日本的共創マネジメント050:「PMとマーケティング」~価値提案(Value Proposition)~
価値提案(顧客価値:Value Proposition)
1.価値提案(顧客価値:Value Proposition)
プロジェクトの起点となる価値提案(顧客価値:Value Proposition)とは、企業が「顧客に提供する価値」の組み合わせのことです。ここでいう価値とは、商品、価格、販売方法、顧客対応など、顧客がベネフィット(利得)として感じるもの全てです。
最初にお客様に提供する価値(Value Proposition)をプロファイリング(炙り出し)し、その価値を反映したPBS/EBSを作成します。顧客価値を起点に、アウトプット(成果物)としての製品サービス(Product)を抽出し、定義し、構造化します。これがPBS (Product Breakdown Structure)です。次にこの顧客価値を実現するためのインプットとしての技術を抽出し、定義し、構造化します。これがEBS (Engineering Breakdown Structure)です。これらのPBS/EBSからそれぞれの位相を整合させたWBSを再定義できます。従って作成されたWBS/PERTは当然ながら顧客価値(Value Proposition)を実現するものでなければなりません。バリュープロポジションの考え方は、本質的には顧客に提供する価値をどのように差別化するかという点にあります。したがって、バリュープロポジションを検討するにあたっては、競合との比較の中で、自社の強みを活かした価値提供をどこに位置づけるかのセグメンテーションとポジショニングが重要です。それはマーケティングマネジメントの範疇に属するものです。
2.マーケティングマネジメント(Marketing Management)
前号「マーケティングマネジメント (Marketing Management)」でも述べましたが、P.F.ドラッカーが残した言葉に下記のものがあります。
・ 企業の目的は「顧客の創造」である
・ そのために2つの基本機能を持つ
・ 「マーケティング」と「イノベーション」である
・ マーケティングとは、「顧客は何を買いたいかを問う」ことである
・ イノベーションとは、「顧客の新しい満足を生み出す」ことである
ドラッカーはマーケティングを、「組織をして成果を上げさせるための道具・機能・機関」とかなり理念的に表明したあと、「マーケティングの狙いは、顧客というものをよく理解し、製品が顧客にぴったりと合って、ひとりでに売れてしまうようにすること」と定義しています。詰まりは「顧客のニーズを知ること」、「ひとりでに売れる仕組みを構築すること」がマーケティングであるということです。いまから50年以上前の「現代の経営」(1954年)の中で、既に、マネジメント(経営)におけるマーケティングの基本的な位置づけを行っています。
しかし単に顧客のニーズに対応しているだけでは、企業は顧客と製品との関係を取り結び、そこからマージンを取るだけに過ぎませんから、ビジネスとしては立ち行かなくなります。そこで求められるのが「イノベーション」です。顧客ニーズに対応するばかりでなく、自ら顧客の新たな価値を発見し、創造していかなければなりません。これは価値提案(顧客価値:Value Proposition)に他なりません。
このようにマーケティングとイノベーションの、双方のバランスとることがマネジメント(経営)の重要な課題となる訳です。従ってマーケティングは企業活動の中で独立して存在するものではなく、あくまでマネジメント活動の一部です。とりわけイノベーションと組み合わさった、マネジメントの両輪の一つです。マネジメントという大きな枠組みの中で、マーケティングをいかに位置づけるか、ドラッカーの指摘は非常に重要です。
「顧客の創造」という企業目的を担うマネジメントのオプションという観点からは、下記の3つを考える必要があります。
① マーケティングマネジメント(Marketing Management):市場戦略
② イノベーションマネジメント(Innovation Management):製品戦略
③ プログラムマネジメント(Program Management):企業戦略
マーケティングマネジメントで市場戦略を、イノベーションマネジメントで製品戦略を吟味した上で、市場と技術のポテンシャルを最大限に引き出すのが企業戦略としてのプログラムマネジメントに他なりません。
3.マーケティングストラクチャー(Marketing Structure)
ドラッカーと同時代で、マーケティング理論の第一人者であるフィリップ・コトラー(Philip Kotler )は、マーケティングを下記のように定義しています。
