見出し画像

中国茶のしつらえ 鹿と紅葉



鹿と紅葉
秋といえば紅葉、そして、紅葉と対になるように、鹿が思い起こされるでしょう

花札の紅葉と鹿は、10月の札です
この鹿がそっぽを向いているこの札から、「シカト」の語がうまれたそうです
また、この札の影響からか、江戸時代には鹿肉のことをモミジと呼んでいました
今でも鹿肉はモミジ、馬肉はサクラ、猪はボタン、鶏肉をカシワと呼びます

鹿と紅葉

奥山に 紅葉踏みわけ鳴く鹿の
声きく時ぞ 秋は悲しき
(古今和歌集)

秋には、雄の鹿が雌を求めて鳴くとされています。
そこから、鹿のイメージは秋とつながり、つがいの相手を求める雄鹿の鳴き声と結びついて、和歌では、秋→鹿→寂しさや悲しみなど という感情が連想されます

この歌の解釈は、
奥山で紅葉を踏み分けながら雌鹿を求めて鳴く雄鹿の声を聞くと、いよいよ秋は悲しいものだと感じられる

紅葉ふみわける鹿 のイメージ


この歌の「紅葉」は、色づいた葉なのか、もみじなのか、正確なところはわかりません。
ですが、真っ赤に色づいたもみじの葉を、サクサクと音をたてながら歩く鹿を想像するに、どんなに美しいか 
これが茶色の落ち葉だと、鹿と同化してしまいそうですし、黄色でも、ちょっとボヤけてしまうでしょう。
やはり、紅葉踏み分ける鹿は、赤いもみじが良さそうです


秋に鳴く鹿の歌で もうひとつ

夕されば 小倉の山に 鳴く鹿は
こよひは鳴かず いねにけらしも
崗本天皇 (『万葉集』巻八)

夕方になると、いつも小倉山で鳴く鹿が今夜は鳴かない。もう寝てしまったらしい。
つがいに逢えたんだろうな

ここでは雌鹿を求める鹿を、自分と重ねていると考えられます。そしてそんな孤独な姿から、寂しさや物足りなさという感情を伺うことができるでしょう

秋のモチーフ 鹿

鹿は、秋の情緒と結び付いたモチーフです
屋宗達の下絵に本阿弥光悦が書写した《鹿下絵和歌巻)には、『新古今和歌集』の秋の歌二八首が記されます
下絵の鹿からは記された歌が秋の歌であることを示唆し、また演出のひとつとなっています


鹿と紅葉

このように、秋の代表的なモチーフである鹿と紅葉が組み合わされたのは、自然ななりゆきと考えます
また、鹿のあらわす悲しげや寂しげな心情は、散りゆく紅葉の内にある、寂しい情緒とも呼応し、2つが一緒になることでいっそう秋の寂しげな感情をおもわせる効果があったのかもしれません


和歌以外の鹿

鹿は、和歌的なイメージだけではありません
春日神社では鹿は神の使いとして霊的な存在とされています

《春日鹿曼荼羅図》 部分
鎌倉時代・14世紀 絹本着色 個人蔵


春日大社は、中臣氏・藤原氏の氏神を祀り、主祭神の武甕槌命が白鹿に乗ってきたとされることから、鹿を神使とします(Wikipedia)
奈良公園だけでなく、御神体の春日山には、今も昔も、鹿が生息しています

余談ですが、広島の厳島神社にも、鹿がいますが、こちらは神社との直接の関係はなく、島で生息していた鹿がそのまま増えて今に至るようです

《十二類絵巻》 部分

鹿は神の使いであり、特別な存在として考えられている絵があります
《十二類絵巻》という絵巻で、室町時代のものです。その後、いくつも描きなおされたものがありますが、その中に鹿が出てきます
ストーリーは干支の12の動物と、干支には入れなかった動物の対決モノですが、その一場面で、12支が歌を読み宴会をし、判者としての鹿が描かれています
鹿は神の使いで特別なので、12支より上の立場にいるというわけです
また、鹿は、紅葉柄の着物を着ているのも、面白いところです



▫️七福神の寿老人と鹿

七福神の寿老人は鹿を連れています
七福神は、それぞれご利益が違うのですが、寿老人の主なご利益は「延命長寿」です。
牡鹿を従え、同じく長寿のシンボルである桃を持っていることもあります

英一蝶《七福神図》部分 個人蔵
「没後300年記念英一蝶」展図録より


中国語では、鹿(ロク)は禄(ロク)と同じ音であることから、縁起の良い生き物とされています
同じように、蝙蝠の蝠(ホ)の音が福(ホ)と同じなため、蝙蝠は福のラッキーアイテムとして扱われます。
特に五福蝙蝠といって、長寿、富、康寧(無病息災で心が安寧であること)、好徳、善終(天寿まっとうする) の5つのことを象徴する五頭の蝙蝠が好まれます



▫️鹿野苑
仏教にも鹿が出てきます
「鹿野苑」は、お釈迦さまがさとりを開いた後、最初に説法(初転法輪)をされた場所です
鹿野苑(現在のサールナートにある)は、狩猟をして多くの鹿を捕らえた国王が、その鹿を放った苑だという逸話があり、多くの鹿が住んでいたということです
そのため、彫刻や絵画など、お釈迦様と共に鹿が表現されるものが多くあります

手塚治虫「ブッダ』
鹿野苑で初めての説法を聞く鹿 のシーン


このように、鹿は様々に表現されます
とりわけ、紅葉と鹿の組み合わせは、秋を象徴するアイコンであり、そこから連想される寂しさやしんみりするような情緒は、古来から特に好まれたようです

いいなと思ったら応援しよう!