命短し恋する乙女
お題:宿題をやらない言い訳 祖父 坂道
日常系ショート
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いつもと違った夏だった。
いや、いつもと同じ夏だった。
「坂口、宿題はどうした」
「……やってません!」
尖った顎の教師は、小刻みに顎をふるわせている。
動画に撮ってアップしたら、いいね! ウケる! ってなるかもしれない。
「じゃあ、夏休みなにをしてたんだっ!」
何をしていただろう?
コロナだ! 都民は地方に来ないでください! 遊園地は密を避けてご来場ください!
この夏休みは、何もなかった。
いつも行っていたママの田舎にもいけなかった。高齢者は重症化するリスクが高いとかなんとかってさ。
あ、そうだ。
一個だけあった!
「恭平くんがね、おじいちゃんのおうちにタブレット端末をつけてくれたんだって。オンライン帰省してくれだって」
恭平はママのお姉さんの子ども。要するに従兄弟だ。
田舎にいるとは思えないくらいイケメンで、頭がいい。
おじいちゃんの家のちかくに大学の研究室があるとかで、おじいちゃんの家で下宿してる。
「えー……オンライン帰省って行ったって、いつすんのー? おじいちゃん寝るのはやくない?」
おじいちゃんのしわくちゃな笑顔を思い出す。
だけど、画面越しになったらその皺も、飛んじゃうんじゃない?
「あ、恭平くんからテレビ電話きたよ」
「え?」
ちょっとまってよ!
私、今すっごいだっさいTシャツとよれよれの短パンなんだけど!
「あやちゃん、おじいちゃんと恭平くんだよ? 来ないの?」
「ま、まって!」
ママは私の方を、ちらっとみてふふんと笑った。
「あやちゃんねー、お猿さんみたいな格好だからちょっと待ってだって」
「違うもん! 学校の宿題をやってたから、かたづけるの!」
盛大な嘘をついた。
恭平は大学で星の勉強をしている。
大きな天体望遠鏡があるから、って理由で田舎の大学に行くくらい
星が好きで。
私にはまったくわからない宇宙の話をいっぱいしてくれる。
何を言ってるかわからなくて、
恭平が宇宙人なんじゃないかって、私は思う。
でも超イケメンなのだ。
イケメンの宇宙人だ。
私は部屋着にしては、きれいめのシャツワンピースに着替える。
女子力たかめのオフホワイト。
そして、鏡で自分の眉毛がちゃんとしてるか確認した。
『……お、あやちゃんだ。元気してる?』
「うん」
『じいちゃん、ほら、あやちゃんだよ』
『おー…おおっ! そうやってならぶと、江里子とそっくりになったなあ』
ママのノートパソコンの画面の向こうにはキラキラしたイケメンと、シワシワだけどかわいい笑顔のおじいちゃんがいる。
やばい! この画面、かわいいとかっこいいが溢れている。
「宿題、いっぱいあんのか?」
「うん、コロナのせいで無駄にいっぱいある」
「東京は大変そうだね」
「うん、学校いってもさー……なんかつまんないんだよ」
おじいちゃんと恭平と話してると、いろんな話題が出てくる。
おじいちゃんの畑で取れた大きい瓜のこと、
恭平が撮った星の写真のこと、
裏のおうちのにわとりのこと。
「あ、もう9時だね。そろそろおとーさん眠いんじゃない?」
ママが目をしょぼしょぼさせるおじいちゃんを見て、気づいた。
もうそんな時間?
ママも私も、きっとおじいちゃんも夢中で喋ってた。
「そうだなあ。あやちゃん、またテレビ電話で話そうなあ」
「うん! また……あ…えっと、来週? とか」
明日と言いかけて、止める。
「テレビだと、毎週会えるなあ」
おじいちゃんが笑う。
「毎日逢えるよ」
恭平が言う。
毎日。
「あ、私、毎日逢いたいよ」
「そりゃあ、熱烈だねえ。どきどきしちゃうなあ、恭平が」
「えっ!」
画面の向こうの恭平と目が合う。
「あやは、帰省の度にちっちゃい頃からお祖父ちゃん家の坂道の前で、
帰りたくないーって駄々こねてたもんね」
ママ、それ以上は言ったらダメー……
「恭平くんと結婚するって」
ああ、画面の向こうの恭平もあらぬ方向を見ている。
あー! ばかばか!
私たちのことはガン無視でおじいちゃんとママは話を続けてる。
ちょー居心地悪い。
「あ、じゃあ、そろそろ宿題しにもどるね」
これは戦略的撤退だ。
「ねえ、恭平……宿題わかんないところあったらテレビ電話できいていい?」
画面の向こうでそっぽをむいていた恭平がこっちをむいた。
「いいよ」
「やった!」
心の中の声がそのまま口にでていた。
ママとおじいちゃんも、にこにこしていた。
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