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日本的共創マネジメント084:「サムライPM」〜宮本武蔵 『五輪書』 (その14)~

⑤ -3. 火之巻 : (その 3)

2.武道としての武士道 (019)
⑤ 宮本武蔵 『五輪書』 (1645) (その 14)
⑤ -3. 火之巻 : (その 3)
 今号では、下記の項目について述べる。
08 : 崩れを知る  《くづれを知と云事》
09 : 敵になる  《敵になると云事》
10 : 四手を放す  《四手をはなすと云事》
11 : 陰を動かす  《かげをうごかすと云事》
12 : 影をおさえる  《影をおさゆると云事》

08 : 崩れを知る  《くづれを知と云事》
 崩れということは、どんなことにもあるものである。家の崩れる、身の崩れる、敵が崩れることも、みなその時にあたって、拍子が狂ってしまって崩れるのである。多人数の戦い《大分の兵法》においても、敵の崩れる拍子をとらえて、その瞬間をのがさないように追撃する《追立る》ことが肝要である。崩れるところの急所《いき》をのがすと、敵を立ち直らせることになる。個人戦《一分の兵法》の場合でも、戦っている最中に、敵の拍子が狂って、崩れ目ができるものである。油断してそれを逃すと、敵はまた立ち直り、復活してしまう。それでは捗(はか)が行かぬ。崩れ目につけ入り、敵が体勢《顔》を立て直さないように、徹底的に追撃する、そこが肝要である。追撃するのは、一気に強烈に、という心持である。敵が立ち直れないように、粉砕するのである《敵立かへさゞるやうに、打はなすもの也》。この粉砕する《打ちはなす》ということを、よくよく吟味あるべし。敵に対する感情を切断しなければ、べたつく心《したるき心》が残る。これは工夫すべきものである。
【解説】
 「敵の崩れ」を知るとは、敵の様子を知って、攻撃にかかる要諦である。敵が崩れて逃走したら、それで勝ちなのではない。敵の軍勢を殲滅してはじめて戦いは終る。従って、敵が崩れて逃げ出したら、それを徹底的に追撃し、二度と立ち直れないように打はなさなければならない。敵の崩れを見て、追撃し、徹底的に殲滅するということである。ルールなき実戦の場では、「勝つ」というのは、敵が二度と立ち直れないように戦いを終らせてはじめて生れる状況である。そのためには、敵に対する感情を断ち切って、逃げる敵を追撃して完璧に粉砕する《打ちはなす》という、無慈悲に勝つということが必要になる。

09 : 敵になる  《敵になると云事》
 敵になるというのは、我が身を敵になり代って考えてみる《我身を敵になり替りておもふべき》、ということである。世の中を見ると、たとえば盗人などが家の中に立てこもった《とり籠る》のを、家の外からは相手を強い敵と思い込んでしまうものである。しかし盗人《敵》の身になって見れば、世の中の人をみな相手として、家の中へ逃げ込んでいるのであり、絶望的な《せんかたなき》気持なのである。立てこもっている者は雉子(きじ)である。これを外から打ち果しに入ろうとする者は鷹である。多人数の戦いにおいても、敵は強いと思い込んで、大事をとり過ぎて消極的になる《大事にかくる》ものである。こちらが日頃からすぐれた軍勢をもち、兵法の道理(正しい筋道)をよく知り、敵に勝つところをよく心得ていれば、心配する必要はない。一対一の戦いでも、敵の身になって考えるべきである。兵法をよく心得て、道理にも明るく、武道に練達した者に対しては、おのずから負けると思うものである。よくよく吟味すべし。
【解説】
 敵の身になって考えてみろということである。戦闘に於いては、恐怖心から、敵を過剰に巨大な相手と思い込んでしまう。それは、自分でつくり上げた虚像であり錯覚である。敵もまた同様にこちらを強い相手と思い込み怖がっている。互いに自分の恐怖の幻想を投影し合っているのである。そうであるなら、その恐怖心を利用して、勝利を収めよという教えである。兵法が精神主義へと傾斜する以前の、生々しい現場感覚に基づく戦闘理論である。

10 : 四手を放す  《四手をはなすと云事》
 四手(よつで)を放すとは、敵もこちらも同じ心持になって、張り合う気持になってしまうと、戦いの渉(はか)が行かないので、張り合うようになったと思ったら、すぐさまその状態を捨て去って、別の有利な方法《利》で勝つことを知れ、ということである。多人数の戦いに合っても、四つに張り合う状況になっては、決着がつかず、味方の人員も多く失うものである。こういう場合には、早くその気持を捨てて、敵の意表をつくような別の方法で勝つことが最も大切である。一対一の兵法にあっても、四つ手になったと思ったら、ただちに心持を変えて、敵の状況《位》を見て、いろいろと変わった手段で勝利を得ることが肝要である。よくよく分別すべし。
【解説】
 「四手(よつで)」とは、相撲でいうところの「四つにわたる」「四つ身」と同じである。がっぷり組んで張り合う心になって自由が利かなくなった状態である。《四手を放す》とは、そうした拮抗の膠着状態を打開することをいう。このような状態に陥ったら、すぐさまこの気持を捨て去って、別の有利な手を打ってみろということである。気持を切り替えてというよりも、その気持を捨て去って、まったく別の手段へ転換して、状況を打開しろという臨機応変の教えである。敵我拮抗して、兵士がどんどん戦死する状況で、もっとがんばれ、とは云わず、そんな膠着からさっさと離脱しろ、というわけである。武蔵流兵法はきわめて合理的である。むやみな精神主義、根性主義とは違う。