「個人と組織の目的を満たすような、交換を生み出すために、アイディアや財やサービスの考案から、価格設定、プロモーション、そして流通に至るまでを計画し実行するプロセス」、更に「どのような価値を提供すればターゲット市場のニーズを満たせるかを探り、その価値を生み出し、顧客に届け、そこから利益を上げること」とし、ドラッカーより、より具体的、機能的にマーケティングを定義しました。これは正に「価値提案(顧客価値:Value Proposition)」について言及していることに他なりません。
コトラーはマーケティングの基本手順として、(1) 調査(R: Research) (2) ターゲットマーケティング(TM: Target Marketing) (3) マーケティングミックス(MM: Marketing Mix) (4) 実施(I: Implementation) (5) 管理(C: Control)を、「R→STP→MM→I→C」モデルとして提案しています。このコトラーのモデルをベースに、マーケティング体系とP2M体系を整理すると、図のようになります。
(1) 調査 (R: Research)
調査とは文字通り市場調査のことのことであり、市場機会を探索する作業です。詰まりは、市場戦略を構築するための目的・目標を抽出するためのプロファイリング(Profiling)を行う訳です。その方法としては、問題課題抽出法や理想法などがあります。問題課題抽出法とは、市場にある不満や改良の余地を探ることで、市場機会を探索する方法です。理想法とは、市場における理想的な製品やサービスを考察し、現実とのギャップから機会を考察する手法です。これは、P2M(Project & Program Management)でいうところの「AsIs/ToBe分析」に相当するものです。この作業を通じて、ドメイン(Domain)、ビジョンとミッション(Vision & Mission)、及びシナリオ(Scenario)の炙り出しを行います。これはP2Mにおけるプロファイルマネジメント(Profiling Management)に相当するものです。最近では、エスノグラフィーやデザイン思考などの新たなアプローチも提案されています。
「調査せずに市場参入を試みるのは、目が見えないのに市場に参入しようとするようなものだ」(コトラー)という言葉があるように、マーケティングの始めにまず調査(プロファイリング)ありきです。これを抜きにマーケティングはあり得ません。
(2) ターゲットマーケティング (TM: Target Marketing)
モノを作れば売れる時代がありました。そうゆう時代には、市場全体を対象に製品やサービスを提供する手法がとられました。これを「マスマーケティング(Mass Marketing)」と呼びます。しかし、市場が成熟し嗜好が多様化する中で、市場全体を対象に製品やサービスを開発するのは、極めて困難になってきました。そこで登場したのが「ターゲットマーケティング」です。マーケティングの「戦略(Strategy)」を構築するプロセスです。
ターゲットマーケティングでは、まず市場の中から共通のニーズを持つグループを明らかにします。このように市場をいくつかの大きなグループに区分けすることを、①「セグメンテーション(S: Segmentation)」と呼びます。そして、明らかになったいくつかのセグメント(グループ)について、そのボリュームや自社の強みなどを検討し、自社にとって、特に有利なセグメントを選び出します。このように、自社の強みを発揮でき、満足させられるセグメントを明確にする作業を、②「ターゲティング(T: Targeting)」と呼びます。続いて、この絞り込んだターゲットに対し、「顧客にぴったりと合う」ような、製品やサービスの位置づけを検討します。これが③「ポジショニング(P: Positioning)」です。これは、競合よりも自社の価値を高く評価してもらうための位置づけ作業とも言えます。以上が、ターゲットマーケティングの要となる、「STPモデル(セグメンテーション/ターゲティング/ポジショニング)」と呼ばれるものです。これはP2Mでのプログラムマネジメント(Program Management)に符合するものです。更に、最近ではITCを活用したビッグデータを分析することで、個々人にフォーカスした「パーソナルマーケティング(Personal Marketing)」も注目されるようになってきました。
(3) マーケティングミックス (MM: Marketing Mix)
マーケティングミックスとは「企業がターゲット市場でマーケティング目的を達成するために用いるマーケティングツールの組み合わせのこと」(コトラー)を言います。
マーケティングの基本手順は、まず調査を実施し、ターゲットマーケティングで、STPを明らかにします。その作業を終えると、ターゲットとする市場、そしていかなる製品やサービスでその市場を攻略するのか、そのラフスケッチが明らかになります。これらはいわばマーケティングの「戦略」に相当するものです。この戦略を具体化していくには、マーケティングの「戦術(Tactics)」が不可欠になります。この戦術こそが、マーケティングミックスにおける「マーケティングツール」のことです。言い換えると、「ターゲット市場を具体的に攻略するための戦術の組み合わせ」、これがマーケティングミックスというわけです。このマーケティングミックスにおけるツールとして「4P」というものがあります。
