに対応した開発計画プロジェクトを生み出したり、打ち切ったりする。開発計画の作成では、さらに狭い範囲の選択をしなければならない設計を対象にしたものになる。フェーズ4(開発相)は、詳細な設計および機器テストからのフィードバックによって、開発計画を完全なものにし、かつそれを実行する相である。実行(開発相およびカレントエンジニアリング相)は2つのアウトプットを出す。1つは、製造、運用、保守、使用および応用のためのあらゆる情報であり、いま1つは、将来のシステムをよりよく計画するための情報を供給するフィードバックのためのものである。
 このモデルはプログラム計画によるステアリング機能を持つとは言え、基本的にはNASAモデル同様、構想段階で仕様を確定した後は、フェーズコントロールによる手戻りを許さない、いわゆるウォータフォールモデルの一種であると考えられる。

2.3 P2Mのシステム工学モデル

P2Mのシステム工学

P2Mのシステム工学モデルはガイドブック第4部3章「プロジェクトシステムズマネジメント」の中に定義されている(下巻:P62~68)。その中では、「ホールのシステム工学方法論を取り上げ説明する」と明記されているので、明らかに理論的背景をホールの学説に依拠していることが分かる。従って、フレームワークはA.D.ホールモデルと同じであると考えられるが、各フェーズの解説としてはシステム工学的観点というより、プロジェクトマネジメントの観点から記述されている。これもプラント系プロジェクトを前提としたフェーズコントロールが前提となったハードシステムズアプローチと言える。

 このように、技術的な観点からプロジェクトの成果物を作成するためのエンジニアリング手順を規定したのがシステムズエンジニアリングのフェーズであり、それを実現していくマネジメントという観点からとらえたのがプロジェクトマネジメントのライフサイクルである。その内容は求められる成果物の対象によって大きく異なる。また、ライフサイクルのどの部分を企業としてビジネスの対象としているのか、プロジェクトを所有し投資している側なのか、プロジェクトを受注し請け負う立場なのかによってもプロセスの内容は異なる。従って、各業種業態におけるビジネスモデルにより多種多様なプロジェクトのプロセスとライフサイクルが存在することになる。

3.ソフトシステムズアプローチ
 既述したように、関係者間で実現すべき目的(What)について合意していないとき、または目的を明確に定義できない複雑な社会事象に対するときの接近法であるソフトシステムズプローチは、各種手法が1970年代以降に開発されてきた。数あるソフトアプローチのなかで、特に英国人のP. チェックランド(Peter Checkland)により開発されたソフトシステムズ方法論(SSM: Soft Systems Methodology)が、その利用者の広がりの点で群を抜いているので、以降はSSMについて述べる。

3.1 SSM(ソフトシステムズ方法論)モデル
 SSMの基本前提は、「社会的状況の意味は立場によって異なる」ということである。一般的に客観的に観察可能であると思われる物理的な対象であっても、実は見る人のバックグラウンドや価値観によってどう見えるかには差異がある。ましてや社会事象においては、人により立場により、そのもつ意味の違いが際立っている。というより、立場によってそのもつ意味が異なって見えるのが、社会事象の特性であるといったほうが正しいかもしれない。このような複数の立場と意味が輻輳する状況において、それらの間の相互了解をとるようなことは容易ではないし、意識したアプローチによらずに自動的に相互了解が実現することは、事実上期待し得ない。すなわち複雑な状況においては、関係者が相談するにもそのための「技術」が必要となる。
 SSMは、このような多様な価値観が複雑に絡み合った状態の中から、意味の探求をするアプローチとして誕生した。SSMのキーワードは「アコモデーション(accommodation:折り合い」である。異なる立場や異なる価値観での一方的な統一は求めず、違いは違いのまま、お互いに自分を相手に合わせて調整しあって折り合える点を探すプロセスである。お互いの立場や前提だけでなく、自分自身が無意識に持っている価値観(メンタルモデル)を、周囲の状況について学習し理解を深めることで自己修正しながら、関係者にとって受容可能な代替案を作成し、合意に近づくことを期待するのである。

3.2 SSMの7つのステージ
 SSMのプロセスはしばしば「7つのステージ」として説明される。この7つのステージはSSMを実施するうえでかならず順番に経由しなければならないものではなく、ステージの間を自由に行ったり来たりしながら全体としての理解を深めていくことができる。しかし、SSMを理解するには、「7つのステージ」として説明したほうが、SSMにおいてなすべきことが分かりやすいので、ここではチェックランドのモデルを参照する。

SSMのフレームワーク

ステージ1(問題状況の構造化)では、構造化されていない問題状況を、構造化された問題状況に変える。SSMでは構造化された問題状況を表現したものを「リッチピクチャ(rich picture:概念図)」と呼び、ステージ1では問題状況に関る人々が納得できるリッチピクチャを描く。ステージ2(関連システムの選択)では、リッチピクチャを吟味し、考察の対象とすべき「関連システム:(relevant system)」を選択する。この関連システムは、システムが結局何を行うのかを明らかにする。ここでは異なった立場を反映する複数の関連システムを選ぶ。次にステージ3(基本定義の作成)では、複数の関連システムをそれぞれ「基本定義(root definition)」に展開する。基本定義の展開プロセスでは、システムの受益者、実行者、所有者、さらに世界観や制約条件も検討することで、基本定義を洗練化させる。更にステージ4(概念モデルの作成)で基本定義から「概念モデル(conceptual model)」を作成する。この概念モデルは、基本定義に規定された関連システムを実現する活動を論理的にモデル化したものであり、現実をモデル化したものではない。ステージ5(現実世界との比較)で、概念モデルとリッチピクチャと比較する「比較表」を作成する。現実の問題状況を表現したリッチピクチャと比較することで、現実にはない活動または存在するが上手く機能していない活動を発見し、変革のために必要な活動を議論する。ステージ6(変革案の作成)で、比較表とリッチピクチャに基づいて、関係者が受容可能で実行可能な改革案を検討する。望ましく実行可能な「改革案」がステージ6のアウトプットである。最後のステージ7(変革案の実施)で、ステージ6で作成した「変革案を実行」する。その実行の結果として問題状況が変化し、スパイラルアップした新たな状況のもとで、SSMの次のサイクルが始まる。
 上記の7ステージの中で、ステージ1から5までが「何をすべきか(What)」を明確にするソフトアプローチで、ステージ6と7が「どう実現すべきか(How)」を追及するハードアプローチと位置づけることができる。

           (2007年9月「国際P2M 学会秋季大会論文」投稿)
           (2012年4月「PMAJオンラインジャーナル」寄稿)

(次号に続く!)


いいなと思ったら応援しよう!