11 : 陰を動かす  《かげをうごかすと云事》
 陰(かげ)を動かすというのは、敵の意図がよく分らない場合の方法である。多人数の戦い《大分の兵法》にあっても、敵の状況《位》が分からないときには、こちらの方から、強く仕懸けて、敵の手だてを見るのである。敵の手だてが分れば、それとはまったく別の戦法《利》によって、勝つことは容易なことである。個人戦《一分の兵法》にしても、敵がうしろに太刀を搆えたり、脇に搆えたりしたときは、こちらから不意に打とうとすれば、敵はその意図を太刀に現わすものである。それが知れたときには、ただちにそれに対応した方法《利》をとって、確実に勝利《かち》をしめることができる。油断していると、その拍子をはずしてしまうものである。よくよく吟味あるべし。
【解説】
 敵の意図がよく分らない時、どうするか、どのようにして、敵の作戦を知るかという教えである。「陰(かげ)」というのは、隠れて見えない物事のことである。隠れて見えないものは見えるようにすればよい。そのためにはどうするか。隠れて見えないものを動かせばよい。敵の意図を知るには、敵を動かすことである。こちらが攻撃に出たとなると、敵はすぐさま対応してくる。この応対ぶりに敵の意図が現れてしまう。それがわかれば、戦いはこっちのものだ。その優位をもって敵を打つのである。敵を挑発して、その企てを露呈させる、という挑発作戦である。

12 : 影をおさえる  《影をおさゆると云事》
 影をおさえるというのは、敵の方からかかってくる意図が見えたときの方法である。多人数の戦いにあっては、敵が攻撃を仕懸けようとするところを抑える《敵のわざをせんとする所をおさゆる》といって、こちらの方からその攻勢《利》を抑えるところを、敵に強く見せる。そうすれば、その強さに敵が押されて、敵の心が変るということである。そのときはこちらも戦法を変えて、虚心に《空なる心より》、先手をとり《先をしかけて》勝つのである。一対一の戦い《一分の兵法》においても、敵の起こす強い闘志《気ざし》を、当方の拍子をもって抑え、それが挫(くじ)けた拍子に、こちらの勝機を見出し、先手をとっていくのである。よくよく工夫あるべし。
【解説】
 「影をおさえる」というのは、敵の突出した動きを押し込んでしまうという意味である。一方「陰をうごかす」というのは、隠れて見えないものを、見えるようにすることである。引っ張り出すのに対し、逆に、引っ込ませる。敵の方から攻撃をしかけてくる時、こちらはそれに対応して、より強く出てみせる。そうすると、その強さに敵はおされて、勢いがひるむ。そのひるんだところに乗じて、「先」を仕懸けて勝つ、ということである。

【余話】 『兵法家伝書』(1632年) (出典:Wikipedia)
 『兵法家伝書(へいほうかでんしょ)』は、江戸時代初期の剣豪・柳生宗矩(むねのり)によって著された兵法「柳生新陰流」の伝書である。『五輪書』(宮本武蔵)、『不動智神妙録(ふどうちしんみょうろく)』(沢庵)と並び、後の武士道に多大な影響を与えた。
 将軍家兵法指南役であった柳生宗矩は、将軍家が修めるに相応しい兵法を目指した。宗矩が目指した将軍家に相応しい兵法とは、「1対1で立ち合うための技法(小さき兵法)」ではなく、「もろもろの軍勢を働かし、太平時に於いては、治国の術ともなる兵法(大なる兵法)」でなければならなかった。そのために、家光自身の心の鍛錬、即ち『修身』につながるものを目指すこととなった。この方向性に基づき、宗矩は具体的な理論を確立するべく、禅僧・沢庵に「心法(心の働き))の理論化について助言を求めた。この宗矩の依頼を受け、沢庵が著したのが『不動智神妙録』である。この書で説かれた「剣禅一致(一如)」の思想を、自身の修めた新陰流と重ねあわせ、将軍家御流儀としての柳生新陰流の兵法思想を確立するに至った。その思想を伝書の形で著したのが『兵法家伝書』である。従来の兵法伝書が口伝が主で、技法の目録のみであったのと異なり、その技法や思想の理論化、明文化を行なった意味でも画期的な兵法伝書であった。実戦のための「武道」から、修身のための「士道」への変遷のきっかけとなった。

 

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