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引越し

 初夏、梅雨入り、明かりのついていない部屋の外はスタッカートのきいた雨音が近く遠く聞こえていて、曇天の弱い光がカーテンの隙間から入り込んでくる。部屋には、なにも照らされるべきものがない。ただセミダブルのベッドが壁際に沿って置かれていて、ほかにはなにもないアパートの一室。生活感のまるでない部屋は空気が澄んで、しんとしている。ベッドとは反対側の壁にもたれ座り込んで、煙草を吸っている。清潔にととのえられたベッドを眺めながら、ときおり前髪を触っている。

 一昨日のうちに荷物はすべてトラックへ積み込んでしまった。昨日は同じ町の新居で荷下ろしをして、この部屋に来たのち、眠った。部屋にうち捨ててゆくつもりだったベッドを、最後に使うつもりはなかった。けれど、やはりベッドで眠った。目を覚まして、唇をかみながらシーツをととのえなおして、壁際に座ったのだった。

 しばらくしたら、業者が回収に来るベッド。自分でバラバラにして捨ててしまいたかったベッド。様々なことを思い出しては、煙草を吸った。煙が曇天の明かりの中を漂って、部屋の暗がりへと消えていった。

 その日、はじめて終わったのだった。

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