黄色い蝶々になる 〜看取り〜
その彼は
いつも気さくで
優しい気遣いの人。
楽しい会話で笑いが絶えない。
部下からも
おばさまたちからも
慕われて
人気者だったと
奥様は言われていた。
いやぁ〜、絶対人気者だと思う。
部下にも
こんな風にニコニコしながら
フレンドリーに声を
掛けられていたのだろうなと思う。
こんなに普通なんだけど
その彼・・・ハタさんは
大きな大きなお腹を抱えて
ベッドに横たわっていた。
退院後に初めてお会いした。
本当にハタさんは
1ヶ月くらいしたら
この場所から
居なくなってしまう人なのだろうか?
と何度も思った。
でも
この腹水でパンパンになったはち切れんばかりのお腹を見たらそうなのだろうと誰もが思うだろう。
ご自分でも
「すごいよね、このお腹!」とお腹を摩りながら笑って言った。
定年間近だったハタさんは
大好きな職場にも行けなくなった。
部下を信じているから
自分がいなくても大丈夫!と躊躇なく
そしてほんの少しだけ寂しげに笑った。
吐き気もあり
体位を変えることも慎重だった。
痛み止めは、
医療用麻薬のパッチを貼っていた。
辛いのは
吐き気と体のだるさとお腹の張り。
小さな奥様も相当辛いはずなのに
いつも笑って普段と変わらない会話をしていた。
お子様はいなくて
2人だけの時間を
たくさん過ごしてきたご夫婦だった。
奥様は、誰からも愛される自慢のご主人だった様だ。
余命1ヶ月くらいということは
ハタさんも奥様もご存知だった。
なので・・・
ハタさんは
近い将来ここからいなくなってしまう前提で
お2人はいつも話されていた。
その会話が、重くなくてサラっとしていることに
私は胸の奥がきゅっとした。
仲のいいお友達も
限られた人だけ来られる様になり
そのかたは本当にハタさんが大好きなのだと思う。
「私は泣かないのに友達の方が泣いちゃうのよねぇ」と奥様。
そのお友達に一緒に行っていた趣味の釣り道具を
譲っていた。
最期は、釣りのウェアーを着て逝きたいなぁと言われた。
大きく浮腫んだ体に厚みのあるウェアーは、
金属もたくさんついてるし
箱の中に入る時に難しいな・・・ということになった。
でもできるだけ釣りっぽい感じでね。
そして
ハタさんのお腹の張りがどんどんきつくなり
毎日の様に腹水を抜く様になった。
抜くとその時は楽になるのだけど
後のダメージも大きく辛そうな日々が続き
笑顔も減っていった。
そんな状況でも
私たちに「ありがとう」といってくれていたのが
申し訳なかった。
「ハタさん、もう少しお昼も眠れる方がいいですかねぇ?」というと
「そうだねぇ」と言われた。
辛い時には躊躇せず
頓服の医療用麻薬を舌下してもらうようにした。
お昼も眠っていることが増えてきたころ
珍しく体調が良く、少しお話ができそうな日があった。
もう少しでハタさんは
ここからいなくなってしまいそうな気がしたから
後に遺された奥様が少しでも何か支えになる様にと
話をした。
以前、ホスピスで働いていた時の話を
お2人に聞いていただいた。
そのご夫婦もとても仲が良くて
あっちにいってまた再会したときに
旗を持って待ってるから目印にしてなぁと約束されていた。
そんな話をした。
ハタさんは、臨死体験を何度かされており
死後の世界が存在すると思われているかたでもあった。
このこともあってなのか死ぬことは
怖くないと言われていた。
「ハタさんがいなくなってしまうと
あちらでまた会えるってわかっていても
会えるまでは奥様は寂しいでしょ?
だから奥様がこちらで1人いても寂しくない様に
時々会いにきてあげてほしいなと思います。
会いにきてもこっちの人はわからないから
何か目印を約束していたらどうかなぁって思うんですけど。どうですか?」
と言ってみると
お2人ともぱーっと表情が明るくなり
「それいいねぇ!」とその話に乗ってくれた。
そしてハタさんは
30秒くらいしてすぐに
「カワセミがいいなぁ」と言われた。
「カワセミになって会いにくるよ」と笑った。
まるで最初から答えを準備していたかのように。
「カワセミに会える確率は少ないから
もう少しだけ会いやすいものももう一つ
お願いします」と無理なオーダーもしてみた。
そして、また即答で
「じゃ、黄色い蝶々で」とニコリ。
奥様も
「カワセミと黄色い蝶々ね。わかった!」
と嬉しそうだった。
そして、後日、また顔を見にこられた
泣き虫さんのお友達にも
「カワセミと黄色い蝶々だからね」と
奥様が説明されていた。
それから1週間くらい経って
ハタさんは奥様に見守られながら
静かに逝ってしまった。
あんなにおしゃべりが上手で
ニコニコして
その場を明るくしてくれていたハタさんは
形はあるのに
存在が消えてしまった感じだった。
素敵なハタさんに
会えなくなってしまった。
会って間もない私たちでも
寂しいのに奥様の寂しさはいかほどだろう・・・。
ハタさんが亡くなってから
1ヶ月くらいしたある日
奥様が挨拶に来てくださった。
私たちから会いに行かなきゃと思っていたのに。
「なんとかやっていますよ、でも寂しいね」と。
「わかっていたのに寂しい・・・」と涙ぐまれた。
「まだカワセミも黄色い蝶々も見ないけど
今度、川べりをゆっくり歩いてみようかと思ってます」と笑われた。
奥様が
カワセミや黄色い蝶々に会えた時のことを
想像したら
私もまたハタさんに会えた気がした。
ハタさん、ここぞという時に
奥様の前に
ちゃんと登場をお願いしますね!