① 製品(Product):市場に投入する製品(有形財)やサービス(無形財)のこと
② 価格(Price):顧客がその製品やサービスの代償として支払うもの
③ 流通(Place):製品やサービスが顧客の手元に届くまでの経路のこと
④ プロモーション(Promotion):認知度を上げて、購入を促進させること
この4つのツールの組み合わせで、マーケティング戦術を構築し、実行プロジェクトへと落とし込む訳です。
この「4P」は企業(供給)サイドからターゲット市場や顧客を見る立場をとっています。これに対して、最近では「4C」の重要性が提唱されています。
① 顧客ソリューション(Customer Solution):顧客の抱える問題を解消する
② 顧客コスト(Customer Cost):顧客にとってのコストのこと
③ 利得性(Convenience):顧客が価値を入手するための利得性のこと
④ コミュニケーション(Communication):顧客側からみた企業との関係性
マーケティングミックスの基本は、あくまで「4P」ですが、詳細な戦術を組み立てるにあたっては、市場や顧客の視点、すなわち「4C」を無視してはなりません。「4C」の発想でマーケティングミックスを考えることが重要です。このように市場及び顧客側から価値提供(顧客価値:Value Proposition)を問うことが求められるようになっています。これはP2Mでのプロジェクトマネジメント(Project Management)に相当するものです。
(4) プロモーションミックス (PM: Promotion Mix)
プロモーションには「促進政策」などの訳語が用いられることがありますが、要するに製品やサービスの認知度を上げて、顧客による購入を促進させるあらゆる活動を指します。所謂、「マーケティング作戦」に相当するものです。多くの人がマーケティングというと、このプロモーションに注目しがちですが、まず戦略としての「ターゲットマーケティング」で市場・顧客の見極め、次に戦術としての「マーケティングミックス」で魅力的な商品と価格と販路があって、最後に作戦としての「プロモーションミックス」で具体的な販促活動を議論すべきです。
マーケティングミックスのオプションとして「4P」に大別されたように、プロモーションミックスにおけるオプションとして「4分類」が存在します。すなわち、「広告(AD: Advertisement)」「パブリシティ(PR: Public Relations))」「人的販売(PS: Personal Selling)」「セールスプロモーション(SP: Sales Promotion)」の4つです。
いずれの活動もマーケティングミックスの一部であり、それらは独立して存在するものではありません。全体的なバランスの上で、価値提供(顧客価値:Value Proposition)を実現するためのプロモーションの要素として機能します。
4.顧客価値(Value)=顧客利得(Benefits)-顧客コスト(Costs)
「顧客価値(Value)」は顧客が獲得する「顧客利得(Benefits)」からそれに要する「顧客コスト(Costs)」の差分から評価されます。従ってコストパフォーマンス(Cost Performance)の観点から、その価値を最大化するためには、「利得(Benefits)」を最大化するか、「コスト(Costs)」を最小化するか、新たなサービスを提供するかの方法しかありません。従って、企業が顧客に提供可能な価値基準には次の3つがあるといわれます。
① 製品の優位性:「顧客利得(Benefits)の最大化」
優れた商品開発力によって、常に他社にはない画期的な商品を提供する。
② 業務の卓越性:「顧客コスト(Costs)の最小化」
優れた業務プロセスによって、一定品質の商品を最良の価格で提供する。
③ 顧客との関係性:「顧客サービス(Services))の最大化」
個々の顧客のニーズに対応し、最高の顧客サービスを提供する。
5.まとめ
マーケティングマネジメントにおいては、様々な位相、様々なオプションがあることを示しました。それらのオプション間でのトレードオフを勘案し、バランスをとっていくのがマネジメントです。従って、個々の企業活動は独立して存在するのではなく、「顧客の創造」という企業の根本目的を満足させるための要素機能であることが分かります。あらゆる企業活動は、最終的には「価値提案(顧客価値:Value Proposition)の実現」へと有機的に収斂されていくべきものなのです。
(2013年10月「PMAJオンラインジャーナル」寄稿)